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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
30/128

episode30「East person-1」

「……あ」

 レオールとの戦いの翌日、チリー達が宿泊している部屋の中で、短く、ミラルが声を上げた。

「どうした?」

 硬直しているミラルに、チリーが問いかける。

 ミラルの手には、旅に必要な資金が入れてある財布が握られており、ミラルはその財布を開いたまま硬直している。

「どうかしたの?」

 ニシルも、不思議そうにミラルへ問いかけ、ミラルの手元を覗き込んだ。


「お金、ないの」


 一瞬、部屋にいた全員が、まるで時を止められたかのように動きを止めた。

 ニシルは呆けた顔でミラルを見、青蘭は少し驚いた表情でミラルを見つめている。トレイズは表情こそ変えていないが、動きを止めてミラルを凝視している。

「盗まれたのかッ!?」

 声を荒げたチリーに、ミラルは首を横に振る。その隣でニシルも同じように首を振っている。

「じゃあ一体――――」

 言いかけたチリーに、ミラルは財布を手渡した。

「何だ、あるじゃねえか……」

「盗まれた訳じゃないの。ただ……」

 チリーから財布を回収し、財布を振ってじゃらじゃらと音をさせてみせる。小銭ばかりが入っている、ということを示したかったのだろう。

「旅を続けるにはちょっと厳しいのよ。これ」

 つまり、お金が足りないのだった。



 ニシル、青蘭、トレイズの負傷。それによりかかった治療費、更に、ヘルテュラの宿への長期に渡る滞在。どれもが出発当初は予想していなかった出費な上、目的が王の捜索から赤石の探索へと変わったため、当初の予定より長く旅をしなければならなくなってしまっている。故に、今の資金では旅を続けるのは厳しい状態となっているのだ。

 チリーは一所懸命に両手を使ってお金の計算をし(しかし出来てない)、ニシルは財布を見つめながら溜息を吐いている。青蘭はどうしたものかと、一人で思索し、トレイズは呆れてものも言えないといった様子だった。

「そう言えば僕ら、お金の管理は全部ミラルに任せてたから、気にしてなかったな……」

 ニシルの呟きに、青蘭はコクリと頷いて同意を示した。

「この数日間、みんなの怪我や王様のこと、それにチリーのことで精一杯だったから……。しばらくお金の計算、してなかったのよ……」

 ガックリと肩を落とし、そう言ってミラルは深い溜息を吐いた。

「……これからどうするつもりだ?」

 静かに、トレイズが問う。その様子はどこか怒っているようにも見えたため、ミラルは肩をびくつかせた。

「お、王様のことを話して、テイテスから援助を受けられないかしら……」

「不可能ではない。だが、テイテスがあまり豊かではないのは知っているな? これ以上の援助は、民の生活に支障が出かねない。それに、王の死がテイテスに伝われば、確実にテイテスは混乱に陥る。出来れば避けたいところだ……」

