episode45「In desert-2」
「もしかしてズラータちゃん……ですか?」
そう、カンバーが問うと、少女はゆっくりと視線をカンバーへ向ける。
「カンバーさん……?」
やや安堵した表情で少女に問われ、カンバーはニコリと微笑んだ。
「はい、カンバーです」
「カンバーさんっ!」
少女は机の下から這い出すと、すぐにカンバーへ飛び付いた。
「……お前、ロリコンだったのか」
「違います! 何でそういう言葉だけは知ってるんですか貴方は!」
若干引き気味の表情で呟いたチリーを、カンバーはそう怒鳴り付けた。
とりあえずチリー達はお互いに自己紹介を済ませた後、散らかっているリビングを片付け、ソファの上に座った。とは言え、人数的に全員は無理なので、ジャンケンに負けたチリーとトレイズは立ったままだ。
「ズラータちゃん、一体何があったんです?」
カンバーが問うと、ズラータと呼ばれた少女は悲しげにうつむいた。
「お父さんが、連れて行かれたの」
「……ッ! デニスが連れて行かれたんですか!?」
カンバーの問いに、ズラータはコクリと頷く。
「それで、家の中が荒らされていたのね……」
まだ誰かが暴れたのであろう痕が残るリビングを、ミラルは見回しつつ言う。
「それで、一体誰にです?」
焦り気味な様子でカンバーが問うと、ズラータはボソリと、ザハールと呟いた。
「ザハール?」
腕を組み、チリーが首を傾げる。
「去年、ゲルビアからこの町に来た領主だよ……」
「ゲルビア……!」
少女の言葉に、トレイズはそう呟く。
ヴィカルドは、ゲルビアの領土である。随分と昔の話だが、ゲルビアとの戦争で敗戦したヴィカルドは、ゲルビアの植民地となっているのだ。恐らくそのザハールと言う男が領主として現れる前にも、ゲルビアの領主がこの土地を支配していたのだろう。
「何でその領主が、デニスって奴を――――」
言いかけ、途中でハッとチリーは気付く。
「赤石か!」
チリーの言葉に、カンバーはコクリと頷く。
「そう考えるのが妥当でしょうね。むしろ、今までデニスが無事だったことの方が不思議です」
「ザハールは、来た時からお父さんが何かを知っていること、知ってたみたいで……。最初は月に一度のペースでうちに来てたんだ……」
それが段々エスカレートし、現在に至ったと言う。
「ズラータちゃん。俺が前に来た時から三年間、ザハールが来たこと以外に変わったことは? 例えば、周りが砂漠になっていることについては、何か知りませんか?」
カンバーの言葉に、ズラータはコクリと頷く。
「周りの砂は、ザハールがやったの」
「――――ッ!?」
ズラータの言葉に、その場にいた全員が表情に驚愕の色を見せる。
「神力使いって訳だね」
ニシルが言うと、傍でトレイズが頷く。
「それで、ザハールはお水や果物を高い値段で売ってるの……」
「周囲を砂漠化して、水や果物等を高額で売りさばいて、それで多額の収入を得てるってこと……?」
ミラルの問いに、カンバーは恐らくそうでしょう、と答える。それを聞いた途端、勢いよく目の前の机が、チリーによって叩かれた。
「ふざけんなッ! んな酷いことが許されるかよ! その上……!」
チラリと。チリーはズラータの方へ視線を移す。
「デニスを攫って、こんな子供に寂しい思いさせやがって…………ッ!」
チリーの怒りに呼応するかのように、その場にいるズラータ以外の全員が険しい顔付きになる。
「許さねえッ!」
怒りを露にしてそう叫ぶと、チリーは勢いよく駆け出した。
「ば、バカ! どこに行くつもりよ!」
ミラルの止める声も聞かずに、チリーはそのまま家の外へと飛び出して行く。
バタンと勢いよくドアの閉まる音が聞こえると同時に、ミラルは呆れ顔で嘆息する。
「もう、ホントにバカなんだから!」
「このまま飛び出したところで、ザハールの居場所はわかってないのに……」
同じく嘆息し、ニシルは肩をすくめる。
ヴィカルドのとある酒場で、ザハールは二人の部下と共にワインを飲んでいた。
真っ赤なワインの注がれたグラスを、ゆっくりと口へ運んでいく。
「……良質な物を仕入れたな」
ザハールがそう呟くと、聞こえていたらしく、店主の男はありがとうございます、と微笑んだ。
