episode38「My mind」
いつもの砂浜で、鳴り響いているのは波の音と金属音。昨日もやっていたと言うのに、チリーとキリトは今日も戦っている。
チリーは父と互角以上に戦えるのが嬉しいらしい。そしてキリトは、息子が実力を付けたことが嬉しいようだ。二人共随分と楽しげに戦っている。
そんな二人の様子を、少し離れた場所でミラルは見守っていた。いつもと、同じように。
だが、いつもと違うのはその隣にニシルがいることだろう。いつもならチリー達に混じって戦っているハズなのだが、今日はどういう訳か混じらず、ミラルの隣で同じように二人を眺めている。
「ねえ、ニシルは二人に混じらないの?」
ミラルが問うと、ニシルは小さく頷いた。
「面倒じゃん」
「いや、面倒って……」
「疲れるし、ここは親子の仲に水をさすのはどうかな……って」
そう言って、ニシルは肩をすくめて見せた。
「ニシルだって、チリー達とは家族みたいなものじゃない。遠慮すること、ないと思うな……」
ミラルがそう言うと、ニシルは首を横に振る。
「確かにそれはそうなんだけどね……。ま、なんというか。今日は気が乗らない」
ニシルは悪戯っぽく笑うと、ミラルが抱えているバスケットへ視線を移す。
「ねえ、それは?」
ああ、これね。とミラルはバスケットにかけられている布を取り、中をニシルへ見せた。
中に入っていたのは、サンドイッチだった。どうやらミラルのお手製らしい。
「いつもいつもよく作るよ。僕だったら面倒でやめちゃうな」
「うん。でもね、私のサンドイッチ、チリーが喜んでくれるから」
チリーが? とニシルが問うと、ミラルは嬉しそうに頷いた。
「昨日ニシルがいない時にね、二人にサンドイッチ持って行ったのよ。あんまりチリーが期待するから『期待しないで』って言ったら、何て言ったと思う?」
もったいぶるように、ミラルはニシルへ問うた。
「……何て言ったの?」
微笑し、ニシルが問うと、ミラルは待ってましたと言わんばかりに微笑んだ。
「チリーがね、『そのいつものサンドイッチが食いたかったんだ』って」
「あのチリーがねえ……」
あの時、そう言ってチリーは嬉しそうにミラルの作ったサンドイッチを頬張っていた。その時のことを思い出し、ミラルは嬉しそうに微笑んだ。
そんなミラルの様子を見、ニシルも微笑んだ。
「ミラルってもしかしてさ……」
「何?」
「チリーのこと好きなの?」
ニシルが問うた瞬間、ピタリとミラルの動きが停止した。流石にバスケットを取り落とすようなことはなかったが、停止したまま動かない。
数秒後、ミラルの顔はみるみる内に真っ赤になり、恥ずかしそうに、何言ってんのよ! と怒鳴りつけた。
「そ、そんな訳ないじゃない! サンドイッチのことは、喜んでもらえるのが嬉しいだけで……」
「じゃあ、嫌いなの?」
ニシルがそう問うと、ミラルはすぐさま首を横に振った。
「え、いや……そういう訳じゃないんだけど……」
口籠るミラルを見、ニシルは悪戯っぽく笑うと、どうなの? と問うた。
「好きっていうか……その、大事な…………友達……」
「ごめん。聞こえない。もう一回」
ニヤリと。ニシルは笑っている。
――――絶対わざとね。コイツ、私が困ってるのを見て楽しんでるんだわ……。
短く嘆息し、ミラルは呆れたように仕方ないわね、と呟いた。
「……好きよ。チリーのことが……。これで、良いでしょ?」
プイッとニシルから目を背け、ミラルが渋々そう答えると、ニシルはやっぱりね、と嘆息する。
「や、やっぱりって……」
「それ、気付いてないのチリーくらいだよ。トレイズはわかんないけど、青蘭は気付いてたし」
そう言い、ニシルは多分トレイズも気付いてるよ、と付け足した。
それ聞いて、ミラルの顔はますます赤くなっていく。そんなミラルの様子を見、ニシルは何やら楽しそうに微笑している。
「チリーのどんなとこが好きなのさ?」
「どんなとこって……」
ミラルは思索する。自分は何故、チリーのことを好きになってしまっているのか。
過去に特別何かあった訳ではない。旅の中で、何度も彼には助けられたが、それは理由にならない。ミラルがチリーを好きになったのは、旅に出る前の話だ。
「アイツ馬鹿だし、考え無しだし、口は悪いし、行儀悪いし、僕のことすぐ叩くし……」
指で数えつつ、ニシルはチリーの悪い点を並べていく。
「……でも」
途中で、ミラルが口を挟んだ。
「でもチリーは、真っ直ぐだから」
「真っ直ぐ?」
ニシルの問いに、ミラルはコクリと頷く。
「馬鹿だけど、真っ直ぐなの、アイツは。私が……ついうっかり好きになっちゃうくらいにね」
そう言い、ミラルはキリトと戦うチリーの姿を眺める。
