episode46「In desert-3」
酒場を後にし、チリー達はデニスの家へと戻った。元より、ヴィカルドではデニスの家に泊めてもらう予定(本人の承諾は得ていないが)だったため、チリー達は一晩、デニスの家に泊まることにした。
タダで泊めてもらうのも忍びないので、荒らされた状態の家を全員で片付けた。とは言っても、チリーとニシルはほとんど遊んでいたのだが……。
ミラルとカンバーに、適当な夕食を振舞ってもらい、これからのことについて話し合うことにした。
「まずは、デニスを救出することが最優先です。ズラータちゃんのためにも」
カンバーの言葉に、一同はコクリと頷く。
「だがそこで問題なのが……ザハールか」
静かに、トレイズが言う。
「チリーさん。ザハールの能力、見当は付きますか?」
「……ああ。直接見てきたしな」
口惜しそうに答え、チリーは言葉を続ける。
「砂だ。砂の能力……。あの野郎、俺の大剣を砂に変えやがった……!」
ギュッと拳を握り締め、チリーはあの時のことを思い出す。
――――ハッ! 無意味だッ!
ザハールに受け止められ、砂と化した己が大剣。それを呆然と見つめることしか出来なかった自分。あまりの悔しさに、チリーは拳を一層強く握り締める。
「砂、ですか。それなら、ヴィカルド周囲の砂漠化も納得がいきますね」
「でも、一人の能力でここまで出来るものなのかしら……」
小首を傾げてミラルが問うと、コクリとトレイズが頷く。
「……前に、暴走していた俺がドゥナイを氷漬けにしたことがあっただろう? それと同じで、神力は使い手によってはそれだけのことが出来る可能性がある……。あの時の俺は、単に実験で能力が底上げされていただけだったが……」
あの時のことを思い出したのか、そこでトレイズの表情に少しだけ影が差す。
「チリー、ザハールに暴走した様子や、洗脳されているような様子はなかったか?」
「……なかったな」
呟くようにチリーが答えると、トレイズは短く溜息を吐いた。
「ならザハールは、かなりの使い手だ」
トレイズの言葉に、一同はゴクリと唾を飲み込む……ただ一人、チリーを除いて。
「関係あるかよ……ッ! あの野郎……ぶっ飛ばさねえと気が済まねえッ!」
怒りを露にし、チリーは怒号を飛ばす。すると、それと同時に近くでズラータが小さく悲鳴を上げた。
「おいチリー、なに興奮してんだよ。ちょっと落ち着け」
いきり立つチリーをなだめるように、ニシルはチリーの肩へ手を置いた。
「悔しいのはわかる。でも今はそれを露にするところじゃない……そうだろ?」
諭すように言うニシルへ、チリーは静かに頷き、視線をニシルの方へ向ける。
「……悪い」
「わかれば良いよ」
そう言って、ニシルは微笑んだ。
「とにかく、デニスを救出するのなら、ザハールとの戦いは避けられませんね……」
カンバーの言葉に、一同はコクリと頷く。
「まずは、アジトを突き止める必要があるな」
「そうね。少し聞き込みをすればわかると思うわ」
ミラルの言葉に、カンバーはそうですね、と答える。
「明日、聞き込みをしてみましょう。ザハールのアジトがわかるかも知れません」
夜。よく眠れずに目を覚ましたズラータが二階へ下りると、チリーがいないことに気が付いた。ズラータとミラルは同じベッドで寝、ジャンケンに勝ったニシルはデニスのベッドへ、残りの三人は一階の適当な位置で寝ることになっていたのだが、ソファの上で寝ているのはトレイズとカンバーの二人だけだ。気になって捜してみたが、チリーの姿は見えない。
外にいるのではないかと思い、ズラータは部屋に戻って上着を着込むと、今度はニシルが寝ている部屋……デニスの部屋へと向かった。
ニシルを起こさぬよう、クローゼットからデニスの上着を取り出し、ズラータは一階へ下りると、すぐに外へ出て行った。
案の定、ズラータの予想通りチリーはそこにいた。
家の前で、ボンヤリと空を見上げている。
「……寒い、ですよ?」
ズラータが後ろからそう声をかけると、チリーはゆっくりと視線をズラータへ向ける。
「よう」
「あの、これ……」
陽気に返事をしたチリーへ、ズラータがデニスの上着を差し出すと、チリーはキョトンとした表情でその上着を見つめる。
「俺に?」
コクリと。ズラータは頷く。
「ありがとな」
チリーはニッと笑い、上着を受け取ると、ちょっとデカいな、などと呟きながらそれを着込んだ。
「何、してるんですか?」
「ちょっと眠れなくってな」
そう答え、チリーは再度空を見上げた。
「さっきは驚かせて、悪かったな」
「あ、いえ……」
少しの沈黙。が、すぐにチリーは口を開く。
「なあ、ズラータ。お前、母親は?」
沈黙を破ったチリーの問いに、ズラータはうつむく。
「……いないよ。私が小さい時に、死んじゃったから……」
チリーはズラータへと視線を戻し、ニッと笑った。
「だったら、俺と同じだ」
「……え?」
短く声を上げ、ズラータはうつむかせていた顔を上げる。
「俺も、母親がどんな顔だったか思い出せないくらい前に、死んじまってる」
切なげにそう言い、チリーは言葉を続ける。
「だから、わかるんだ。親父を攫われて、独りになったお前がどんなに寂しいか」
――――デニスを攫って、こんな子供に寂しい思いさせやがって…………ッ!
