episode55「Under ground-1」
「おいミラル! どういうことだよ!」
震えるミラルの肩を掴み、チリーが声を荒げる。しかし、ミラルは首を横に振るばかりで、答えようとしない。
「ここは東国だぞ! 何でお前が……」
言いかけ、チリーは何かに気付いたかのように表情を一変させる。
「まさかお前、テイテスに来る前の記憶が……?」
小さく首を横に振り、ミラルはチリーの言葉を否定した。
「うまく思い出せない……。でも私、確かにここに……来たことある」
「ということは過去に、東国へいたことがある……ということになるよね。ミラルってもしかして、東国の人?」
ニシルの問いに、ミラルは首を横に振った。
「ううん。そういうんじゃないと思う」
「落ち着いたか?」
トレイズの問いに、ミラルは小さく頷いた。
「ごめんなさい。もう大丈夫」
「……気にするな」
静かに、トレイズはミラルへそう言った。
「ミラルさん、貴女は過去の記憶がないと聞きましたが……今ので何か、断片的にでも思い出せましたか?」
そうカンバーが問いかけると、ミラルは小さく頷く。
「……うん。ここ、前はもっと綺麗な場所だった。綺麗な湖で……小さな魚とか泳いでて……木漏れ日が反射して、とにかく綺麗な所だった……」
ミラルのその言葉に、桐香は無表情だった表情をピクリと動かす。
「何故、貴女がこの場所を?」
桐香からの、初めての質問だった。しかし、ミラルは首を横に振った。
「ごめんなさい。詳しいことは私自身にもよくわからないの」
「……そうですか」
再び無表情になり、桐香はそれだけ答える。
「では地下へ向かいましょう」
桐香の言葉に、一同は静かに頷いた。
階段を降りると、すぐに襖があった。襖とは別に、奥へ続いているのであろう道もある。
「赤石はこの奥です。ちなみにこの襖の先は私の生活する場所です。見ますか?」
桐香の問いに、トレイズは静かにかぶりを振った。
「そうですか。では、奥へどうぞ。入り組んでいる上、罠がいくつか仕掛けられていますので、十分注意して下さい」
「わかりました」
カンバーは桐香にそう答え、奥を見据える。
「かなり奥までありそうだな」
「チリーのアホさ加減より果てしないね」
「ニシル程小さいと、これだけデカい洞窟の中じゃどこにいるのかわからなくなるぜ」
「頭が悪いチリーはすぐ迷いそうだね。そして罠にかかって死」
「小型人種は無意味に素早いからな。どんな罠でも避けれそうで羨ましいぜ全く」
「死」
「小型人種」
「死死死死ゥ!」
「小型人種小型人種小型人種小型人種ィ!」
ムキになって言い合うチリーとニシルの頭を、ミラルは呆れ顔で小突く。
「いい加減にしなさい!」
「「……はい」」
声を荒げたミラルに渋々頷き、二人は小さく頷いた。
「……とにかく、奥へ進みましょう」
「……少しは気を引き締めろ、二人共」
トレイズに軽く睨まれ、委縮する二人だった。
桐香に別れを告げた後、上下左右岩に包まれた道を五人はひたすらに歩いていた。生物はあまり見当たらず、時折妙な虫が岩の上を這っているだけだった。
岩の中には見たことのない鉱物が混じっているらしく、明るい光を放っていた。
「妙に明るいわね」
辺りを見回しつつミラルが言うと、チリーは小さく頷く。
「洞窟なら、もっと暗いと思ってたんだけどなぁ」
「この鉱物……見たことがありませんね……」
光を放っている鉱物に、右手でそっと触れつつ興味深そうにカンバーはそう言った。
しばらく歩いていると、途中で道が二つに分かれていた。
「分かれ道、だね」
ニシルの言葉に、カンバーは軽く頷く。
「ここは二手に分かれるべきでしょう。どうやって分かれます?」
「奇数だからな……。二人と三人だ」
チリーの言葉に、カンバーは頷く。
「能力のないカンバーとミラルは同じ組に出来ないな……。カンバーはある程度戦えるようだが……」
トレイズの言葉に、カンバーはコクリと頷く。
「はい。神力使いはともかく、生身の相手なら基本的に負けるつもりはありません」
「なら、カンバーと神力使いが一人の組。そしてミラルと神力使いが二人の組合わせになるな。どう決める?」
「じゃんけん」
トレイズの問いに、ニシルはそう即答した。
「まあ、それでも良いが……」