ザハールの隣では、同じようにサングラスの男とワディムが、ワインを飲んでいる。
「ネストル。飲み過ぎなのでは?」
ワディムが問うと、ネストルと呼ばれた男は大丈夫大丈夫、と軽く答えた。
「金は腐る程あるんだからよ。ワインくらいケチケチすんなっつの」
そう言ってネストルが豪快に笑うと、その隣でザハールも違いねえ、と豪快に笑った。それに釣られ、ワディムも笑みをこぼした――――その時だった。
「そのワインのために、何人の人が苦しい思いをしてると思ってんだッ!」
ザハールと部下、そして店主しかいなかったハズの店内に、別の人間の怒号が響き渡る。
怒号の聞こえた方向、店の入り口へとザハール達は視線を移す。
「何だ、お前は?」
大して気にした風もなく、ワインを飲みつつザハールは白髪の少年――――チリーへ静かに問うた。
「んなこたぁどーでもいいんだよ! さっさと町を元に戻しやがれ!」
「……ハッ! 何を言うかと思えば……」
笑い飛ばし、ザハールはワインを一口、口に含む。
「この町の領主はこの俺だ。何をしようがテメエには関係ねえ」
「なんだと……ッ!」
怒りを露にするチリーの前へ、素早くネストルが現れ、チリーを睨みつける。その表情に、先程までの軽薄そうな様子は一切感じられない。
「小僧。いい加減にしろよ?」
「いい加減にするのはお前らの方だろ。退け、そのふざけたグラサン叩き割るぞ」
チリーの言葉に、ネストルは表情を険悪にする。
「ザハールさん……。コイツ、殺っても良いッスかね?」
「まあ待てネストル。面白ェじゃねえか。続けさせな」
殺意を発したネストルに、ザハールはそう言った。
「で、テメエはこの町を元に戻してぇんだな?」
「当たり前だろッ!」
再び怒号を飛ばしたチリーを見、ザハールは豪快に笑う。
「だが、俺に戻すつもりはねえ。どうすんだ?」
ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、ワインを飲みつつザハールが問う。そしてザハールが顎でネストルへ合図すると、ネストルはコクリと頷き、チリーの前から退いた。
「お前をぶっ飛ばせば良いんだろッ!!」
大剣を出現させ、チリーは勢いよくザハールへと突っ込んだ。
「……神力使い……!?」
大剣を振り上げ、ザハールの頭部目掛けて振り降ろした――――その時だった。
「ハッ! 無意味だッ!」
「――――ッ!?」
砂。
チリーの大剣を受け止めたであろうザハールの右手からは、パラパラと砂が零れていた。
「これ……は……ッ!?」
大剣が、砂へと変えられたのだ。ザハールの神力により、砂へと変化した大剣はパラパラと音を立てて床へと落ちていく。その内一部は、グラスの中へも落ちていった。
ザハールが触れた部分のみ、大剣が砂へと変えられている。
驚愕し、その場に停止しているチリーを見、ザハールが笑みを浮かべた時だった。
「チリーッ!」
勢いよく入口のドアが開き、店内へニシルとミラルが入って来る。
「仲間か」
呟き、ザハールは砂の混じったワインの入っているグラスを手で払い、床へと落とす。グラスは床で砕け、辺りに破片とワインを飛び散らせた。店主は一瞬驚愕の表情を見せたが、すぐに箒を用意し、グラスの破片を片付けに来た。
ザハールが立ち上がると、隣に座っていたワディムも同様に立ち上がる。
「ワディム、ネストル。行くぞ」
ザハールがそう言うと、二人はコクリと頷き、ザハールと共に店を後にした。
「今の奴……もしかしてザハール?」
ニシルが問うと、チリーはコクリと頷く。
「……ああ」
大剣の残りを消し、チリーはザハールの出て行った方向、店の外を一瞥する。
「完敗だった……!」
ギュッと拳を握り締め、悔しそうに呟く。
「チリー、どうしてここにザハールがいるってわかったの?」
「いや、勘だけど……」
あっけらかんとした様子でそう答えたチリーに、ミラルは肩をすくめる。
「お前らこそ、何で俺がここにいると?」
「聞き込みしたんだよ。チリーの特徴はわかりやすいから、すぐに聞き出せたよ」
「なるほどな……」
そう言い、チリーは嘆息する。
「あの野郎……このままじゃ終わらせねえ……ッ!」
歯を食い縛り、チリーは悔しげにそう言った。