episode32「East person-3」
ぶっ殺す。男の放ったその言葉からは、明確な殺意が感じ取られた。
「斬るぞ……」
ゆっくりと。鞘から刀が抜き放たれた。鞘から解放された刀は、日の光を浴び、刀身をキラリと光らせた。
「光秀さん! やめて!」
伊織の声も、光秀と呼ばれたその男には届いていなかった。刀を構え、青蘭をギロリと睨みつけている。
一歩、光秀が踏み出す。
――――来る!
そう判断し、青蘭は素早く身構えた。
「伊織、離れてて!」
不安そうに青蘭と光秀を交互に見る伊織を、自分の後ろへ追いやり、青蘭は光秀へと視線を戻す。
「伊織ちゃんに……触ってんじゃねえッ」
叫び、光秀は一気に青蘭との距離を詰め――――一閃。青蘭目掛けて刀を横に振った。
「誤解です! 俺は別に伊織をたぶらかしてなんか……」
バックステップで光秀の刀を避け、何とか弁解しようとするが、光秀は青蘭の言葉に一切耳を貸そうとしない。話し合うどころか、更に青蘭との距離を詰める。
――――この光秀という男、強い。
直感的にそう判断し、青蘭は神力を発動させる。身体の内側から力が沸いて来る感覚……。
光秀が、刀を青蘭の右肩目掛けて振り降ろす。青蘭は素早く状態を反らし、光秀の刀を避ける。そして横から、刀を持つ光秀の両手を、刀の柄ごと掴む。
「やめて下さい!」
光秀は青蘭の言葉には答えず、舌打ちするとすぐに青蘭の手を振り払い、青蘭から数歩距離を取る。
「神力使いか……」
ボソリと呟き、光秀は刀を鞘に収める。
一瞬、光秀が誤解していることに気が付き、武器を収めてくれたのかと青蘭は思ったが……どうやらそうじゃないようだ。
光秀は、先程から絶えず青蘭へ殺気を放っている。それに、刀を鞘に収めただけで、光秀はまだ構えを解いていない。
「なら、遠慮はいらねえな……!」
ギュッと。光秀が刀の柄を強く握った――――その時だった。
「美しくないわ。光秀、やめなさい」
透き通るような、女性の声が辺りに響いた。瞬間、青蘭達どころか周囲に集まりつつあった野次馬達ですら、その声のした方向へと視線を一斉に移した。
「……麗」
彼女を見、ボソリと光秀が呟く。
そこにいたのはおかっぱ頭の、美しい女性だった。柄や色は違えど、伊織と同じような服装をしている。
麗と呼ばれた彼女は光秀を一瞥し、嘆息した後に青蘭へと視線を移すと、青蘭達の方へゆっくりと歩み寄って来る。
「伊織、彼は?」
「え、えと……この間話してた、青蘭君」
不意に麗に問われ、慌てて伊織は答える。
「そう。貴方が青蘭……。白蘭の弟さんね」
「――――ッ!?」
麗が口にした名前――――白蘭という名前に、青蘭は動揺を隠せなかった。だがそんな青蘭の様子を、気に留める様子もなく、麗は言葉を続ける。
「私は麗。もうわかっているとは思うけれど、貴方と同じ東国の生き残りよ」
そう言い、麗はよろしくね、と青蘭へ右手を差し出した。
「こ、こちらこそ……」
表情に同様の色を見せつつも、青蘭はそっと麗の手を握る。
「光秀。いい加減青蘭へ殺気を放つのはやめなさい。往生際が悪いわね……美しくないわ」
そう言い、麗が光秀を睨みつけると、渋々光秀は構えを解き、麗の元へと歩み寄って来る。
「青蘭、単刀直入に言うわ。貴方、私達の仲間になりなさい」
視線を青蘭に据え、麗は言い放つ。
「お、おいマジかよ麗! いくら生き残りとは言え、そんな得体の知れない奴を――――」
「光秀さんだって、元々得体の知れないおっさんだったじゃない!」
そう言い放ち、伊織はプイッと光秀から目線を逸らす。
「そりゃないぜ伊織ちゃん……俺ぁまだおっさんって歳じゃ……」
「で、どうなの? 青蘭」
光秀の言葉を遮るように、麗は青蘭へ問うた。
「……待ってくれ。話が急過ぎる。俺にだって色々事情はあるし、何を目的として麗さんが俺を必要とするのかがわからない」
青蘭の言葉に、麗はそれもそうね、と呟く。
「丁度良いわ。そこの喫茶店で話しましょう」
麗の提案に、一同はコクリと頷き、喫茶店の中へと入って行った。
喫茶店内は、それなりに人が多く、二人以上が一緒に座れる席は既に空いていなかった。
