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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第二部
26/128

episode26「Awakening blade-2」

 ――――現れない。

 今まで、当然のように容易く出現させていた大剣が、チリーの右手に現れないのだ。

 大剣を出現させる――――そう強く思うだけで、大剣は出現していた。だが今は、どれだけ強く思っても、何度強く思っても、チリーの右手に大剣は握られなかった。

「神力は使わないのか?」

 レオールの問いに、チリーは無理に微笑した。神力が――――大剣が使えないことを、レオールに悟られてはならない。

「お前と戦うのに、神力は必要ねえ。素手で十分だ!」

 スッと。チリーは身構えた。

 大剣が出せなかった頃と同じように、キリトと修行していた頃と同じようにチリーは身構えた。

 ――――あれ?

 ふと、視線を降ろし、一瞥した自分の拳は――――震えていた。寒さで震えている訳でも、怒りに震えている訳でもない。

 ――――怯えている? 俺が?

 自問し、チリーはかぶりを振った。

 あり得ない。戦いなど、何度も経験してきた。命を奪われるかも知れない戦いだって、島を出てから何度も経験したハズだ。今更、何に怯えるというのか。

 それにも関わらず、チリーの拳は震え続けていた。

 震えるな。怯えるな。敵を前にして震えることなどあってはならない。恐怖で怯えている者の拳など、これから戦う者の拳ではない。心の内でそう言い聞かせるが、身体は言うことを聞かず、震え続けている。

「……チリー?」

 不安気に、ミラルが問う。しかし、チリーはそれには答えなかった。

「おい、お前ら。手は出すなよ」

 後ろを見、レオールは男達に言う。すると、男達の内一人が、わかりましたと一礼する。

「お前、俺を見かけで判断しただろう……? 子供のようだと心の中で嘲り、神力を使う必要がないと……そう判断しただろう」

 チリーを睨むレオールの瞳に激怒の色が映る。

「なめやがって……! なめやがって……ッ! 絶対に殺してやるッ! お前は、俺の前で屈服させてから殺してやるッッ!」

 ――――僕は君を殺しに来た。

 殺すというレオールの単純な一言を引き金に、チリーの脳裏をライアスの言葉が過る。

 そして脳内で蘇る、あの凄まじい破壊音。砕け散る剣。

 砕け散る――――闘志。

 震えが、一層強まった。



「チリー! 一体どうしたの!?」

 先程から、レオールを前にして動こうとしないチリーの肩へ、ミラルは触れた。

「――――っ!?」

 震えていた。

 チリーの怯えが、恐怖が――――震えを通してミラルに伝わった。

「チリー……震えて……」

 小さく、ミラルが呟く。しかし、その呟きすら今のチリーには聞こえていないようだった。

「何故動かない……ッ! 何故攻撃してこない……ッ!? やっぱりお前……ッ」

 馬鹿にしているだろ! と、表情を怒りに歪めてレオールが叫び、ギロリとチリーを睨みつける。

 そしてすぐに両腕の刃を構え、チリーを殺さんと突っ込もうとした――――その時だった。

 ゆっくりと。玄関のドアが開かれた。ドアの開く音に反応し、チリーを含むその場にいた全員がドアの方へと視線を移した。

「あら、何事なのかしら? 美しくない光景ね」

 クスクスと。まるで嘲笑するかのように笑いながら、彼女はロビーへと入って来た。

 おかっぱ頭の……美しい女性だった。背はすらりと高く、彼女が纏う雰囲気はまるで花か何かを思わせるような――――そんな華麗さが彼女にはあった。着ている服はチリーもミラルも見たことがないような服で、ピンク色の……花柄のあしらわれた一枚の布を身体に巻き付けているかのような服だった。

「何だ貴様は!?」

 レオールの部下らしき男達の一人が、女性の方へと歩み寄る。が、女性はそれを大して気にした様子でもなく、辺りをキョロキョロと見回している。

「この宿に泊まりに来たのだけれど……。これはこの宿特有のもてなし方なのかしら? 相変わらず大陸本土はよくわからないわね」

 そう言って、女性は嘆息した。

「ふざけるな! 私を無視しているのかッ!?」

 彼女の目の前で、男が表情を怒りに歪める。

「無視? ああ、いたのね貴方。存在価値がなくてわからなかったわ」

 そう言って、クスリと彼女は微笑した。

 存在感ではなく、存在価値。それがその男に対する侮蔑だと言うことは、考えなくてもわかった。

 その言葉と仕草に憤慨し、男は女性目掛けて跳びかかって行った。女性は澄ました顔でそれを一瞥し、素早く身を屈めると、跳びかかって来る男の顎目掛けて右手で掌底を放つ。顎に掌底がクリーンヒットした男は、短く呻き声を上げると、その場に倒れ伏した。