昼間のチリーの言葉が、ズラータの脳裏を過る。
だからだ。ズラータの気持ちがわかるからこそ、チリーは耐えられなかった。ザハールのしたことへの怒りを、抑えきれなかった。止める声も聞かず、飛び出してしまう程に。
優しい人だなと、ズラータは感じた。
荒々しく、乱暴な印象さえ受ける。それでも、その真っ直ぐな瞳の中に、優しさを感じ取ることが出来る。
「ズラータ。俺達に任せてくれ」
「チリーさん……」
スッと。チリーは星空へ手を伸ばす。
「必ず、お前の親父を助けだす。そして、この町を元に戻す」
ギュッと。まるで星を掴むかのように、チリーの拳は握られた。
「絶対だ」
そう言って、チリーはズラータへ微笑みかけた。
翌日、チリー達はザハールのアジトを突き止めるため、聞き込みを開始した。
ズラータを一人で家に残しておく訳にはいかないため、ミラルはデニスの家に残り、ズラータと共にチリー達の帰りを待つことになった。
効率良く聞き込みをするため、チリー達は二手に分かれることになった。チリーとカンバー、ニシルとトレイズの組み合わせだ。
「この砂ってさ、ザハールの能力なんだよね?」
足元をトントンと足で叩き、ニシルが問うと、トレイズは恐らくな、と答える。
「砂を出しているのか、それとも何かを砂に変えているのか……」
「チリーの話から考えれば、後者だな」
トレイズの言葉に、ニシルは短く頷く。
「これだけのことが出来るってのはすごいね……。勝てるかな、僕ら」
「……さあな。だが、最初から諦めていては、勝てる戦いにも勝てない」
トレイズがそう言った時だった。
「いいえ、諦めようが諦めまいが、貴方達はザハール様を倒せない」
不意に、男の声が響く。その男の姿を見た町の人々はざわめき、慌ててその場を離れて行く。
「お前は……」
「……アイツ、ザハールの部下だよ。昨日、ザハールと一緒にいたところを見た」
ゆっくりと。ニシルとトレイズは身構える。
「答えろ。貴方達は何をしようとしている?」
男の問いに、ニシルとトレイズは答えようとしない。
「まあ良い。どちらにせよ、貴方達からは私に対する明確な敵意が感じられる。すなわち――――」
神力を発動させたらしい。男の手には鉄製の、長い棒状の物が握られていた。
棍、と呼ばれる棒状の武器だ。アルモニア大陸にはない武器、恐らくイレオーネ大陸の武器だろう。ニシルもトレイズも、文献くらいでしか見たことがない。
「私には、貴方達を倒す理由がある……! 違うか?」
男の問いに、ニシルはニヤリと笑った。
「違わないよ」
ゆっくりと。ニシルは両手の包帯を外し、その場へと投げ捨てた。傷痕は残っているものの、ニシルの両手は既に治っている。
「このワディム、全力で貴方達を排除する!」
ワディムと名乗った男は、勢いよくニシルとトレイズの方へと駆け出した。
それに応戦するため、トレイズは素早く右手をワディムへとかざす。氷塊を出現させる構えだ。
「……ッ!?」
しかし、出現しない。
トレイズの右手の前に現れるハズの氷塊は、一向に姿を見せない。
「……トレイズ!?」
数秒経ち、やっとのことで氷塊は出現したが、かなりの小ささだ。まるでコルク栓のような、そんな小ささだった。
飛来したソレを、ワディムは鬱陶しそうに左手で弾く。容易く弾かれたその氷塊は、地面へと落下し、じんわりと溶けていく。
「大気中の水分が……少な過ぎるんだ!」
絶望的なニシルの言葉とほぼ同時に、ワディムがトレイズの眼前まで迫っていた。