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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
42/128

episode42「Hallucination-4」

「青蘭君! 待って!」

 後ろから伊織の声が聞こえる。しかし、青蘭は振り返りもせずにそのまま走った。

 ――――本物のハズがないでしょう。

 脳裏を過る、先程の麗の言葉。

 白蘭が……兄が、偽物。そんなハズはない、そう信じていたい。しかし、あの白蘭が本物である証拠はどこにもない。あるのは、偽物だという証拠のみ……。

 ――――もうあれから何年経ったと思っているの? 彼が昔と同じ姿のハズがないじゃない。

 麗の言う通りだ。もう、あれから何年も経っている。なのに、白蘭の姿が変わっていないハズがない。

 何も変わらない物などない。青蘭自身も、勿論伊織も、あの日から随分と変わった。外見だけではない、内面もそれに伴って変わっている。だと言うのに、白蘭だけが、何も変わっていないハズがないのだ。

「兄さんが……偽物……」

 思い出すのは兄の顔。優しく微笑んだ、当時と変わらぬ表情。そう、当時と変わっていないのだ。

「青蘭君!」

 伊織はまだ追いかけてきている。だが青蘭は、振り向かなかった。振り向く余裕があるような、そんな精神状態ではなかった。

 ――――直接会って、確かめる。

 もう一度、もう一度白蘭に会えばわかる。偽物かどうか……確認することが出来る。

 どこにいるのかはわからない。しかし、居ても立ってもいられず、宿を飛び出し、そのまま走った。

「うおッ!?」

 不意に進行方向へ立ち塞がった男に、青蘭は勢いよくぶつかった。男はそのまま後ろへ尻餅を付き、青蘭も同じようにして後ろへ尻餅を付いた。

「青蘭君!」

 青蘭の後ろを追いかけていた伊織が、やっとのことで追いつき、青蘭の元へ駆け寄る。

「なんだ、青蘭じゃないか」

 青蘭がぶつかった相手は、白蘭だった。

「兄さん!」

「どうした? 何血相変えてんだよ?」

 微笑し、白蘭は言う。

「何かあったのか?」

「……いや」

 青蘭はかぶりを振り、ゆっくりと立ち上がる。すると、白蘭も同じようにして立ち上がる。

「兄さん、さっきはどうして急にどこかへ行ったんだ?」

「ああ、ちょっと急用を思い出してな……」

 申し訳なさそうな表情で、白蘭は後ろ頭をポリポリとかいた。

「兄さんを捜してたんだ。さ、麗さんの所へ行こう」

「ああ、そうだったな」

 そう言って微笑み、白蘭は小さく頷いた。

「……伊織、行こうか」

「あ、うん」

 後ろに白蘭を連れ、青蘭はゆっくりと歩き出す。その青蘭の隣を、付き添うようにして伊織が歩く。

「なあ青蘭、麗は……綺麗になってるか?」

 そう問いつつ、白蘭は青蘭との距離を数歩縮めると、ポケットの中へと手を伸ばす。

「ん、ああ。綺麗だよ」

「そっか。アイツ昔から結構美人だったからなぁ……」

 笑い混じりにそう答え、ゆっくりとポケットの中から鋭いナイフを、白蘭は取り出した。それを右手で逆手に持ち、また一歩、青蘭へ近づく。

「成長した麗か……楽しみだな……」

 音も立てず、ゆっくりと、ひっそりと、そのナイフを青蘭の――――首筋へと……。

「兄さん」

 ピタリと。白蘭はその手を止めた。


「そのナイフで……俺の首に何をするつもりだ?」


 低く、そう青蘭は問うた。

 問いには答えず、白蘭は数刻停止していたが、バックステップで青蘭から距離を取る。

「……浅はかだったかな」

 そう言い、白蘭は肩をすくめてみせる。

「ああ。俺も、アンタもな」

 振り返りもせず、青蘭はそう答えた。

「白蘭……さん」

 悲痛な声で、伊織は呟いた。しかしその表情に、驚愕の色はなかった。

「兄さん、あえて質問させてくれ」

 青蘭の言葉に、白蘭は答えなかった。しかしそれでも、青蘭は言葉を続けた。

「兄さんは、本当に『兄さん』なのか?」

 しばしの、沈黙。

 白蘭は黙ったまま、何も答えようとはしなかった。

「彼は偽物……という訳ではありませんよ。青蘭さん」

 背後から、白蘭のものではない男の声が聞こえる。

「――――ッ!?」

 素早く、青蘭と伊織が背後を振り返ると、そこには薄らと笑いを浮かべたバルターの姿があった。

「……どういうことだ?」

「確かに、お察しの通り本物ではありません。ですが、偽物という訳でもありません」

「お前の戯言に付き合っている程、俺は暇じゃない」

 怒気の込められた青蘭の言葉に、バルターは肩をすくめて見せた。

「彼、白蘭は……貴方が生み出したのですよ?」

