episode65「New people」
「姫……様……?」
蒼白な顔で、ミラルはニコラスの言葉を繰り返す。それに対して、ニコラスはニコリと微笑んで頷いた。
「ゲルビア帝国第一王女ミラル……それが貴女様です」
ペコリと。ニコラスは丁寧にミラルへ礼をした。
「何言ってんだ……? ゲルビア帝国第一王女って……」
困惑した表情で、チリーはミラルへと視線を向ける。ミラルは蒼白な表情のまま身体を硬直させて動こうとしない。ミラル自身にも、何が何だかわからない状況なのだろう。
「王であるハーデン様、そしてその妻である王妃シルフィア様の間に生まれた帝国の姫君……。シルフィア様とよく似たそのお顔、間違いありません」
「お父様……お母様……」
呟き、ミラルは頭を両手で押さえる。
「うっ……!」
「ミラルッ!」
慌ててミラルの傍へ駆け寄り、チリーは安否を問うた。しかし、ミラルは頭を押さえたまま呻き声を上げるばかりだった。
シトシトと。焦土へ雨が降り注ぐ。乾いた地を、汚れた雨が濡らしていく。
濁った、黒くも見える雨粒。それを浴びていることを意に介さぬ様子で、大男が焦土の中を歩いていた。その隣には、金髪の男が歩いている。
「ディルク、後どのくらいだ?」
「もう少し……かな。連絡通りなら、ニコラスは既に赤石の場所へ到着しているハズだ」
大男の問いに、ディルクと呼ばれた男はそう答える。
「お前、地下で何をしていた? 赤石を探すのはニコラスやダニエラ達の仕事だ。お前は今回、地下に行く必要はなかったハズだぞ」
「ちょっと野暮用でね……。そう言えばフォスカー、今回東国へ来た帝国の人間の中に、『化け物』は何体いる?」
ディルクの問いに、フォスカーと呼ばれた大男は嘆息する。
「私と、ニコラスの二人だ。それよりディルク、我々のことを『化け物』などと呼ぶな」
「『化け物』は『化け物』だろう。俺みたいなただの人間にとっちゃ、お前らは立派な『化け物』だよ」
「化け物」という単語を強調しつつディルクはそう言うと、手に持っている機械の画面へと視線を向ける。
「ココだ」
「了解」
短くそう答えると、フォスカーは体勢を低くし、右腕を振り上げた。
太い、右腕だった。細身の女性のウエスト程あるような、太い右腕だ。無論、左腕も同様に太い。無駄な肉のない、筋肉質な両腕だった。
「良いかディルク」
瞬時に、振り上げられたフォスカーの右腕が変化する。先の尖った、螺旋状の窪みが存在するそれは――――ドリルだった。
フォスカーの右腕は、瞬時にドリルへと変化したのだ。
「我々は」
右腕のドリルは、音を立てつつ凄まじい勢いで回転を始める。それを見、ディルクは肩をすくめた。
――――化け物染みた能力だ。
心の内でそう呟き、ディルクは嘆息する。
「新人類だッッ!」
勢いよく、フォスカーは右腕のドリルを地面へ突き刺した。
まるで濁流。
凄まじい勢いで、まるで濁流の如く流れ込んで来る。映像が、情報が――――記憶が。
長く押し留められてた記憶と言う名の流れは、ミラルの頭の中へと激しい勢いで流れ込んで来る。
頭痛。頭を抱え、うずくまり、呻き声を上げるが頭痛は止まるどころか激しくなるばかりだった。頭痛が激しくなるにつれて、流れて来る記憶の量も増して行く。
「ミラルッ! おい、ミラル!」
うずくまるミラルの肩を掴み、チリーが揺さぶっている。しかし、それに答えることも出来ない。それ程までに頭痛は酷かった。
「私……はっ……!」
辿り着くのは、たった一つの真実。
流れ込んで来た――――否、蘇ったのは過去の記憶。
――――私は、ゲルビア帝国第一王女……ミラル。
ドサリと音を立て、その場にミラルは倒れた。
「おい、しっかりしろよ! おいッ!」
倒れたミラルを揺さぶり、必死に声をかける。が、ミラルは目を閉じたままだった。息はしている。死んではいない。気絶しているだけだろう。
「テメエ……ミラルに何をした……ッ!?」
チリーの問いに、ニコラスはクスリと笑みをこぼす。
「いえ、私は特に何も……」
「ミラルがゲルビアの王女って……どういうことだ……!?」
「そのままの意味ですよ。理解力がゴミレベルですね貴方」
ニコラスが嘲笑すると同時に、チリーは怒りに顔を歪めると大剣を出現させる。しかし、それが無意味なことだとすぐに悟った。
チリーの大剣は、どういう訳かニコラスに触れた時点で姿を消してしまう。
――――どんな能力も、無効化されればただのゴミです。
恐らく、ニコラスの能力は「能力を無効化する」能力。チリーの能力であるこの大剣は、ニコラスには通用しないだろう。そう思い、チリーは大剣を消した。
「テメエ、何者だ……? ミラルの何を知っている?」
「私ですか? 私は――――」
その瞬間、扉の向こうで轟音が鳴り響いた。
不意に鳴り響いた轟音に、ニシルは肩をびくつかせた。
「な、何だ……?」
「この先からだな」
トレイズはあくまで冷静にそう答え、洞窟の奥を見据える。
「すぐ近くです……。急ぎましょう!」
カンバーの言葉に、二人はコクリと頷く。カンバーは二人が頷いたのを確認すると、すぐに駆け出した。その後ろを、ニシルとトレイズも駆けて行く。
