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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
27/128

episode27「Awakening blade-3」

 部屋に戻ったチリーは、自分のベッドの上に身を投げるようにして転がった。

 資金不足故に、ミラル以外は全員同じ部屋というなんとも窮屈な部屋である。ベッドが二つしかないため、二人で一つのベッドを共有することになる。何が悲しくて男二人で同じベッドに寝なければならないのか、と男性陣からは批判の声が多数上がったのだが、ミラルは良いじゃない、男同士なんだから間違いも起きないでしょ、と澄ました顔で答えていた。その時ミラルがボソリと、間違いが起きたら起きたでそれは別に構わないけど……と、薄ら頬を赤らめながら呟いていたのをハッキリと聞きとっていたのはニシルだけなのだが、それはまた別の話だ。

 二つの内一つ、チリーと青蘭の二人で使うベッドの上に、チリーは大の字になって転がった。

 青蘭はそれを気にする様子もなく、ベッドに腰掛けたまま何やら考え事をしている。

 いつもなら何か一言、チリーに余計なことを言ってしまうようなニシルだが、今は黙ってチリーの様子をうかがっている。

 先程の「弱い」発言でチリーが凹んでいるのではないかと考え、責任を感じているのだ。

 今か今かと謝るタイミングをうかがいつつ、ニシルはチリーを見つめている。

 バタンとドアが開き、ミラルが中に入って来るが、チラリとチリーを一瞥するだけで、黙ったまま部屋の中央にある席へ座った。

「チリー、下で何かあったみたいだが、何だったんだ?」

 不意に、考え事をしていた青蘭がチリーへ問う。

「……何で知ってんだ?」

「少し、下で何かの倒れる音が聞こえたからな」

 青蘭がそう言うと、ニシルはえ? と驚嘆の声を漏らす。

「僕、何も聞こえなかったけど……。トレイズは?」

 問いつつ、ニシルがトレイズへ視線を移すと、トレイズは聞こえたぞと小さく呟いた。

「もしかして僕……聴力落ちてんのかなぁ……」

「いや、アイツらの聴力が良過ぎるんだよ」

 ニシルの方へ視線を移し、そう言ってチリーは微笑する。

「あ、うん。そういえば……さっきはごめん」

 申し訳なさそうに謝るニシルに、チリーは気にすんな、と笑った。

「それで、何があったんだ?」

 青蘭の問いにチリーは小さく頷き、レオールが現れたことと、大剣が出せなくなっていたことを話した。

「剣が……出ない?」

 ニシルの問いに、チリーはコクリと頷く。

「前は簡単に出てたのに、急に出なくなってたんだよ……。どうなってんだ?」

 訝しげに、チリーは自分の右手を見つめる。

「神力とは、使用者の精神と密接に関係している」

 腕を組み、トレイズが低く言う。

「精神と?」

 チリーが問うと、トレイズはああ、と頷いた。

「お前の能力のような戦闘に特化した能力は、『戦う』という意思に強く呼応する。恐らくお前の剣が出ないのは、この間のライアスとの戦いで砕かれたのが原因かも知れない」

 トレイズの言葉で、チリーの脳裏にまたしてもあの時の光景が過る。

 砕かれたのは――――剣だけではなかった。

「俺は……アイツに、戦う意思を砕かれた……のか……?」

 ブルブルと。チリーの右手は震えていた。

「怯えてるんだ……俺は……戦いに」

 震えを押さえ込むかのように、チリーは右拳を握り締めた。

「チリー……」

 不安気な表情で、チリーを見つめながらミラルは呟いた。


 ――――島に戻った方が良いのは、俺の方かも知れないな。


 チリーの言葉が、ミラルの脳裏を生々しく過った。

 チリーの右手が震えている。先程レオールと対峙した時と同じように。島や、仲間のために戦い、迷わず剣を振っていたチリーの右手が――――今はあんなにも弱々しく震えている。

 震えを押さえ込もうと、チリーが必死に右手首を掴んでいるのがわかる。しかし、チリーの震えは一向に止まらない。表情までもが恐怖に歪み始めている。

 そんなチリーに、ミラルは声をかけることすら出来ないでいた。


「ライ……アス……ッ!」

 ベッドから身体を起こし、震える右手を見つめながらチリーは呟く。

 チリーの脳裏を過る、微笑するライアスの顔。見るも無残に頭部を破壊されたディート。そして砕かれた――――剣と闘志。

 ライアスは確かに、チリーを殺しに来たと言った。あの手で――――触れた物を破壊するあの能力で。

 自分の頭が、ライアスによって砕かれる映像ヴィジョンが、チリーの脳内で再生された。飛び散る鮮血、弾け飛ぶ頭蓋骨、粉々になった脳は鮮血と共に辺りへ飛び散り、壁や床へと付着する。

「うわああああッ!」

 頭を抱え、恐怖のあまりチリーは絶叫する。

「おい、チリー!」

 ニシルや青蘭の声が聞こえるが、その一切を無視し、ただただ絶叫する。脳内で延々と流れ続ける映像ヴィジョンに怯えて……。


 あのチリーが、目の前で絶叫している。目からは涙を流し、表情を恐怖に歪め、頭を抱えたまま叫び続けている。

 これ程までに、ライアスはチリーへ恐怖を与えたのか。

 思えば、今まで戦えていたのがおかしいのかも知れない。チリーも、町を歩く少年達と変わらない、普通の少年なのだ。そんな少年が、これまで生死をかけた戦いへと身を投じていたこと自体が、普通じゃない。

