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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
104/128

episode104「Suspicion」

 林の中の一角で、少年は――チリーは立ち尽くしていた。

 彼の目の前には、木で出来た十字架が立てられており、そこには字が彫られていた。

 木漏れ日を背に浴びながら少年は一人、寂しげな笑みをこぼした。

「ごめんな。俺達じゃ、こんなモンしか作れなかった……もっとちゃんとしたモン、造れりゃ良かったんだけどな……」

 すまねえ、と呟くようにそう言って、チリーは決まりが悪そうに後頭部をポリポリとかいた。

 風が、そっとチリーの白髪をなぜた。

「それじゃあな……。俺はもう、行かなくちゃいけねえ」

 名残惜しそうな表情を十字架に向けつつ、チリーは静かに十字架へ背を向けた。

「全部終わったら、またくるよ」


 じゃあな、ミレイユ。


 背を向けたままそう言ったチリーの頬に、木漏れ日が反射した。





 ――――それに貴方、ハーデンに利用されてるだけですし。

 前に、あの男……ニコラスに言われた言葉が、ふと脳裏を過った。

 既に完治した華奢な体躯を、自らの両手で抱き締めるようにして少年――――ライアスは海面を眺めた。

 ゲルビア帝国首都パンドラにある港で、ライアスは靴を脱いだ両足を海面に浸けて、海面に映る自分の顔を眺めていた。

 利用されている。

 東国の地下洞窟での一件依頼、ニコラスのあの言葉が頭から離れない。忘れようとすればする程鮮明に蘇る。

 ――――僕が利用されている……? ハーデンに……?

 違う。

 かぶりを振ってその考えを振り払い、ライアスは顔をしかめた。

 ライアスにとってのハーデンとは、父親代わりのようなものだった。

 破壊することしか出来ない、悪魔のような――否、悪魔よりも凶悪なこの忌むべき力を、ハーデンは才能だと認めてくれた。国の役に立つのだと、そう言って自分に居場所をくれた。

 暴走した己が力で両親を亡くし、コントロール出来ない力を内包したまま、ただ絶望に打ちひしがれることしか出来なかったライアスにとって、ハーデンとは救世主であり、希望。

 全てを破壊するこの力を持ってしても、破壊することが出来なかった唯一の存在。

「ハーデン……」

 地下洞窟でチリーに敗北を喫して以来、ライアスは城へ戻っていない。戦うことでしか、勝つことでしか役に立つことが出来ない自分に敗北は許されない……。

 ――――その能力だけが取り柄でしたのに……それすら敗れてしまっては……良いとこないですねえ……。ゴミですねゴミ。

 ニコラスに言われなくても、そんなことは自分自身が一番よくわかっていることだった。負けてしまった自分は、ハーデンに会わせる顔がない。

 ギュッと拳を握り締め、自分の無力さを噛み締める。

 ――――だからって、俺が負けて良い理由にはならねえ! テメエには絶対勝つッッッ!

 白髪の、少年。

 ハーデンから直々に抹殺を依頼された少年――チリー。ライアスが唯一敗北したあの少年は、今頃どうしているのだろう……。

 倒した相手に止めすら刺せないような甘い少年ではあったが、その実力は本物。凄まじいまでの神力と、何があっても揺るがないその信念。一点の曇りさえ見受けられない、青空のように澄み切った真っ直ぐな瞳。

