episode12「Freezing town-3」
「離れてろ! ミラル!」
素早く大剣を出現させたチリーに、ミラルはコクリと頷いて数歩退いた。
「神力使い……」
すると、ゲイラは後ろで控えている隊員達の方へ視線を移す。
「お前達は手を出すな」
そう指示をし、数歩退かせ、ゲイラは剣を構えた。チリーも大剣を構え、ゲイラを睨みつける。
「おい、もう一回聞くぜ。お前らゲルビアの奴らが何でこの町にいるんだ? まさか……」
ギュッと。大剣の柄を握り締め、チリーは一層強くゲイラを睨みつけた。
「この町の氷、お前らがやったのか?」
チリーの問いには答えず、ゲイラはクスリと笑い、剣の刃先をチリーに向けた。
「答える義務も義理もない。第一僕は、男には手厳しいんでね」
「そうかよ……。だったら……」
大剣を構え直し、チリーはゲイラ目掛けて駆け出した。
「力づくで聞きだしてやるッ!」
大剣を振り上げ、ゲイラの頭部目掛けて勢いよくチリーは大剣を振り降ろした。が、素早く反応したゲイラは、その大剣を剣で受け流し、一歩後退する。
「やるのかい? 僕と……」
クスリと笑い、ゲイラは一歩踏み込んでチリーとの間合いを詰めると、剣を横に振った。
チリーは高く跳躍し、剣を避け、そのままゲイラの背後に着地すると、大剣の刃先をゲイラの背中目掛けて勢いよく突き出した――――その時だった。
「な――――ッ!?」
異形。
チリーの目に映ったゲイラは正に異形の存在。人でありながら人ならざる部位を持ち、ソレによって、まるで重力から解き放たれたかのように宙に浮き、唖然としているチリーをあざ笑うかのように笑みを浮かべている。
「すごい……」
ゲイラを見上げ、ミラルも驚嘆の声を上げている。
「どうだい? 君の大剣よりも美しく、それでいて華麗な能力だろう?」
――――翼。
ゲイラの背に生えたソレは紛うことなき翼だった。
その姿は、まるで絵画に描かれた天使のようで、老若男女問わず魅了するような……そんな姿だった。
「出たぞ! 隊長の能力だ!」
隊員達はゲイラを見上げながら歓声を上げている。
「何でもアリなんだな……! 神力ってのは……!」
悪態を吐き、チリーはゲイラを睨みつけた。
「さあ、続きといこうか。地を這う下等動物君」
どこを歩いても、景色はまったくと言って良い程変わらなかった。それも当然だろう。この町は、全て氷に覆われているのだから。
「『アイツ』ってのはやっぱり、神力使いなのかな……」
「わからない。が、その可能性が最も高いな。しかし町一つを丸ごと凍らせる程の能力……か」
辺りの氷に触れ、青蘭は考え込む。
仮に『アイツ』というのが神力使いだったとして、町を丸ごと凍らせることが出来る程の神力使いだと考えるのは少し苦しい。もしそうなら、青蘭やニシルが戦ったところで到底敵わないだろう。チリーと一緒でも、それは同じだ。
「この件……。ゲルビアが関わっている可能性が高いな」
「ゲルビアってあの、ゲルビア帝国だよね?」
「ああ。奴らは神力研究という名目の元に、何人もの能力者をまるでモルモットのように扱い、人体実験を繰り返している」
「どうしてゲルビアはそんなことを?」
険しい表情で言う青蘭に、そうニシルが問うた。
「人工的に、能力者を造り出すため……じゃないか?」
「人工的に……能力者を……?」
「ああ。知っての通り神力は非常に強力だ。だが、神力にも個人差はある。戦闘に生かせることの出来る能力もあれば、そうでない能力もある」
「戦闘向きじゃない能力もあるんだね……」
「そうだ。だがな……もし、戦闘向きの強力な能力者を、研究によって人工的に好きなだけ造り出せるとしたら……ニシル、お前がゲルビア国王ならどうする?」
青蘭の問いに、ニシルはゴクリと唾を飲み込んだ。
「神力使いで、無敵の軍隊……」
コクリと。ニシルの言葉に青蘭は頷いた。
「恐らくこの町の中……もしくは付近に、ゲルビアの研究所があるハズだ」
「なら、この氷も……」
「ああ。実験の結果か、逃げ出した実験体の仕業か――――」
青蘭が言いかけた時だった。
「青蘭! アレ!」
すぐさま青蘭がニシルの指差す方向へ視線を移すと、そこには一人の男が立ち尽くしていた。
黒く、艶やかな長い髪と両腕を、前屈みの姿勢でダラリと垂らし、髪の隙間から焦点の合わない目でその男は二人を見ている。
アイツ……。長い髪の、変な男……。
二人の脳裏に、マテューの言葉が過る。
「長い髪の変な男……まさか!」
ニシルが気付いた瞬間だった。
「ァァ……!」
