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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
111/128

episode111「Madness-1」

 狂った笑い声が、雨の中に響き渡っていた。

 人のものとは思えない程に邪悪で、歪んでいるように聞こえるその狂った声の主は、愉悦に満ちた表情を長い髪で隠れた顔に浮かべて大鎌を振り回している。

 あかあかあかあかあかあか。視界が、地面が、赤く染まれば染まる程男は――ジェノは愉悦の感情を増幅させていく。

 ジェノにとっては、レジスタンスのことなどどうでも良い。別に殺しさえ出来ればレジスタンス側についても良いくらいだった。しかしジェノにとって、今ゲルビア側につくことは非常に有益だった。

「来いよォ……テメエも会いてェだろォ……ッ」

 ゲルビア側につけば、あの時仕留め損ねたあの青年と再び刃を交えることが出来る。これまで生きてきた中で最上の手練えさを、もう一度食らうことが出来る。そう考えただけでジェノは身震いする程高揚出来た。

 所詮、前菜。

 大鎌を振り、一つまた一つと首を狩りながら、ジェノは思う。

 あの青年との戦いに比べれば、この程度前菜に過ぎない、と。

「ひ……ひィィィィッ!」

 聞きなれた悲鳴。ジェノは何の躊躇いもなく鎌を、その男の首目がけて振る。

「青蘭ンンンッ!」

 これまでと同じように赤が舞い、首が跳ねることを想像した――その時だった。


 金属音が、ジェノの鼓膜を震わせた。


 ニヤリと口元を釣り上げるジェノの目の前には、心から欲した餌があった。

「待ってたぜェ……!」

 刀、と呼ばれる東国の武器によって止められた大鎌。大鎌を止める、という動作だけでも理解出来る。この青年は、ジェノを倒すために更なる力をつけている。それを感じて、ジェノの表情は益々愉悦に染め上げられていく。

 ジェノが大鎌を一度刀から離して距離を取ると、青年も同じようにしてジェノから距離を取った。その様子を見、レジスタンスの男は青年の後ろへと下がっていく。

「ああ、俺も待っていた……」

「だろうなァ……」

 ニタニタと笑みを浮かべるジェノ、それとは対照的に静かな怒りを露わにする青年。

「良い顔になったじゃねえかァ……青蘭よォ……」

「仇は取らせてもらうぞ……」

 ゆっくりと。青年は刀を構えた。

「ジェノォォォォォォォォォッ!」

 青年の――――青蘭の怒号が、雨音を切り裂いて周囲に響いた。



 刺し違えてでもこの男にだけは引導を渡す。そう覚悟して、青蘭はこの戦いへ臨んだ。

 この男だけは……伊織を手にかけたこの男だけは許せない。この男だけは……

「殺さなければ気がすまない」

「奇遇だなァ……俺も同じだァッ!」

 ジェノはそう言うやいなや、青蘭目がけて大鎌を薙ぐ。素早く青蘭が反応して大鎌を刀で防ぐと、ジェノはすぐに大鎌を引いて再び青蘭へと別方向から大鎌を薙ぐ。それを再び、青蘭が防ぐ。

 凄まじい速度で、ソレが繰り返されていた。

 能力で強化された青蘭に引けを取らない速度で大鎌を繰り出すジェノ、それを淡々と受け続ける青蘭。目の前で繰り広げられる、非現実的とさえ取れるような光景を眺めながら、レジスタンスの男はすげえ、と言葉を漏らしていた。

「楽しいなァ……楽しいなおいィ……ッ!」

 長い髪を振り乱しながら、ケタケタと笑いながら大鎌を振るうジェノ。それを不快そうに一瞥した後、青蘭は素早く踏み込み、青蘭目掛けて伸ばされている大鎌の柄を切断した。

「――ッ」

 ジェノの表情が一瞬歪む。

 神力で出現させたあの大鎌は、破壊してもすぐに再発動することで、ジェノの神力が続く限り出現させることが出来る。なら、この大鎌を失っている「一瞬」で決着ケリを着けるしかない。

