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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
29/128

episode29「Awakening blade-5」

 ゆっくりと。閉じていた目を開ける。寝起き故か意識が朦朧としている。

 最初に視界へ入るのは天井だと思っていたのだが、その予想は裏切られ、ミラルの視界へ飛び込んで来たのは雑草の茂る地面だった。

 状況が把握出来ず、キョロキョロと辺りを見回すと、数人の男達がこちらを見ていることに気が付いた。その男達の内、一人は昨日チリーに襲いかかって来た男だ。その男の周りの取り巻き達にも見覚えがある。

 その男へ、どういう状況なのか問おうとしたが、問う前に身体の自由が効かないことにやっとのことで気が付いた。

 腕も足も自由に動かせない。叫ぼうとしたが、言葉にならない声が出るばかりで、まともに叫ぶことが出来ない。口元へ視線を落とすと、口に猿轡がはめられていることに気が付いた。

「目を覚ましたか」

 そう言って男――――レオールは、ミラルの方へと歩み寄る。

「おい、外してやれ」

 レオールがそう指示すると、取り巻きの男達の内一人がミラルへと近寄り、口へはめられた猿轡を外した。

「ちょっとアンタ! これ、どういうことなのよっ!」

 キッと。ミラルはレオールを睨みつける。

「見た通りだ。あの白いのを誘き寄せるために、お前には餌になってもらう」

「餌ですって……っ!?」

 ミラルは、縄で縛られていた。両手両足を縛られ、自由の効かない状態で、大木から吊り下げられていたのだ。

「チリーと戦いたいなら、直接チリーのとこへ行きなさいよ! 何でこんなこと……っ!」

 ミラルの問いに、レオールは表情を一変させた。怒りに歪んだその表情は、昨日レオールがチリーに見せたものと同じ、激情に囚われた表情だった。

「アイツは……俺を馬鹿にしやがったんだ……ッ! 俺を子供のようだと、心の内で嘲り、神力を使おうとしなかった……! こんな屈辱的なことがあるかッ! だからアイツは屈服させる! 俺の目の前で、完全にな!」

「アンタ……っ!」

 レオールの表情、声、仕草、そのどれもから異常な程の怒りを感じられた。恐らく、年齢に伴わない己の容姿をコンプレックスに思っており、昨日のチリーのはったりを「自分が容姿で判断され、なめられているのだ」と、そう受け取ったのだろう。

「アイツが来なければ、お前は殺す。まあアイツが来たとしても、俺がアイツを殺してその後お前も殺す」

 ギロリと。レオールがミラルを睨みつけた。激情の内包されたその瞳に、ミラルはただならぬ恐怖を感じ取り、ゴクリと唾を飲み込む。

「チリーは……必ず来るわ」

 ピシャリと。レオールに対してミラルは言い放つ。が、チリーが来ると信じつつ、心のどこかで「来ないでほしい」という思いがあった。

 昨日、チリーが見せた明らかな怯え。あの状態のチリーが、激昂しているレオールとまともに戦えるハズがない。

 ――――こんな奴にチリーが殺されるくらいなら、私が死んだ方がマシだわ。



 気持ちが良い。

 走るというのは、こんなにも気持ちが良かったのか。

 心の奥底から沸き上がる、確かな闘志。ミラルを攫ったレオールを倒そうという意思。ここしばらく、心の奥底に封じられていた闘志が、今のチリーにはみなぎっている。

 怖かった。恐ろしかった。戦いが、死が。

 もう戦えないと思った。ライアスへの恐怖心に、囚われ続けるのだと……そう思っていた。

 だが、違う。恐怖心に囚われ続けていては、一歩も前には進めない。

 ――――お前は、何をするために島を出たんだッ!?

