episode56「Under ground-2」
攻撃的な視線が、ニシルとカンバーへ向けられた。二人はゴクリと唾を飲み込み、目の前の女へ視線を据える。
「結婚……出来ないだって……?」
低い、地の底から聞こえて来るような声だった。二人は同時に肩をびくつかせる。
「このダニエラが、結婚出来ないだってェ!?」
一斉に、ダニエラと名乗った女の髪が逆立った。逆立った髪は、まるで触手のようにうねうねと蠢いている。
「滅相もないッ!」
反射的にそう答えたのはニシルだった。
「さっきと意見が違うじゃないですか!」
「だって怖いよカンバー! このババ……お姉さん!」
ババアと言いかけたニシル目掛けて、ダニエラの髪が束になって襲い掛かる。バックステップでニシルはそれを避け、ダニエラを凝視する。
「媚売ろうったってもう遅いよクソガキ……!」
あの髪、シンプルでいて、意外と厄介かもしれない。伸縮自在な上、一度縛られれば死ぬまで絞め上げられるだろう。
「チリ毛にしてやるよ」
ニヤリと微笑したニシル目掛けて、再度髪の束が襲いかかる。ニシルはその髪の右手で束をガッシリと掴み、右手から熱を発する。
「ぐッ……!」
右腕に感じる、苦痛。しかし、ヴィカルドでワディムと戦う際に感じたもの程ではない。
チリチリと焦げる音がして、ダニエラの髪は焼き切られた。
「――――ッ!?」
ダニエラは表情を驚愕に歪め、髪を一旦元の長さに戻す。
「神力使い……」
「そゆこと」
右腕の苦痛は表情に出さず、ニシルはニヤリと笑った。
トレイズがいなければ、チリーはとっくの昔に死んでいた。
左の道を選んだチリー達は、順調に奥へ進んでいた。しかし、トラップの数が思いの外多く、常に細心の注意を払わなければならない状態だった。
「チリー、そこにスイッチがある」
「え? あ、おう」
踏み出しかけた右足をずらし、別の場所へ踏み込む。数刻沈黙し、何も起こらないことを確認して三人は安堵の溜息を吐いた。
「チリー、もうこれで三回目なんだけど」
「いや、お前らすご過ぎ。俺普通」
「妙に出っ張った岩とか、すごくわかりやすいのばかりじゃない。何で気付かないのよアンタは」
短く嘆息するミラルを、チリーは不満げに見つめていた。
「とにかく進むぞ。チリー、気を付けろ」
「わかったよ」
ぶっきらぼうにチリーが答え、先へ進もうとした時だった。
ゆっくりと。前方から何者かの足音が響いて来る。
「おい、トレイズ!」
「わかっている……」
三人は耳をすましつつ、前方へと視線を据える。足音の進行方法は、こちら。何者かが、こちらへと近づいて来ているのだ。
徐々に、人影がこちらへ近付いて来る。三人は更に神経を集中させた。
自分達の他に、この洞窟内に誰かがいる。それは、自分達の他に赤石の在処を知った者がいる、ということだ。
「足音と話声が聞こえると思って戻ってみれば……」
そう言ったのは、こちらへと近づいて来た人影だった。背の高い男で、トレイズと同じくらい長身である。肩まで伸びた髪を後ろで一つに縛っているその男は、チリー達を一瞥し、ニヤリと笑った。
「ふむ。まさか報告通り、本当にガキ共とはな」
嘆息し、男はこちらへゆっくりと歩み寄って来る。咄嗟に、チリーとトレイズは身構えた。
「お前達の目的も、赤石……か」
ボゥッと。男の右手に炎が灯った。
「――――ッ!?」
男の右手に灯った炎は、メラメラも燃え盛り、辺りに火の粉を散らしている。
「神力使い……か」
ボソリと呟くトレイズを見、男はニヤリと笑みを浮かべた。
「そういうことだ。これ以上お前らに、ゲルビアの邪魔をさせる訳にはいかん」
「やっぱゲルビアか……」
呟き、大剣を出現させたチリーを、トレイズは右手で制止した。
「トレイズ……?」
「チリー、ミラルと先に行け。コイツは、俺が相手をする」
「お、おい……トレイズ!」
躊躇うチリーに、トレイズは微笑する。
「大丈夫だ。すぐに追いつく」
チリーは表情に多少逡巡の色を見せたが、やがてコクリと頷いた。
「ミラル、行くぞ」
「え、あ……うん」
表情に戸惑いの色を見せつつも、ミラルはチリーに手を引かれ、奥へと進んで行く。
洞窟の奥へとチリー達が進んで行ったのを確認し、トレイズは嘆息した。