 が、やむを得ないな、とトレイズは付け足した。

「一度……島に戻る必要があるってこと?」

 ニシルの問いに、トレイズはコクリと頷く。

「だが、王の死は伏せておくぞ。王の捜索が上手くいかず、資金不足に陥ったと……そう伝える。……ヘルテュラから船は出ているな?」

 トレイズが問うと、ミラルはええと頷いた。

「ここからテイテスへ向かう資金くらいはあるわ……。どうする?」

「……一度、戻るしかないみたいだね」

 そう答え、ニシルは深く溜息を吐いた。

「テイテスに戻る……か」

 計算し切れなかったのか指を動かすのを止め、チリーは感慨深げにそう呟いた。

「青蘭、お前はどうする?」

「俺は……」

 チリーに問いかけられ、青蘭は数刻口籠る。チリー達と旅を続けたいという思いもあるが、戻ったりせずにゲルビアへ向かい、今すぐにでも復讐を遂げたいという思いもある。

 すぐに答えることは、出来なかった。

「悪い。少し考えさせてくれ。元々俺の目的は、ゲルビアへの復讐だ……」

 そう言うと青蘭は、腰掛けていたベッドから立ち上がり、部屋を後にした。



 宿を出て、青蘭は適当に町の中を歩いていた。

 様々な民家や店が建ち並び、その周辺を活き活きとした表情で人々が歩いている。そんな彼らの表情を見、青蘭は嘆息する。

 ――――何故自分は、彼らと同じように過ごすことが出来ないのか。

 出来ることなら、在りし日の東国で、彼らのように過ごしたい。復讐になど囚われずに、かつての仲間達と過ごすことが出来ればどんなに幸せか。

 優しく、頼もしい兄。いつも自分の傍にいた幼馴染の少女。今はもう会えなくなった家族や友人のことを思えば思う程、青蘭の心は悲しみと、ゲルビアへの憎悪に囚われていく。

 いつまで、自分は過去と復讐に囚われるのだろうか。

 復讐を遂げれば、この思いから逃れることが出来るのだろうか――――答えは、まだ見出せなかった。

 そんなことを考えながら歩き、喫茶店の前まで差し掛かった時だった。

「ちょっとだけで良いからよ。な? ちょっと俺達に付き合ってくれよ」

 柄の悪そうな男が、一人の少女に絡んでいた。

「でも……」

 少女は右手から提げられた買い物袋を揺らしながら、おろおろとしている。青蘭の位置からだと後ろ姿しか見えないが、恐らく困惑した表情をしているのだろう。

「……え?」

 青蘭は少女の服装を見、驚嘆の声を上げた。

 花柄のあしらわれた赤い一枚の布を、身体に巻き付けているかのような服装。見覚えのある服装の少女を、青蘭は凝視した。

「そこの喫茶店で少し話するだけだからよ。な?」

 男が、少女の肩へ乱暴に触れた。

 少女は肩をビクンとびくつかせ、やめて下さいと悲痛な声を上げた。

 やれやれ……。小さく、青蘭はそう呟いた。

「おい、お前達」

 気が付けば、青蘭は少女の傍まで歩み寄っていた。

「何だよお前は?」

 険悪な表情で、男は青蘭に問うた。青蘭はそれには答えず、ギロリと男を睨みつける。

「わ、わかったよ……。ちょっとナンパしただけじゃねえか……」

 すると、青蘭の睨みに怯えたのか、男は不服そうにそう言いつつも少女から離れると、舌打ちをしてその場から離れて行った。

「大丈夫ですか?」

 優しく、青蘭が少女に問うと、少女は青蘭の方へ振り向き、嬉しそうに微笑んだ。

「あ、ありがとうございます。買い物の帰りに変な人に絡まれて――――え?」

 青蘭の顔を見、少女は驚嘆の声を上げた。青蘭も、少女の顔を凝視したまま硬直している。

「……青蘭君?」

 信じられないといった様子で少女が問う。

「伊織……?」

 後頭部の低い位置で二つに縛られた長い黒髪、あどけない顔、そして聞き覚えのあるその声。青蘭は目の前の少女を――――伊織を知っていた。



 喫茶店内の二人用の席へ、青蘭と伊織は座っていた。二人共注文した紅茶を少しずつ飲みながら、気まずい空気を保っている。

 伊織は青蘭の顔を一瞥してはうつむく、という行為を何度も繰り返し、そんな様子を青蘭は若干困惑した様子で見つめている。

「なあ、伊織……」

 青蘭が声をかけると、伊織はびくんと肩をびくつかせ、うつむかせていた顔を上げた。

「え、何? どうしたの青蘭君!?」

 伊織こそどうしたのかと、そう問いかけたかったが青蘭が聞きたいのはそんなことではない。

「伊織、何で無事なんだ……? 東国戦争の時に、殺されてしまったものだと……」

「青蘭君こそ、どうして無事なの?」

「俺は、兄さんに逃がしてもらったから……」

 青蘭の言葉に、伊織はそっか、と小さく答える。

「私は、麗って人に助けられたんだ……」

「そう……か」

 麗という人物のことなど、もう少し尋ねたいことはあったのだが、伊織がまたうつむいてしまったことから察するに、思い出したくないことを一緒に思い出してしまったのだろう。詮索するのは、今じゃなくて良い。

 まずは、無事だったことを喜びたかった。

「詳しいことはわからないが、とにかく今は生きて再会出来たことを喜ぼう」

 そう言って青蘭が微笑むと、伊織も顔を上げて微笑んだ。昔と変わらぬ、優しい微笑み。まさかもう一度見ることが出来るとは思っていなかった。

「そういえば青蘭君。腕、どうしたの?」

 伊織に問われ、青蘭はギプスで固められた右腕を伊織へ見せた。

「ちょっと……な」

 そう言って微苦笑する青蘭の右腕に、伊織はそっと両手を当てた。

「伊織?」

 伊織は青蘭の右腕に手を当てたまま目を閉じ、少し待っててと呟いた。

 訝しげな表情のまま数秒待つと、伊織の両手から温かな光が発せられた。

「……え?」

 短く、驚嘆の声を上げつつ青蘭は伊織の両手を凝視する。伊織の両手から発せられた光は徐々に青蘭の右腕を包んでいく。

 光がギプスの周りを包みこんで数秒、やっとのことで目を開けると、伊織は微笑んだ。

「これでもう、痛くないハズだよ」

「な……」

 戸惑いの表情を見せる青蘭の右腕を、伊織は勢いよく机にぶつけた。

「痛ッ……くない……?」

 ギプスで固められているとは言え、今のような衝撃を与えれば少しは痛いハズだ。が、不思議なことに青蘭は痛みを感じなかった。

 伊織が発した光、そして伊織の発言から察するに、青蘭の腕は伊織の能力によって治癒された――――そう考えてもおかしくはない。

「伊織……お前……神力使い……?」

「……うん。使えるようになったのはつい最近だけど……」

 なるほど。と青蘭は呟いた。青蘭の記憶が正しければ、伊織は昔神力使いではなかったハズだ。恐らく伊織は、東国から逃げ伸びた後、様々な経験をすることによって神力を目覚めさせたのだろう……。

「青蘭君は、昔から使えたもんね……神力」

 伊織の言葉に、青蘭はそうだなと答える。青蘭は、幼い頃から神力を使うことが出来た。それ故、周りの人間からよく迫害を受けていたものだ。

 そんな彼の傍にいつもいてくれた幼馴染――――それが今目の前にいる彼女、伊織だった。

 懐かしい記憶を思い出し、青蘭は微笑んだ。

「懐かしいね……」

 そう言って微笑み、伊織は店内にある時計を一瞥すると、あ! と声を上げた。

「ごめん、そういえば私買い物帰りだったんだ! 麗さん待たせてるから……また今度ね」

「あ、ああ……」

 そう言うと伊織は慌しく立ち上がり、紅茶はおごるから! と青蘭の分まで支払いを済ませて店の外へと飛び出して行った。

「東国の人間が……俺以外にも生きてる……」

 ――――俺だけじゃない。

 伊織が走り去って行った後のドアを見つめつつそう呟き、青蘭は安堵の溜息を吐いた。

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