表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
109/128

episode109「The previous night」

 会議から、作戦決行までの三日間は飛ぶように過ぎていった。武器の配備や隊の編成、城の構造把握、そしてそれぞれの能力の顔見せなど、様々な準備を行っている内にあっという間に時は過ぎて行った。

 決行予定時間は明日の早朝。気が付けば、予定の時間まで既に五時間を切っていた。

「この戦い……本当に勝てるのかしら……」

 散歩がてらに夜のパンドラを歩きつつ、麗は呟くようにそう言った。その隣で、光秀が訝しげな表情を見せる。

「んだよ、お前らしくねえな……」

「そうね。美しくない……だけど、どうしようもなく不安で仕方ないわ……」

 そう言った麗の肩が、小刻みに震えていることに光秀は気が付いた。

 恐怖を感じないわけがない。

 これまで気丈に振る舞ってはいたものの、麗の中に恐怖が一切ないわけではない。麗も人間だ、怖がりもすれば怯えもする。ゲルビア帝国という大きな相手との戦いの前日ともなれば、いくら麗でも恐れを感じないハズがない。

「光秀……貴方は、私が強いと思う……?」

 うつむいて、そう言った麗の声音はどこか震えていた。

「強く見える。見えるだけだ」

「そう。私の強さは所詮、見せかけだけよ……美しくないわ」

 うなだれる麗の肩に、光秀はそっと右手を乗せた。

「誰も強くなんかねえよ……皆、見せかけだけだ」

 麗の肩に乗せられた手は、ほんの少しではあるものの震えていた。まるで、麗の震えに呼応するかのように。

「俺も怖ェ……想像しただけでもブルっちまう……。俺の強さも見せかけだけだ……けどな、誰だってそうだ。全員腹ン中じゃどっかに『弱さ』を抱えてる。だからこそ、見せかけだけでも強くあろうとする。俺も、お前もな……」

 だが、と付け足して、光秀はそのまま言葉を続けた。

「その『弱さ』を出さずに強くあろうとする……それって『強く』ねえか? だからお前は強い、強く見える……!」

 真剣な表情で語る光秀を、しばらくポカンと眺めた後、不意に麗はクスリと笑みをこぼした。そしてそれを引き金とでも言わんばかりに、口を押えつつ麗は笑い始めた。

 普段の麗の澄ました表情からは想像も出来ないようなあどけない表情に、光秀は目を丸くしてその様子を眺めた。

「何よそれ……メチャクチャじゃないの……」

「……悪かったな」

 ブスッとした表情で、すねたように顔をそむける光秀の傍で、麗は笑い続けた。既にその肩から、震えが消えていることには気づかずに。

「ありがとう、光秀」

 一しきり笑った後、麗はニコリと微笑んでそう言った。それに対して、光秀は恥ずかしげに頭をポリポリとかくばかりで、何も答えない。

「ねえ、光秀」

「……どうしたよ?」

 麗はしばらくためるようにして黙り込んだが、やがて意を決したかのように口を開く。

「もし、この戦いが無事に終わったら――」

「ん?」

 その言葉の続きを、麗は紡がなかった。言いかけ、しばらく口を開けたまま黙っていたが、やがてきつく唇を結ぶ。

 その表情に、先程のような怯えやあどけなさは一切残っていなかった。

 決意を固めた「強い」表情。いつも通りの、麗の顔だった。

「いえ、何でもないわ……気を引き締めましょう」

「……ああ」

 麗の言葉に、光秀は強く頷いた。





 アジトの外で、チリーは夜風にあたっていた。ドアの前に座り込み、丸く輝く月を装飾するようにして散りばめられた星々を、ボンヤリと眺めつつ明日のことを考える。

 ――――ミラル……ッ!

 既にハーデンは、赤石と聖杯の両方を手にしている。それはチリー達がパンドラへ着く前の時点で、だ。しかしそれでも何も起こらないということは、何か理由があるハズ。もしかすると、ミラルが赤石の力を使うまいと何か抵抗をしているのかも知れない。だとすれば、ハーデンはどんな手を使ってでもミラルに赤石の力を使わせるだろう。目的のためにミラルをも殺そうとした男だ、何をやってもおかしくはない。

