episode53「Fallen country-1」
東国。ゲルビア帝国によって滅ぼされた、極東の国。独自の文化を持ち、豊富な資源に恵まれており、王政でありながらも、民主に近しい政治により保たれている治安。陳腐な言葉で言い表せば、素敵な国。
だが――――滅びた。ゲルビアの手によって。
ただ広がる焦土。焦げ付いた大地に、植物は見当たらない。地を這うのは異様に肥大化した芋虫。否、芋虫の原形を辛うじて留めてはいるが、それは芋虫と呼べる生物ではなかった。
芋虫の身体に、蜘蛛の如き八本の脚が付いている。ソレはその脚でもぞもぞと歩き、前面に付いている口で、傍にいた同じ種類の虫を食い散らかす。
足元で繰り広げられるそんな光景を一瞥し、金髪の男は鼻を鳴らすと、ソレらを右足で踏みつぶす。気色の悪い、生物を潰すという感覚。その感覚を大して気にした様子もなく、男は隣にいる男へ声をかけた。
「後どのくらいだ?」
それは目的地まで、という意味だろうか。隣にいる男はすぐ傍です、と答え、前へ進み始める。その男の目の前を、巨大な鳥が過って行く。
「うわあッ!」
驚愕し、後ろによろめいた男の肩を、金髪の男は素早く支えた。
「気を付けろ。他のメンバーの二の舞になるぞ」
「は、はい……」
申し訳なさそうに答え、男は気を取り直して前へ進んで行く。
しばらく歩くと、二人は瓦礫の山を発見する。
「焼き尽くされていない、数少ない建造物の一つです」
男の言葉に、金髪の男はコクリと頷く。
「過去の地図によると、ココに寺があったことになっています」
「なるほど。なら、その寺の地下に入口が?」
「ええ。他に後二つ入口が確認されています。行きますか?」
男の問いに、金髪の男は首を横に振った。
「いや、入口は違えど到達地点は同じハズだ。撹乱のための入り口なら、そこまで入念に隠す必要もないハズ。どれも、本物の入り口と見て間違いない」
そう言って、金髪の男は比較的小さな瓦礫を一つ、拾い上げる。
「他の建造物とは材質が違うのか……? どちらにせよ、地下への入り口が隠されていた建造物の瓦礫だけが、この焦土の中で残っているのには意味があるハズ」
「ええ。入り口の隠されていた場所は、全て何らかの跡があります。ゲルビアの投下したLB235は、全てを焼き尽くしたハズですので、何かあると見るのが妥当かと覆われます」
「中には入ったのか?」
「いえ、ニコラス様は、一般兵は中に入るなと」
「なるほど……」
金髪の男はゆっくりと頷く。
「そういえば、地下の存在を知り、東国へ向かっている人間はどれくらいいる?」
「はい、少々お待ち下さい」
男はそう答え、ポケットから一枚の紙を取り出し、読み上げる。
「青蘭を含む、東国の生き残り達。例の実験体を含む、テイテスの人間達」
「テイテス……。ああ、あの役立たずの王の所か」
クスリと。嘲笑するかのように金髪の男は笑みを浮かべる。
「『核』を利用した酔狂な土地に住んでるモンだから、赤石の在処くらい知ってると思ったんだがなぁ……。攫い損だった……。わざわざ脅しに『核』まで破壊してやったってのに……」
「はぁ……」
「得したのは実験体を求めていたイカレ博士共だけだしな」
そう言って、金髪の男は嘆息する。
「青蘭とか言うのは、テイテスの奴らと交流があったよな?」
「はい。エトラの報告によれば、白髪の少年と共闘していたそうです」
「白髪の……ああ、ザハールを倒した奴か」
ポンと胸の前で手を打ち、金髪の男はクスリと笑った、
「簡単に始末出来れば良いんだがなぁ……。おお、そうだ」
何か閃いたらしく、男は嫌らしい笑みを浮かべる。
次の瞬間、男の金髪がまるで生き物の如く動き始めた。否、動いているのではない、伸びているのだ。整っていた金髪は手入れされていないような、ボサボサの状態になり、徐々に色を失っていく。背も少しだけ縮み、男は既に原形を留めぬ姿となっていた。
「あー、こんなモンか」
声まで変わっているらしく、発声練習をするかのように男は声を発する。
「よし、中に入る。入り口を教えてくれ」
「わかりました。ディルク様、くれぐれもお気を付けを」
ディルクと呼ばれた男は、コクリと頷いた。
焦土の中を、ひたすらに歩いていた。
窮屈な船旅を一週間程度続け、既に疲れ切っているというのに、到着してからほぼ毎日歩きっ放しである。食事と睡眠を除いての話だが。
嘆息し、青蘭は空を見上げた。
暗雲が立ち込めており、朝なのか夜なのかもわかり辛い。あの頃、美しい日差しが大地へ降り注いでいた頃の面影は、もうない。
「おい、まだなのかよ?」
