episode44「In desert-1」
ヴィカルド。イレオーネ大陸西端に位置する、観光地として有名な町だ。
そのヴィカルドの中に、カンバーの友人は住んでいるらしい。
飛行船により、テイテスを出発したチリー達は、最短距離でイレオーネ大陸のヴィカルドへと向かった。
「……何かおかしい」
「おかしいって、何がだよ?」
窓からヴィカルドを見降ろし、怪訝そうな表情で呟いたトレイズに、チリーが問う。
飛行船の中はあまり広くない。現在チリー達がいる客席、その奥にある操縦席。飛行船の後部には、食堂とチリー達と乗組員達の部屋が計五つと、必要最低限のものしかない。が、テイテスの経済状況をトレイズから聞いたところ、この設備はかなり無理をしているらしい。一体いつ頃からこの飛行船を用意していたのやら……。
それはさておき、トレイズの感じた違和感である。
「確かにおかしいですね……」
腕を組み、トレイズと同じように窓からヴィカルドを見降ろしつつ、カンバーが呟く。
「ヴィカルドってさ、僕ら行ったことないんだけど……」
そう言いつつ、ニシルは窓からヴィカルド一帯を一瞥し、怪訝そうな表情でカンバーへと視線を移す。
「砂漠に囲まれてたっけ?」
この飛行船の窓から見下ろすが出来る目的地――――ヴィカルド。そこは、どういう訳か砂漠に囲まれていたのだ。
「いえ。ヴィカルドの周囲に砂漠はないハズです。イレオーネ大陸内に砂漠は存在しますが、そこはヴィカルドの周囲ではありません」
俺が前に来た時は違ったのですが……。と呟き、カンバーは嘆息する。
「それって何年前の話なの?」
「確か三年程前です」
そう答え、カンバーは再度怪訝そうな表情でヴィカルドへと視線を移す。
「三年か……。カンバーが見ていない三年間で、一体何があったんだろ……」
う~んと唸り、ニシルは考え込むような表情を見せたが、すぐに肩をすくめ、わかんないやと呟いた。
「考えても仕方なさそうだな……。ヴィカルドに降りて、町の人達に聞いてみようぜ」
チリーがそう言うと、ニシルはクスリと笑みをこぼす。
「確かに、チリーは考えても仕方ないよねー」
「どういう意味だ?」
「いや、だってチリーってバカじゃん」
そう言って大笑いし始めたニシルを見、ミラルは嘆息する。
「上等だニシル! ぶっ飛ばしてやるッ!」
眉間にしわを寄せ、チリーはニシルの元へ早足で向かうが、すぐにニシルはチリーから距離を取り、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「おい、その辺にしろ」
ニシルとの距離を詰め、殴ろうと拳を振り上げたチリーを一瞥し、トレイズがピシャリと言い放つ。
「着くぞ」
上から見るよりも、下で直に見た方がわかりやすい。
ヴィカルドの周囲は、確かに砂漠に包まれていた。
町は普通に機能しているようなのだが、その周囲は砂に包まれている。
「砂漠化していること以外は、前と同じようですね……」
周囲を見回しつつ、カンバーが言う。
「ヴィカルドの近くは砂漠化するような地域じゃなかったハズだ……。海も近いし、山脈の風下にある訳でもない……」
「雨の降らない地域って訳でもないですし……。一体何があったんでしょう」
まるでわからない、といった様子でカンバーは肩をすくめて見せた。そんなトレイズとカンバーの会話を聞きつつ、チリーはカンバーとは違う意味でまるでわからない、といった様子で肩をすくめた。
「まあ、とりあえずカンバーの友達んとこ行ってみようぜ。赤石の在処も聞く必要があるし、ついでに聞けば良いじゃねえか」
楽天的な表情でチリーが言うと、カンバーはそうですね、と答えた。
「ここで考え込んでも仕方がありません。俺の友人の元へ向かいましょう」
「ねえ、カンバーの友人ってどんな人?」
「ああ、そう言えばまだ話してませんでしたね」
ニシルの問いにそう答え、カンバーは苦笑する。
「デニスと言う男です。俺みたいなのと違って、屈強で頑丈なナイスガイです」
「つまりマッチョなのね……」
やや嬉しげな様子で、ミラルが呟くと、ニシルは怪訝そうな表情でミラルを見る。
「何で嬉しそうなの……?」
「何か良いじゃない。マッチョって……。こう、男らしくて……」
うっとりし始めたミラルに、全員が苦笑した。
町の中は、地面が砂漠化していることを除けば普通の町と変わらない。
ヴィカルドの市場の中を、チリー達は歩いていた。
様々な店が並んでおり、野菜や果物等が売られていた。が、水気の多い物は基本的に量が少ないか、売り切れとなっていた。