「な――――ッ!?」

 驚愕する青蘭を見、バルターはクスリと笑った。

「青蘭君が……生み出した……?」

 青蘭の隣で、同じように驚愕に表情を歪めた伊織が、バルターへ問う。

「ええ、その通りです。青蘭さんが生み出した物であると同時に、貴女が生み出した物でもある」

 そう言ったバルターの視線は、ハッキリと伊織を捉えていた。

「神力使い……! しかし何故気付けなかったんだ……?」

「当然ですよ。貴方が見ている幻覚から、私の神力が感じ取れる訳ないじゃないですか」

「幻覚……ッ!?」

 白蘭を一瞥する。白蘭は先程までと変わらず、ナイフを持ったままこちらをジッと見ている。睨んでいる訳ではない、見ているだけだ。

 触れられた時の感覚もある、一緒にいて違和感もない。到底幻覚とは思えない……。が、幻覚とはそういうものだ。周囲から見れば違和感の塊、本人から見れば現実。幻覚とは、そういうものなのだ。

 伊織にも白蘭が見えているということは、恐らく伊織も青蘭と同じようにバルターの能力に影響を受けているのだろう。

「一体……いつ……!」

 思索し、すぐに気が付いた。

 ――――ああ、すいません。驚かせてしまいましたか。

 ――――これは失敬。美しいお嬢さんがいたものでして、ついつい肩に手を……。

「……あの時かッ!」

 ニヤリと。バルターが笑みを浮かべる。

「もしかして、時計塔の所で……触られた時……?」

 肩を抱きつつ伊織が呟くと、バルターはええ、と答えた。

「あの時既に……俺はバルターの能力を受けていたということか……!」

 夜、散歩に出かけた青蘭の肩へ触れたバルター。時計塔で、伊織の肩へ突然触れたバルター。この男、バルターは相手の体に触れることで、相手に幻覚を見せることが出来る能力……なのだろうか。

「それにしてもその幻覚……貴方の兄でしたか」

「それがどうした……ッ!」

「別に。ただ、貴方が今最も会いたい人間は、兄だったんですね」

 そう言い、バルターはニヤリと笑んだ。

目標ターゲットの人間に、その人間が最も会いたい人間の幻覚を見せる。油断しているところを殺させる予定だったのですが……。意外に早く気が付きましたね。まあ、そこのお嬢さんは都合が良いので、彼と同じ幻覚を見せましたが……」

 ククッと笑い、バルターは動きを止めたままでいる白蘭の傍へ歩み寄り、その肩へ手を置いた。

「……酷過ぎるよ……。私も青蘭君も、ホントに嬉しかったんだよ!」

「なら感謝していただきたいですね。幻覚とは言え、会いたい人間に出会うことが出来たんですから」

 その場に膝を付き、目を両手で覆って伊織は嗚咽し始める。そんな伊織を一瞥し、青蘭はバルターをギロリと睨みつける。

「ふざ……けるな……ッ」

 強く拳を握り締め、更に強くバルターを睨みつけると、早足でバルターへ歩み寄ると、その胸ぐらを思い切り左手で掴んだ。

「感謝していただきたいだと……? ふざけるなッ! 俺達を弄びやがって……ッ!!」

「弄んだ……? そんなつもりはありませんよ。私は、貴方達を効率良く殺そうと思っただけです」

 そう言ってニヤリと笑ったバルターの顔面を、青蘭は渾身の力で殴りつけた。その際にバルターの胸ぐらを離したため、そのままバルターは後方へ吹っ飛んで行く。

「おや……神力は使わなかったんですね……」

 よろめきつつも、バルターは立ち上がる。

「一つ……質問をします。赤石の在処を……知りませんか?」

「赤石の……在処?」

 コクリと。バルターは頷く。

「東国の王族である貴方なら……知っているのではないですか?」

 麗も、青蘭へ赤石の在処について問うた。勿論青蘭は赤石の在処など知らない。白蘭は知っていたらしいが……。この男と言い、麗と言い、まるで赤石が東国と関係あるかのような口振りである。

「知らない。知っていたとしても、お前には教えない」

「でしょうね……」

「言いたいことはそれだけか?」

「ええ、これだけです」

 そう答え、バルターは微笑する。

 ――――顔面に一撃入れられておきながら、この男の余裕は何なのだろう。

 何か勝算があるのだろうか……。だが――――関係ない。この男だけは、許すわけにはいかない。

 神力を発動させ、素早くバルター目掛けて青蘭が駆けた――――その時だった。

「おっと」

 青蘭の前に、白蘭が立ち塞がる。反射的に、青蘭は動きを止めた。

「――――ッ!?」

「悪いが、お前の相手は俺らしいぜ」

 そう言って、白蘭はナイフを構えた。

「青蘭さん……戦えますか? 自分の、兄と」

 邪悪に、バルターが微笑んだ。

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