「今の僕とは、正反対だ……」

 あの日以来、ニコラスの言葉だけでなく、彼の存在も忘れられなくなっていた。

 敗北とは、忌むべきもの。

 敗北とは、あってはならぬもの。

 そう信じて、ライアスは今まで勝ち続けてきた。破壊し続けてきた。

 だがチリーへの敗北は……自分の全てを出し切ったあの敗北は――驚く程に爽やかで、勝利の、破壊の快感さえも陵駕するような感覚を覚えた。

 まるで、友達でも出来たかのような……。

「友達……?」

 思えば、これまでの人生、自分に「友達」という存在がいたことなど一度もなかった。

 必要ないとさえ考えていた。

 ――――お前を殺す気にはなれなかった。

 彼とは――チリーとはもう少し別の出会い方をしていれば、「友達」になれたのかも知れない。

 他愛のない話題で笑い合い、些細なことで喧嘩して、そして仲直りして、もっと仲良くなって――――

「……馬鹿馬鹿しい」

 そこまで想像して、ライアスは自嘲気味に笑みを浮かべた。

 今更どう夢想したって遅い。自分とチリーは、結局ああいう形でしか出会うことが出来なかった……それだけのことだ。

 ハーデンがいればそれで良い。そういう風に思っていた。

 ハーデンだけが自分を理解し、ハーデンだけが自分を認めてくれる。ハーデンだけをただひたすらに欲していた……。

 だが今は違う。

 こうして、ハーデンではない別の誰かを求めるようになっている。

 会いたいと。

 あのチリーという少年にもう一度会いたいと、そう思うようになっている。

 そして、自分にとって全てであったハーデンに対して、疑念さえ抱くようになっている……。

 ふと海面へ目をやると、そこに映っているのは、疑念に満ちた表情をした自分の顔だった。

 そんな自分の表情に嘆息し、ライアスが海面から足を引き、立ち上がってその場を立ち去ろうとした時だった。

「ライアス様」

 いつの間にかすぐ傍まで、一人の男が歩み寄ってきていた。

 ゲルビア城で見た覚えのあるその顔から、ライアスはその男がゲルビア城からきた人間なのだと判断し、面倒くさそうに表情を歪めた。

「……何?」

「陛下がお呼びです」

「そう」

 短くそう答えると、ライアスは男を素通りするようにして城へ向かって歩き始めた。そのライアスの後ろを、男はゆっくりとついて行く。

 一歩。二歩。三歩。四歩。五歩――――

「何のつもり?」

 ピタリとライアスが足を止めたのと、男が足を止めたのは同時だった。

「それ、しまってくれる?」

 振り返ろうともせずにそう言ったライアスの背中に、男は笑みを向けた。

「どこから気付いていた……?」

「君が殺気を放った瞬間、かな」

 ライアスのその言葉に、男はなるほど、と呟くような声音で言うと、ライアスの背に突き立てようとしていたナイフを引き、ライアスから数歩距離を取った。

「ああ、何か違うと思ったら――」

 振り向いたライアスの目の前にいたのは、先程までの男ではなかった。身体の各部位がボゴボゴと奇怪な音を立てつつ膨張と収縮を繰り返し、別の形へと徐々に姿を変えていく……まるで化け物が如き姿の生き物だった。

「意外に早く気付いたな……」

 やがて変化は収まり、その生き物は一人の男の姿へともどった。

「――ディルク」

 ライアスが呟いたその言葉に、男は――ディルクは笑みをこぼした。

「で、どういうつもりなのかな?」

 悠然とした態度のディルクとは対照的に、ライアスはピリピリとした殺気を放っていた。それに気付いていながらも、ディルクは大して気にした様子もなく、持っているナイフを適当に弄んでいた。

「場合によっちゃ今この場で君を――」

「陛下直々の命令……って言ったら、どうするよ?」

 ディルクのその言葉に、ライアスは動揺していることが容易に悟れる程に表情を変えた。

「その冗談、笑えないよ」

「悪いがこれは冗談でも何でもない……。陛下直々に『ライアスを殺せ』との命が下った……それだけさ」

 ギシリと。歯の軋む音。

 いつの間にか握り締めていたライアスの拳に、更に力が込められた。

「白き超越者抹殺に失敗したお前に、陛下はもう用がないらしい」

「嘘だ……! そんなハズはない……!」

 語気を荒げるライアスと、笑みをこぼすディルク。二人のコントラストは互いの心理状態をこれでもかという程にわかりやすく現していた。

「お前にとって陛下は父親みたいなものだったんだろうが、陛下にとっちゃお前なんざ並みの部下程度だ。よっぽどあの傀儡姫ミレイユの方が、お前より大切にされてたみたいだしなァ……」

  ――――それに貴方、ハーデンに利用されてるだけですし。

 再び、地下洞窟でのニコラスの言葉が鮮明に蘇る。

 ――――僕は……利用されていた……?

 ライアスの、ハーデンに対する想い。自分を認め、居場所を与えてくれたハーデンに対する、まるで父親に対するかのような「敬意」、「感謝」、「親愛」、それら全ての感情は、ハーデンにとっては利用価値のある――ライアスを自由に動かすための「材料」でしかなかったということなのだろうか。

 だとしたら。

 もしそうなのだとしたら。

「僕は……」

 ゲラゲラと品の無い笑い声が、ライアスの鼓膜をひたすらに刺激し続ける。

「僕は――」


 ――――ただ、ハーデンに利用されているだけだった。


 その結論へ辿り着いた瞬間、ライアスの頭の中は空白で埋め尽くされた。

 何も考えないまま、ただフラフラと未だに笑い続けているディルクへと歩み寄る。

「そっか……そうなんだ……」

 ゆったりとした動作で、ディルクの頭部へライアスの右手が乗せられた。

「――――ッ!?」

 完全に油断し切っていたディルクは、ライアスの手が自分の頭へ乗せられる、という状態の危険さを理解し、表情を一変させたが――次の瞬間には、その頭は派手な音を立てて爆ぜていた。

 ドサリと。ディルクの首から下が倒れ伏す音。

 飛び散る肉片を顔に浴びながら、ライアスは蒼白な表情を浮かべた。

「騙されていただけ……か」

 そう、ライアスが呟いた瞬間、ライアスの身体はグラリと足元からぐらついた。

 何とか体勢を立て直しつつ、ライアスは嘆息する。

「使い過ぎちゃったみたいだね……」

 もう、長くはないか。

 心の内でそう呟き、ライアスはどこへともなく静かにその場を立ち去った。


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