「喉乾いた……」
ボソリと。チリーが呟く。すると、その隣でニシルも同じように、喉乾いた、と呟いた。
「我慢しなさい。喉が渇いてるのは、別にアンタ達だけじゃないのよ」
呆れ顔で、ミラルが諭すように二人へ言う。
「えらく乾燥してますね……。本当にここ、ヴィカルドなんでしょうか……」
不安そうにカンバーは嘆息する。
「……場所はあっているハズだ」
そう言って、トレイズは地図を取り出し、位置を確認する。
「地図的には、ヴィカルドはこの場所であってるんですけどねえ……」
そう言って、カンバーは額の汗を拭った。
そんな様子でしばらく歩き続けていると、カンバーはある家の前でピタリと足を止めた。
「皆さん。着きましたよ」
どうやらそこがデニスの家らしい。
「よっしゃ! そのデニスって奴に水もらおうぜ!」
「うん、賛成。僕もう喉乾いちゃって、ミイラになりそうだよ」
そう言って、二人は家を眺めつつ安堵の溜息を吐いた。
「ええ、水くらいもらえるでしょう」
そんな様子の二人に微苦笑しつつ、カンバーは呼び鈴を鳴らした。
「…………変ですね」
数秒待つが、中から人が現れる気配はない。
「留守……でしょうか」
呟き、カンバーはドアノブに手をかけ、回す。すると、驚く程簡単にドアが開いた。
「おいおい、鍵かかってねえじゃねえか」
開かれたドアの奥を、チリーが覗き込む。と同時に、チリーは表情を一変させた。
「――――ッ!」
「どうしたの?」
中を覗き込んでいるチリーへ、ミラルが問う。
「お前ら……中、見てみろ」
そう言って退いたチリーの後から、ミラルやニシルも中を覗き込む。
「こ、これって……!」
家の中は、荒らされていた。中に入ってすぐ傍にある階段の手すりが、見事に破壊されており、木屑と化して床に散乱している。このことから、奥は更に酷い有様なのだと伺える。
「デニスに……何かあったんでしょうか……!」
不安げに呟いたカンバーを先頭に、チリー達は急いで家の中へと入って行く。
家の中は想像通り酷い有様で、家具等が荒々しく倒され、その内のいくつかは破壊されていた。まるで、何者かが家の中で暴れたかのような……そんな様子であった。
「一体……何が……」
チリー達がリビングへ入ると、不意にガタンと物音が聞こえる。素早くチリー達が物音のした方向へ視線を移す。
「ひ……!」
そこには、机の下で蹲っている、小さな女の子の姿があった。
男が、椅子に縛りつけられていた。
殺風景な部屋、辺りはコンクリートで包まれており、絵の一つも飾られていない。
扉が二つ。奥へと続いているのであろう扉と、外へと続いているであろう扉。その内、奥へと続いているであろう扉から、大柄な男が現れる。
短く刈りあげた髪、白いロングコートを着た筋肉質な男だ。火のついた葉巻を咥え、男の傍まで歩み寄ると、身を低くして視線を合わせた。
「よう」
ニヤリと。厭らしい笑顔でその男は男へ声をかける。
「ここから……出せ」
「……デニス。テメエ自分の立場わかってんのか?」
デニスと呼ばれた男は、目の前の男を睨みつける。
「私を、娘の所へ帰せ」
そう言い放ったデニスの胸ぐらを、男は勢いよく掴んだ。
「いい加減にしろッ! テメエが赤石の在処さえ喋りゃあいつでも帰してやるよ!」
「それは出来ない」
眉一つ動かさず、そう答えたデニスの顔を、男は右腕で思い切り殴りつけた。勢いよく、デニスは椅子ごと後ろへ吹っ飛ぶ。
男が、椅子ごと倒れているデニスの元へ歩み寄ろうとした時だった。ガチャリと扉が開く。
「ザハールさん。その辺にしといてやって下さいよ」
短い金髪を逆立てた、如何にも軽薄そうなサングラスの男が、部屋の中に入ってくる。ザハールと呼ばれた男は、その言葉を聞いて舌打ちをする。
「どうせ耐え切れずに喋りますよ、そいつ」
そう言って、男はクスリと笑った。それを見、ザハールはそれもそうだな、と呟くと、葉巻をその場に吐き捨てた。
「片付けとけ」
「はいなー」
男はそう答えると、ザハールの吐き捨てた葉巻を拾い上げると、扉の奥へと戻って行った。それと入れ違いに、今度は別の男が扉の奥から現れる。
「ワディムか」
「はい」
ワディムと呼ばれたその男は、ペコリとザハールへ一礼する。
誠実そうな顔立ちの、肩まで伸びた髪が特徴的な男だった。
数秒後、葉巻を捨ててきたらしい先程の男が、扉の奥から現れる。
「よし。お前ら、気晴らしに飲みに行くぞ」
「はい」
「はいなー」
ワディムは無表情で、サングラスの男は嬉しそうに答えると、ザハールを先頭に、別の扉から部屋の外へと出て行った。