episode33「East person-4」
三人の幼い子供が、森の中をずんずんと進んで行く。一際背の高い少年を先頭に、その後ろを二人の少女が付いて行く。
「どこへ行くの?」
栗色の、長い髪をした少女が問う。すると少年は振り向き、得意気に内緒、と答えた。
「そろそろ教えてくれても良いじゃない」
そう言ったのは、黒髪の少女だった。
「……もうすぐ着くよ」
しばらく歩くと、少年がピタリと足を止めた。
「どうしたの?」
黒髪の少女が問うと、少年は振り向き、ニッと笑った。
「着いたよ」
そう言って少年は数歩前に進む。
「……うわぁ」
栗色の髪の少女は、目の前に広がる光景を見た途端、感嘆の声を上げた。
「綺麗……」
黒髪の少女も、その光景に見惚れている。
「すごいだろ。兄さんに教えてもらった……俺と兄さんの、特別な場所」
そこにあるのは、小さな湖だった。木漏れ日が水面に反射し、美しく輝いている。周囲では鳥がさえずり、湖では優雅に魚達が泳いでいる。
「俺達と兄さんの……四人だけの秘密の場所だ」
そう言って少年が微笑むと、二人の少女も釣られて微笑む。
少年は思う。ずっとこのまま、こうしていたい。この美しい空間で、みんなと過ごしていたいと……。
そこで、映像はプツリと途切れた。
ゆっくりと。思い瞼をこじ開けると、最初に視界へ入ったのは天井だった。
「……夢、か」
随分と懐かしい夢を見たものだ。もう何年も前の映像だ。
目をゴシゴシと擦り、青蘭はゆっくりと身体を起こす。
「あ、おはよう」
青蘭に気付き、そう声をかけたのはミラルだった。起床した彼女は、どうやらいつもの如くこちらの部屋へ来ていたらしい。
チリーとニシルはまだ気持ち良さそうに眠っていたが、トレイズは既に起床しており、腕を組んだまま黙っている。
「さっきトレイズと話してたんだけどね、テイテス行きの船へは、今日乗ろうと思うの」
「……え?」
確認するように青蘭がトレイズの方へ視線を移すと、トレイズは小さく頷く。
「青蘭がこれからどうするか聞こうと思うんだけど……先にチリー達を起こすわ」
そう言ってミラルは、青蘭の隣で眠っているチリーを揺さぶる。
「いい加減起きなさい」
「お、おう……」
ミラルに揺さぶられ、何とか起きたらしく、チリーは眠そうに返事をする。チリーが起きたのを確認すると、ミラルはすぐにトレイズの隣で寝ているニシルの元へと歩いて行く。
「ニシル。起きなさい」
揺さぶると、ニシルは眠そうにう~ん、と唸っている。
「チリー……それは無理だよ……そんなに大きいの……入らないよ……」
謎の寝言だった。
「……えっ!? ちょっとアンタ……どんな夢を……!」
ニシルの寝言を聞いた途端ミラルは赤面し、きゃーきゃーと騒ぎ始めた。
チリーは眠そうな顔でボーっとしており、青蘭とトレイズは騒いでいるミラルを見て嘆息している。
「だから……入らないって……バッグの中に、その荷物は入らない」
しんと。部屋の中に静寂が訪れる。ミラルはピタリと動きを止め、ニシルを凝視している。
やがて、ミラルはコホンと小さく咳払いをすると、再びニシルを起こし始めた。
チリーとニシルが起床し、まともな思考が出来る程に覚醒したのを確認すると、ミラルは改めて今日テイテスへ出発することを話した。
驚きはしたが、二人共納得し、今日中にテイテスへ向かうことを承諾した。
「それで、青蘭はどうすんだよ?」
「俺は……」
このままチリー達と行くのか、麗達と行くのか。すぐには答えられず、青蘭は口を結んだ。
「青蘭?」
不思議そうに、うつむいて考え込む青蘭の顔をミラルが覗き込む。
「……昨日、伊織にもう一度会ったんだ」
「伊織って、この間も言ってた幼馴染の?」
ニシルが問うと、青蘭はコクリと頷く。
「そしてその時に、麗って人にもあったんだ。多分、チリー達の言ってた人は麗さんのことだ」
「……それで、何か言われたのか?」
静かに、トレイズが問うと、青蘭はコクリと頷いた。
――――私達の仲間になりなさい。
麗の言葉が、青蘭の脳裏を過る。
「東国を再興し、ハーデンへの復讐を遂げるため、麗さん達の仲間になってくれって……言われたんだ」
「――――っ!?」
青蘭のその言葉に、一同は息を飲んで青蘭の方を凝視する。
「赤石を見つけ出し、赤石の力で東国を再興するって……そう言われたんだ」
「赤石って……僕達が探しているのと同じ物?」
恐る恐るニシルが問うと、青蘭は答えにくそうに頷いた。
正直に言えば、麗と行動を共にしたい。伊織や麗と共に赤石を見つけ出し、東国再興のために全力を尽くしたい。
青蘭自身の願いは、ハーデンへの復讐と……東国の再興。テイテスのために赤石を求めるチリー達とは、根本から目的が違うのだ。
だが、だからと言って、こんな所で彼らを裏切るような真似を、青蘭はする気にはなれない。
――――自分にとって本当に大切なのは、どれだ?
