episode13「Freezing town-4」
青蘭が高く跳躍する。それとほぼ同時に先程まで青蘭の立っていた場所に、大人の拳大程度の氷が出現する。
右腕の氷を抑えつつ着地すると、青蘭は男をギロリと睨みつけた。
「厄介な能力だ……!」
男の能力は、氷。物体や生物を凍らせたり、大気の水分を氷に変え、自在に操る能力……というのがこの数秒間での男の能力に対する青蘭の見解である。
「青蘭、大丈夫!?」
ニシルの問いに、大丈夫とは……答えられない。
男の能力がわかったところで打開策が見つかった訳ではない。おまけに、右腕は凍らされているため、思うように戦うことが出来ない。
右腕の氷を睨みつけ、青蘭は歯噛みする。
「青蘭! 来るよ!」
ニシルの言葉にハッとなり、青蘭目掛けて駆けて来る男の姿を見据える。
「――――行くぞ」
青蘭の能力――――単純な身体能力の強化。腕力、脚力、体力等を一時的に著しく増幅させる。しかし、その対価に多大な疲労を肉体に受けることになるのだが。
「ッ!?」
青蘭が、地面を踏みこんだ――――刹那、青蘭の姿がニシルの視界から消えた。
そして次の瞬間には、男の腹部に青蘭の左拳が食い込んでいた。
「速い……!」
素早い動きは見慣れている。そんなニシルでさえ、気を抜けば視界から消えてしまう程の速さだ。
ニシルが驚嘆の声を上げ、男が小さく唸り声を上げた。
青蘭は素早くその場から一歩後退すると、今度は左足で男の頭部目掛けて回し蹴りを放った――――その瞬間だった。
男は頭部に青蘭の左足が直撃する寸前、右手で青蘭の左足を防いだ。ただ防いだだけなら、強化された青蘭の回し蹴りを受け切れるハズがない。が、青蘭の左足は男の頭部に当たる直前でピタリと止められた。
「これは……ッ!」
凍っている。青蘭の左足は先程の右腕と同じように、膝の辺りまで凍ってしまっているのだ。
「青蘭ッ!」
男の左手が、青蘭に向けてかざされる。
「く……ッ!」
青蘭は横っ跳びに男の左手から離れた。が、左足が凍っているため、上手く受け身を取れずにその場に転がる。
「クソ……ッ!」
悪態を吐き、地面に思い切り凍りついた左足を叩きつける。しかし、氷に傷は付いたものの砕ける気配はなかった。
スッと。男の手が青蘭へ向けられる。と同時に、男の手の先に数個、氷の塊が出現する。「ッ!?」
男の手の前で浮いていた数個の氷塊は、勢いよく青蘭目掛けて発射された。
動かし辛い左足を必死に動かし、青蘭は氷塊を横っ跳びに避ける。
氷塊はそのまま真っ直ぐに飛び、青蘭の背後にあった建物の氷に直撃し、建物の氷の一部を穿った。
「あの氷を砕く程の威力……ッ!」
驚愕に顔を歪める青蘭に、男は再度氷塊を飛ばす。
「青蘭!」
飛ばされた氷塊を、凍らされた左足を高く上げることによってそれを受けた。
氷塊が左足の氷に直撃し、勢いよく砕けた。と同時に、青蘭の左足を覆っていた氷もまた、同様に砕け散っていく。
氷から解放された左足を地面に降ろし、確認するように青蘭は踏み締める。
「よし!」
男を真っ直ぐに見据え、青蘭は構えた。
氷塊の威力はかなり強力……。その気になれば、鉄さえ切ることの出来るチリーの大剣ですら、破壊することの出来なかった氷を、いとも容易く破壊する程の威力だ。一撃たりとも喰らう訳にはいかない。
更に、男に近づけば、触れた部分を凍らされてしまう。下手に近づけば確実に凍る。
「青蘭……やっぱり僕も……!」
男へ視線を移し、ニシルが身構える。
「駄目だ! 能力無しでは危険過ぎる!」
「ァ……ァッ!」
ゆらりと。男がニシルの方へ視線を移した。垂らされた髪の間から、焦点の合わない両目がニシルをジッと見ている。
「ニシルッ!」
男が、ニシル目掛けて駆け出した。
凍らせる気だ。
「逃げろォ!」
青蘭が叫ぶが、ニシルは硬直したまま動かない。
「う、わぁ……!」
――――凍らされる。その恐怖はニシルに想像以上の恐怖を与えた。
身体が硬直して動かない。
既に、男が眼前まで迫っていた。
「ァァ……ァッ!」
ニシル目掛けて男の右手が突き出される――――その瞬間だった。
「ニシルッ!」
「――――ッ!?」
ニシルと男の間に、突如として青蘭が割り込んだ。
「青蘭ッッ!!」
ニシルが叫ぶと同時に足、腰、腹部、腕、肩、そして頭部と、青蘭の身体は凍りついていく。
