episode51「In desert-8」
よろめきつつも、力強く、チリーは立ち上がる。そして睨みつける。敵を――――ザハールを。
「そんなに死にてえのか……小僧ッ!」
頬に付着したチリーの唾を拭いさり、ザハールは吠えた。自分へと吐き捨てられた唾を明確な挑発と受け取り、ザハールは怒りに表情を歪めている。
ゆっくりと。チリーは大剣の刃先をザハールへと向けた。
「――――勝つ!」
曇りのない、真っ直ぐな瞳。勝利だけを見つめる、真っ直ぐな視線。
「ほざけェッ!」
ザハールはチリーから距離を取ると、すぐに床へと手を付いた。
「ッ!?」
次の瞬間、ザハールの触れた部分から徐々に、床は砂へと変化していく。これがザハールの能力……物質を、砂へと変化させる能力。そしてその変化した砂を――――
「くたばれッ!」
操る能力。
ザハールの足元の砂は、大人の拳大程の塊となり、宙へ浮く。宙へ浮いた砂の塊は鋭く変形し、ドリルのような形を形成する。
その砂弾は、真っ直ぐにチリーへと飛来した。
「だァッ!」
大剣を薙ぎ、チリーは砂弾を砕く。そして素早くザハール目掛けて駆けて行き、高く跳躍する。
「高い―――ッ!」
驚愕の声を上げたザハールの頭上へ、チリーは勢いよく大剣を振り降ろした――――が、その大剣は砂によって防がれる。
「何ッ!?」
咄嗟に身を屈めたザハールは、地面の砂へと手をついていた。それにより、ザハールは砂を操り、チリーの大剣を防がせたのだ。ザハールの頭上で、砂がまるでバリアのようになって浮いている。それにより、チリーの大剣は防がれているのだ。
「おおおおッ!」
雄叫びを上げ、そのまま突っ込もうとするチリー。
「無意味だァ!」
そこへ、砂弾。地面から砂の塊が飛来し、チリーの腹部へと直撃する。
「ぐああッ!」
空中で仰け反り、そのまま後方へとチリーは吹っ飛んで行く。
「コイツ……本当に人間か……? 今の跳躍力……!」
怪訝そうに呟くザハールをよそに、チリーはゆっくりと立ち上がる。
「まだ……まだだッ!」
キッと。チリーは前方のザハールを睨みつける。
「小僧が……ッ!」
負けじと、ザハールもチリーを睨みつける。
「俺に盾突くなァァァッ!」
地面に手を付いたまま咆哮し、ザハールは再び砂弾を出現させる。先程の砂弾とは比べ物にならない程の量だった。
「終われェーッ!」
無数の砂弾は、一斉にチリー目掛けて飛来していく。
「おおおォォォッ!」
雄叫びと共に、飛来した砂弾の内幾つかを、大剣を薙ぐことによって砕く。しかし、砂弾は更にチリーへと飛来する。
「がァッ!」
避け切れず、チリーの左腕へ砂弾が直撃する。それによって生まれた隙に、砂弾は何十発もチリーの腕へ、足へ、腹部へ、顔面へ、直撃していく。
「ああああああッ!!」
あまりの激痛に吠えるチリーを一瞥し、ザハールはほくそ笑んだ。
「ハッハァ! 俺の勝ちだ小僧ッ!」
砂弾を撃ち終わり、ザハールはゆっくりと立ち上がる。
「が……ァ……ッ」
ドサリと。その場へチリーが倒れ伏した。
「ハァ……ハァ……!」
今の砂弾でかなりの体力を消耗したのか、ザハールは息を切らしている。
肩で息をしつつ、倒れ伏すチリーの元へ歩み寄ろうとした時だった。
「チリーッ!」
ザハールの背後――――つまりこの部屋の入り口から声が聞こえる。
ザハールが振り返ると、そこにいたのはニシル、トレイズ、カンバーの三人だった。
「デニス!」
カンバーは傍で縛られたまま倒れているデニスを発見すると、すぐにその傍へ駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「まあ、命は……な」
カンバーの問いに、デニスは無理に笑みを作ってそう答えた。
「お前……チリーに何をした……?」
ギュッと拳を握り締め、低く、顔をうつむかせたままニシルがザハールへ問う。
「片付けただけだ」
平然と、ザハールはそう答えた。
「片付けた……だと……ッ!?」
身を乗り出し、ニシルが殴りかかろうとした時だった。