「チリー……っ!」

 そっと。ミラルはチリーへ歩み寄る。そんなミラルに気付いているのか気付いていないのかもわからないが、チリーは叫び続けている。


 そんなチリーを、ミラルはそっと優しく抱き寄せた。


「大丈夫……。大丈夫だから……!」

 まるで泣き喚く赤子をあやすかのように、ミラルは声をかけながらチリーの頭を撫でた。

「うわ……ああ……ッ!」

 叫びは、いつの間にか泣き声へと変わっていた。

 圧倒的な敗北による屈辱、戦いと――――死への恐怖。それらがチリーの中でない交ぜになり、それが慟哭へと変わっていた。



 しばらくすると、チリーは眠りについていた。眠ってしまっていることを確認すると、ミラルはそっとチリーをベッドへ寝かせ、その寝顔を濡らす涙を、自分の服の袖で拭った。

「もう、落ち着いたみたい」

 ミラルの言葉に、固唾を飲んで見守っていたニシル達は安堵の溜息を吐いた。

「チリー……大丈夫かな……」

 不安そうに、眠るチリーを見つめながらニシルは呟く。

「相当ショックだったみたいだな……」

 そう言い、青蘭はチリーへと視線を移した。

「もしこのままなら、チリーはこの旅を降りなければならないかも知れない」

「――――ッ!?」

 トレイズのその言葉に、全員の視線がトレイズへと集中した。

「本気で……言ってるの?」

 ゆらりと。顔をうつむかせてニシルは立ち上がると、トレイズの眼前へと歩み寄る。

「この様子では、足手まといになるだけだ。島に帰らせた方が良い」

「おいトレイズ……何もそこまで――――」

 青蘭が言いかけた時だった。


 ニシルの、包帯に包まれた右拳が、トレイズの左頬へと食い込んだ。


 トレイズは殴られた左頬を押さえ、何のつもりだ? とニシルへ低く問うた。

「ふざけんなッ! 僕は認めない……ッッ! お前が何と言おうと、僕はチリーと一緒に旅を続けるからな! 絶対にだ! チリーが戦えないなら、僕が二倍戦う! チリーを守らなきゃいけないなら、僕が守るッ! それで、文句はないだろ……!?」

 そう言い放つと、ニシルは肩を怒らせてドアの方へと早足で歩いて行く。

「どこに……行くの?」

 恐る恐る、ミラルがニシルへ問う。

「頭、冷やして来る。絶対、誰も付いてくるなよ」

 そう言い残し、ニシルは部屋を後にした。



 乱暴に閉じられたドアを見、青蘭は嘆息するとトレイズへと視線を移した。

「何であんな言い方するんだ? 島に帰らせた方が良いってのは、これ以上チリーを戦わせるのは危険だ……って、そういうことだろ? 心配してるなら素直に言えば良いじゃないか」

 青蘭が微笑すると、トレイズは視線を逸らしてフンと鼻を鳴らした。

「……悪かったな」



 その日の夜、ミラルは中々寝つけずにいた。

 怯えるチリーのことが、憤慨するニシルのことが、気になって仕方がなかった。

「これから、どうなるんだろう……」

 チリーは、島に帰らせた方が良いかも知れない。トレイズと同じようにそう思う自分がいた。こんな危ない旅は、トレイズに任せてチリーとニシルと島へ戻った方が良いかも知れない。今までのように、楽しく過ごせていればそれで良いのではないか。ミラルはそう考えてしまっていた。

 ボーっと。天井を見つめ、今日のことを思い出す。

 そっと、チリーを抱き寄せた自分……。その時のことを思い出すと、ミラルの頬は一気に真っ赤に染まった。

「何であんなことしちゃったんだろ……」

 チリーを落ち着かせるためとは言え、大胆なことをしたものだ。

 ――――そう言えば、私が泣いてた時……よくお母さんがああしてくれたなぁ……。

「……え? 私の……お母さん?」

 ミラルには、テイテスに流れ着く以前の記憶がない。テイテスではおじさんとおばさんに育てられていたため、本当の両親の顔は覚えていない。しかし今ミラルは、確かに母に抱き締められた記憶を思い出したのだ。

 しかし、どんな顔だったのかまでは思い出せない。

 ボンヤリと。思い出せそうで思い出せない、もどかしい記憶。本当の母の顔。

 天井を見つめたまま懸命に思い出そうとするが、思考はぼやけていくばかり。いつの間にか、ミラルは眠りについていた。



 眠るミラルの枕元に、一人の少年のような男が立っていた。鍵を閉めていたハズのドアは、男の手によって開け放たれたままになっている。

「アイツを……屈服させる」

 ボソリと呟き、男は持っている袋から縄を取り出すと、起こさぬようそっとミラルを縛った。口には猿轡をはめ、手足も動けぬようしっかりと縛った。

「おい」

 男が声を発すると、扉の向こうから屈強な男が一人、中へと入って来た。

「運べ。宿の奴らは既に脅してある。普通に玄関から出て大丈夫だ」

「……わかりました。しかしレオール様、お言葉ですがこのようなことに何の意味が?」

 男の問いに、レオールと呼ばれた男はニヤリと笑った。

「アイツを……あの白髪野郎を屈服させる。人質の前で、『許して下さいごめんなさい』ってな」

 そう言うとレオールは、ポケットから一枚の紙を取り出し、ベッドの上へ置き、行くぞと男を促し、部屋を後にした。

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