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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
43/128

episode43「Hallucination-5」

 逆手に持ったナイフを、白蘭はゆっくりと青蘭へ向ける。

「やるか? 俺と」

 ニヤリと。白蘭は口元に笑みを浮かべる。

 答えることが……出来なかった。

 わかっている。目の前にいる白蘭は――――偽物。戦うことに、躊躇する必要はない。

 しかしそれでも、構えることすら出来ない青蘭が、そこにはいた。

「……やめて……! もう……十分でしょ……? 東国を潰して、お父さんもお母さんも、友達も皆殺して……もう十分じゃないっ! これ以上……これ以上私達を苦しめないでっ!」

 目に大粒の涙を浮かべた、伊織の悲痛な声が辺りに響いた。

「いえ、不十分です」

 ピシャリと。バルターは言い放つ。

「我らがゲルビアの国王、ハーデン様は完璧主義者……。生き残りなど許しません」

 それに、とバルターは付け足す。

「まだ、貴方達から赤石の在処を聞いていません」

 そう言ったバルターを、青蘭はギロリと睨みつける。

「知らないと言っているだろ……! こっちが教えてほしいくらいのものだ!」

「おや、本当に知らないんですか? 困りましたね……」

 肩をすくめ、バルターは嘆息する。

「まあ、そうですね……知らないのなら……」

 素早く、白蘭のナイフが青蘭目掛けて振り抜かれる。青蘭は間一髪でそのナイフをバックステップで避け、身構える。

「死んでいただきましょう」

「……幻覚で、人が殺せるのか」

「殺せないという証拠は?」

 ない。

 バルターの問いには答えず、青蘭は舌打ちする。それを見、バルターはニヤリと笑んだ。

「行くぞ……青蘭!」

 白蘭は青蘭との距離を詰めると、青蘭の顔面へナイフを突き立てんと、ナイフの刃先を青蘭へ振り降ろす。青蘭はナイフを持った白蘭の右手を、左手で掴み、白蘭のナイフを止める。そしてすかさず白蘭の顔面へ右拳を叩き込もうとし――――ピタリと動きを止めた。

 その隙を見逃さず、白蘭は左拳を青蘭の腹部へ叩きこむ。腹部に鈍い衝撃が走り、青蘭がよろめく。白蘭の右腕を掴む青蘭の左手が緩んだ隙に、白蘭は青蘭の左手を振り払うと、数歩後退した青蘭との距離を一気に詰め、ナイフを薙いだ。

 青蘭はなんとかナイフを回避するが、やや反応が遅れたため、ナイフの刃先は青蘭の右肩を軽く裂いた。

 赤い血が、青蘭の肩へ滲む。

「青蘭君っ!」

 伊織の言葉に反応する暇すら与えず、白蘭は青蘭の頭部目掛けて右回し蹴りを繰り出す。青蘭は身を屈め、白蘭の右足を避け、距離を詰める。

 白蘭は右手で左拳を押さえ、左肘を後ろへ突き出し、青蘭に避けられた右回し蹴りの勢いをそのままに、左足を軸にして身体を回転させる。突き出された左肘は、回転したことによって青蘭の頭部に直撃する。

 鈍い音と共に青蘭がその場に倒れ、立っている白蘭の背後に青蘭が倒れている――――という形になる。

「おや……神力は使わないのですか?」

 薄らと笑みを浮かべたまま、バルターが問う。

 青蘭は身体を起こし、バルターをギロリと睨みつけながらよろよろと立ち上がる。

 ――――兄に、神力を使えというのか。

 否、兄ではない。バルターの神力が……己の願望が生み出した幻想。断じて、兄ではない。

 だが、出来ない。偽物であろうと、兄の形をしたソレに攻撃することを、青蘭は無意識の内に拒んでいた。

「まあ良いです。楽に死んでくれるのならそれで」

 そう言ったバルターを、今度は伊織が睨みつける。目に涙をためたまま、それでも気丈に、伊織はバルターを睨みつると、バルター目掛けて駆け出した。それに対して、バルターは白蘭を動かさなかった。

