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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
112/128

episode112「Madness-2」

 腹部の激痛と、血の生暖かさを感じながら、青蘭はゆっくりと立ち上がる。どうやら傷はそれ程深いわけではないらしい。

 これで対等だ。と、ジェノは言った。この傷の浅さは、ジェノが自身の傷と同じ程度にするために狙って浅くしたのだろうか。

「この男……どこまでも……ッ」

 どこまでも、戦闘を享楽としてしか認識していない。トランプでポーカーを楽しむように、上質なワインを楽しむように……どこまでも、享楽。

「こんな……こんな男に……ッ!」

 ――――青蘭君!

「伊織は……こんな男にッ……!」

 刀の柄を握る手に、無意識の内に力が込められる。怒りと憎悪で固められた拳は、雨と血の滴を垂らしながらプルプルと小刻みに震えていた。

「血だァ……血だよォ……!」

 ゆらりと。少しだけジェノが身体を揺らした。

「血を流しあってこその死合しあいだァッッ!」

 狂気。

 常人には理解出来ぬ思想、発想、思考。まるでジェノが人間ではないかのような錯覚を受けても仕方がなかった。否、人間ではないのかも知れない。ジェノの考え方はおよそ人間のものとは思えないものばかりで、もし彼が人間であるのなら狂っている、としか考えられない。

 そんな狂った男に、こんな狂った男の享楽のために――

「伊織は……伊織はァァァァッ!」

 絶叫しつつ、青蘭はジェノ目掛けて駆けた。頭の中を支配する憎悪と憤怒が、腹部の痛みを麻痺させる。

 がむしゃらに突っ込む青蘭を見、ジェノは笑みを浮かべて大鎌を薙ぐ。それを皮切りに、再び青蘭とジェノの攻防が繰り広げられた。

 鳴り響く金属音。互いに一歩も譲らぬ攻防。あまりの激しさに、火花が散っているようにさえ見えた。

「気持ち良いィィィだろォォォォッ」

 青蘭との戦いの中、悦に浸るジェノの目に、一人の男が映る。と同時に、ジェノの表情がやや歪められた。

「目障りだなァ……」

「……!」

 ジェノの目が向けられたのは、先程青蘭が助けたレジスタンスの男だった。腰を抜かしたのか、その場にへたり込んだまま男は青蘭とジェノとの戦いを食い入るように見つめていた。

「人が楽しんでんのをよォ……ジロジロ見てんじゃねェ……」

 男に向けて喋りながらも、青蘭とジェノとの戦いに変化はなかった。依然として互いに譲らないまま、刀と大鎌をぶつけ合っている。

「何を言って――」

 言いかけ、青蘭はジェノが次に何をしようとしているのかに気付き、目の色を変えた。

「まさか……ッ!」

 ジェノは大鎌を振る手を止めると、一気に青蘭との距離を詰めた。

「――ッ!」

「ちょっと退いてろォ」

 ジェノの左手が、青蘭の頭部をガッシリと掴む。青蘭がその左手を掴もうとするよりも早く、ジェノは青蘭の頭を後頭部から地面に思い切り叩きつけた。

「が……ッァ……!」

 呻き声を上げる青蘭を後目に、ジェノは男へ視線を向けた。

「ひッ……」

「消えろォ……ッ」

「やめろォォォォォッ!」

 ジェノが大鎌を振り上げるのと、青蘭の叫び声が木霊したのはほとんど同時だった。

「ッハァッ!」

 ジェノの大鎌が振り下ろされ、赤い血が舞った。

「な……ッ……ッッ……」

 しかし舞ったのは、男の血ではなかった。

「ぐ……ァァッ……!」

 ボトリと。音を立てて何かが落ちる。カランと乾いた音がして、青蘭の持っていた刀がその傍へ落ちていた。

「嘘だろテメエェ……ふざけんじゃねェぞォ……ッ!」

 そう言ったジェノの顔は、心底信じられない、と言った様子だった。まるで幽霊か何かでも見たような……信じられないものを見たような表情。しかしそれは、レジスタンスの男も同じだった。

