episode15「Freezing town-6」
ソファの上に横たわるその男の顔には、どこか見覚えがあった。
ニシルは男の顔をジッと眺め、どこで見た顔だったのかを懸命に思い出そうと頭を捻っていた。
「どこで見たんだったかなぁ……」
「知っているのか?」
腕を組み、ジッと男の顔を眺め続けるニシルに、青蘭が問う。
「うん。見たことのある顔なんだ……。どこで見たのか、いつ見たのかは思い出せないんだけど……」
「会ったことあるのか?」
「そうかも。それに……コイツ見てると、何かモヤモヤする……」
そう言ってニシルが嘆息すると、コトリと音がして、ニシルと青蘭の前に紅茶が置かれる。紅茶を置いた手の先を見ると、マテューの母親がこちらに笑顔を向けていた。
能力の発現により、男を倒して町と青蘭を氷から解放したニシルは、気絶した男を連れてマテューの家へと向かった。町の氷が消えるので、恐らくチリー達も気付いてマテューの家に向かうだろうと考えてのことだ。
マテューと両親は、ニシル達を快く受け入れ、あろうことか町を凍らせた張本人である男すら中に入れたのだ。
「チリーやミラルに聞いたら、何かわかるかも知れない」
「ということは、テイテスにいた頃に見た顔……ってことか?」
青蘭の問いに、ニシルはコクリと頷いた。
「うん。僕達が島の外に出たのはほんの数週間前の話だから……その間に出会った人なら、そう簡単には忘れないと思う。それに、この顔を見たのはテイテスだった気がするんだ」
言い、ニシルが男の顔を眺め続けていると、ガチャリと玄関で音がした。
数秒後、少しよろよろと歩いているチリーと、そんなチリーを心配そうに見ながら歩くミラルが、ニシルと青蘭のいる部屋……居間へと通された。
「あの氷、お前達がなんとかしたのか?」
チリーが問うと、ニシルは澄ました顔でまあね、と答えた。
「流石青蘭だな……」
うんうんと頷きながらチリーは青蘭へと視線を移す。
そんなチリーに青蘭は苦笑し、その横でニシルはムッとした表情になった。
「チリー、『アイツ』を倒したのは俺じゃない。ニシルだ」
「……え!?」
青蘭の言葉に、チリーは驚嘆の声を上げる。
その横でミラルも心底驚いた、といった様子でニシルの方へ視線を向けている。
「僕の神力、発動したんだよ」
ニシルはチリー達に、その時の出来事を全て説明した。
「すごいじゃない!」
とミラルは感嘆の声を上げ、
「ニシルの癖に」
と、チリーはやや不満気な様子で、意味のわからないことを呟いていた。
「で、そっちはどうだったんだ?」
青蘭の問いにミラルが答え、ゲイラとの出来事を簡潔に説明した。
「やはり……ゲルビアか」
「そうね。ゲイラは『アイツ』のことを実験体と呼んでいたわ……。それで、そのソファに寝そべってる人が……『アイツ』?」
ミラルの問いに、青蘭がコクリと頷くと、ミラルはソファに横たわる男の顔を覗き込み――――口元に手を当てて絶句した。
「ミラル、どこかで見たことあるよね!?」
男の方へ上体を乗り出し、やや興奮気味にニシルが問うと、ミラルはコクリと小さく頷いた。
「言われてみりゃ……どっかで会ったことあるよな、コイツ」
そう言ってチリーも男の顔を覗き込む。
「チリー、ニシル……この人……」
チリーとニシルの記憶の中に、この男の名前は浮かんでこなかったのだが、ミラルは違った。ミラルはこの男を知っている。テイテスにいた頃に、一度見たことがあるのだ。
「――――トレイズさんよ」
「「ッ!?」」
ミラルの言葉に、チリーとニシルは驚愕で表情を歪めた。
「トレイズってあの……王様の側近の?」
ニシルが問うと、ミラルはコクリと頷いた。
「間違いないわ。私達と余り変わらない年齢で王様の側近になったから、すごく話題になってたわ……」
ミラルの言葉に、ニシルはなるほど、と胸の前で両手を叩いた。チリーも思い出したらしく、男の――――トレイズの顔を眺めている。
「この男がそのトレイズだとして、何故テイテスの王の側近がこんな場所にいるんだ?」
「わからないわ……。でも、王様のことで何か手掛かりがわかるかも知れないわね……」
そう言って、ミラルがトレイズの方へ再度視線を移した時だった。