「なんとまあ勇敢な」

 眼前まで迫って来た伊織の腹部へ、バルターは右拳を叩き込む。

「うっ……」

 短く呻き声を上げ、伊織はその場にドサリと倒れた。

「伊織ッ!」

 伊織の元へ駆け寄ろうとした青蘭の右腕を、白蘭はガッシリと掴んだ。

「……兄さんッ!」

「悪いな青蘭。俺はこういう幻覚そんざいだ。バルターの邪魔を、させる訳にはいかない」

 どこか悲しげに、白蘭はそう青蘭へ告げた。

「さて、ついでですし、眠っている間に殺してしまいましょう」



 ゆっくりと。床に落ちた絵を拾い上げる。ソレに描かれているのは、この町、ヘルテュラの名物、時計塔。細部までしっかり描かれ、色付けされたその絵は、さながら写真のようだった。

 しばらくそれを見つめた後、麗は嘆息する。

「……それは?」

 そう問うた光秀に、麗はその絵を見せた。すると、光秀は小さく感嘆の声を上げる。

「俺達のために……って訳か?」

「私に聞いてどうするの?」

「それもそうだな」

 そう言い、後頭部で両手を組み、光秀はベッドの上で仰向けに転がった。

「心配か?」

 光秀の問いに、麗は答えない。

「死んでるハズの白蘭を見たって言ってたな。そう言う妄想が幻覚になって、現実に現れる程伊織ちゃんも青蘭も、精神的に衰弱してねえハズだ。もし、アイツらが本当に白蘭を見たってんなら……」

「襲撃されている可能性があるわね」

「そういうこった」

 嘆息し、光秀はどうする? と麗へ問うた。

「捜しに行くか?」

 光秀の問いには答えず、麗はゆっくりとドアを開け、部屋の外へと出て行った。それを見、光秀は微笑むと、ベッドから出て麗の後を追った。



 バルターはポケットからナイフを取り出すと、ゆっくりと伊織の首筋へと当てた。

「やめろッ!」

 青蘭の言葉には答えない。バルターはニヤリと笑うばかりだった。

「どいてくれ! 兄さん!」

 静かに、白蘭は首を横に振った。

「だったら――――!」

 もうなりふり構っていられない。

 ――――例え、兄の姿をしていようとも!

 白蘭の顔面目掛けて、青蘭は右拳を放つ。首を傾け、それを避けた白蘭の顎目掛けて、間髪入れずに青蘭は左拳でアッパーを繰り出す。それさえも回避し、白蘭は青蘭の肩を、両手でガッシリと掴んだ。

「――――ッ!」

 白蘭は、青蘭の身体を一気に白蘭側へ倒し、その腹部へ右膝で蹴りを入れた。鈍い音がし、青蘭は小さく呻き声を上げ、その場へうつ伏せに倒れた。白蘭は屈んで、青蘭の身体を仰向けにすると、その上にまたがり、逆手に持ったナイフを振り上げる。