「おおおおおおおおッ!」

 ――――ねえ、そんな顔……しないで。

 無意識の内に、青蘭は伊織の顔を思い浮かべていた。

「ッハァッ!」

 ジェノ目掛けて全速力で駆ける青蘭を見、ジェノは慌てるどころかニタリと笑みを浮かべていた。

 ――――私……幸せだよ? 大好きな……青蘭君の胸の中で……死ねて……。

「うわああああああああああッ!」

 涙と雨で顔をぐちゃぐちゃに濡らしながら、青蘭はジェノへと斬りかかる。


 ――――ありがとう、青蘭君。


「ジェノォォォォォォッッ!」

 刀が、振り抜かれた。

 涙と雨と血。三つに彩られ、青蘭の顔は鮮やかに装飾されていた。

 ――――終わった……。

 意外に呆気ない。そう感じつつも、青蘭が仇を討った達成感に浸っていた――――その時だった。

「ヒ……ヒハハ……」

 腹部を切り裂かれたジェノが、奇怪な声を上げつつ、フラフラと青蘭から距離を取る。

「な――ッ」

 生きている。傷が浅かったのだろうか、ジェノは笑みを浮かべたまま、青蘭の方をじっと見つめていた。

「ヒハハハハハハハハハハハッ! 最高だァ! やっぱ最高だお前はよォォォォォッ!」

 ジェノは左手を、あろうことか自分の傷口に突っ込んだ後、自身の血にまみれたその左手をペロリと舐めた。

「これだよォ……この感じだァ……!」

 常軌を逸脱したジェノの様子に、青蘭は戸惑いの色を隠せずにいた。

「血だァ……誰のモンでもねェ俺の血だァ……ッ!」

 再び左手に付着した血を舐め、ジェノはもう一度奇声を上げる。

「待ってたぜェ……この俺に血を流させる奴をなァ……!」

 狂気に彩られたジェノの表情に、青蘭はほんの一瞬ではあるが恐怖さえ感じた。背筋も凍るような狂気。ジェノの浮かべる表情は、およそ人のものとは思えぬものであった。もっと邪悪な……人外の何か。

「狂ってる……ッ」

「狂ってるゥ……?」

 青蘭の言葉を繰り返し、ジェノはケタケタと不愉快な笑い声を上げた。

「何がおかしい……!?」

「おかしいねェ……おかしくてたまんねェよォ……」

 腹をかかえて笑うジェノの腹部からは、今も絶え間なく血が流れ続けている。しかしジェノはそれをさほど気にする様子もなく、ケタケタと笑い続けていた。

「狂ってる、ねェ……」

 笑い過ぎたのか肩で息をしつつも、ジェノはそのまま語を継いだ。

「お前もそうだろォ……なァ、青蘭よォ……!」

 ジェノのその言葉に、青蘭の表情が一瞬にして憤怒に染まる。

「俺とお前が……同じだと……!?」

「一緒さァ……そこの水たまりででも良いィ……テメエでテメエの面ァ見てみなァ……!」

 ほぼ反射的に青蘭が水たまりへ視線を落とすと、そこに映ったのはジェノの返り血で赤く染まった青蘭自身の顔だった。

 奇しくもその赤い装飾は、ジェノの顔の赤と似ているように見えた。

「違う……!」

「違わねェさァ……一緒だろォ……?」

 長い前髪をかき上げ、ジェノは血で彩られた自分の顔を露わにすると、右手で自分の顔を指差した。

「俺のこの顔とよォ……ッ!」

「黙れ……」

 プルプルと。握られた青蘭の拳が震える。それを知ってか知らずか、ジェノは青蘭の怒りを煽るようにして笑い声を上げた。

「黙れ……ッ」

 笑、嗤、哂。青蘭の耳を劈くようにして、ジェノの笑い声が響き渡る。

「黙れェェェェッ!」

 声を上げ、刀を構え直すと、青蘭はジェノ目掛けて一気に駆け出した――その時だった。

「ッハァ……ッ!」

 いつの間に再発動していたのか、ジェノの手には大鎌が握られていた。

「――ッ!」

 青蘭が表情を一変させた時には、既に大鎌は振られていた。

「が……ァ……ッ」

 ジェノによって薙がれた大鎌は、青蘭の腹部を切り裂き、血を周囲に飛び散らせた。

 ジェノの笑い声によって冷静さを欠いた、青蘭の判断ミスだった。あのタイミングでがむしゃらに突っ込むことは、こうなることに繋がると容易に想像出来たハズだった。

「貴……様……!」

 真意はわからないが、ジェノは最初からこうするために青蘭を挑発していたのかも知れない。

 激痛に耐えきれず、その場に膝をつく青蘭。その様子を見、ジェノはニタリと笑みを浮かべた。

「これで……対等だァ……ッ」

 血が、青蘭の腹部から滴り落ちた。

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