仕方なく四人は二人ずつ座ることにし、青蘭は麗と、伊織は光秀と同席する。伊織を見つめ、終始ニヤニヤしている光秀を麗がギロリと睨むと、睨むなよ、と光秀は肩をすくめて見せた。
「美しくないわ。慎みなさい」
言い放ち、麗は静かにコップの水を一口飲んだ。
「……それで、麗さんの……いや、麗さん達の目的は?」
「赤石」
ボソリと。呟くように麗が呟く。
「――――ッ!?」
赤石、その単語に、青蘭は動揺を隠し切れなかった。
「そう、知っているのね。なら話が早いわ」
そう言って微笑し、麗は口元で両手を組み、青蘭の目を真っ直ぐに見つめた。
「赤石の力で、東国を浄化する」
一瞬、麗の言葉が把握できず、青蘭は動きを数刻止めた。
「東国の……浄化……?」
青蘭の問いに、麗はコクリと頷く。
「ゲルビアの爆撃で、地獄と化した東国の地を浄化し、東国を再興する。そしてハーデンへの復讐を遂げる……それが私達の目的」
東国の再興。あの地獄と化した東国を、赤石の力で再興しようと言うのか。
ゴクリと。青蘭は唾を飲み込む。
この麗という女性、これ程大それたことを平然と……まるでそれが可能であるかのように口にする。
「赤石の強大な力を聖杯で利用すれば、汚染された東国の地を浄化することは不可能ではないわ。後は人材を集め、私達の手で故郷を……東国を再興する」
今まで、考えてみたこともなかった。ただハーデンへの復讐を考え、これまで旅を続けていた。その途中でチリー達と出会い、テイテスの事情に巻き込まれつつあった。ゲルビアの陰謀が関わっている限り、最終的にハーデンに行きつくだろうと高をくくり、このままチリー達とテイテスのために赤石を探す――――それでも良いと思っていた。
だが、本来の目的は何だ?
「どうなの青蘭。私達と、協力する気はあるのかしら?」
青蘭を真っ直ぐに見据え、麗は問うた。
「俺は……」
旅を続ける理由は――――ハーデンへの復讐。テイテスのためではない。
赤石の力で、東国の再興が出来るのなら、テイテスのためではなく……。
そこまで考え、青蘭は小さくかぶりを振った。
「……もう少し考えさせてくれ。明日までには、答えを出す」
「そう……。なら明日の正午、この喫茶店で待ってるわ」
「……ああ」
短く答え、青蘭は席を立ち、喫茶店を後にした。
ガチャリと。部屋のドアを開く。
「お帰り」
中に入った青蘭を見、ニシルが微笑む。それに青蘭はただいまと答え、いつものようにベッドの上へ腰掛ける。
「だぁーッ! 勝てねえ!」
突如、チリーが机を勢いよく叩く。その音に驚き、青蘭は机の上へと視線を移す。
机の上にはチェス盤と駒が置かれており、チリーとトレイズが向かい合うようにして座っていた。
「だからやめときなさいって言ったのに……。アンタじゃトレイズに勝てる訳ないでしょ」
そう言ってミラルが嘆息すると、チリーはうるせえと怒鳴りつけ、先程机を叩いたせいでバラバラになってしまっている駒を、チェス盤の上に並べ直す。
「……まだやるのか」
少し呆れた、といった様子でトレイズが問うと、チリーは当然、とぶっきらぼうに答えた。
「チリー、チェスはね。馬鹿向けのゲームじゃないんだ……」
チリーの肩へ手を置き、諭すようにそう言ったニシルの頭を、チリーは軽く小突く。
「だからって負けっ放しでいられるかよ!」
「何で僕が叩かれなきゃなんないんだよ!?」
そう言ってニシルがチリーの頭を小突くと、負けじとチリーもやり返す。いつの間にか、二人の間で低次元な争いが始まってしまっていた。
そんな二人を一瞥し、青蘭、トレイズ、ミラルの三人はほぼ同時に嘆息する。
「ホント、やれやれね……」
そう言って肩をすくめるミラルへ同意するかのように、青蘭は微苦笑する。
麗達に付いて行くと言うことは、彼らと離れなくてはならないということだ。
チリー達を見つめ、青蘭はそんなことを考える。
ハーデンへの復讐、東国の再興、赤石の力、テイテスの危機、ゲルビアの陰謀……。
自分にとって本当に大切なのは、どれだ?
心の内で自問したが、答えを出すことを躊躇っている自分がいた。