「何故追いかけない?」
トレイズの問いに、男はフンと鼻を鳴らした。
「この洞窟の中にいるのは、何もこのエルヴィンだけじゃない。わざわざ追いかけるより、俺はお前と遊びたくてね」
クスリと笑う、エルヴィンと名乗った男を、トレイズはギロリと睨みつける。
「……追いつくと約束したんでな。早々に終わらせる……!」
スッと。トレイズは右手をかざす。すると、右手の前に大人の拳大程度の氷塊が数個出現し、男目掛けて飛来する。
「氷……か」
炎の灯った右手を、男は地面へ着いた。すると同時に、男の前に巨大な炎の壁が出現する。
「ッ!?」
飛来した氷塊は、炎の壁に直撃し、溶けていく。
「なにも、炎が右手にだけ灯る訳じゃない。お前が出現させた氷を自在に操るように、俺も炎を操ることが出来るって訳だ」
「……相性の悪い……」
口惜しげに、トレイズは呟いた。
洞窟の中を、罠に警戒しつつ、青蘭達はひたすら進んでいた。
発光する謎の鉱物により、洞窟の中は異常なまでに明るかった。
「でも良かったぁ、明るくて」
「だな。暗いと罠にもかかりやすいし……」
そう答えた青蘭に、伊織は違うよ、と首を横に振った。
「だって私、暗いの苦手だし……」
照れ臭そうに言った伊織を、青蘭は微笑ましく感じていた。
「大丈夫だよ伊織ちゃん……どんなに暗い所でも、この光秀が君を……」
言いかけ、光秀は麗の視線に気が付く。
「美しくないわ」
散々睨め付けた挙句、麗は短く嘆息すると光秀から視線を逸らし、洞窟の奥へと進んで行く。
「ああ、おい! ちょっと待ってくれよ麗!」
慌てて追いかける光秀を無視したまま、麗はスタスタと先へと進んで行く。その足取りは、どこか怒っているようにも見えた。
そんな二人の様子を見、青蘭が嘆息した時だった。
光秀の足元でカチリと音がする。
「……え?」
間の抜けた声を上げる光秀。流石にこれには反応し、麗が光秀の方を振り返った――――その時だった。
「な――――っ!?」
麗の足元が、ガコンという音と共に穴へと変わる。
「ちょ、おい! 麗!」
光秀の押したスイッチは、光秀の足元ではなく、麗の足元の罠を作動させるものだったらしい。
慌てて助けようと駆け寄ったが、麗はそのまま下へと落下していく。
「麗! 麗ッ!」
穴に向かって叫ぶが、返事はない。
「麗さん!」
青蘭達もすぐに穴まで駆け寄ったが、既に麗は穴の中。自分が罠を作動させたことに責任を感じているらしく、光秀はガックリと肩を落とした。
「畜生……! 迂闊だった……ッ!」
地面へ拳を叩き付け、口惜しそうに光秀は歯軋りをする。
「麗さん……死んだりしていなければ良いけど……」
不安げに、伊織が呟く。
「わからない。とりあえず、進んだ方が良いかも知れない。どこかに、下へ続く道がある可能性だってなくはないハズだ」
そこまで言い、それに……と青蘭は付け足し、言葉を続ける。
「法然の言っていた、白髪の少年のことも気にかかる。ここで立ち止まる訳には……」
言いかけた青蘭の胸ぐらを、光秀は勢いよく掴んだ。
「だからって、麗を見捨てるってのかよ!」
「そうは言ってません! 俺は、ここで全員が立ち止まる訳にはいかないと言っているんです!」
光秀は舌打ちすると、すぐに青蘭の胸ぐらを離し、嘆息する。
「……悪い。元はと言えば、俺が迂闊だったせいだしな……」
「いえ……」
青蘭は服を整え、嘆息すると洞窟の奥を見据える。
「この穴。俺の神力を使えば飛び越えることが出来ます。二人共、こっちへ来て下さい」
青蘭の言葉に小さく頷き、二人は青蘭へ歩み寄る。その二人を、青蘭は両腕でガッシリと抱える。
「お、おい。伊織ちゃんはともかく、俺は重くねえか?」
「……大丈夫です」
そう答え、青蘭は高く跳躍し、穴を跳び越えた。
「……すごい」
伊織がそう呟いた次の瞬間には、青蘭は穴の向こうへ着地していた。やはり重かったのか、息を切らしている。
「降ろし……ますよ」
二人が頷いたのを確認し、青蘭は二人を地面へそっと降ろす。
「おい、大丈夫か?」
光秀の問いに、青蘭は大丈夫です、と答え、一息吐く。
「奥へ、行きましょう」
青蘭の言葉に、二人はコクリと頷いた。