episode107「Resistance-3」
ゲルビア帝国の圧政。傍から見ればゲルビア帝国が圧政を行っているようには見えなかったのだが実際は違うようで、ゲルビア帝国は数年前から圧政を行っているのだと、ブルーノは語った。過重な税金、国外へ出ることの禁止、そして神力使いの強制徴兵など、ブルーノの語るゲルビア帝国の所業は、ゲルビア国内の見た目の華やかさからは想像も出来ない内容ばかりであった。
それにより、数年前からゲルビア帝国内に、ゲルビアへ反旗を翻す者達が存在しており、団結して一つの団体を作っていた。それが、ブルーノを長とするレジスタンスだった。
打倒ゲルビアであるブルーノ達レジスタンスと、利害が一致していると判断したチリー達は、自分達がゲルビアを訪れた理由と、赤石、そしてハーデンとニューピープルのことをその場で打ち明けた。
「噂通り、ハーデンは別人になっていたんですね……」
そう言ったブルーノへ、ニシルが噂? と問うと、ブルーノははい、と短く答えた。
「ゲルビア帝国が圧政を始めたのは、十年前です。これまでそんなことをするような素振りは全く見せなかったのに、突如として圧政を始めたんです」
恐らくその時には既に、オリジナルのハーデンは死に、ニューピープルが玉座へ堂々と座っていたのだろう。
「手を組むか……? 目的は同じだ」
トレイズの言葉に、ブルーノは逡巡する様子も見せずにコクリと頷いた。
「ゲルビアの徴兵により、我々の中に神力使いは皆無です。カンバーさんの話によれば、貴方達のほとんどが神力使いのようですし……組んだ方が得でしょう。我々も、貴方達も」
そう言ってブルーノがトレイズへ歩み寄り、握手を求めて右手を差し出した――その時だった。
スッと。今まで黙っていた麗が右手を挙げた。
「それなら……私達も協力するわ」
東国のこと。東国戦争のこと。復興のために赤石が必要なこと。そして、ジェノによって殺された伊織のこと……。麗は、自分達の目的と動機を淡々とその場で語った。チリー達とは、赤石を目的とする点では敵同士とも言えるが、ハーデンを倒さなければならない、という点ではここにいる全員の目的と一致していた。
「それじゃあ、一時的にだけど僕らはまた仲間ってこと……だよね?」
やや照れ臭そうに微笑みつつ、ニシルは青蘭に視線を向けた――が、青蘭からニシルへ返ってきた視線は酷く冷たいものだった。
ニシルに対する敵意、といった感じのものではない。ただただ冷たい、感情の込められていない視線。
ゾクリと。ニシルは寒気を感じた。いつもなら軽口を叩くか、青蘭にどうかしたのか問いかけるかするハズなのだが、ニシルは蛇に睨まれた蛙のように硬直したまま、青蘭を見つめることしか出来なかった。
ヘルテュラで青蘭と別れてから、もうかなりの日が経っている。その間に青蘭が変わってしまってもおかしくはないのだが、今の青蘭は変わってしまっているというよりは、何かおかしい、という印象をニシルは受けた。東国で最後に会った時は、チリーに対して尋常ではない程の怒りを向けてはいたものの、今のような状態ではなかったハズだった。
伊織、という少女がジェノという男に殺されたことはニシルも知っている。つい先程麗が話したばかりだ。彼女の死が、青蘭を変えてしまったのだろうか……。
そこまで考えて、ニシルは青蘭に関する思考を止めた。深く考えても仕方がないし、詮索するようなことでもない、と判断したからだ。
「明日、レジスタンスの各チームの長が集まって会議を行う予定になっています。こうして協力関係になった以上、貴方達に参加していただきたい」
ブルーノの言葉に、その場にいた全員が頷いた。
赤石。
内に膨大な神力を秘めた、赤き魔石。東国の地下洞窟で、誰の手にも渡らぬよう安置されていたソレは今、ハーデンの手の中にあった。
微小ながらも赤く妖艶な光を放つ、光沢ある鶏の卵大程の赤石。ハーデンはミラルの前に立つと、それを見せびらかすようにして右手で弄んでいた。
「では、始めようか」
「……始める……?」
ハーデンの言葉を繰り返すミラルに、ハーデンは微笑する。
「聖杯保持者であるお前の体内に、この赤石を取り込むことでお前を神力の姫として覚醒させる」
「神力の姫……ですって……!?」
「聖杯によって赤石をその身に受け入れることでお前は神力の姫となり、膨大な神力を操るのだ……!」
聖杯とは、赤石を受け入れるための器。
神力の塊である赤石を受け入れ、膨大な神力を扱うための器。
ゾクリと。背筋を悪寒が走ったのをミラルは感じだ。
自分の体内に、あの赤い石を――高密度の神力を入れられることが、たまらなく恐ろしかった。
