episode66「Hostility-1」
重い足取りで、元来た道をチリー達は戻っていた。
結局、地上へと逃げたのであろうニコラス達を追うことは出来なかった。ライアスも、いつの間にかどこかへ逃げたようだ。
気絶しているミラルはカンバーが背負い、一同は元来た道を戻っていた。
誰一人として会話することなく、ただひたすらに歩いていた。チリー達だけではなく、青蘭達もその道へ同行している。
重い沈黙が、彼らの中で保たれていた。特にチリーと青蘭は、隣にいながら険悪な雰囲気を醸し出している。光秀と伊織も、何か言いたげな表情でチリーを睨んでいる。
その状況を理解出来ず、ニシルとカンバーは訝しげな表情で彼らを見ていた。トレイズの表情にあまり変化はないが、一応は気にしているのだろう。彼らの方をジッと見ている。
ピタリと。チリーと青蘭の視線が合った。互いが互いをギロリと睨みつけたまま、歩みを止めてしまっている。
「……どうしたの?」
耐え切れず、ニシルが問いかけるが、二人は答えようともせずに睨み合っていた。
「……チリー」
ボソリと。呟くように、しかし確かな怒気を込めて、青蘭は言った。
「何だよ……?」
一層強く、チリーは青蘭を睨みつけた。
「後で話がある」
「話もクソもねえ。今ここでぶん殴ってやりてえくらいだ」
「奇遇だな。俺も同じ気分だ」
「そうかよ……ッ!」
語気を荒げ、構えるとチリーは大剣を出現させた。それに対し、青蘭も素早く身構える。
「ちょ、何やってんだよ二人共ッ!」
慌てて、仲裁しようとニシルが二人の間に入るが、二人共構えを解こうとしない。それどころか二人共がニシルを睨み付け――
「退け、ニシルッ!」
「邪魔だッ!」
ほぼ同時に怒鳴られ、ニシルは顔をしかめる。
「うっさい単細胞生物共ッ! 落ち着けって言ってんだよ!」
その様子を見、トレイズは嘆息するとニシルへと歩み寄り、その頭を軽く小突いた。
「落ち着け。お前が怒ってどうする」
「……ごめん」
ニシルが引き下がったのを確認すると、トレイズはチリーと青蘭を交互に見る。
「チリー」
「……わかったよ」
舌打ちし、チリーは大剣を消した構えを解いた。それを一瞥し、同じように青蘭も構えを解く。
ライアスとの戦闘の疲れが出ているらしく、チリーは呼吸を荒くしている。それを見、伊織はそっと近づくと、チリーの身体に両手で触れた。すると、伊織の両手から温かな光が発せられ、チリーの身体を包み込んでいく。
「……伊織ッ!」
チリーは自分の身体から、徐々に疲労感が抜けていくのを感じた。
「どうせ後で喧嘩するなら、条件は同じ方が良いでしょ?」
伊織の言葉に、青蘭は苦々しげな表情で頷いた。
「……ありがとよ」
ボソリとチリーはそう言ったが、伊織は答えなかった。チリーに対して、伊織も怒っていない訳ではないらしい。
伊織はすぐにトレイズへ歩み寄り、痛そうにトレイズが右手で押さえている患部を見つめる。そしてゆっくりとトレイズの右手を退け、その患部へ両手で触れた。すると、先程と同じように伊織の両手から光が発せられる。
「これは……」
「傷、治しておきました」
伊織がニコリと微笑むと、トレイズは小さくすまない、と呟いた。
「いえ、気にしないで下さい」
その後も、微妙な雰囲気を保ったまま一同が歩いていると、やがてチリー達が洞窟へと入って来た入り口へと辿り着いた。
チリー達の足音に気が付いたのか、襖がゆっくりと開き、中から桐香が顔を覗かせた。
「お帰りなさいませ」
襖の外へ出ると、桐香は無表情なまま頭を下げた。
「……ただいま」
それに対して答えたのは、カンバー一人だった。
「……その奥、入れてもらっても良いですか? ミラルさんを休ませたいのですが……」
カンバーの言葉に、桐香はコクリと頷き、襖を開けた。
一同は、青蘭達が法然を寝かせた部屋と同じような座敷へと案内された。桐香はテキパキと布団を敷くと、すぐにミラルを横たわらせた。
ミラルはすぅすぅと寝息を立てており、苦しそうな様子は見られない。その様子に、チリーは安堵の溜息を吐いた。
「さて、これからどうしま――――」
カンバーが言いかけた時だった。
「青蘭ッ」
ギロリと。チリーは青蘭を睨み付ける。
「表出ろ」
「……わかった」
正に一触即発、と言った様子であった。その様子を見、どうしたものかとカンバーは首を傾げる。
「二人共、とりあえず落ち着いて下さい……。一体何があったんですか?」
カンバーの問いに、二人は答えようとしなかった。ただ睨み合い、無言で互いの怒りをぶつけあっている。
「行くぞ」
短く、チリーは告げると、外へ向かって歩き出す。その後ろを、青蘭は静かに付いて行った。
ギュッと。青蘭は刀の柄を握り締めた。
――――許せない。
洞窟でのことを謝罪するどころか、チリーはこちらへ対して明らかに怒りを向けていた。
「謝るつもりはないようだな」
「そっちこそ」
振り返りもせず、チリーはそう答えた。
グッと。拳を握り締め、チリーは顔をしかめた。
――――ぶっ飛ばす。
ミラルをあんな目に合わせておいて、謝るどころかチリーを睨みつけた青蘭へ、チリーは激しい怒りを感じていた。
「謝るつもりはないようだな」
静かに、後ろで青蘭がそう言った。
――――謝るべきなのはそっちだろ!
