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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
36/128

episode36「Your name-1」

 潮風が吹き、波の音が響く海岸の砂浜。そんな場所で、二人は戦っていた。

 大剣を振るう少年はチリー、小振りなショートソードでチリーの大剣を受け流しているのは、その父――――キリト。

 互いの剣が激しくぶつかり合い、波の音に混じって金属音を響かせている。

 そんな二人の様子を、少し離れた場所で眺めながら、ミラルは微笑んでいた。

 ――――懐かしい。

 昔……いや、本来なら昔と言う程古い話ではないのだが、何だかもう随分と昔のような気がする。

 不意に、一際大きな金属音が辺りに鳴り響く。見ると、キリトのショートソードが空中で回転している。

「勝った!」

 ニヤリと笑い、ショートソードが手から離れて狼狽しているキリトの眼前へ、チリーは素早く移動する。

「……俺の負け、か」

 そう呟き、キリトは嘆息する。その表情はどこか満足気だったが、同時に悔しそうにも見えた。

「はい、そこまで!」

 ミラルは足元に置いていたバスケットを抱え、チリーとキリトの元へと駆けて行く。

「おお、ミラル! 見てたか今の! 俺の勝ちだぜ!」

 興奮気味の状態で、チリーはミラルに向かって親指を上へ突き立てた。そんなチリーの様子に、ミラルは微笑んだ。

「うん、おめでとう!」

 そう言って、ミラルは抱えていたバスケットをチリーとキリトの二人に見せた。

「ミラルちゃん、いつもすまないね」

「いえ、好きでやってるだけですから」

 キリトにそう答え、ミラルはニコリと笑った。



 いつもの大木の上、チリー達は三人で並んで座った。チリーはバスケットを見つめながら、今か今かと中身が取り出されるのを待っている。キリトは、そんなチリーの様子を呆れ顔で見ている。

「そんなに期待しないでよ。いつものサンドイッチなんだから……」

 そう言って、ミラルはバスケットの中から二つ、サンドイッチを取り出すと、隣のチリーに手渡し、一つはキリトさんに渡して、と伝えた。チリーはサンドイッチを一つキリトに手渡すと、ミラルに向かってニコリと微笑む。

「何言ってんだよ。俺はその『いつものサンドイッチ』が食いたかったんだ。しばらく食ってねえしな」

 そう言って、チリーは持っているサンドイッチにかぶりつく。

「おいしいんだから、もっと自信持って良いと思うぞ」

 そう言って、キリトもゆっくりとサンドイッチをかじる。

「……ありがとう」

 褒められ、ミラルは頬を赤らめると、嬉しそうにバスケットを抱き締めた。



 サンドイッチを食べ切り、一息吐くと、キリトはそれにしても、と話を切り出した。

「チリー、お前随分と強くなったな……。見違えたぞ」

「まあな。もう親父には負けねえよ」

 そう言って、チリーはニッと笑う。

「生意気なこと言いやがって……」

 そう言って笑いながら、キリトは優しく、チリーの頭の上に右手を置いた。

「まあ、元々お前の身体能力だけはずば抜けてたからなぁ……。お前に足りなかったのは、実戦経験だった。旅の中で、結構な数の死線をくぐり抜けてきたようだな」

 言いつつ、キリトはゆっくりとチリーの頭をなでた。数秒なでられ、やがて恥ずかしくなったのか、チリーはキリトの右手を慌てて振り払う。

「ば、馬鹿親父! 恥ずかしいだろーが!」

「親子だろ?」

 キリトが微笑みかけると、チリーはそれもそうだが……と呟き、やや頬を赤らめたまま少しだけ微笑んだ。

「そう言えば、ニシルはどこにいるの?」

 不意に、ミラルが問う。

「さあ、一旦家には帰って来てたんだが、なんか『僕の出生の秘密を暴く! じっちゃんの名にかけて!』とか訳わかんないこと言いながら出てったぜ」

 じっちゃんの名にかけて! と言うのはよくわからないが、出生の秘密……。ニシルは元々捨て子で、偶然見つけたチリーがキリトに伝えたところ、キリトが引き取って育てた。故に、キリトはニシルの実の親ではないし、チリーも兄弟という訳ではない。

 それでも、二人は兄弟と大差ないと、ミラルは思う。喧嘩ばかりしているが、本当は誰より仲が良いことを、ミラルは知っている。そんな二人の関係が羨ましくて、ニシルをライバル視していた時期もあるくらいだ。と、そこまで考えてミラルは頬を赤らめた。

 ――――何で私がニシルをライバル視するのよ! 何のライバルよ!

