表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
102/128

episode102「Transcendence-3」

 倒れたまま動かなくなったチリーを見下ろし、ニコラスはチリーの生死を確認するかのようにチリーの身体を踏みつける。何度か踏みつけ、チリーが何の反応も示さないことを確認すると、ニコラスは薄らと笑みを浮かべた。

「嘘でしょ……ねえ! チリー!」

 ミラルの声に、チリーは反応を示さなかった。

「ねえ、返事してよ! ねえってばぁっ!」

「無駄ですよ。彼はもう終わりました。貴女の声には答えない」

 嘲笑するかのような声音で、そんなことを言うニコラスへ視線すら向けず、ミラルはただひたすらにチリーを呼びつづける――が、返ってくるのは静寂と、嘲笑うニコラスの声だけだった。

「起きてよ……起きなさいよ……馬鹿っ!」

 既に涙混じりになりつつミラルの声は、叫ぶ度に弱くなっていく。

 押し寄せる絶望に、ミラルは自分が押し潰されるかのような錯覚を覚えた。

「さようなら。『白き超越者』……」

 別れの言葉を告げ、ニコラスはポケットからトランシーバーに似た携帯端末を取り出し、ボタンを操作するとそれを耳に当てた。





 ――――どこだよ。ここ。

 真っ白な世界に、彼は……チリーは横たわっていた。慌てて立ち上がって辺りを見回すが、あるのは真っ白な空間だけで、他には何も存在しなかった。

 まるで、無。

 足元を見てみても、地面があるのかどうかすらわからない。首を傾げつつ、チリーはこれまでの出来事を反芻し――表情を一変させた。

「ニコラスッ!」

 そう叫び、辺りを再度見回すが、ニコラスの姿はなかった。

 能力を無効化され、体力の尽きた状態でニコラスと戦い――いや、あれ程一方的なものを戦いと呼べるのだろうか。成す術なく、ただひたすら攻撃を受け続けるだけの……あの状態が。

 歯噛みし、チリーは薄らと理解する。

 ――――俺、死んだのか。

 ミラルを助けることが出来ないまま。

 ミレイユの仇を取ることが出来ないまま。

 テイテスを救うことが出来ない、まま。

「ンだよ。終わっちまったのかよ」

 ゴロリと。チリーはその場へ仰向けに寝転がった。

 全て、終わってしまった。そう考えて諦めると、どこか清々しささえ感じられる。

 もう、戦わなくて良い。

 もうあんな、生きるか死ぬかみたいな状況にならなくてすむ。

 もう終わった。もう諦めて良い。やれることは――やった。

「ごめんな、皆」

 ニシル。トレイズ。カンバー。青蘭。そして――ミラル。仲間の顔を思い浮かべ、チリーがそんなことを呟いた……その時だった。


「そんな所で、何をしていますの?」


 不意に聞こえた少女の声に、チリーは跳ねるようにして身体を起こした。

「お、お前……!」

 何もなかったハズの真っ白な空間に、一人の少女が姿を現していた。チリーの目の前にいるその少女――ミレイユは、チリーを見て唇をきつく結んだ。

「何でお前、こんな所に――」

 言いかけて、すぐに気が付く。やはり自分は、死んだのだと。既に命を落としているミレイユに再び会うことが出来たのは、自分が死んで……死後の世界に来たからなのだと、チリーはそう理解した。

