episode17「Chimera-1」
「壊されてる……」
そう言ってミラルは、目の前にあるドアの残骸を見つめる。
「俺達より先に誰かここに辿り着いたって訳か」
ヘルテュラの郊外の森の中に、その研究所らしき建物はあった。石造りの建物で、随分と整備されていないらしく、建物の壁には苔や蔦が張り付いている。
「多分トレイズだよ」
ニシルの言葉に、青蘭が頷く。
「そうだな……。とりあえず中へ入ろう」
青蘭に促され、チリー達は研究所の中へと入った。
「……地下か?」
研究員の胸ぐらを掴んだままトレイズが問うと、研究員は必死で首を縦に振った。
「そこの隅に……地下への隠し通路がある。鍵なら私のポケットの中だ」
トレイズは答えもせずに研究員の胸ぐらから手を離すと、乱暴に彼の白衣のポケットから鍵を奪い、まじまじと眺めた。
「この鍵で合っているか?」
「ああ、間違いない……。地下にアンタの探している『王』とやらがいるかは知らないが、研究所に何か隠されているとしたらそこしかない……」
「なるほどな」
呟き、トレイズは部屋の隅の、隠し通路がある場所へと歩み寄った――――その時だった。
「トレイズ!」
乱暴に部屋のドアが開き、中へと入って来たのはチリー達だった。
「……僕達より先に見つけてたんだね」
「お前らがノロいだけだ」
その発言にカチンと来たらしく、チリーがトレイズをギロリと睨む。
「誰がノロいって……!?」
「待てチリー。落ち着け」
今にも殴りかかりそうな勢いで凄むチリーを、青蘭が制止する。
「トレイズさん、この研究所であってるの?」
ミラルの問いに、トレイズは小さく頷いた。
「だがここに王がおられるかどうかはわからない」
そう言い、トレイズは足元の床の鍵穴を見つけると、先程研究員から奪った鍵を差し込み、回した。カチリと音がしたのを確認すると、トレイズは鍵穴の付いた床と普通の床との隙間を利用し、鍵穴のついた床を持ち上げた。すると、地下へと続く階段の姿が露になる。
「それは……」
驚嘆の声を上げるニシルを気にも留めず、トレイズは階段を降りて行った。
「……俺達も行くぞ」
チリーの言葉に、三人はコクリと頷き、チリー達は階段を降りて行った。
長い階段を数分程降りると、そこにはドアがあった。
上から赤い電球が、ドアを赤い光で照らしており、どこか薄気味悪かった。
「この上のやつでんきってやつだよな……?」
赤い電球を指差しチリーが言うと、ニシルはクスリと笑った。
「電気も知らないの?」
「知ってるよ! ただちょっと珍しいなって思っただけだ。ニシルだってでんきはあんまり見ないだろ」
「まあ、それもそうなんだけどね。テイテスで電気があるのって、城の中くらいの物だったし、僕らが使ってるのもランプだしね」
そんな二人に一瞥をくれ、嘆息するとトレイズはドアをゆっくりと開いた。
「あ、おい待――――」
中に入るトレイズの後を追おうとしたチリーは、不意にピタリと動きを止めた。
「……チリー?」
心配そうにミラルがチリーの顔を覗き込むと、チリーの顔は驚愕に歪んでいた。
「何だ……これ……」
――――牢獄。
その部屋は正に牢獄であった。
真っ直ぐ、次のドアへと続く一本道。その両脇にはいくつもの牢が並んでいた。そしてなにより、牢の中に閉じ込められている生き物に対して、チリーは絶句した。
「これって……?」
この世の生き物ではない。
獅子の身体に鳥類の翼、尾の代わりに蛇の頭。まるでいくつかの生き物を合成したかのような……そんな生き物が牢の中には閉じ込められていたのだ。
前述した獅子の化け物だけではない。他にも面妖な、様々な生き物が牢に数匹閉じ込められている。
「酷い……」
トレイズを先頭に、五人は奥へと進んで行く。なるべくここには長居したくない。五人全員が同じ思いであった。
「命を玩具にするなんて……っ!」
拳を握りしめ、ミラルが言い放った時だった。