 わかってはいても、素直には認められないのだ。

「チリー、お前達はいつまでここにいれるんだ?」

「アグライのおっさんが言うには、出発に準備が必要だから三日程待ってくれってよ」

 赤石の在処を知るため、チリー達はイレオーネ大陸へ向かわねばならないのだが、イレオーネ大陸へ行くにはかなりの日数と資金がかかる。しかし、何やらアグライに考えがあるらしく、準備が必要なのでチリー達は三日程テイテスに滞在することになったのだ。

「カンバーさんはアグライさんの手伝いでしょ、トレイズは……どうしてるのかな」

「さあな。アイツのことだから心配ねえだろ」

 チリーの言葉に、ミラルはそれもそうよね、と答えた。



 島の中央に存在する森。中心にテイテスの「核」があるあの森の入口で、トレイズは一人立っていた。

 木漏れ日が、物憂げな彼の表情を照らしている。

「王……」

 思いだすのは、アレクサンダーの顔。テイテスの王であり、幼き日のトレイズを救った男。

 あの日、自分が寄りかかっていた木の幹に触れ、嘆息する。今でも鮮明に思いだすことが出来る。あの時の虚無感、絶望感、濡れた木の幹から自分の服へとしみ込んで来る水。寒くて、冷たくて――――寂しかった。

 ゆっくりと、その木に寄りかかり、腰を下ろし、丁度あの日と同じ体勢になる。

 上を見上げ、生い茂る葉の間から、太陽の光を見る。あの日とは正反対の天気だ。カラッと晴れていて、温かい。


 ――――大丈夫か?


 思えば、安否を確認されたのはあの日が初めてだった。醜悪な両親によって傷付けられ続け、冷え切っていたトレイズの心に、温かさを教えたあの言葉。



 親が自分を産んだのは、単なる気まぐれだったらしい。大した意味もない、別に子供が欲しかった訳でもないのに、彼らはトレイズを生んだ。何故だか覚えている、生まれたての彼に向けられた視線は、冷めた視線だった。

 物心ついた時には、既に疎まれているのだとわかっていた。

「どうして子供なんか産んだ? 面倒なだけだろう」

「折角貴方との間に出来たんだから、産んでみたくなっただけよ」

 それだけの理由らしい。父はトレイズを見ればすぐに殴りつけたし、感情表現の下手なトレイズに、母が優しく接してくれたのは最初だけだった。

「何よこの子。折角私が遊んであげてるのに、表情一つ変えないわ。気味が悪い」

 不器用なだけ、とは受け取ってくれなかった。次第に母までもがトレイズを邪魔者のように扱い始めた。

 親と楽しそうに歩いている子供を見る度、嫉妬心で頭がどうにかなりそうだった。母に抱かれる子供、父とじゃれる子供、両親と手を繋いで幸せそうに帰路に着く子供。見れば見る程どうにかなりそうだった。