不満げに、光秀が青蘭へ問う。
「過去の地図で言えば、もうすぐです。いくら爆撃で焦土と化したとは言え、地形まで大幅に変わることはないハズです」
「光秀、これくらいは耐えなさい。美しくないわ」
冷たく言い放つ麗を見、光秀は嘆息する。
「あ、見て下さい!」
不意伊織が声を上げ、前方を指差す。一同が慌てて伊織の指差す方向へ視線を移すと、前方から巨大な鳥がこちらへ飛んで来ている。普通の鳥では考えられないサイズの鳥だ。数は――――二匹。
「光秀さん!」
「わかってらァ!」
その鳥は、低空飛行しており、青蘭達の頭くらいの高さを飛んでいる。素早く青蘭は鳥目掛けて駆け、跳躍する。
神力によって底上げされた青蘭の身体能力は、通常のソレを遥かに凌駕する。鳥の上へ飛び乗り、そのまま地面へ叩き落とす。そして右拳を鳥の頭部へ思い切り叩き込む。
奇声を発し、鳥はその場でピクリとも動かなくなる。
「行くぜ……」
腰の刀の柄へ手をかけ、光秀は前方の鳥を見据えたまま、身構える。
「そらよッ!」
掛け声と共に、光秀は勢いよく刀を鞘から抜き放つ。と同時に、鋭い斬撃が鳥目掛けて放たれる。
凄まじい勢いで放たれた斬撃は、鳥を両断。分断された鳥の身体は、血を流しながらその場へ落下する。
それを確認し、光秀は刀を鞘へ戻す。
「お疲れ様、青蘭君」
傍へ駆け寄り、そう言って微笑んだ伊織に、青蘭は微笑み返す。
「伊織ちゃーん、俺も頑張ったよー」
ブンブンと手を振り、アピールする光秀だったが、伊織は取り合わなかった。
「御苦労だったわ、光秀」
ポンと。光秀の肩に麗の手が置かれる。
「ん、ああ。それにしても……悲惨だな」
「ええ。美しかった私達の土地……まさかこんなことになるなんて」
悲しげに嘆息する麗に、光秀はニッと笑いかける。
「まあ、それを元に戻すために俺達は戻って来たんだ。あんまり悲観すんなよ」
「……そうね」
表情を少しだけ明るくし、麗はコクリと頷いた。
それからしばらく、青蘭達は歩き続けた。
この東国の地下に、赤石が隠されている。青蘭達がそれを知ったのは、もう一週間以上前のことだ。
ヘルテュラへ現れた刺客、バルター。彼の出現させた幻影は、青蘭の兄――――白蘭の姿だった。しかし、どういう訳か白蘭の記憶を持っていた白蘭は、死ぬ直前、青蘭へ赤石の在処を囁いた。
どういうことなのか、青蘭自身にもわからない。あの白蘭は、バルターによって青蘭自身のイメージから生み出されたものだ。なのに、青蘭の知らないことをあの白蘭が知っているハズもない。だが、それ以外に、青蘭達は有力な情報を持っていなかった。そして駄目元で到着したのがここ、東国跡である。
「……ココです」
ピタリと。地図から目を離し、青蘭が言う。
「瓦礫……何でだ? 他の建造物は全部焼き尽くされてるってのに」
不思議そうに言い、光秀は小さな瓦礫を一つ拾い上げる。
「入り口を探しましょう」
麗の言葉に、一同が頷いた時だった。
「おい、入り口って、これか?」
瓦礫の陰で、光秀が言う。すぐに青蘭達が向かうと、光秀の足元にはポッカリと四角い穴が空いていた。階段があり、明らかに地下へ続いていそうな感じだ。
「え、何で開けっ放しなんですか……? もっとこう、隠蔽されてないと、逆に怪しいですよ!」
伊織の言葉に、青蘭はコクリと頷く。
「だが、場所はココで合ってる。一応入ってみよう」
「……そうね。それに、私達より先に誰かがココへ辿り着いた……という可能性もなくはないわ」
「……そうですね」
考え込むような仕草をした後、青蘭はすぐに四角い穴の中へ入り、階段を降りて行く。
「私達も行きましょう」
麗の言葉にコクリと頷き、麗を先頭に伊織と光秀も中へと入って行く。
階段の下は、寺院の本堂のようになっていた。傷付いた仏像を中心に、破壊された小さな仏像が倒れている。
「――――ッ!?」
煌びやかな装飾品は全て砕かれている。左側には襖があり、何者かが暴れたためか一部破れている。襖とは別に、奥の方にどこかへと続く道が見えるが、今はそれよりも、目の前で倒れている坊主頭の人物を心配するべきだ。
口元から血を流し、男は苦しそうに呻き声を上げている。
「大丈夫ですか!?」
青蘭達は慌てて坊主頭の男へ駆け寄る。
「クソ……! 誰がこんなことを!」
悪態を吐いた光秀に、坊主頭の男が何やら呟き始める。
「……の……少年……」
「少年……?」
聞き返し、青蘭は坊主頭の男の口元へ、耳を近づける。
「白髪の……少年……」
「白髪……!?」
一瞬、青蘭の脳裏をチリーの姿が過ったが、青蘭は首を振り、その考えを否定した。