ガチャリと。前方で牢の開く音がした。
「――――ッ!?」
牢の中から現れたのは大柄で筋肉質な男だった。上半身に何も衣類を身に着けておらず、剥き出しの二の腕には鍛え上げられた筋肉がついている。
男はスキンヘッドの頭をポリポリとかき、蓄えられた無精ひげをゆっくりと撫で上げると、チリー達の方へ視線を移した。
「上が騒がしいと思ったら……侵入者か」
男を一瞥し、素早く大剣を出現させ、チリーが身構える。
「良い反応だ。白髪の坊主……。お前さん、才能あるぜ」
「さんきゅーおっさん。で、退いてくれる?」
男はチリーの言葉を聞くと、ガハハハと豪快に笑った。
「冗談の才能もあるぜ坊主」
「……そうかい」
大剣を構え、男目掛けてチリーが駆け出そうとした時だった。
スッと。チリーの前に青蘭が立ち塞がる。
「お、おい……」
「俺がここで時間を稼ぐ。お前達は、先に行け」
小声で言うと、青蘭は男を睨みつけた。
「お、アンタが相手かい?」
青蘭は男の問いに答える代わりにニッと笑うと、男目掛けて高速で突っ込んだ。
――――青蘭の能力、身体能力の強化。
瞬時に男の眼前へ迫ると、青蘭は男の腹部に思い切り右拳を突き出した。
「が……ッ!」
男が呻くと同時に青蘭は一歩退き、男の頭部目掛けて左回し蹴りを放つ。
青蘭の強烈な回し蹴りが男の頭蓋骨まで響き、鈍い音をさせて男はそのまま右の牢の中へ吹っ飛んだ。
そしてそのままその牢の中の壁に激突し、ドサリと倒れる。
「す、凄い……」
目を見開き、ニシルが驚嘆の声を上げる。
「早く行け! 今ので倒した訳じゃない!」
「感謝する」
小さく言い放ち、トレイズはスタスタと早歩きで奥のドアへと進んで行く。
「でも、青蘭はっ!」
「コイツを片付けた後で必ず追いつく! だから先に行っててくれ!」
青蘭の言葉に、チリーとニシルはコクリと頷き、躊躇うミラルを促し、奥へと駆けて行った。
そしてトレイズを先頭に、四人はドアの先へと進んで行った。
「よし……」
しばらくドアの方を見つめた後、青蘭は倒れている男へと視線を移す。
「やるじゃねえの……」
ゆっくりと。男は立ち上がると、パンパンと身体に付着した埃を払う。
「必ず追いつくと約束したんでな……。アンタには――――倒れてもらう!」
立ち上がった男の眼前へ素早く近づくと、青蘭は男の顔面を右拳で思い切り殴りつけた。
後ろへたたらを踏んだ男の腹部へ、追い打ちとばかりに青蘭は左拳を叩きこみ、一歩退いて距離を取ると、男の頭部目掛けて右回し蹴りを放つ。
鈍い音と共に男の身体は左へ吹っ飛び、壁へ激突する。
「……焦り過ぎだぜ……ッ」
男は起き上がると、ニヤリと口元を動かした。
「お前さんの焦る理由……わかるぜ? お前さんの能力……時間制限付きの肉体強化だろ?」
能力を言い当てられ、青蘭の表情が一瞬驚愕に歪む。が、すぐに落ち着きを取り戻す。
「それがどうかしたか?」
「いいや……何も……」
怪しげに男が笑う。
訝しくはあったが、こんなことを一々気にしている暇はない。時間制限が切れる前にこの男を倒し、チリー達に追いつかねばならない。
青蘭の制限時間――――感覚的には、十分と言ったところか。
「俺もそろそろ何かするかぁ……」
男の言葉を気にも留めず、青蘭は男の眼前へと迫り、男の頭部目掛けて右足によるハイキックを繰り出す。が、その足は男の頭部へ直撃する前に硬い何かによって防がれた。
「――――ッ!?」
「さっき食った蟹の合成獣だな」
青蘭の右足を防いだのは、男の腕――――否、腕と同じ場所に存在するだけで、それは人間の腕ではなかった。
赤く、硬い殻に覆われ、先にはトゲの付いた鋏があった。
正しく、蟹の腕だ。
危険を感じ取った青蘭は素早く右足を降ろし、バックステップで距離を取り、その腕を凝視する。
「食った生き物の特徴を得る……! そういう能力だよ俺ァ」
ニヤリと笑い、男は右腕の鋏をジョキジョキと動かした。