「じゃあな、青蘭」

 そう一言呟き、白蘭はナイフを振り降ろ――――

「……え?」

 さなかった。ナイフの刃先が、青蘭の顔に刺さる直前で停止し、プルプルと震えている。

「兄……さん?」

「……」

 白蘭は何も答えない。ただ、ナイフを振り降ろさず、その手をプルプルと震わせている。

「何をしているのです?」

 怪訝そうな表情で、バルターが問う。すると、白蘭は不意に、ナイフをその場で放り投げた。

「ッ!?」

「青蘭、大事なことだからよく聞いとけよ」

 微笑み、白蘭は青蘭の耳元へ顔を近づける。

「…………」

「――――え?」

 白蘭が耳元で何かを囁き、それを聞いた青蘭が表情を驚愕に歪める。

「恐らく今伝えたことが、今一番お前が求めている情報だ。そうだろ?」

「兄さん……」

「俺自身にも、俺が幻覚なのかそうじゃないのかわからない。だが……」

 ニコリと。爽やかに微笑む白蘭。

「出来れば、偶然天から帰って来た、本物のお前の兄……だったら良いな」

「兄さ――――」

 言いかけた、その時だった。

 ザクリと。飛来したナイフが、白蘭の背中へ突き刺さる。

「兄さん!」

 小さく呻き声を上げつつ、白蘭はゆっくりと倒れ込んで行く。

 倒れつつ、白蘭の身体は徐々に薄れて行く。

 幻覚が――――消える。虚構は、現実へと還る。

「…………」

 青蘭の身体へ倒れ込み、その姿を完全に消す寸前、白蘭は青蘭の耳元で、何かを囁いた。

「兄……さん」

 身体を起こし、青蘭はそう一言だけ呟いた。まるで、夢から覚めたような……そんな表情だった。

「何故だ……何故私の幻覚が、私に意思に反した動きを……!」

 青蘭は立ち上がり、表情に驚愕の色を浮かべたバルターを、静かに睨みつける。

「ナイフを投げたのは、お前か?」

「私の能力で創られた幻覚だ! 私がどうしようと勝手だろう!」

 吐き捨てるようにそう言うバルター。

「だったら……」

 青蘭がそう呟いた次の瞬間には、青蘭は駆け出していた。そして、あっという間にバルターとの距離を詰める。

「尚更、お前を許すことは出来ないッッ!」

 一撃。目の前のバルターの顔面へ、右拳を叩き込む。

 二撃。よろめいたバルターの腹部へ、左拳を叩き込む。

 三撃。一歩後退し、バルターの頭部へ右回し蹴りを喰らわせる。

 そのままバルターはその場に勢いよく倒れた。

 神力を発動させた状態での攻撃だ。死んでいてもおかしくはない。そう思い、青蘭は倒れているバルターを一瞥した――――その時だった。

「ッ!?」

 徐々に、バルターの身体が薄れて行く。

「幻……覚……ッ!?」

 青蘭が気付いた時には、既にバルターの姿は消えていた。どうやら……逃げられたらしい。

 ドサリと。青蘭はその場に両膝を付いた。

 兄のそうしつを、二度経験した……。

 ゆっくりと。青蘭は空を見上げた。

 ――――じゃあな。

 耳元で囁かれた、兄の最後の言葉。

「兄さん……」

 そう呟いた瞬間、今までせき止めていた感情が、一気に青蘭の中から溢れだした。

「うわあああああああああ!」

 咆哮し、青蘭はただ涙を流した。



「ハァ……ハァ……!」

 必死で、駆けて行く。

 まさかこんなことになるとは思わなかった。自分の創り出した幻覚が、意に反して動いた挙句、ギリギリまで追い詰められてしまった。

 間一髪、幻覚で青蘭を騙し、逃げ伸びることは出来たが、見つかってはまずい。ひとまずどこかに身を隠さなければ……。

 そう考え、バルターが走っている時だった。

 彼の前方に、二人分の人影が現れる。

「……お前だな?」

 ゆっくりと。人影の内一人、男がバルターへ問う。

「何のことですかな……? 私は……急いでいるんですが……」

 息を切らしながら言うバルター。

「しらばっくれる気? 美しくないわ」

 そう言い、もう一人の人影、女は嘆息する。

「ま、仕方ねえわな」

 そう言った男の腰にある物を、バルターは知っている。文献などでしか見たことはないが、アレは東国の武器――――刀。

 ゆっくりと。男は刀の柄を右手で掴み、

「お前が悪い」

 素早く抜いた。


 その瞬間、男の刀から斬撃が放たれた。


 比喩ではない、本物の斬撃が、男の刀から放たれたのだ。

 凄まじいスピードで斬撃はバルターへと飛来する。

「な――――」

 スパリと。バルターの身体は両断された。斬り口から真っ赤な鮮血を吹き出し、バルターの身体はその場へドサリと、二つ倒れた。

「やり過ぎたか?」

 男が問うと、女は肩をすくめてみせた。

「いえ、むしろ美しいわ」

 それを聞き、男は微笑する。

「相変わらずわかんねえな。お前の基準は」

 呆れたようにそう言った男へ、女は微笑んだ。

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