 ニシルの問いが、心の内で蘇る。

「前に――――進むためだッ!」

 赤石を探すため、島を救うため、王の遺言を守るため、仲間を――――守るため。


 気が付けば、レオールの待つ森は目の前だった。



 森の中へ入ってすぐに、レオールの姿を見つけることが出来た。

 こちらを見、微笑するレオール。その周囲を取り巻く屈強な男達。

 そして大木に縄で吊るされ、身動きが取れないミラルの姿。

「レオールゥゥゥゥッ!!」

 怒りに表情を歪め、チリーがレオールを睨みつける。

「来たか……」

 怒るチリーに一切の動揺を見せず、レオールはそう呟き、両腕を刃へと変化させ、ゆっくりとチリーの方へ歩み寄って来る。

「お前ら、絶対に手は出すな。そこに吊るしている女にもだ。俺がコイツを倒し、その女も俺が殺す。邪魔はするなよ」

 レオールが振り向き、男達へそう指示すると、男達ははい、とだけ答えた。

「チリーっ! 駄目! 逃げてっ!」

 チリーの姿を見つけ、ミラルは必死にそう叫んだ。

 ――――殺される。如何にチリーがキリトとの修行で鍛えられているとは言え、相手はゲルビアの神力使いだ。能力無しで、どうこう出来る相手じゃないハズだ。

「……逃がさないッ!」

 レオールは刃を構えると素早くチリーとの距離を詰め、チリー目掛けて右腕の刃を振り降ろした――――その時だった。


「ミラル……。誰が、どこに逃げるんだ……?」


 鳴り響く、金属音。レオールの刃を防いだのは、チリーの大剣だった。

 そう。出せなかったハズの、チリーの大剣だ。

「チリー……っ! アンタ……」

 チリーは大剣を振り抜き、レオールの右腕を弾くと、右足でレオールの腹部へ前蹴りを喰らわせる。

 蹴りに押され、レオールは数歩その場から後退する。

「やっと能力を出したか……ッ!」

 両腕の刃を構え直し、レオールはニヤリと笑った。

「俺を本気にさせたな……! 来いよクソガキ……ちょっとお前は悪戯が過ぎるぜ」

 ニヤリと笑うチリーの口から放たれたその言葉は、レオールに対する明らかな挑発だった。

 それを真に受けたのか、レオールはその瞳に激怒の色を映し、チリーを睨みつける。

「誰が……誰がクソガキだァァァッ!!」

 叫び、レオールはチリー目掛けて斬りかかる。

 横に振られた右腕の刃を、チリーは高く跳躍して回避すると、空中でクルリと回転し、レオールの背後へ着地した。すかさずレオールは振り向きざまに左腕の刃をチリー目掛けて振った。しかしその刃は、チリーの大剣によって防がれる。

「この……ッ!」

 レオールはそのまま右腕の刃を下からチリー目掛けて振り上げた。

 チリーはその刃に素早く反応すると、横っ飛びにその刃を避け、すぐに体勢を立て直し、大剣を両手で持ってレオール目掛けて振り降ろす。

「その腕……ぶっ壊すぜ!」

 しかし、腕ごと破壊するつもりで振り降ろされた大剣は、レオールの左腕によって容易く受けられた。

 レオールはそのまま左腕を振り抜き、チリーの大剣を弾く。

「甘いんだよ白髪野郎がァ!」

 大剣を弾かれ、ガラ空きになったチリーのボディへ、レオールは右腕の刃を突き出した。

 チリーは舌打ちすると素早く後退して、間一髪レオールの刃を避けた。

「中々の動きだな……! だが、それだけじゃ俺には勝てない!」

 レオールは両腕の刃を交差させ、チリーとの距離を詰めると両腕を同時にチリー目掛けて振り降ろした。

 十字の斬撃。チリーは素早く身を屈め、その斬撃を回避する。

「な――――ッ!?」

 想定外の避け方をされ、驚愕の声を上げるレオールの腹部に、チリーは素早く右肘を打ち込んだ。その肘打ちは鳩尾に直撃し、レオールを一瞬怯ませる。

「オラァッ!」

 レオールが怯んだ隙に、チリーは体勢を立て直し、左拳で思い切りレオールの顔面を殴り付けた。

「がァ……ッ!」

 そのままレオールは後方へ吹っ飛び、そのまま後ろの大木へと背中から激突する。

「っしゃ!」

 ガッツポーズをし、チリーはミラルの方へと視線を移す。

「チリーっ!」

 ミラルの表情は、チリーが戦えるようになったことへの喜びと、チリーが助けに来た喜びで溢れていた。

「待ってろ。今降ろして――――」

 チリーがそう、言いかけた時だった。

「おい、お前ら、やれ」

 レオールから指示が出され、男達の内一人がミラルへと素早く近づく。

「ミラル!」

 男はミラルを大木から降ろし、大木の幹へともたれかからせた。

「何をする気だ……ッ!?」

 チリーの問いには答えず、レオールは素早くミラルへ近づくと、右腕の刃をミラルの首筋へ向けた。

「レオール……ッ!」

 ギロリと。チリーの怒りに満ちた双眸がレオールを睨みつける。

「形勢逆転だ……! この女が大事なら、その剣を捨てて俺の前に跪け! そして言え! ごめんなさい許して下さいってなァ!」

 言い放ち、レオールは笑みを浮かべた。勝利を確信した笑みだ。

「このクソ野郎が……ッ!」

 何とでも言え。そう言ってレオールは、刃を更にミラルへ近づけた。刃先が首筋に触れ、一筋の血が流れる。

「うっ……!」

 苦痛に、ミラルが表情を歪めた。

「ミラルッ!」

 焦りを隠せないチリーを、嘲るようにレオールは笑った。

「さあ、その剣を捨て、屈服しろ!」

 ギュッと左拳を握り締め、チリーはうつむいた。

「チリー! 駄目! こんな奴に屈服しないでっ!」

 必死にそう叫ぶミラルを、レオールはギロリと睨みつけた。

「うるさいぞ女。黙ってろ」


 ミラルの命には代えられない。助けに来たのに、レオールを倒すためにミラルが殺されては本末転倒だ。

 ミラルが死ぬのは嫌だ。


 だが――――負けるのも嫌だ!


