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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
37/128

episode37「Your name-2」

 トレイズの目の前に立っていたのは、一人の男だった。

 男はトレイズが泣いていることに気が付いたらしく、しばらくあたふたとしていたが、後ろにいた初老の男と、何やら話し始めた。

 どうせ、自分をどう処分するのか相談しているだけだろう。そう考えつつも、どこかで期待している自分がいた。

 ――――この人なら、自分を助けてくれるんじゃないか。何とかしてくれるんじゃないか。

 そんな風に考える自分も、確かにいたのだ。

「……家はどこだ? 連れてってやろう」

 そう言って、男はトレイズへと手を差し伸べた。しかし、トレイズはその手を取らず、帰りたくない、と答えた。

 絶対に帰りたくない。あんな家に帰るくらいなら、この場所で朽ち果ててしまう方がマシだ。トレイズはそう考えていた。

「ロベルト、出来れば連れて帰ってやりたいのだが……」

 男が後ろにいる初老の男へ言うが、ロベルトと呼ばれた初老の男は首を横に振った。

 ――――やっぱり、駄目か。

 自分はここで朽ち果てる運命なのだと、トレイズは悟った。最後に、優しい人間に会えただけでも、少しは良かったと言えるだろう。

「私はアレクサンダーだ。お前は?」

 アレクサンダー……。それはこの国の王の名前だった。ただ同じ名前なのか、それともこの男が王なのか。トレイズにとってはどうでも良かった。

「トレイズ……」

 呟くように答えると、アレクサンダーは屈み込み、トレイズへと背を向け、両手でトレイズを掴むと、その背中にトレイズを乗せた。

「王様……何を?」

 ロベルトが、アレクサンダーへ問うた。

「トレイズ、君の家はどこだ?」

 アレクサンダーの問いに、トレイズは答えず、首を横に振った。

「あの家に帰るくらいなら……死ぬ」

 まあそう言うな、とアレクサンダーはトレイズへ微笑みかけた。

 ――――微笑みかけられた。この自分が、疎まれ続けた自分が、微笑みかけられた。

 その事実に驚愕し、トレイズはもう一度涙を流した。

「『帰りたくない』ということは、帰ることが出来る家があるということだな。教えてくれ、君の家はどこだ?」

 気が付けば、トレイズはアレクサンダーに、家の場所も含めて全てを、包み隠さず話してしまっていた。

 アレクサンダーはトレイズを背に乗せたまま、トレイズの家へと歩きつつ、時には相槌を打ちながら、トレイズの話を静かに聞いていた。

 両親のこと、弟のこと、捨てられたこと……。

「トレイズ、いずれ正式に君の家へ案内を送るが、私の側近を決める選定試験がある。受けてみる気はあるか?」

 側近……。その単語から察するに、やはりこの男は王なのだろう。アレクサンダー、テイテスの王。その側近を決める試験を、自分に受けろと言っているのだろうか。

「それに合格すれば、私は君を正式に城へ招くことが出来る。城に住まわせることが出来るのだ」

「王様、流石にその年齢では……」

 ロベルトの言葉には耳を傾けず、アレクサンダーは言葉を続ける。

「試験の日まで必死に修行を積めば、合格することが出来るだろう。私にはわかる。何故なら君には、特別な力がある」

 特別な力。何のことだろうか。皆目見当が付かないが、アレクサンダーが言うのだから真実なのだろう。

 いつの間にか、アレクサンダーを心底信用し切ってしまっていた。

 アレクサンダーはトレイズの家へ着くと、父と何やら話し合っていた。あの横暴な父が、ペコペコと頭を下げている姿が妙に滑稽だった。

 アレクサンダーは一度その場を去ったが、数時間後にもう一度トレイズの家を訪れた。どうやら父が捨てたトレイズの弟を捜しに行ってくれていたらしい。しかし、見つからなかったと、トレイズに謝罪していた。

 弟が発見されなかったと聞き、トレイズは落胆した。顔はおぼろげにしか覚えておらず、名前すら知らない弟のことだが、心底心配した。

 結局、トレイズは元の家で暮らすことになった。あの父の元でだ。しかし、アレクサンダーが何か言い付けたのか、扱いは随分と良くなった。扱いだけ、だが。

 最初の数ヵ月の内は、毎日のように必死になって弟を捜し続けたが、結局見つからず仕舞いだった。何度か父に名前だけでも教えてくれと頼んでみたが、意地になっているのか一向に教えてもらえなかった。