「私を神力の姫にして……どうするつもりなの……? アンタは……何が目的なの……?」
「同じだよ、オリジナルの私と」
ハーデンのその言葉に、ミラルは短く驚愕の声を上げた。
「じゃあ……何でお父様を……っ!」
「奴のぬるいやり方では、真の共存は――真の統一は不可能だったからだ」
不意にハーデンはミラルへ背を向けると、その両手を大きく広げ、まるで演説でもするかのような姿勢を取った。
「人類とは! 最も醜く、最も愚かしい生物だとは思わんかね?」
「そんな――」
「私はッ! 人類程愚かしい生命体は他にはいないだろうと思うよッ! 愚かな理由で大地を汚し、愚かな理由で森を傷つけ、愚かな理由で海へ汚水を垂れ流し、そして愚かな理由で互いに傷つけ合うッッ! これ程愚かな行為を、長い歴史の中で何度も何度も繰り返している生命体は……人類だけなのだ……!」
少しだけ間を置いたが、すぐにハーデンは語を継いだ。
「私とハーデンの目的は同じだ……。全人類の共存、統一。部族の違いや宗教の違いなどという、取るに足らない理由で二度と争いなど起きぬ世界……! それが私とハーデンの求めた世界だ……」
そのためにはまず、と付けたし、ハーデンは更に言葉を続ける。
「人種から統一せねばならん。愚かで脆弱な今の人類に、進化の時が訪れたのだ! 新たな人類……新人類……!」
「まさか……っ!」
ハッとなった表情でミラルがそう声を漏らすと、ハーデンはミラルの方へ振り向き、ニヤリと笑みを浮かべた。
「そう、ニューピープルだ」
人工的に造られた、神力を持った人造人間。その全員が人を超えた身体機能を有しており、並みの人間では歯が立たない。
ミラルの想像が正しければこの男は……ハーデンは、全人類を――
「赤石の力で創り変えるのだ……全人類をな」
「全人類を……ニューピープルに……!」
「そして全てのニューピープルは、この私の配下となる。究極のニューピープルである……この私のな。私によって全てが統一されることにより、全人類へ真の平和が訪れるのだ! 誰も争わぬ、誰も傷つかぬ、私とハーデンの……理想の世界だ……!」
声高に語るハーデンの顔は、悦に彩られていた。
「間違ってる……お父様はきっと、そんな世界を創りたかったわけじゃないハズよ!」
「間違っている?」
不意に、ハーデンは身を屈めてミラルへ顔を近づけた。
「間違っているのか? この私が? どう間違っているというのだ?」
責めるようにして問いを繰り返すハーデンに、ミラルは圧倒されかけたが、それでも強くハーデンを睨みつけ「負けない」という抵抗の意思を示した。
その態度が気に入らなかったのか、ハーデンは眉をひそめた。
「アンタがやろうとしてるのは……ただの独裁よ! 統一された世界は平和かも知れない……だけど、そこに自由はないわ! 人類が愚かですって? 違うわ、愚かなのはアンタよ……! 先のことばっかり考えて、現在の人類を犠牲にしようとしてるアンタの方がよっぽど愚かよっ!」
ピクリと。ハーデンの表情が変わった。
「何がわかるというのだ……!」
涙目で必死に叫んだミラルを冷たく睨み付け、ハーデンはミラルの栗色の髪を上から掴み上げた。
「痛っ……!」
「小娘如きに何がわかると言うのだッ!」
ハーデンは怒号を飛ばすと、すぐにミラルの髪を放すと、右手に持っていた赤石をミラルの顔へと近づける。
「呑み込め」
「嫌よ……!」
そう言ってすぐに口を閉じ、ミラルは顔を右にそむけた――が、ハーデンはミラルの顎を強引に左手で掴むと、無理矢理口を開けさせようと下へと引っ張っていく。
「……っ……っ!」
首を振ってそれを振り払おうとするミラルの頭に、突然何かが巻き付いた。
「呑み込めッ!」
それは、長く伸びたハーデンの髪の毛だった。
ハーデンの黒い髪は、椅子の背もたれへとミラルの頭部を縛り付け、首を振れないように固定しているのだ。
やがて、ハーデンによって無理矢理こじ開けられたミラルの口の中へ、赤石が突っ込まれた。
「がっ……あぁっ……!」
必死に吐き出そうとするミラルの口の中へ、ハーデンはグイグイと赤石を突っ込んでいく。
それから一分としない内にゴクリと、ミラルは赤石を飲み込んだ。
「けほっ……!」
咳き込むミラルの身体が、徐々に赤く発光し始める。それを眺めながら、ハーデンはニヤリと笑みを浮かべた。
「赤石を受け入れたな! 神力の姫よッ!」
徐々にミラルを包む光は強まって行き、やがて薄暗かった部屋全体を照らす程の光を発し始める。
赤い、神力の光。
「フハ……フハハッ! フハハハハハハハハハハッッ!」
赤く染まった部屋の中で、ハーデンの高笑いだけが響き渡った。