 ギュッと。大剣の柄を右手で握り締める。と同時に、自分の中で何かが目覚める感覚があった。

 この湯水のように溢れて来る力の使い方を、チリーは既に知っている。

 神力だ。この力で、ミラルを……!

「なあ、ミラル。俺さ……ライアスに負けてから昨日まで、『死ぬのが怖い。戦うのが怖い』って、そう思ってたんだ」

 呟くように、チリーは自嘲めいた声で言う。

「笑っちゃうよな。この俺がだぜ? 戦うのが怖いだなんてよ」

 クスリと笑い、チリーはうつむいていた顔を上げた。

「だが、今は違う!」

 真っ直ぐに、チリーの視線がレオールを捕らえた。

「全部だ……ッ! 全部……お前も、島も! 戦って、守ってやる……俺が……ッ! この剣でだッ!」

 刺突の構え。スッとチリーは大剣の刃先をレオールへ向けた。

「だから……見てろッ! これが……これが……ッッ!」

 身体の中で溢れだす神力の放出先は、後方。

 イメージは、レオール目掛けて大剣で突進する自分の姿。

 大剣の柄から、膨大な量の神力が、まるでホースから勢いよく放たれた水の如く噴射された。


「これが俺のつるぎだァァァァァッッッ!!!」


 噴射された神力の凄まじい勢いで、チリーは大剣ごとレオール目掛けて突進する。

「な――――ッ!?」

 レオールが驚愕の声を上げた時には既に遅く、チリーは眼前まで迫っていた。もうこの勢いは止められない。

 すぐにレオールは突進してくるチリーを防がんと両腕の刃を交差させる。


 だが、その程度ではチリーを止めることは不可能だった。


「うおおおおおッ!」

 叫びと共に、チリーはレオールの刃へと突撃する。

 案の定、一秒たりともレオールはチリーを止めることが出来なかった。

「ふざけるなァァァッ!」

 レオールの両腕の刃は、チリーによって砕かれた。チリーにレオールを殺す気はなかったらしく、刃を砕いた時点で大剣の柄から噴射されていた神力はピタリと止まった。

 刃を砕かれはしたが、両腕に別状はないらしい。レオールの両腕は元へ戻っている。

 命に別状はなかったものの、レオールは白目を向いたまま、その場で仰向けに倒れた。

「レオール様!」

 男達は倒れているレオールへ駆け寄り、抱き上げると、逃げるのが最善の手と判断したらしく、その場から一目散に逃げ出した。

 そんな男達を追いかけようとせず、チリーはミラルへと視線を移した。

「大丈夫か?」

 そう言い、ミラルを縛っている縄をチリーは丁寧に大剣で切り、ミラルの両手両足を自由にした。

「……ありがとう」

 立ち上がり、安堵の溜息を吐くと、小さくミラルは言う。

「ミラル……無事で良か――――」

 チリーがそう言いかけた時だった。

 トンと。小さな音がして、ミラルの頭がチリーの胸元へ押し当てられた。

「……馬鹿っ!」

 ミラルは右拳で、チリーの胸部を叩いた。

 いつものミラルとは違う、その弱々しい一撃に、チリーは困惑の表情を見せた。

「心配したじゃないっ! 馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿っ! 怯えたまま、いつものチリーにもう戻らないかもって……心配してたんだからっ! 馬鹿!」

 あんまり馬鹿馬鹿言うなよ! と、いつものように言い返そうとしたが、チリーの胸元を、ミラルの涙が濡らしていることに気付き、チリーは優しく微笑んだ。

 ――――心配、かけたんだな……。

 心の内で反省し、チリーはミラルの背中に右手でそっと触れた。

「……悪かった」

 一言謝り、チリーはミラルを抱き寄せた。

 チリーの胸の中で、ミラルはえ? と短く声を上げたが、すぐにチリーの胸の中へ顔を埋めた。

「もう……大丈夫だ」

 優しくそう言って、チリーはミラルを一層強く抱き締め、その頭をなでた。

 昨日、ミラルが自分にそうしてくれたように。

「お前やみんなに、ちゃんと勇気をもらったから」

 ――――だからまだ、戦える。みんなを守れる。

 そう、チリーは呟いた。

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