「おい、起きたぞ」
ゆっくりと。閉じられていたトレイズの目が開かれる。
「…………」
怪訝そうな顔をし、トレイズはゆっくりと身体を起こした。
「ここ……は」
小さく呟き、トレイズは辺りをキョロキョロと見回す。
「おい、大丈夫か?」
チリーが問うた――――その瞬間、トレイズは血相を変えた。
「王はッッ!?」
突如叫び、激しく辺りを見回し始めたトレイズに、チリー達は息をのんだ。
「ゲルビアが……ッ!」
舌打ちするように言い放つと、トレイズは立ち上がった。
「ちょっと! どこ行くのよ!?」
「王を……助けに……ッ!」
駆け出そうとする。が、突如身体中に走った激痛にトレイズはよろめき、動きを止めてその場にうずくまった。
「無理するなよ!」
駆け寄り、差し伸べられたニシルの手をトレイズは鬱陶しそうに振り払う。その行為に、ニシルは顔を驚愕に歪めた。
「うるさい! お前達には関係ない! こうしている間にも……王はッ!」
痛む身体を押さえながらも、トレイズは立ち上がる。が、その行く手をチリーによって阻まれる。
「邪魔だ……!」
「とにかく落ち着けよ。俺もそこにいる二人も、テイテスの出身で、失踪した王様を捜してる。王様について何か知ってるなら、俺達に教えてくれ」
チリーの言葉に、トレイズは数秒沈黙したが、コクリと頷いた。
「……わかった」
トレイズはふらふらとソファへ戻り、その上へ腰掛けた。
「俺はチリーだ」
チリーに続いて、他の三人も手短に名乗り、チリー達が王を捜すことになった経緯を簡単に説明した。
説明後、納得したらしくトレイズは小さく頷いた。
「……俺はトレイズ。テイテスで王の側近をしていた者だ」
「なあ、教えてくれ。王様とアンタに何があったんだ?」
チリーが問うと、トレイズは静かに説明を始めた……。
「王は――――誘拐された」
「な――――ッ!?」
トレイズの言葉に、その場にいた全員が息をのむ。
「誰がそんなことを!?」
目の前にある机を勢いよく叩き、チリーが問う。
「ゲルビアだ」
「帝国が……!?」
ゲルビア帝国。アルモニア大陸内で、規模、軍隊、権力、共に大陸内最大の帝国だ。その繁栄の陰に、人体実験や他国への必要以上の侵略等、良くない噂も流れている。
その帝国が、何故テイテスの王を?
テイテスの存在など帝国からすればないに等しいハズだ。たかが小規模な島国の王を、何の理由があって帝国が誘拐する必要があるのか……。異常な程に不可解に感じられる。
「何で帝国が……王様を?」
ニシルが問うと、トレイズはかぶりを振った。
「わからない……。あの夜、帝国の者と思しき人物が、城の内部へと侵入した……。その侵入に気が付いたのは、情けないことにこの俺一人だった」
重い溜息を吐き、トレイズは言葉を続ける。
「だが、不覚にも侵入者を撃退出来ず、あろうことか王と共に攫われてしまう始末だ……」
王に会わせる顔がない……。そう呟き、トレイズは更に言葉を続けた。
「攫われた後、俺と王は別々の研究所へと連れて行かれた」
「どうして、研究所に?」
ミラルの問いに、トレイズの代わりに青蘭が答える。
「恐らく、神力研究のためだろう。トレイズもそうだし、テイテスの王も神力使いだった……そうだな?」
トレイズの方へ視線を移し、青蘭が確認するとトレイズはコクリと頷いた。
「だが不可解だな。たかが研究目的くらいで一国の王を攫う必要性がわからない……。神力の研究だけならトレイズだけでも事足りるハズだ。もう一人必要だとしても、わざわざ王を選ぶ理由がわからない。部外者が横やりを入れるようで悪いんだが、何かわからないか?」
青蘭が問うと、トレイズは静かにかぶりを振った。
「それがわからない……。ゲルビア……何を考えている……?」
自問するように呟き、トレイズは言葉を続けた。
「それで……王様はどこにいるんだ?」
チリーが問うと、トレイズは何か思い出すかのように険しい表情になる。
「……ヘルテュラ。研究所の研究員達は確かそう言っていたハズだ。不鮮明な記憶だがな……」
「ヘルテュラ……」
トレイズの言葉を繰り返し、チリーは大きく頷いた。
「行くぞ。ヘルテュラに!」
チリーの言葉に、トレイズを含む四人はコクリと頷いた。