 ――――俺の前で、そんなに幸せそうに笑うな。

 不意に怒りが込み上げ、一度だけ親と楽しそうに過ごす子供に、殴りかかったことがある。

 ――――悔しかった。

 愛されていない自分と、愛されている他の子供。何だか無性に悔しくて、トレイズは殴りかかった。勿論向こうの親には怒られたし、両親にもこっ酷く叱られた。

「お前のせいで、俺が謝る羽目になっただろ!」

 父はトレイズを怒鳴り、暴力を振るった。無駄だとわかりつつも、母に助けを求めたが、母はトレイズを一瞥し、溜息を吐くばかりだった。

「何で産まれてきたのよ」

 こっちが聞きたかった。どうして産んだのかと。

 それからしばらくして、母が二人目の子を身籠った。父は産む必要はないと繰り返したが、母はこう言った。

「トレイズよりマシな子なら、どんな子でも良いわ」

 母のそんな言葉に絶望を感じながらも、一つだけ希望があった。

 これから産まれる弟、もしくは妹なら、自分を愛してくれるのでは、と。自分を兄と慕ってくれるのではないか、と。

 ――――産まれてきたら、うんと優しくしてやろう。

 母の腹部が大きくなる度に、トレイズはそんなことを考えていた。愛されないのなら、愛されるように愛を与えたい。せめて、これから産まれて来る子供にだけは。

 それを支えに、必死で生きた。

 何度も死にたいと考えたが、産まれて来る兄弟のため、必死で生きた。どんな言葉を浴びせられても、どんな暴力を振るわれても、必死で耐えた。

 全ては――――産まれて来る兄弟のため。

 そうして待ち続け、産まれたのは弟だった。

 ――――嬉しかった。

 自分を疎まない、唯一の肉親。

 あまりに嬉しくて、ついつい母へ問うた。

「お母さん、その子の名前は?」

 だが、母はトレイズの問いには答えたがらなかった。それどころか、心底嫌そうな顔でこう答えた。

「アンタには関係ない」

 トレイズとその弟は、完全に隔離された状態で育てられた。父は弟に対しても酷かったが、母は弟だけは愛した。それが堪らなく悔しくて、何度も何度も壁や床を殴り付けた。

 名も知らぬ弟は、兄をさしおいて母へ愛され続ける。愛そうと誓った弟に対して、トレイズは嫉妬心を抱いた。それでも自分に言い聞かせる。

 ――――弟は悪くない。

 憎しみはなかった。あるのは、行き場のない嫉妬心。悔しくて悔しくて、仕方がなかった。

 だが、弟が産まれてから数年後、母は病で倒れ、命を落とした。その頃には既に、トレイズは肉親に対して深く考えるのをやめていた。

 関係ない。あんな親、死んで当然だ。涙はこぼれない。

 家には、トレイズと父、そして弟だけが残された。弟を愛していた母が消えたため、弟は子供を疎む父によって、ぞんざいに扱われた。

 しかしそれでも、二人は隔離されたままだった。

 そのまま数ヵ月が経ったある日のことだった。

 その日は、豪雨だった。

 その日、トレイズは父に頼み込んだ。

「弟に会わせてほしい。一度だけで良い」

 無論、父はその要求を断った。それでもトレイズはしつこく食い下がった。弟に会わせてくれ、と。だが頼む度に父の機嫌は悪くなる一方だった。そして散々トレイズを殴った挙句、父はこう言った。

「元々俺にはどちらも必要ない! お前らなど捨てる!」

 母がいない今、弟を守る者はいない。

 ――――弟も、捨てられる。

 そう悟ったトレイズは、何とか阻止しようと父に頼み込んだ。だが父は一切聞かず、トレイズへ目隠しと猿轡を付け、抱え込んで手足を動けなくすると、雨の中外へ飛び出した。

 ひたすらジタバタと暴れたが、父は止まらない。

 そして、ドサリ。トレイズは放り投げられた。父の走り去る音。慌ててトレイズは自由になった手で目隠しと猿轡を外したが、その時には既に遅く、父の姿はなかった。

「とうとう、捨てられたか」

 トレイズがいたのは森の入口。中に入ってはいけないと、噂で聞いた森だった。この森に来るのは勿論初めてで、帰り方などわかるハズもなかった。傍の大木によりかかり、雲に覆われた空を見上げる。冷たい雨が、トレイズの顔を濡らした。

 もう、どうでも良かった。このまま死ぬのも悪くないと、そう思ってしまった。

 弟のことだけは気にかかるが、もうどうにもならない。父はどちらも捨てると言った。あの父が、同じ場所に弟を捨ててくれるハズがないし、そうするのならトレイズと一緒に連れて来たハズだ。

 希望なんて、一つもない。あるのは絶望と虚無。濡れた大木の幹から、トレイズの服へと水が染み込んだ。

 冷たい雨に、顔が濡らされる中、温かいしずくが、頬を流れた。

 これから死ぬんだと思うと、涙が出てきた。

 そんな時だった。

 ピタリと。トレイズを濡らしていた雨が止んだ。否、雨粒が何かに遮られただけだ。

 傘。トレイズを濡らしていた雨粒は、傘によって遮られた。

「王様、何をしてらっしゃるのですか?」

 どこかから、老人の声が聞こえる。

 傘の主は少し後ろを振り向くと、ちょっとな、と答えた。

 すぐに傘の主はトレイズの方へ視線を戻し、こう問うた。


「大丈夫か?」


 その瞬間、何故か涙が溢れた。

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