 次第に時は過ぎ、数年が経った頃に、トレイズの元へ王の側近選定試験の案内が届いた。合格者は王の側近として、城で暮らすことになるのだという。

 その試験のためだけに、トレイズは修行に明け暮れていた。師はいない、全て我流だ。それでも、自分は強くなったという確かな実感が、トレイズにはあった。

 そして、王に言われた「特別な力」、色々と試している間に自分は氷を自在に操ることが出来るのだと理解した。最初の内は制御することが出来なかったが、訓練を重ねる内に、完全に制御出来る程成長した。

 そして――――合格。

 神力と呼ばれるらしいトレイズの能力は、試験の中で高く評価された。トレイズの他にも、アグライと言う男等、合計三人が合格となった。

 合格した当日、アレクサンダーはトレイズへこう告げた。

「君を、待っていた」

 数年も前の、アレクサンダーからすれば、どうでも良かったともとれるようなあの日のことを、彼はしっかりと覚えていた。アレクサンダーは本当に、待っていたのだ。

「俺も、この日を待っていました」

 跪き、トレイズは一礼する。そしてこの瞬間、トレイズは決めたのだ。

 ――――この方に尽くそう。と。



 ゆっくりと。トレイズは目を開く。どうやら眠ってしまっていたらしい。

 昼間だったハズが、既に辺りは夕焼け色に染まっていた。長く眠ってしまっていたようだ。

 随分と、長い夢を見ていた気がする。古い、昔の記憶。

 夢で昔の映像を見ることがあると、話に聞いてはいたが信じていなかった。だが、どうやらその話は本当らしい。

「……懐かしい」

 ボソリと呟き、夢の内容を反芻する。

 今でも、時々弟のことが気にかかる。彼は今どこで、何をしているのだろうか。名も知らぬ弟は今も、どこかで生きているのだろうか。

 ――――違う家庭で、幸せに暮らせているのだろうか。それとも、一人で生きているのだろうか。

 せめて名前だけでも、知っておきたかった。

「何してんの?」

 どこか呆れたように、でもどこか楽しそうに、誰かがトレイズへ問うた。

「……昼寝だ」

 声のした方向へ視線を移し、ぶっきらぼうにトレイズは答えた。

「らしくないね」

「そうかもな」

 トレイズが微笑すると、つられて声の主――――ニシルも微笑する。

「トレイズは知らないと思うけど……僕ね、元々捨て子だったんだよ」

 不意に、ニシルはそう言い、トレイズの隣へちょこんと座った。

「同じだな……」

「そうなの?」

 ニシルの問いにトレイズはコクリと頷く。

「捨てられて、僕が呆然としているところをチリーが見つけてさ、今の親……キリトさんが僕を拾ってくれた」

「キリトと言う男は、良い親だったか?」

 当然だよ、とニシルは答え、微笑んだ。

「前の親のことは、あまり覚えてない。お母さんは優しかった気がするけど、どこか歪んでた気がするよ」

 そう言って、ニシルは苦笑する。

「俺の両親も、歪んでいた」

「同じだね、僕達」

 そうだな。そう言って、トレイズが微笑すると、ニシルがスッと立ち上がり、数歩歩く。丁度、トレイズに背を向けているような状態になった。

「僕はね、今日、自分がどこで産まれたのか、誰が本当の親なのか、確かめてきたんだ」

「……そうか」

 それは本当に勇気の必要な行動だ。知らなくて良かった物まで、知ることになる。知らないままで良かったのに、知ってしまうことになる。それを承知で、ニシルは確かめたのだろうか。

「僕が捨てられた……雨が降るあの日、捨てられたのは僕だけじゃなかった」

「……」

 一つの事実を、トレイズは仮定した。しかしすぐには口に出さず、黙ってニシルの言葉を待つ。

「違う場所でもう一人、捨てられてたんだ」

 脳裏を過るのは、あの日の光景。雨の中呆然と座り込む、自分の姿。

「僕は顔も名前も知らなかったけど、そのもう一人は、捨てられるその日まで、ずっと僕の近くにいたんだ……。そいつのことが気になって、今日僕は、確かめてきた」

 ゆっくりと。ニシルはトレイズの方を振り返る。

「隔離された状態だったけど、確かに僕には兄がいて、同じ日に捨てられていたんだ」

 名も知らぬまま捨てられ、どこにいるかもわからなかった弟。彼は、ちゃんと優しい親に拾われていた。ちゃんと、生きていた。

 既に――――傍にいた。


「初めまして、兄さん」


 そう言って、ニシルは悪戯っぽく笑った。

 一瞬、トレイズは呆気に取られたような表情をしたが、すぐに微笑した。どこか安心したような、そんな微笑。

「言っとくけど、今ので最後だからな! これまでの関係は崩さない。その方が、良いだろ?」

「……ああ。十分だ」

 今ので、十分救われた。

 弟は傍にいた。気付かない内に。

 ――――求めていた物は、既に手の中にある。


 あの日の雨が、やっと止んだ気がした。

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