真っ直ぐで曇りのないチリーの瞳は、しっかりとキリトを捕らえている。凛々しく、雄々しく、猛々しく、チリーは戦っていた。
ニコリと。ミラルは微笑んだ。
「そんなに……好き?」
「……うん。って何言わせてんのよ馬鹿!」
ニシルの頭を、ミラルは軽く叩いた。ニシルは痛そうに頭を押さえつつ、ミラルへ視線を据える。
「僕が――――ミラルのことが好きだって言っても、ミラルはチリーのことが好き?」
一瞬、ミラルは何を言われたのかわからず、間の抜けた表情でニシルを見つめていた。
「え……?」
しばらく、ニシルは真剣な眼差しでミラルを見つめていたが、すぐに視線を逸らした。
「ニシル?」
ニシルは肩をすくめて見せると、ミラルの方へ視線を戻す。
「冗談だよ。僕は年上が好みだから」
そう言って、ニシルは悪戯っぽく笑った。
「も、もう! ビックリしちゃったじゃないっ!」
再び、ミラルはニシルの頭を叩いた。それも、先程より強くだ。
「ごめんごめん」
叩かれた頭を痛そうに押さえ、ニシルは冗談っぽく謝罪の言葉を告げる。
微笑んではいるが、その瞳に憂いの色が見えたのを、ミラルは見逃さなかった。
テイテスに滞在して丁度三日。チリー達はアグライから呼ばれ、城へ来ていた。場所は室内ではなく、広い、城の庭だった。
特に何がある訳でもなく、芝生が生い茂っているだけの庭で、アグライの言う「考え」らしき物は見当たらない。
庭の中心にアグライ、その横にはカンバーが、そして彼ら二人の前に、チリー達四人が適当に並んでいる。
「おっさん。で、どうやって俺達はイレオーネに行けば良いんだよ?」
問うたチリーを小突き、失礼でしょ、とミラルが耳打ちするが、チリーは気にしていない様子だった。
「正直、君達をこのまま行かせるのは不安だ。命を失うことになりかねない」
「大丈夫だよ。トレイズもいるし、バカチリや僕だって、一応戦力にはなるし」
そう言ったニシルへ、バカは余計だとチリーが騒ぎ立てるが、それには誰も取り合わない。
「君達と共に送り出した、数人の兵士がいただろう?」
アグライの問いに、チリーとニシルはコクリと頷く。
「彼らは全員、消息を絶っている」
「「――――ッ!?」」
アグライの言葉に、チリーとニシル、そしてミラルの表情が驚愕に歪む。しかしすぐに、チリーは不敵に笑みを浮かべた。
「心配ねえよ。俺達なら」
そう言って、同意を求めるようにチリーは一同の顔を順番に見る。それに答えるように、一同は力強く頷いた。
「……頼もしいな」
小さく溜息を吐き、アグライは肩をすくめて見せた。
「それより、さっさとどうやってイレオーネに行くのか教えてくれよ」
「まあ待て。すぐに準備する。カンバー」
急かすチリーをなだめ、アグライがそう声をかけると、カンバーはコクリと頷き、ポケットから何やらスイッチの付いた機械を取り出し、アグライへ手渡した。
「皆、少し離れてくれ」
機械を受け取ると、アグライはカンバーと共に数十歩下がる。それに倣い、チリー達も後ろへ数十歩下がる。
「では行くぞ」
カチリと。アグライはスイッチを押した。
「――――ッ!?」
不意にまるで地震でも起きたかのように地面が揺れ始める。アグライとカンバーを除く全員が、驚愕に表情を歪めていた。
「マジかよ……!」
凝視しているのは、何の変哲もない芝生……だった場所だ。芝生だけが生い茂っていた地面がスライドし、その下にある空間を露にしたのだ。
揺れが収まる頃には、芝生の下に何が隠されているのか容易に見て取れた。
「流石にビックリだね……」
凝視しつつ、ニシルが驚嘆の声を上げる。
スライドした地面の下、その床らしき物は徐々に上がって行き、隠されていた巨大なソレを露にした。
「時代はこんなに進歩していたのか……ッ」
驚嘆の声を上げたチリーの目の前にあるのは、巨大な白い物体。瓜のような形をしたソレを凝視する一同を眺め、アグライはニヤリと笑った。
「飛行船だ」
白い、飛行船。飛行船としては大した大きさではないのだが、何よりチリー達を驚かせたのは、テイテスに、こんな飛行船を用意出来る程の財力があったことだった。
「中に食料や資金を乗せてある。パイロットも含め、五人程乗組員もいるぞ」
「……よくこんな物を用意出来たな」
流石のトレイズもこれには驚いているらしく、表情を驚愕に歪めたまま呟く。
「島そのものの一大事だからな。なりふり構ってられないさ」
そう言って、アグライは微笑した。
「ま、何にしても用意は整ったね」
ニシルがそう言ってニコリと笑うと、チリーはおう、と答え、飛行船を見つめる。
「さあ行くぜ……イレオーネ大陸に!」
コクリと。アグライを除く全員が頷いた。