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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第一部
20/128

episode20「Machine body-2」

 ギロリと。ニシルはグラウスを睨みつけると拳を握りしめ、グラウス目掛けて突っ込んだ。

 グラウスは右腕を元の形に戻すと、今度は左腕を前へ突き出した。

「今度は何だッ!?」

 グラウスの左手は機械音と共に引っ込み、右腕と同じような円形の空洞が出現する。しかし、今度はそれだけに止まらず、更に激しく機械音をさせながら、左腕の奥から何かがゆっくりと突き出されて行く。

「行くぞ」

 グラウスの左腕に出現したのは、剣のような刃であった。

「ホント何でもありだね……ッ!」

 ニシルはグラウスの眼前まで迫ると、右拳を顔面目掛けて思い切り突き出した。

 グラウスは左手の刃の樋で防ぐ。すぐにニシルは拳を引き、左手でグラウスの刃に触れた。

「……何!?」

 グラウスが驚愕の声を上げた時には既に遅く、グラウスの左手から飛び出ていた刃は、音を立てて融解し始めていたのだ。溶けた刃は液体となり、ポタポタと床へ滴って行く。

 グラウスは数歩引いてニシルから離れるが、既に左手の刃は使い物にならない程融解していた。舌打ちし、グラウスが刃を引っ込めると、左腕の先は再び円形の空洞となった。

「熱の能力か」

「まあね」

「研究しがいがある」

 グラウスはニィッと笑うと、再び機械音と共に左腕の奥から何かが突き出されて行く。

「穴でも掘る気……?」

 ニシルは額に嫌な汗をかきつつ、グラウスの左手を凝視する。

 先の尖った、螺旋状の窪みがあるソレは正しく――――ドリルであった。

「採掘に便利だ」

 科学者がいつ自らの手で採掘するのか、そうツッコミを入れる隙もなく、激しい回転音と共にドリルは回転を始めた。

 あんな物を喰らえば一溜まりもない。

 額にかいたじっとりとした汗を、ニシルは右腕で拭った。

「何、少々細切れでも研究には問題ない」

 大アリだと思うのだが、やはりツッコミを入れるような隙はなく、グラウスはドリルを構えると、ニシル目掛けて突っ込んで来た。

 グラウスはニシルへ、ドリルを上から下へ斜めに突き降ろす。

 ニシルが前方へ転がり、ドリルを回避すると同時に破壊音がし、ニシルが先程まで立っていた床が軽く抉れた。

 ニシルはグラウスの背後へ回ると、殴りかかろうとしたがすぐに動きを止めた。

 ――――あのドリルで防がれたどうする?

 手が、足が、あのドリルの凄まじい回転に巻き込まれたら……恐らく巻き込まれた部位はもう使い物にならない程ボロボロになるだろう。それ程凄まじい回転なのだ。

 素手で戦うというのがそもそも無茶な話なのかも知れない。もしかすると自分は、この「熱」の能力発現で調子に乗っていたのかも知れない。出来もしないことを出来ると錯覚し、ただ自分を窮地に追いやっただけなのではなかろうか。

 そこまで考え、ニシルは歯噛みした。あの時、調子に乗らずにチリーかトレイズに協力を仰げば良かったのだ。だが、今悔やんだところでどうにもならない。

 ゆっくりと。グラウスがこちらを見る。

「外したか」

 ドリルは尚も回転を続けている。

 グラウスはニシルを見、そして己が左手のドリルを見、ニタリと笑った。

「お前……」

 スッと。ドリルを前に突き出す。

「怖いか? このドリルが……」

 グラウスの問いに、ニシルは答えなかった――――否、答えられなかった。

 ゴクリと生唾を飲み込み、グラウスのドリルを凝視する。

「逃げるか?」

 その問いにも答えず、ニシルはそのドリルを凝視する。

 ――――怖い。あのドリルが。自分を優に殺害することの出来るあのドリルが――――怖い。

 激しい音と共に凄まじい勢いで回転を続けるドリル。見るだけで容易に、自分の身体が貫かれた場合を想像出来る。貫かれ、血肉を回転に巻き込まれ、辺りに飛び散らせながら倒れて行く自分の姿が、あのドリルを見るだけで想像出来るのだ。

