episode24「Lost king」
「嘘……だろ……?」
破壊された大剣、目の前で微笑むライアス。チリーは信じることが出来ず、ただ茫然としていた。
――――俺の剣が、壊された?
信じられない、信じたくない。しかし――――現実。
「どうしたの? もう終わり?」
まるで大好物を食べ終わった後の子供のように、残念そうな顔でライアスはチリーに問うた。
「残念だなぁ……」
呟き、ライアスは呆然とするチリーを一瞥すると、ドアの方へと歩いて行った。
「……どこへ行くつもりだ?」
ドアの前で、青蘭が、怒気を込めてライアスへ問う。隣にいるニシルも、怒りに表情を歪めつつライアスを睨んでいる。
「別に。飽きたから帰るだけだよ。それに、君達全員を相手にするのは、流石に僕でも無理だ。また遊んでね、チリー」
振り向き、チリーへ微笑むとライアスは青蘭を押し退け、ドアの向こうへと消えた。
「チリー!」
トレイズを含む三人が、未だに呆然としているチリーの元へ駆け寄る。
「いや……大丈夫だ。悪い。それより、王様は……」
チリーの言葉にコクリと頷くと、トレイズは先程凍らせたアレクサンダーの方を指差した。
「今は凍らせている……。もしかすると俺の時のように元に戻るかと思ってな」
「トレイズ、その腕は……」
問題ない。トレイズは青蘭にそう答えると、アレクサンダーの元へと歩いて行った。
「チリー、どういうこと? 王様が何で凍らされてるんだよ?」
「ああ、お前らは今来たから知らないんだよな」
ニシルの問いにそう答えると、チリーはアレクサンダーについて説明した。
「そんな……王様が……」
信じられない、といった様子で、ニシルは呟いた。隣で青蘭も驚愕に表情を歪めている。
「チリー、ミラルは……」
倒れているミラルを一瞥し、ニシルが問うと、チリーは気絶しているだけだと答えた。
王――――アレクサンダーは変わり果てた姿となっていた。
その姿に、一同は戸惑いを隠せない。少し相談したが、結局ミラルは起こさないことにした。これ以上、ミラルの心へ負担を与えたくない。
「下がっていてくれ。これから、この氷を解く。もしまだ王が正気に戻られていなければ、お前達に襲いかかる」
「その時はその時だ。トレイズ、俺達だって戦えない訳じゃない」
そうだな。青蘭にそう答えると、トレイズは氷へ――――アレクサンダーへと手をかざした。
「行くぞ……」
トレイズが言うと同時に、アレクサンダーを包んでいた氷は徐々に消えていく。数秒後には、アレクサンダーを包んでいた氷は消え失せ、生身のままアレクサンダーはその場に倒れていた。
「う……う……」
「ッ!?」
アレクサンダーが低い呻き声を上げたと同時に、トレイズは身構える。だが、聞こえた人間らしい呻き声に気付き、洗脳が解けていることを悟った。
「王ッ!」
「……トレイズ」
トレイズ。と、アレクサンダーは確かに答えた。アレクサンダーの言葉に、四人の表情が明るくなる。
「詳しい話は帰りながらでも……とにかく今は、テイテスへ帰りましょう」
微笑み、トレイズはアレクサンダーへ手を差し伸べた。が、アレクサンダーは首を横に振る。
「トレイズ、私は帰ることが出来ない」
「な――――ッ!?」
アレクサンダーの言葉に、五人の表情が驚愕に歪む。
「な、何でだよ王様……ッ! 何で……ッ!?」
アレクサンダーはそう言ったチリーの方へ視線を移し、首を横に振った。
「私は、洗脳されていたとは言え、多くの罪なき人々を殺した。その上、助けに来たお前を……トレイズをも傷付けた」
それにな。アレクサンダーはそう付け足し、言葉を続ける。
「私の命は、長くない。度重なる人体実験の結果、私の身体は既にボロボロだ……。恐らく、テイテスへ戻るまでもたないだろう」
「そんな……ッ!」
悲痛な声を、ニシルは上げた。チリーは悔しそうに歯噛みし、トレイズは、何かを悟ったような表情でコクリと頷いた。
