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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
48/128

episode48「In desert-5」

 見えないというだけで、これ程までに厄介とは思っていなかった。幾度となく振るわれる不可視の攻撃。ワディムの動きから察することは出来るものの、全てを完全に避け切れる訳ではない。

「……くッ!」

 ワディムが薙いだ見えない棍を、トレイズは右腕で受ける。そこからすぐに体勢を低くし、ワディムの胸部へ掌底を繰り出す。ワディムは素早く後退して掌底を回避すると、体勢を低くしているトレイズの頭部へ、棍を素早く突き出した。

 ――――見えない……!

 完全には回避出来ず、ワディムの棍はトレイズの額をかすめる。

 ワディムが一旦棍を引いた瞬間に、トレイズは素早く後退する。

「見えないんじゃ、避けることもままならないじゃないか!」

 痛みが落ち着いたらしく、ようやくいつもの調子取り戻したニシルが、トレイズ達より後方で悪態を吐く。

「しかし、貴方も大したものだ。この見えない棍を、ここまで回避することが出来たのは、貴方とザハール様だけだ」

「……ザハールと戦ったことがあるのか?」

「……それが何か?」

 何故ザハールとワディムが、戦うようなことになったのか……。問うてみたい気もしたが、トレイズはかぶりを振ってその考えを振り払う。今は、そんなことを気にしている場合ではないし、気にする必要もない。

「私とザハール様は、元々敵だったからな」

「何……?」

「ザハール様がヴィカルドを訪れる少し前、フィメロラと言う町を訪れたことがある」

 フィメロラ。イレオーネ大陸内にある小国だ。

「フィメロラには、棍の神力使いが、好き放題に暴れていてな……。その男を倒してのけたのが、あのザハール様だ」

「その神力使いが、貴様だと言うことか?」

 トレイズの問いには答えず、ワディムは言葉を続けた。

「荒れていたその男へ、ザハール様はこう告げた『俺と来い』とな……」

 その時のことを懐かしむように、ワディムは目を閉じた。

「ただただ荒れるだけだった私に、ザハール様は居場所を与えようとして下さったのだ」

「仕えるべき……主君、か」

 ――――大丈夫か?

 脳裏を過る、あの日の光景。アレクサンダーと――――使えるべき主君と出会ったあの日の光景。状況や環境は違えど、この男も同じなのだろうか。

 居場所を失くした自分へ、居場所を与えてくれた主君……。その主君のためなら、何をすることも厭わない。

「そうか……」

 呟き、トレイズは微笑する。

「貴様とは、もっと別の会い方をしたかった」

「私もだ」

 二人、顔を見合わせて微笑する。それ以上、二人の間に言葉はなかった。ただ黙って、二人同時に身構える。

 素早く、ワディムがトレイズ目掛けて駆けた。それを避けようとせず、トレイズは構えたままワディムを見据える。

 トレイズへ棍が届く位置まで、ワディムが到達する。と同時に、ワディムはトレイズの腹部目掛けて棍を突き出す。

「トレイズッ!」

 直撃。避けようともしなかったトレイズの腹部へ、ワディムの棍が直撃する。

「――――ッ!?」

 苦痛に表情を歪めつつも、トレイズは微笑する。

「貴方……ッ!」

 ガッシリと。両手でトレイズは、ワディムの棍を掴んでいるのだ。

 不可視と言えども、直撃した瞬間は、その位置を正確に知ることが出来る。他でもない、トレイズの触覚が、ワディムの棍が腹部へ直撃したことを、トレイズの脳へ正確に伝えている。

 しっかりと両手で固定した棍へ、トレイズは右足で強烈な膝蹴りを喰らわせる。メキリと嫌な音がして、見えない棍がトレイズによって折られる。と同時に、棍は姿を現していく。

 両断された、ワディムの棍。

 トレイズは掴んでいるワディムの棍の片割れを投げ捨てると、素早くワディムの眼前へ接近する。

 そしてワディムの顔面目掛けて右拳を突き出し――――ピタリと。直撃する寸前で止めた。

「まだ……やるか?」

 トレイズの問いに、ワディムは首を振ると、持っていた棍をその場へ落とした。

「……いや、私の負けだ」

 そう答え、ワディムは嘆息した。その表情に、落胆の色はなかった。



 特に弾んだ会話もなく、チリーとカンバーは町の中を歩いていた。

 別に会話が全くない訳ではない。そう、ない訳ではないのだ。

 ただ、弾まない。何故ならこのカンバーとういう男、雑談は手早く切り、今回の件――――ザハール関連の話題しか続けようとしないのだ。

 生真面目。と言う言葉が妙に似合う。

「それにしても……明確な位置が掴めませんね」

 嘆息し、カンバーが呟く。

「……だな。アジトの存在は確実っぽいが、位置が聞きだせねえ……」

「どこかを隠れみのにしている……という可能性もあり得ますが……」

「隠れ蓑……ねえ」

 呟き、腕を組んでチリーは思索する。

 確かに、アジトの入口が簡単な場所に存在するとは到底思えない。それくらいはチリーにでもわかる。だとすれば、何かでカモフラージュしてアジトの入り口を隠している可能性が高い。