そしてニシルの前にゴトリと音を立てて転がったのは、マテューの両親と同じように完全に凍りついた――――青蘭だった。
カランと。音を立ててゲイラの持っていた剣が投げ捨てられる。
戦闘放棄のようにも見えたが、ゲイラの怒りに満ちた表情から察するに、それはあり得ない。
「この姿は……見せたくなかった」
「――――ッ!?」
次の瞬間、チリーは自分の目を疑った。
いつの間にか背にあったハズのゲイラの翼は、両腕の位置に存在し、更にゲイラの身体は、ゴキゴキと嫌な音を立てながら骨格ごと変化していく。
――――鷹。
チリーの目の前にいるのは、通常ではあり得ない、チリーの倍くらいのサイズはありそうな鷹がそこにいた。
「お前……ゲイラ……か?」
驚愕に歪んだ表情で、チリーが問う。
「隊長……」
隊員達も、ゲイラがここまでの変貌を遂げるとは知らなかったらしく、驚愕の声を上げている。
「嘘……でしょ……」
呆然と。ミラルは巨大な鷹へと変貌したゲイラを見上げている。
異形。
その二文字こそゲイラには相応しい。
『僕の顔に傷を付けた罪……償ってもらうぞッ!』
怒号と共に、ゲイラはチリー目掛けて突っ込んで来た。チリーは素早く身を屈め、ゲイラの突進を何とか避ける。
「反則だろテメエッ!」
チリーの言葉には答えようともせず、ゲイラは翼を広げると、無数の羽をチリー目掛けて翼を動かしながら発射した。
チリーは大剣で羽を防ぐが、先程よりも数が増しており、いくつかは腕や足へ大量に刺さっていく。
「チリーっ!」
羽の刺さった部位から血を滴らせ、チリーはキッとゲイラを睨みつけた。
『終わりだッ!!』
ゲイラが叫び、飛ばしていた羽を止めると、チリー目掛けて滑空する。
それをチリーは避けようともせず、それどころかニヤリと笑った。
「来いよ」
チリーがそう言うと同時に、ゲイラの爪がチリーの肩をガッシリと掴み、そのまま真っ直ぐに滑空を続けた。
『死ねェェェェ!』
「いやあああ!」
ミラルの悲鳴が聞こえると同時に、チリーの身体は、肩をゲイラの爪に掴まれたまま付近の大木に思い切りぶつけられる。
鈍い音とがして、チリーの背中に激痛が走った。
『さて、このままじっくりと料理し――――』
言いかけ、ゲイラはチリーの右手を凝視した。
『お前、剣はどうした?』
ゲイラの言葉に、チリーはニヤリと笑った。
「さあな。どっかにあるんじゃね?」
『ふざけるな! 真面目に答えろ!』
チリーは嘲るようにフン、と鼻を鳴らすと、右手の人差し指を上に向けて立てた。
『上……?』
「頭上注意……って、もう遅いな」
『――――ッ!?』
投げられていた。
チリーの大剣はいつの間にか宙を舞い、ゲイラの頭上を縦に回転していた。
『やめ――――』
ゲイラが言いかけた時には既に遅く、宙を舞っていた大剣はその刃先をゲイラの背に向け、落下していた。
ズブリと大剣が突き刺さり、ゲイラの背から大量の血が噴射される
『が……ぁ……』
呻き声を上げ、チリーを掴んでいたゲイラの爪が緩み、そのままチリーはゲイラと共に落下した。
「チリー!」
ドサリと。チリーが音を立てて地面に身体を打ちつけられると同時に、ミラルが傍へ駆け寄って来る。
「痛ぇ……! 無茶……し過ぎたか」
「馬鹿! アンタもうちょっとで死ぬとこだったじゃない!」
チリーは大丈夫だ、と答えると、ゆっくりと身体を起こした。
目の前には背に大剣が突き刺さり、大量の血を流して気絶しているゲイラが倒れている。
チリーはゲイラにゆっくりと近づくと、その背から大剣を引き抜いた。と、同時に鷹と化していたゲイラの姿は元の人間の姿に戻っていく。ゲイラの身体を抱き起こし、チリーは心臓へと手を当てる。
鼓動。
死んではいないらしい。
安堵の溜息を吐き、チリーは大剣から血を滴らせつつ、ざわついている隊員達にその刃先を向けた。
「コイツ連れて帰るか……それとも、俺とやるか?」
チリーの言葉に、隊員達はすぐにゲイラの元へ駆け寄り、数人でその身体を担ぎ上げる。
「て、撤退!」
隊員の一人が叫ぶと同時に、隊員達はゲイラを連れて一目散にその場を去って行った。
ゆっくりと。男はニシルに右手をかざした。
あの氷塊を出すつもりなのだろう。
「やめ……ろ……!」
かざされた男の右手の前に、あの氷塊が数個出現する。
「ァァ……ァッ!」
男の呻き声と共に、その氷塊はニシルに向けて発射された。