答えは――――
「何考えてんだよ」
不意に、先程まで腕を組んで黙って聞いていたチリーが口を開く。
「チリー……」
「良いか、よく聞いとけよ青蘭」
そう言って、チリーは青蘭を真っ直ぐに見据えた。曇りのない、真っ直ぐな目。
「んなモン、迷うまでもねえ。お前にとって大切なのは東国だろうが」
ピシャリと。チリーは言い放った。
想定外。後ろから思い切り不意打ちを喰らわされたような気分だった。
「迷ってんじゃねえよ。お前がどっちを選ぼうが、俺達はそれを肯定する」
そうだよな? と、確認を取るようにチリーが問いかけると、ニシルとトレイズはコクリと頷く。ミラルは何か言いたげだったが、やがて観念したのか、小さく頷いた。
「私は、出来れば青蘭には行ってほしくない。だけど……こういうのは青蘭自身の意志が、一番大事だと思う」
そう言って、ミラルは寂しげに微笑んだ。
「……良いのか? 麗さんの目的は赤石だ。敵対することに……なるかも知れない」
沈んだ表情で青蘭がそう言うと、チリーはニッと笑った。
「構うかよ。もしそうなったら、そん時の俺達は、ライバルだ」
「チリー……」
だから、気にすんなと、チリーは青蘭の背中を軽く叩いた。まるで、躊躇っている青蘭を後押しするかのように……。
「お前は、お前の道を行け。無理に俺達に付き合う必要はない」
今まで黙っていたトレイズが、静かにそう告げる。
「後で僕達と行けば良かった……って後悔しても遅いからね」
ニヤリと笑い、そう言ったニシルを見、青蘭は微笑する。
「みんな……ありがとう」
噛み締めるように、青蘭はそう言った。
その日の夕方。ヘルテュラの港から、出港して行く船を、青蘭は見送っていた。
チリー達を乗せ、テイテスへと向かう、船。もしかすると、自分も一緒に乗っていたかも知れない船。
ほんのわずかとも思える時間だったが、確かに青蘭と彼らは「仲間」だった。否、今もそれは変わらない。
「本当に、これで良かったの?」
不安そうに、隣で伊織が問うた。
「……ああ。これで良い」
まるで自分に言い聞かせるかのように、青蘭は答えた。
「別れの言葉は、言わなかったの?」
麗の問いに、コクリと青蘭は頷いた。
「何だってわざわざ、出港してから見送りに来るんだよ?」
光秀の問いには答えず、青蘭はただ進んで行く船を見つめる。
――――名残惜しくないと言えば、嘘になる。
だが、これ以上迷う訳にはいかない。もう一度彼らの姿を見れば、また迷いが生まれるかも知れない。彼らと共に旅を続けていたい。そんな思いも、確かに青蘭の中には存在するからだ。
「……青蘭君、泣いてるの?」
「……かもな」
伊織に言われて初めて気付いた。自分の頬を、涙が濡らしていることに。
「泣いてんじゃねえかよ。ホントにこれで良いのか?」
光秀の問いに、青蘭は小さく頷いた。
「これで……良いんだ」
そう言って、青蘭は船へ背を向けた。振り払うように。
「麗さん!」
もう、迷わない。
ハーデンへの復讐、東国の再興。それが青蘭の目的。これ以上の迷いは、許されない。否、許してはいけない。
「これから――――よろしくお願いします!」
「ええ、よろしく」
小さく息を吐き、麗は静かにそう答えた。