「あん時は、ありがとな。もう今はこうして死んじまったけど、スゲー感謝してる」

 照れ臭そうに笑みを浮かべつつ礼を言うチリーに対して、ミレイユは少しも表情を緩めなかった。

「何だよ。何でそんな顔してんだよ」

 チリーの言葉には答えず、ミレイユは小さく溜息を吐いた。

「まったく。こんな男を助けて死んだのかと思うと、やっていられませんわ」

「あァ? どういうことだ!?」

 顔をしかめて語気を荒げるチリーに、ミレイユは呆れたような表情をうかべた。

「私が好きになったのは……殉じても良いと思えたのは、すぐに諦めるような……そんな情けない男ではありませんわ」

「ふざけんな! どうしろっつーんだよ! もう死んでんだぞ!?」

「まったく呆れて言葉もありませんわ。その程度の男だったなんて……」

「諦めさせろよッ! もう無理なんだよ! 素手でも勝てねえ、剣も通用しねえ、もうどうにもなんねえんだよ! 俺にこれ以上、どうしろって――――」

 チリーが言葉を言い切る前に、ミレイユの平手打ちがチリーの頬を強く叩いた。

「な――」

 動揺を隠せずにいるチリーを、ミレイユは薄らと涙を浮かべた瞳で強く睨みつけた。

「ミラルを……助けるんじゃなかったんですの!?」

 ミレイユはチリーの胸ぐらを思いり切り掴むと、自分の顔をチリーへ近づけた。

「私が助けた貴方の命は、こんなものでしたの!? こんな所で諦めて、無駄にするような……そんな命でしたの!?」

 呆気に取られているチリーへ、ミレイユは更に言葉を畳み掛ける。


「生きて! 私の分までその命で! そして勝って! お父様に――貴方の、運命にっ!」


 ――――俺の、運命……。

 心の内でミレイユの言葉を繰り返し、チリーはミレイユの瞳を真っ直ぐに見据えた。

「そう、その瞳ですわ」

 真っ直ぐな瞳。

 一点の曇りのない、その先にある勝利だけを見据えたその瞳。

 ミレイユはチリーの胸ぐらから手を放すと、ニコリと微笑んだ。

「後は、任せましたわよ」

「お前――ッ!」

 ミレイユの姿が、徐々に薄れていく。真っ白なこの世界へ少しずつ溶けていくミレイユへ、チリーは手を伸ばした。

 掴んだのは、くう

「おい、ミレイユ! おいッ!」

 ――――後は、任せましたわよ。

 もう一度だけ同じことを呟いて、ミレイユはその場から姿を消した。





 パチリと。閉じられていた瞳は開かれた。

 頬に残る、ミレイユに叩かれた時の感触。

 ――――ミレイユ……。

 最後に彼女が見せた笑顔を思い浮かべると、知らず知らずの内にチリーの頬を涙が伝った。

 ――――生きて! 私の分までその命で!

「ああ、生きてやるさ」

 ――――そして勝って! お父様に――貴方の、運命にっ!

「勝ってやるよ……絶対になッ!」

 ユラリと立ち上がったチリーへ、ミラルとニコラスの視線が一瞬にして集中した。

「チリー……チリーっ!」

 歓喜の声を上げるミラルへ、チリーは言葉では答えず薄らと笑みを浮かべることで答えた。

「どこにそんな体力が?」

 携帯端末をポケットに仕舞い、そう問うたニコラスに対して、チリーは得意げに笑って見せた。

「こんな所でよォ……やられてたまるかってんだよ……なぁ? そうだろ?」

 ミレイユ。

 最後にそう付け足し、チリーはニコラスへ右手をかざした。

「馬鹿の一つ覚えですか。ホンットにゴミですねぇ。それは私には意味がない」

 しかしチリーは、ニコラスの言葉を無視するかのように、今度は左手をニコラスへかざした。

 ――――何でもやれそうだ! 馬鹿みたいに力が溢れてくる気がする……身体の奥底にまで沈んでいる何かを、引っ張り出せそうな気がする……!

 自然と、笑みがこぼれた。

「テメエにも見せてやるから、よォく見とけ」

 そう、チリーが言い放った瞬間だった。

「これは……ッ!」

 チリーの全身を、突如として眩い光が包み込んだ。

「これが……これが……ッ!」

 チリーの右肘から先が、徐々に大剣の刃先へと変化していく。その様子にミラルとニコラスが呆気に取られている内に、同じような変化がチリーの左腕にも現れた。

「この神力は……!」

 胸部と肩を、まるで水晶のように透き通った鎧が包み込み、やがて彼の両足も、同じように透き通った鎧が包み込んだ。

 まるで、水晶の鎧で武装した戦士が如き姿。

「チリー……アンタ……!」

 凄まじい神力と共にその姿を変えたチリーへ、ミラルは驚きを隠せない。

「厄介ですね」

 ボソリと呟き、ニコラスは眉をひそめた。

 チリーは確かめるように、剣と化した己が両腕へ視線を向け、再び笑みを浮かべると、その両腕を左右に広げた。


「これが俺の――――超越だァァァァァッッ!」


 白き超越者、ここに覚醒す。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