納得はしたが釈然としない、といった様子のトレイズだった。トレイズとしてはもう少し緊張感がほしかったようだが、どうもチリーやニシルがその思いを知ることはなさそうである。
右の道を、ニシルとカンバーは選んだ。
じゃんけんの結果、ニシルとカンバー、チリーとトレイズとミラル、という組み合わせに決まった後、適当に左右どちらかの道を選んだ。
「それにしても罠、ないね」
「そうですね。もっと張り巡らされてるかと思いましたよ」
そう答え、カンバーは歩きながらも辺りを見回す。
「もしかすると、そうやって油断させておいて、更に奥の方で罠にかけられたり……」
「あり得なくはないです。まあ、警戒を怠るなってことですね」
そうだね、と答え、ニシルは軽く微笑んだ――――その時だった。
カチリと。ニシルの足元で妙な音がする。
「カチリ、だって」
「多分それ、何かのスイッチですよ」
「何のスイッチだろうね」
とぼけて笑うニシルと、その横で徐々に青ざめていくカンバー。
「罠ですね」
「そだね」
二人で顔を見合わせる。笑っていたニシルの顔も、徐々に青ざめていった。
そして、ゴトン。そんな音がして、ニシルとカンバーの足元は不意に消えた。
「「わあああ!」」
二人の叫び声は、徐々に下へと消えていった。
ドスンと。鈍い衝撃。
「痛た……」
痛む腰をさすりつつ、ニシルは身体を起こした。
「気を付けて下さいよニシルさん……」
不満げに声を上げつつ、カンバーもその隣で身体を起こす。
「ここは……?」
キョロキョロと、二人は辺りを見回した。先程までの道と打って変わって広い空間で、地面も平坦だった。周りには岩の壁があり、二つ程どこかへ続く道があった。無論、辺りはあの鉱物が照らしているため、明るい。
「アンタらも落ちたのかい?」
不意に、背後から声が聞こえる。慌てて二人が振り返ると、そこには一人の女がいた。
あまり美しいとは言えないが、長い黒髪。顔の所々にはシワが見られ、中年くらいの女だと言うことがわかる。
「おばさん、誰?」
ニシルの言葉に、女は顔をしかめた。
「誰がおばさんだいッ!?」
「そりゃ、僕でもカンバーでもないから、おばさんがおばさんでしょ?」
悪戯っぽく笑って見せたニシルを、女はキツく睨みつける。
「カンバー! このおばさん怖いよ!」
「……貴方が怒らせたんでしょう」
呆れ顔で、カンバーは嘆息する。
「それで、貴女は何者ですか?」
真剣な表情で、カンバーは女へ問うた。すると、女はフンと鼻を鳴らす。
「おやアンタら、そう言えば見ない顔だね。どこの隊に所属する兵だい? 一般兵は中に入るなと言ってあったハズだよ」
女の言葉に、二人は表情をピクリと動かす。
「このおばさん、まさか……」
「ええ、貴方の推測で間違いないでしょう。恐らく、ゲルビアの者です」
カンバーのゲルビアという言葉に、女は反応を示した。
「もしかしてアンタらは、報告にあったガキ共かい?」
女の言葉を聞いた途端、二人は素早く女から距離を取る。
「へえ、こんな弱そうなガキとヒョロいのがエトラやゲイラを……ねえ」
ちなみに、エトラとゲイラを倒したのはこの二人ではないのだが、それについてとやかく言うつもりは二人にはないらしい。
「弱そうなガキの方が、ババアよりマシだよ。若いからね」
そう言ってクスリと笑ったニシルを、女は先程より一層強く睨みつけた。
「誰にババアだなんて言ってるんだいッ!?」
ぞわりと。女の長い髪が逆立った。
「――――ッ!?」
その異様な光景に、ニシルとカンバーは息を飲んだ。
「始末させてもらうよ……。ガキは生意気だけど、ヒョロい方はアタシ好みだねえ……」
女の言葉に、カンバーは怖気を感じ、ブルッと身を震わせた。
「ねえカンバー。これってさ、僕がこの間『年上の方が好み』って言ったからかな?」
「違うと思いますが、もしそうだったら俺は貴方を恨みますよ」
嘆息し、カンバーは女を見据える。神力を感じるため、恐らくあの女は神力使い。察するに――――髪を操るのだろう。
「いくら年上って言っても限度があるよ……。こんな二十も三十も年上のババア、おまけに性格悪そうなんだもんなぁ……。ババア、アンタ良い姑になるよ。って、結婚出来そうにないから姑にもなれそうにないけど」
嫌味っぽく笑い、ニシルはそう言い放った。