 ――――怖い。あのドリルが恐ろしい。先程まであった余裕の一切は消え失せ、ニシルの表情は恐怖に引きつっていた。

 気が付けば、ニシルは後退していた。

「そうかそうか。そんなにこのドリルが――――怖いかッ!」

 グラウスは不意に語気を荒げると、左手のドリルを構えてニシル目掛けて駆け出した。

「うわ……うわああああッ!」

 突き出されたグラウスのドリルを、ニシルは横っ跳びに避け、音を立ててその場に倒れ込む。

 それを見たグラウスはニヤリと笑い、すぐにニシルの方へ方向を転換した。

「怖いか……」

 いつの間にかニシルは地面に尻を付け、恐怖に表情を引きつらせたまま後退り始めていた。

「ひ……ぃ……ッ!」

 恐怖に身が竦み、まるで蛇に睨まれた蛙である。その目には、薄らと涙さえ浮かんでいた。

「気にするな。すぐに恐怖も感じなくなるさ」

 ニヤリとグラウスは笑い、ゆっくりとニシルの方へと歩み寄って来る。

「嫌……だ……ッ」

 このままグラウスが来れば、自分はあのドリルで貫かれる。血肉を撒き散らし、さながら肉塊が如き姿と成り果て、目の前の狂った科学者に余すことなく研究されるのだ。少し考えただけでも身の毛がよだつ。

 ――――逃げなきゃ。

 ニシルの中で、そんな言葉が脳裏を過る。

 逃げなくてはならない。

 何から?

 目の前の恐ろしい物から――――現実から。逃げるのだ。恐怖から、全てから。体裁も何も投げ出して、己が命のために全力で逃げなければ。


 全てを投げ出す――――背負っている物も?


 捜さなくてはならない王様。

 自分達を先に行かせるために、命を張った青蘭。

 ――――自分を信じて、先に行った仲間達。

 それらを全て投げ出しても、逃げるのか?

 否、断じて、逃げて良いハズがないのだ。

 ――――絶対、追いつけよ。

 脳裏を過る、先程のチリーの言葉。その言葉へもう一度答えるかのように、ニシルは静かに頷いた。

 ゆっくりと。ニシルは立ち上がる。

 意を決した表情で、グラウスを見据える。

 その顔に、先程までの――――一時の恐怖に怯え、情けなく引きつった顔はなかった。そこにあるのは覚悟を決めた者の顔があった。

 怖いのは、自分だけじゃない。チリーも青蘭も、無論トレイズも、目の前の敵と恐怖と、逃げ出そうとする自分……その三つと同時に戦っているのだ。

 凄いと思った。自分には出来ないと思った。が、それと同時に――――自分もそうありたいと、ニシルはそう思った。

「戦いを制するのは……『覚悟』だ」

 既に、グラウスは眼前まで迫って来ていた。

「恐怖は消えた……が、君が実験台となることには何ら変わりがない!」

 グラウスが、ニシル目掛けてドリルを突き出した――――その時だった。

 ピタリと。ニシルを貫いているハズのドリルは、ニシルの目の前で動きを止めた。

「馬鹿な……あり得ない……ッ! 神力使いは頭がおかしいのかッ!?」


 素手でドリルを受け止めているのだ。


「おおおおおおおおッッッ!!」

 あまりの苦痛に絶叫しつつも、ニシルはドリルを掴み続ける。凄まじい回転に巻き込まれ、ニシルの両手は血を流す間もなく削られていく。が、ニシルの両手からは高熱が発せられている。金属製のドリルは高熱により、回転数と負けず劣らずの勢いで融解していく。

「馬鹿じゃないのか……ッ!?」

 グラウスが驚愕の声を上げた頃には、既にドリルはほぼ溶け切り、ドリルとしての用を成さなくなっていた。

「僕は……逃げない! チリー達のように……戦う!」

 ニシルはグラウスの左腕を掴むと、高熱を発し、その腕を融解させた。

「おおおおッ!?」

 ボトリと。音を立ててグラウスの左腕はその場へ落ちた。

 そしてニシルはそれを拾い上げ、驚愕に歪んでいるグラウスの顔面を蹴り倒した。

「ぐおッ!」

 そしてグラウスの上に跨ると、手にしたグラウスの左手の――――ドリルとしての用は成さないが、先が尖っていて十分に凶器としては利用出来るその左手を、グラウスの腹部へ突き刺した。

 破壊音と共にグラウスの左手はグラウスの腹部へと突き刺さり、腹部からオイルが飛び散り、中の機械が少しはみ出した。

「言ったろ? そのふざけた身体、ぶっ壊してやるって」

 ニッと笑うと、ニシルはグラウスの左手を勢いよく更に深く突き刺した。そしてジタバタと暴れるグラウスの頭部を、思い切り右足で踏みつけた。

 グシャリと音がして、グラウスの動きはピタリと止まった。恐らく今の衝撃でグラウスを動かしていた機械が壊れたのだろう。

 ニシルは両手の平に激痛を感じつつも、安堵の溜息を吐くと、奥のドアへと視線を移す。

「みんなに追いつかなきゃ」

 ニシルはゆっくりとドアの方へと歩いて行った。

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