「どうして……!」

 傷口から止め処なく溢れ出る血が、青蘭の足元へ血だまりを作った。

「逃げろ……」

 男は、そこに落ちているモノと青蘭を交互に見、ガタガタと震えていた。

「早くッ!」

 青蘭が語を強めると、男は迷った表情を見せながらも、すぐに立ち上がると背を向けてその場から逃げ出して行った。その様子を後目に見つつ、青蘭は安堵の溜め息を吐いて、再びジェノへ視線を向ける。

「何故だァ……理解出来ねェ……」

 そう言って頭を抱えるジェノに対して、青蘭は無理に笑みを作って見せた。

理解わかるわけないさ……お前なんかには」

 右肘から先の虚無感。味わったことのない感覚に戸惑いながらも、青蘭は仕返しとばかりに笑みを作って見せていた。

「何でクソどうでも良い他人なんかのために手前テメエを犠牲に出来るゥ!?」

 腕を、失っていた。

 今まで刀を握り、ジェノの猛攻を耐えしのいできた右腕は、先程の男を助けるためにジェノの大鎌によって失われたのだった。

 青蘭にも、どうして必死に助けてしまったのかわからない。伊織の仇を討つという目的に支障が出るようなら、見捨ててしまっても構わない、そう考えても良いハズだった。それなのに青蘭は、あの直後に神力をフルに使って移動し、ジェノの大鎌からあの男を救ったのだ。

 ――――違わねェさァ……一緒だろォ……?

 一緒じゃ、ない。

 これでわかった。

「俺はまだ……」

 ゆっくりと。残った左腕で刀を拾い上げる。その青蘭の様子を、ジェノは未だに驚愕に歪んだ表情で見つめていた。


「俺はまだ、人間だ」


 ジェノとは、違う。

 復讐鬼に身をやつしても良いと、思えた。

 悪魔が現れて、魂と引き換えに力を与えると言えば、迷わず力を選んでも良いと思えた。

 ジェノを殺すためなら、鬼にでも悪魔にでも、狂人にでもなってやっても良いと、思えた。

 でも、違った。そうじゃない。

 何より伊織は、そんなものは求めていない。

 彼女は最後に……最期に何を残した?

 ――――ありがとう、青蘭君。

 彼女は、笑っていた。

 ありがとう、と、そう言って、笑っていた。

 青蘭のために、じゃない。本当に笑っていたかったから、彼女は笑っていた。

 だから、彼女に無念はない。

 彼女の残した笑顔に、無念はない。

 ――――じゃあ俺は、誰の無念を晴らそうとしていたんだ?

「俺が晴らそうとしていたのは……彼女の無念なんかじゃなかった……」

 晴らそうとしていたのは――

「俺、自身だ。俺は俺自身のために、お前を殺したかったんだ」

 伊織を守れなかったという、青蘭自身の無念を晴らすために、戦っていた。

 何が伊織の仇だ。そんなものは、ただの飾りでしかなかった。自身のためにジェノを殺そうとしているのを「伊織のため」という笠で隠していただけだ。

 ――――ごめんな、伊織。

 心の内でそう呟き、青蘭は左手で刀を構えた。

「お前を倒す。伊織のためでも、俺自身のためでもない」

 ――――待ってろよ……ミラル……ッ!

 最初に思い浮かんだのは、青蘭自身でも驚く程意外なことに、あの少年の顔だった。

「アイツのために、ミラルのために……皆のために、俺はお前を倒すんだ」

 刀の切っ先を向け、そう言った青蘭を見、ジェノはククッと笑みをこぼした。

「そうかよォ……つまんねェなァ……テメエもォ……」

 長い髪を垂らし、うつむいたジェノの肩は、どこか落ちているようにも見えた。

「つまんねェ……つまんねェよォ……テメエなら……理解わかり合えると思ったのによォ……」

 ゆっくりと上げられたジェノの表情がほんの一瞬だけ、寂しそうに見えた。

「つまんねェ顔になったなァ……テメエェ」

「……悪かったな」

 口元を釣り上げる青蘭に、ジェノは怒りを露わにした。

 狂ってはいたものの、笑みばかり浮かべていたジェノの表情に、怒りの色が浮かべられていた。

「俺はお前と、同じじゃない」

「わかったよォ、今さっきなァ……!」

 だったらァ……と言葉を付け足して、ジェノはそのまま語を継いだ。

「もう死ねよォッ!」

 憤怒と悲痛の混じったジェノの叫びが、雨の中に響き渡った。


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