 歯ぎしりの音が、聞こえた。

「あ、そこにいたんだ」

 不意に、後ろから声がした。チリーがすぐに振り返ると、そこにいたのはニシルだった。

 ニシルはちょこんとチリーの隣に座ると、先程までのチリーと同じように空を見上げる。

「いよいよ、明日だね」

 そう言ったニシルに、チリーは無言で頷く。

「島を出てから今日まで、色んな戦いがあったけど……こんなに怖いのは初めてだよ」

 言いつつ、ニシルは見て、と自分の手をチリーの方へ差し出した。

「わかるだろ? 僕、震えてる」

 チリーはしばらくニシルの手を見つめた後、そっと自分の手の平をニシルの方へ差し出した。同じように、震えるその手を。

「お前……!」

「『武者震いだ』って言いてェとこだけどな……俺も震えてる。メチャクチャ怖ェよ」

 そんなチリーの言葉に、ニシルは呆気に取られたような表情を見せた。

「意外。チリーのことだから、てっきりブチキレてるもんだと……」

「それはある……でも怖ェモンは怖ェ……けどな」

 震えるその手をギュッと握りしめ、チリーは拳を作るとニシルの方へもう一度差し出した。

「それを乗り越えてでも戦わなきゃ勝てねェ……お前だってわかってんだろ?」

 そう問うてニッと笑って見せたチリーの拳に、ニシルは自分の拳を軽く当てることで応えた。

「だよね」

 お互いに顔を見合わせて笑う二人に、もう恐れも迷いも存在しなかった。

「帰ろう皆で。全部終わったらさ……皆で島に帰ろう」

 チリーがああ、と答えたのを確認すると、ニシルは更に言葉を続けた。

「それでさ、また浜辺にキリトさんと集まろうよ。島にいた頃より断然強くなった僕らを、キリトさんに見せつけようよ!」

「おう、ボコボコにしてやんぞ!」

 うん、と頷いて、ニシルは屈託なく微笑んで見せた。

「勿論、ミラルも一緒に帰る。絶対ェ助ける!」

「だね」

 ニシルがそう答えるやいなや、チリーは先程握った拳をグッと高く空へ向けた。真っ直ぐに伸びる、硬く握られたその拳に、ニシルはほんの一瞬だけ見惚れた。

 強い、どこまでも強い……真っ直ぐに澄んだ瞳。そして天へと掲げられた、決心で固められた拳。

「帰るぞ、皆で! だから――――絶対ェ勝つッ!」

「……うん!」

 気が付けばいつの間にか、ニシルも同じようにして拳を突き上げていた。


 その二つの拳に、一切の震えはなく――






 暗い王室に、ノックの音が響いた。それに対し、ハーデンが入れと命じると、中へ入ってきたのはアクタニアでミラルを攫った大男――フォスカーだった。

 フォスカーは一礼すると、すぐに口を開く。

「陛下。白き超越者達と東国の生き残り達が、レジスタンス共と結託したようです」

 フォスカーの報告に、ハーデンが動じる様子はなかった。

「――チリー達がっ!」

 歓喜の声を上げるミラルへ目もくれず、フォスカーは更に言葉を続ける。

「何やら不穏な動きがあるようですが……如何いたしましょう」

 そこでニヤリと、ハーデンは笑みを浮かべた。

「奴らを呼べ……。白き超越者も、目障りな東国人も、レジスタンス共も……ここで全て叩き潰す」

 奴ら、という言葉に反応したのか、フォスカーは少しだけ笑みを浮かべた。

「例のニューピープル達ですね……」

「ニューピープルって……アンタ達みたいなのがまだいるの……!?」

 声を上げたミラルの方へ視線を向けると、ハーデンはミラルの頭部をガッシリと掴むと、ギロリとミラルを睨みつけた。

「やかましいぞ……ッ! 貴様はさっさと赤石の力を使うが良い!」

「誰が……誰がアンタなんかのために使うもんですかっ!」

 ハーデンはしばらくミラルを見つめ、怒りを露わにしたが、やがてミラルの頭を放すと、フォスカーの方へ視線を戻した。

「白き超越者は……私が直接叩き潰す」

「陛下自らが……ですか?」

 フォスカーの問いに、ハーデンは静かに頷いた。

「ただの人間やニューピープルでは、究極のニューピープルにはかなうまい。奴は必ず、この私の所へ辿り着く」

 少しだけ間を置いた後、ハーデンはすぐに語を継いだ。

「そしてこの小娘の目の前で奴を叩き潰す。二度と抵抗など出来ぬように……希望など持たぬようにな……!」

 邪悪な、ドス黒い笑み。

 チリーを信じているミラルでさえ、その笑みには恐怖を感じざるを得なかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