「え、今の……何ですか?」
突如鳴り響いた轟音。伊織は不安げに麗達へ問うた。
「……近いわね」
麗の言葉に、青蘭は小さく頷く。
「妙な胸騒ぎがするな……急ぐぞ!」
光秀の言葉に三人は頷くと、洞窟の奥へと駆け出した。
「赤石に……何かあったのかも知れない」
ボソリと。青蘭は呟いた。
唐突に、ニシル達は開けた場所に出た。前方には巨大な、古めかしい扉があり、その扉の付近でミラルが倒れている。そのすぐ傍には、険しい表情のチリーが。そしてそのチリーの視線の先には、細身の男が悠然と立っていた。細身の男の後方には、ヘルテュラの研究所でチリーと戦っていた少年がうずくまっている。
更に――――
「青蘭!?」
左の通路からは、青蘭が現れたのだ。その後ろには麗、そして他にも二人、ニシルの見たことのない人物が二人。恐らく青蘭の仲間だろう。
青蘭はニシル達の存在に気付いたようだが、すぐにチリーの方へ視線を移し、険しい表情で見つめている。
チリーが暴れていないことから察するに、倒れているミラルは無事なのだろう。恐らく、気絶しているだけだ。
しかし、状況が把握出来ない。先程の轟音はこの辺りから聞こえてきた。あの轟音はチリー達が起こしたものだろうか。
「今の轟音……何なんだ!?」
ニコラスへ、チリーが問う。
「おや、到着したようですね」
ニコラスがそう言うと同時に、すぐ傍で轟音が鳴り響いた。
「――――ッ!?」
チリーだけでなく、この場所に来ていたニシル達や、青蘭達までもがその光景に絶句した。
扉が、破壊されている。
「ニコラス、赤石は手に入れたぞ」
扉を破壊したのは、一人の大男だった。その大きさ、青蘭を凌ぐ高身長な上、硬い筋肉によって横幅も大きい。その男の太い右腕は、ドリルだった。回転を続けていたドリルは徐々に回転を緩め、やがてその回転を止める。すると、大男の右腕はドリルから人間の腕へと変化――――否、戻っていく。
「受け取れ」
大男は左腕に握っていた何かを、ニコラスへと放った。
紅く、赤く光沢するその物体は紛れもなく――――
「大切な赤石なんですから、もう少し丁重に扱いなさい。ゴミですか貴方は」
「……すまない」
謝罪する大男を気にもとめず、ニコラスは受け取った物体――――赤石をまじまじと眺める。鶏の卵大程の、赤い石。
「これが……赤石」
ニコラスが呟くのとほぼ同時、動き出そうとしたチリーより素早く動き、ニコラスの元へと駆けて来たのは青蘭と麗だった。
青蘭は素早く持っていた刀を鞘から抜くと、ニコラス目掛けて薙いだ。ニコラスは後退してでそれを回避し、ニヤリと笑みを浮かべる。
「――――かわした!?」
「能力を使ってその程度のスピードですか……。ゴミ能力ですね」
呟くニコラスの眼前へ、青蘭より遅れて到達した麗が右手を赤石へと伸ばす。が、その右手を、ニコラスは右手で払い落す。
「――――つっ!」
小さく声を上げ、麗はすぐにその右手を引っ込める。その右手は、やや不自然に曲がっている。麗は怪訝そうな表情で、その右手を見つめている。
「麗さんッ!」
「気にしないで、それより早く赤石をっ!」
麗の言葉に頷き、青蘭がニコラスへと駆けるが、その行く手を大男に阻まれる。
「ニコラス、行くぞ。ディルクが待っている」
「そうですね」
ニコラスがコクリと頷くと、大男は体勢を低くする。その背中へ、ニコラスは飛び乗った。
「逃げんのかッ!?」
チリーの言葉に、ニコラスは笑みを浮かべる。
「ええ。逃げます。今回の目的は、赤石を手に入れることだけですから『白き超越者』と姫君に関しては、また別件ですので」
「さっきの一撃……異常だわ。貴方、何者なの?」
右腕を押さえつつ、麗はニコラスへ問うた。
「私――――いえ、我々ですか。我々は……」
新たな人類。そう呟き、ニコラスは言葉を続け――――
「新人類です」
静かに、そう答えた。
「新……人類……?」
「アルケスタに行けば、わかるんじゃないですか? 特に貴方は……アルケスタへ行っておくべきです」
そう言ったニコラスの視線の先にいたのは、チリーだった。
「ニコラス、喋り過ぎだ」
大男の言葉に、ニコラスは失礼、とだけ答える。
大男は右腕をドリルへ変化させると、近くの岸壁へと突き刺す。ドリルは凄まじい勢いで回転を開始し、岩壁へと穴を開ける。ここから穴を掘って逃げるつもりだ。
「逃がすかッ」
氷塊を出現させ、トレイズがニコラスへ飛ばすのと、
「ふざけんじゃねえぞッ!」
抜刀し、光秀がニコラスへ斬撃を飛ばすのは同時だった。
「――――駄目だッ! 意味がねえ!」
チリーが叫んだ時には既に遅く、氷塊と斬撃はニコラスへ触れた途端消滅した。
「――――ッ!」
「それでは」
目を見開き、驚愕しているトレイズと光秀に対して笑みを浮かべ、ニコラスが手を振ると同時に、大男は右腕のドリルで、勢いよく穴を掘り始め、その奥へと駆けて行く。
「待ちやがれッ!」
チリーが叫ぶ頃には、既にニコラス達は穴の向こうへと姿を消していた。
「そん……な……赤石が……」
ペタリと。ニシルがその場へ膝を付く。その表情には、絶望の色が映されていた。
「奪われた」
新人類を名乗るニコラス達に、彼らの赤石は奪われた。