 しかし、どこに……? この町に来て日の浅いチリーには、怪しい場所など到底わかるハズもなく――――

「……あ」

「どうしました?」

 短く声を上げたチリーへ、カンバーが問う。

「酒場だ」

「何がです?」

「だから、酒場だよ」

「……要領を得ません」

 カンバーにムッとした表情をされ、チリーはすまん、と小さく頭を下げる。

「あの時は勘で辿り着いたんだが、ザハール達、酒場にいたんだ」

「ああ、確かにそう言ってましたね」

 コクリと頷き、カンバーは相槌を打つ。

「確証はないけど、あの酒場、行ってみる価値はあると思うぜ?」

「その酒場が、ザハールのアジトの隠れ蓑……ということですか?」

 コクリと。チリーはカンバーの問いに頷く。

「なるほど……。あり得ますね」

 深く頷き、カンバーは足を止める。

「行きましょう、その酒場に。チリーさん、案内して下さい」

「ああ」



 ゆっくりと。グラスに注がれたワインを口に含む。その濃厚な香りを味わい、そして心地良いアルコールの快感に、ネストルは目を細めた。

「……遅いな」

 ボソリと呟き、ネストルは店内の時計を見る。

「どうかされましたか?」

 店主らしき男が、ワイングラスを丁寧に拭きながらネストルへ問うた。

「ワディムがそろそろ帰るハズなんだがなー。見回りが丁寧過ぎんだよアイツは」

 そう言い、ネストルはもう一口ワインを口に含む。

「どーせ、ココがアジトだってのもバレやしねえし、第一ザハールさんに反逆しようなんて人間は、この町にゃいねえよ」

 そう言って、ネストルがニヤリと笑った時だった。


「良いこと聞かせてもらったぜ。グラサン野郎」


 不敵な、少年の声が店内に響く。

 ネストルが店の入り口へ視線を移すと、そこには昨日現れた白髪の少年――――チリーと、眼鏡をかけた細身の青年――――カンバーが立っていた。

「あちゃー、口が滑ったか」

 おどけて見せると、ネストルはクスリと笑う。

「まあ、始末すれば済むけどな」

「やってみろよグラサン野郎。そのグラサン、叩き割って生ゴミに混ぜて捨ててやるよ」

 そう言って、チリーは笑った。

 その言葉に対し、ネストルは顔をしかめる。

「相変わらず口が減らねえな……」

 ネストルが身構えると、それに対してチリーも身構える。しかしそんなチリーを遮るように、カンバーは前へ出る。

「何だよ?」

 怪訝そうな表情で、チリーは問う。

「この男は俺が相手をします。チリーさんは、奥へ行ってザハールを……」

 カンバーがそう告げると、チリーは黙ってコクリと頷き、奥へ向かって駆けた。

「行かせるかよ!」

 怒号を飛ばし、ネストルはチリーへ右拳で殴りかかる。が、それを防ぐため、カンバーは素早くチリーの前へ出る。

「――――ッ!?」

 鈍い音がし、カンバーの顔面へネストルの拳が直撃する。

「行って下さい……早く!」

 眼鏡を砕かれ、その破片でカンバーは眉間に傷を負っている。その傷と、砕かれた眼鏡を押さえ、うつむいたままカンバーはチリーへそう告げた。

「お、おう!」

 チリーは躊躇い気味にそう答えると、店主のいる奥の方へと駆けて行った。

「眼鏡が砕かれちゃあ何にも見えねえだろ」

 カンバーを指差し、ネストルはケラケラと笑う。どうやら勝ったつもりでいるらしく、すぐにチリーを追おうとはしなかった。カンバーを嘲笑した後でも、十分に追えると判断したのだろう。

 しかしその判断は、すぐに過ちだったと気付くことになる。

「ああ、これですか。問題ないです」

 ゆらりと。カンバーが顔を上げる。眼鏡は既に外されており、壊れた眼鏡は右手に握られていた。

 つぅーっと。眉間の傷口から血が垂れる。


「これ、伊達ですから」


 グシャリと。小気味良い音と共に、カンバーは右手で眼鏡を握りつぶした。



 店内の、カウンターの向こう。そこにドアがある。恐らく、その向こうがザハールのアジトだろう。

 カウンターを飛び越え、チリーがドアを開けようとドアノブへ手をかけると、その手を店主らしき男がガッシリと掴む。

「この先には通せません」

 チリーを睨みつつ、店主らしき男は言う。が、チリーはそれを意に介さぬ様子だった。

「うっせえハゲ! どいてろ!」

 次の瞬間、チリーの鉄拳が店主らしき男の顔面へと飛んでいた。

 鈍い音と共に鉄拳が直撃し、男は鼻血を噴きながらその場へドサリと倒れた。

 チリーらしい、強引なやり方である。

「よし、行くか」

 呟き、チリーはドアを開けると、その向こうへ駆けて行った。


 ちなみに、この店主らしき男……別にハゲではない。

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