「手ェ出すんじゃねェッ!」
「――――ッ!?」
よろよろと。倒れていたチリーが立ち上がる。あれだけの砂弾を喰らい、既にボロボロのハズだというのに、よろめきながらもチリーは立ち上がる。
その瞳から、闘志は微塵も消えていなかった。それどころか、先程よりも強い意思を感じることさえ出来る。
「小僧……ッ!」
対峙する、二人の視線。
「これは……俺の戦いだ……ッ!」
スッと。チリーは大剣の刃先をザハールへと向ける。
――――刺突の構え。
身体の奥そこから、湯水のように溢れ出ようとする神力。
「待てよ……今、思いっきり暴れさせてやるからよォ……ッ!」
それは、誰に向けられた言葉だったのか。
己か、己の神力か。
描くイメージは、ザハールへと大剣で突進する自分の姿。止まることなく、突き進む。その手に、勝利を掴むまでは。
「喰らいやがれェェェェェッッ!」
大剣の柄から、一気に膨大な量の神力が放出される。その神力の勢いで、チリーはザハール目掛けて突っ込んで行く。
「小僧がァァァッ!!」
いくつもの砂弾が、チリー目掛けて飛来する。が、そのどれもが、今のチリーの前では無力に等しい。チリーに直撃した砂弾は、全て砕かれ、ただの砂へと戻り地面へ落下する。
「クソがァ!」
ザハールの前に出現したのは、巨大な砂の壁だった。
「ぶっ壊すッ!」
咆哮。そしてチリーは、そのまま砂の壁へと突進して行く。
「おおおおォォォッ!」
チリーの大剣が、砂の壁へと直撃した。しかし、壁は簡単には崩れない。チリーを押し返さんと、ザハールが全力で神力を送っているのだ。
「負けるかよォォォォォッッ!!」
更に勢いを増す、チリーの神力。しかし負けじと、ザハールの神力も勢いを増していく。
そんな二人の様子を、四人は固唾を飲んで見守っていた。
誰も言葉を発することなく、ただ黙って、瞬きすることすら惜しんで二人の戦いを見守っていた。
まるで、彼らの義務が、最後まで見届けることだとでも言わんばかりにだ。
「「押し勝つッ!」」
同時に叫び、二人の神力は更に勢いを増す。
「だァァァァァッッッ!!」
まるで削られているかのように、砂が辺りへ飛び散り、壁へ直撃してピシピシと音を立てる。
「――――ッ!?」
ザハールが、驚愕に表情を歪めた。
「俺が……押し負ける……ッ!?」
焦り、戸惑い、憤り。様々な感情で歪んだザハールの顔にも、ピシピシと砂が飛び散る。
そして――――壁は砕かれた。
「馬鹿……な……ッッ」
神力を出し切ったのか、ザハールはそのまま仰向けに倒れていく。ドサリと音を立てて倒れたザハールの前には、神力の放出を止めたチリーが、威風堂々と立っていた。
「俺の……勝ちだ」
ニッと。チリーが笑みを作った。
「チリー!」
そんなチリーの元へ、ニシルとトレイズ、カンバーと、解放されたデニスが駆け寄って来る。
「ホント無茶苦茶するよなお前って。そのボロボロの姿見たら、またミラルに怒られるよ」
そう言ってクスリと笑うニシルへ、チリーはそうかもな、と笑って答えた。
「それが、話に聞いたお前の剣……か」
呟き、トレイズは微笑する。
「まさか一人でザハールを倒すなんて……見直しましたよチリーさん」
「おう……って、見直したってことは今までどう思ってたんだよ!」
怒号を飛ばすチリーへ、カンバーはクスリと笑った。
「……ありがとう。君達には、感謝してもし足りない」
そう言って、デニスはペコリと頭を下げた。そんなデニスへ、チリーは気にすんな、と微笑んだ。
「とにかく……!」
グッと拳を握り締め、チリーは思い切り突き上げる。
「俺の勝ちだァッ!」
豪快にそう叫び、チリーはそのまま後ろに倒れ込んだ。
「チリー!」
慌ててニシルは駆け寄ったが、チリーの顔を見、すぐに肩をすくめる。
「どうした?」
「……寝てるだけみたい」
問うたトレイズへそう答え、ニシルは笑うと、倒れているチリーをやや乱雑に背負った。
「さあ、帰ろう。ミラルとズラータちゃんが待ってる」
ニシルの言葉に、三人は微笑み、コクリと頷いた。