「だから、テイテスを……お前達に託す」
「テイテス……を?」
問うたニシルに、アレクサンダーはコクリと頷く。
「これから私がする話を、真剣に聞いてくれ。テイテスの……島の存亡へ関わることだ」
「……わかりました」
トレイズは、静かにそう答えた。
「テイテスは……あの島は普通じゃない」
「普通じゃない……って、どういうことだ?」
「『核』と呼ばれる物質で……あの島は構成されている。『核』は島の中心に存在し、その『核』が周囲の物質を吸い寄せることによって、あの島は誕生したのだ。トレイズは、『核』を見たことがあるだろう?」
コクリと。トレイズは静かに頷く。
「『核』ってまさか……あの壊れてたやつ……か?」
「あ……。確かにあの森って、島の中心部だったよね……」
チリーとニシルは顔を見合わせる。
島の中心――――あの森の中、破壊されていたあの黒い宝石のような物体。
「あの黒いのが……『核』?」
ボソリと。チリーが呟いた。
「そう。それが『核』だ。本来なら赤い色をしているのだが、私が攫われる際、ゲルビアの人間に破壊されてしまい、黒くなってしまっている……。『核』を破壊されたテイテスは今でこそ大丈夫だが、すぐに崩壊を始めるだろう……」
アレクサンダーの言葉に、四人は戸惑いを隠せない。色々と尋ねたいことはあったのだが、四人は口を挟まずに黙っていた。
「お前達……赤石を……探せ!」
そう言い、アレクサンダーは咳き込んだ。口元を押さえたアレクサンダーの右手は、真っ赤に染まっていた。
「内に……膨大な力を秘めた……赤い……石だ……。『核』は……元々赤石と……同じ存在だ……」
再度咳き込み、アレクサンダーは言葉を続ける。
「故に……赤石を……『核』の……代用品とすることが……出来る……! 頼む……島のために……赤石を探せ……ッ」
「……わかりました」
静かに、トレイズは呟いた。
「赤石は、必ず我々が島へ持ち帰ります」
トレイズの言葉にチリー、ニシルの二人……そして青蘭までもが真剣な面持ちで頷いた。
「それと……」
言いかけ、よろけたアレクサンダーの身体を、トレイズが素早く支える。
「ゲル……ビアに……気を付けろ……」
ゲルビア帝国。
青蘭の祖国、東国を消し、トレイズとアレクサンダーを洗脳し、そして島の「核」を破壊した帝国。
四人の中に、ゲルビアに対する確かな怒りが芽生えていた。
「今……回の件のことも……ある。奴らは……これからお前達を……狙うだろう……怖ければ……島へ帰り……城の……者へ……私の言葉を……伝え、お前達は……島で元通りに……暮らせ」
咳き込みながらそう言ったアレクサンダーに、チリーは首を振った。
「任せてくれ。絶対に俺達の手で、テイテスを救う」
そうだよな。そう言ってチリーが全員に目配せをすると、ニシル、トレイズの二人は静かに頷いた。
「ありが……とう」
それともう一つ。アレクサンダーは付け加えるようにそう言うと、再度咳き込んだ。
「ゲルビアの……王……ハーデンは……赤石を……」
そこまで言いかけ、ダラリと。アレクサンダーの首から力が抜けた。
「……王?」
揺さぶり、トレイズが問うたが、アレクサンダーは答えなかった。
「王様……ッ!」
悲痛な声を上げ、ニシルは今にも泣き出しそうな表情でアレクサンダーを凝視する。
「クソッ! 何で王様が……ッ!」
涙をこらえるように、チリーは床を強く殴った。
そんなチリーの隣で、青蘭はやるせない表情でアレクサンダーを見つめていた。
「王……ッ! 王ッ!」
何度も強く、トレイズはアレクサンダーを揺さぶったが、アレクサンダーは答えなかった。
まるで眠っているかのように安らかなアレクサンダーの顔は、数滴の涙で濡れていた。
「俺は……守れなかった……ッ! 王を……ッ!」
トレイズの悲痛な叫びが、部屋の中で響いた。
ここまでで第一部、完結です。
明日から引き続き第二部を投稿します。