低い呻き声を上げ、男はこちらへ突っ込んで来た。
「ニシル!」
青蘭の言葉にコクリと頷き、ニシルはすぐに男を避けた。
「ァァ……ッ」
ピタリと。男はニシルと青蘭の間の位置で動きを止めた。
「青蘭!」
「ああ、間違いない……! この男が……ッ!」
マテューの話していた「アイツ」である。
「ァ……ァッ!」
まともに言葉を喋ることが出来ないのか、男は先程から呻くばかりだった。
「青蘭! コイツ何かおかしいよ!」
「実験体……ということか」
ボソリと呟き、青蘭は男を凝視する。
青蘭の視線に気づいたのか、男はゆらりと身体を動かし、青蘭の方へ視線を移した。
「ァ……」
スッと。だらりと垂らされていた男の右腕が上がり、青蘭へ向けられた。
「――――青蘭ッ!」
ニシルが叫ぶと同時に、青蘭は横っ飛びに避けたが間に合わず、青蘭の右腕が凄まじい速度で凍っていく。
「ぐ……ッ!」
肘の辺りまで凍ってしまった右腕を押さえ、男を凝視したまま青蘭が呻く。
「コイツが……この町を……!」
再度、男の右腕が青蘭に向けられた。
空中から剣の刃先をチリーに向け、ゲイラは急降下し始めた。素早く反応し、チリーは大剣でゲイラの剣を防ぐ。
「ウゼェッ!」
ゲイラの剣を弾き飛ばそうと、チリーは大きく大剣を振るが、ゲイラはすぐに上昇し、チリーの大剣を避けた。
「卑怯だろそれ! 飛んでる奴とどう戦えってんだよ!」
大剣の刃先を上空のゲイラに向け、睨みつけながらチリーは地団駄を踏む。
「君は僕に一撃も与えることなく……死ぬ」
クスリと。ゲイラはチリーを嘲るように笑った。
「テメエ……ッ!」
「チリー落ち着いて! 相手のペースに呑まれちゃ駄目よ!」
「わかってる! わかってるんだが……!」
ミラルの言う通り、一々腹を立てていればゲイラの思う壺である。
「それにしても、暴走した実験体を調査しに来ただけなのに、君のように美しいお嬢さんに出会えるなんて……」
ゲイラはミラルの方へ視線を移すと、うっとりとした表情で見つめている。その視線に不快感を覚え、ミラルは顔をしかめる。
「暴走した実験体……?」
チリーがそう問うと、ゲイラは静かに溜息を吐いた。
「君にそんなことを教える義務も義理もない。さっきも言ったハズだよ」
そんなことより、と付け足し、ゲイラは言葉を続けた。
「君とそのお嬢さんの関係……教えてくれるかな?」
不意に、ゲイラが問う。
「ちょ……え……!?」
その問いにミラルは赤面し、うつむいたまま黙ってしまった。
「仲間だ。何よりも大切な……仲間の一人だ」
真摯な眼差しでチリーが言い放つ。と、同時にチリーの脛にミラルの右足が直撃する。
「痛ァッ! おま、これで三回目だし、今のは流石に意味わかんねーッ!」
蹴られた脛を押さえ、チリーはピョンピョンと飛び跳ねる。
「うっさい! 馬鹿!」
そしてキッと。赤面したままミラルはゲイラを睨みつけた。
「そうか……そういうことか……。残念だ」
肩を落とし、ゲイラは溜息を吐く。
「なら……」
ギロリと。ゲイラが未だに脛を押さえて飛び跳ねているチリーを睨みつける。
「君を殺せば、彼女は僕の物だ」
「……ハァ?」
意味がわからない。といった様子でチリーが声を上げた時だった。
ゲイラの翼が大きく開かれ、翼の中から無数の羽がチリー目掛けて飛来する。
「な……ッ!?」
慌てて大剣を構え、まるで雨のように降り注ぐゲイラの羽を防ぐ。しかし、全て防ぎきれる訳もなく、腕や足等、身体の節々にゲイラの羽が突き刺さる。
「ぐ……ッ!」
殺傷力はそれ程高くないようだが、こうも無数に降り注がれては厄介だ。
「こ……のォ……ッ!」
大剣で羽を防ぎつつ、チリーは勢いよく地面を蹴り、ゲイラ目掛けて高く跳躍した。
「ッ!?」
ゲイラが驚愕し、降り注いでいた羽がピタリと止まった。
「おらァァァッ!」
叫び、驚愕に歪んでいるゲイラの顔面を、大剣を持っていない左手で思い切りチリーは殴りつけた。
鈍い音と共にゲイラの身体は後ろに反り返り、そのまま一気に落下していった。
「『君は僕に一撃も与えることなく……死ぬ』じゃなかったのか? 軟派野郎!」
地面に着地し、倒れているゲイラに向かってチリーは言い放つ。
「……を…………たな」
ボソリと。聞こえるか聞こえないかギリギリの音量でゲイラが呟く。
「僕の顔に……傷をつけたなッ!?」
起き上がり、今までのゲイラからは想像できないような形相で、ゲイラはチリーを睨みつけた。
「殺してやる……!」
ゲイラの殺気に気圧され、チリーは一歩後退した。