それに、こちらは謝罪を要求されるようなことをした覚えはない。
「そっちこそ」
確かな怒りを込め、チリーは振り返らずにそう答えた。
ゆっくりと階段を上り、チリー達は地上へと出た。しばらくぶりに地上へ出たことへ、心地良さを感じるが、二人にとっては、そんなことよりも怒りの方が勝っている。地上に対して、感慨を覚える暇はなかった。
しばらく周囲を見渡し、青蘭は何か言いたげな表情を見せたが、すぐに前へゆっくりと進み始めた。その後ろを、チリーは静かについていく。
地上では、雨が降っていた。
濁った、黒くも見える雨が渇いた大地へ止め処なく降り注いでいる。
雨が、チリー達を濡らした。
階段のあった場所から少し離れ、チリーと青蘭は距離を取って向き合った。
「テメエをぶっ飛ばす。理由は言わなくてもわかってんだろうな」
ギロリと青蘭を睨み付け、チリーは言い放つ。
「お前の態度を見て判断した。俺は、お前を許すつもりはない」
「同感だ」
「やはりな」
沈黙。
聞こえるのは、雨の降り注ぐ音のみだった。
チリーが身構えると同時に、チリーの右手には大剣が握られた。それとほぼ同時に、青蘭はゆっくりと鞘から刀を抜き、その場へ鞘を投げ捨てた。
「青蘭ッッッ!」
「チリーッッッ!」
ほぼ同時に叫び、そして駆け出した。
青蘭目掛けて振り降ろされた大剣を、青蘭は刀で受け、弾く。バックステップで距離を取ろうとしたチリーとの距離を詰め、青蘭はチリーの腹部へ回し蹴りを繰り出す。チリーは足を上げて回し蹴りを防ぎ、後退する。
上げていた足を下ろすと同時に踏み込み、青蘭へと大剣を横に薙いだ。青蘭は高く跳躍し、一度大剣の上へ着地して踏み台にすると、チリーの頭上でくるりと回転し、チリーの背後で着地する。
「――――ッ!」
青蘭の能力。それは発動中、身体能力を格段に上げることだった。素早くチリーは振り返るが、青蘭は既に、チリーを斬らんと刀を振り上げていた。
舌打ちし、チリーは横っ跳びに刀を回避すると、すぐに体勢を立て直し、青蘭へ横から大剣で斜めに切りかかる。
青蘭は素早く刀でチリーの大剣を受け流し、チリーの頭部目掛けて裏拳を繰り出す。
鈍い音がし、チリーの顔面に青蘭の裏拳が食い込む。
「が……ッ!」
能力によって強化された青蘭の一撃。チリーは派手に後方へ吹っ飛んだ。
「クソがッ!」
悪態を吐き、チリーは立ち上がるとすぐに体勢を立て直す。しかし既に、青蘭はチリーの目の前まで迫って来ていた。
青蘭の薙いだ刀を、チリーは大剣でなんとか受け、弾く。それによって空いた青蘭の腹部へ、チリーは右足で思い切り前蹴りを喰らわせた。
「ぐッ……ッ!」
呻き声を上げ、青蘭は後方へよろめいた。
「チリー……ッ!」
憎しみすら込められているように聞こえる、青蘭の怒りの声。
「青蘭ッ!」
青蘭を睨み付け、チリーは負けじと声を荒げた。
「チリー、お前は俺が『敵対することになるかも知れない』……そう言った時、何て答えたか覚えているか?」
「覚えてるさ……」
正に今がその時。
かつて仲間であった二人は、今正に敵対していた。
「お前の言う通り、俺達は……」
「「宿敵だ」」
同時に、二人はそう言った。