 倒れた男を一瞥し、女性は嘆息する。

「美しくないわね」

 女性は一言そう言い放つと、カウンターの方を向いた。

「おい、お前」

 その女性の背中へ、レオールが言葉を投げた。女性はカウンターの方へ向かおうとしていた足をピタリと止めた。

「その格好、東国の人間か?」

 レオールがそう問うた瞬間、女性はレオールの方へ素早く視線を移した。

「貴方……ゲルビアの人間?」

 女性の言葉に、確かな怒気が込められていた。

「そうだとしたら?」

「この場で――――殺すわ」

 その女性の一言に、レオールの背筋が凍った。

 女性の言葉の中に込められた――――激情と殺意。蛇に睨まれた蛙の如く、レオールの動きはピタリと止まっていた。

「東国って……青蘭の……?」

 小さな声でミラルが問うと、やっとのことでチリーは反応し、コクリと頷いた。

 見れば、チリーの震えは既に止まっていた。

「ああ……青蘭だけじゃなかったんだな……」

 ジッと。チリーは女性を見つめている。見惚れているというよりも、珍しいものを見ているといった様子だった。

「ま、まあ良い……。おい、白いの!」

 刃と化していた両腕を元に戻し、レオールはチリーを右手で指差した。

「お前は必ず殺す。それまで首を洗って待っていろ!」

 既に虚勢を張れる程に回復していたチリーは、レオールを嘲笑うかのように、完全に負け犬の台詞だなと微笑した。その様子を見、レオールは一層怒りを露にする。

 だが、すぐにレオールは倒れている男を放置したまま、他の男達と共に宿の外へと逃げるように出て行った。その様子を一瞥し、女性は嘆息する。

「怖かったんでしょう?」

 ニヤリと。厭な笑みを浮かべ、女性はチリーへ視線を移した。

「誰が……怖かったって?」

 図星を指された……といった表情を薄らと顔に浮かべつつも、チリーは虚勢を張り、女性をギロリと睨みつけた。


「貴方が、あの男に、恐怖していたのでしょう?」


 ハッキリと。女性はチリーへと言い放った。ハッキリと図星を指され、数秒――――チリーの動きは停止した。

「ちょっとアンタ! 何も知らないのにそんなこと言わないでよ!」

 停止しているチリーの代わりとでも言わんばかりに、ミラルが女性へ怒りの声を上げる。

 女性はチラリとミラルの方を一瞥するが、気にも留めず再びチリーへと視線を移す。

「敵を前にして怯えるなんて……美しくないわ」

 チリーを嘲笑すると、女性はカウンターの方へ向かい、従業員と話し始めた。会話の内容から察するに、今日彼女はこの宿に泊まるのだろう。しかし、しばらくすると表情を険悪にし、カウンターテーブルに右の手の平を叩き付け、肩を怒らせながら早足で宿の外に出て行った。出て行く際、風呂の代わりにシャワーだけだなんて美しくないわ! と文句を言ってるのが、チリーとミラルにもハッキリと聞こえた。


 あの女性の言葉に――――チリーは一言も言い返すことが出来なかった。

 怯えていた。レオールに――――否、戦いに。

 今まで、何も考えずに戦ってきた。自分は強いと、自分は負けないと、心のどこかで信じ込んでいた。

 しかし叩きつけられた――――圧倒的な敗北。

 完全な、敗北。

 破壊音が、砕ける剣が、笑うライアスが、チリーの脳裏に何度も蘇る。

 ――――怖い。戦うことが、負けることが、傷つくことが……怖い。

「なあ、ミラル」

 小さく、チリーが言う。先程から様子がおかしいチリーを案じてか、ミラルは心配そうな表情でどうしたの? と答えた。

「もしかしたらさ……」

 クルリと方向を変え、チリーはミラルへ背を向けた。そのチリーの背中が一瞬、ミラルにはいつもの彼からは想像も出来ない程に儚く見えた。

「島に戻った方が良いのは、俺の方かも知れないな」

「――――え?」

 呟くように言い残し、チリーはロビーから部屋へと向かう階段へ歩いて行った。

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