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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
101/128

episode101「Transcendence-2」

 先程右回し蹴りをくらった際に口の中が切れたらしく、チリーの口の中で血の味がしていた。チリーは顔をしかめると、すぐに唾液と一緒に口の中の血を床へ吐き出した。

「品の無い……」

「テメエに品だの何だの言われる筋合いは――」

 キッと前方のニコラスを強くにらみつけ、チリーは勢いよく駆け出した。

「ねェッ!」

 そして高く跳躍すると、上からニコラスへ殴りかかる――が、ニコラスは何ら表情を浮かべず、殴りかかってきたチリーの右腕をガッシリと掴むと、そのままチリーの身体を床へと思い切り叩きつけた。

「がァッ……!」

 ニコラスの痩躯からは考えられないその腕力に驚くよりも先に、チリーの全身へ激痛が走った。

 背中から床へ勢いよく叩きつけられたチリーの身体は、その衝撃で少しだけ跳ねる。そこへ容赦なく、ニコラスの前蹴りが叩き込まれた。

「弱過ぎる」

 そのまま吹っ飛び、ゴロゴロと床を転がって倒れ伏すチリーへ冷たい視線を向けると、ニコラスはそう呟いた。

「チリー……!」

 ミラルの悲痛な声に応えるかのように、チリーはよろめきつつも立ち上がり、ニコラスを睨みつけると、ニコラスへ右手をかざした。

「……貴方の理解力、ゴミ以下のようですね」

「うるせえ、黙ってろ」

 ピシャリと言い放ち、チリーは出現させた大剣を、とある形に構えた。

「――っ!」

 その構えに、ミラルは表情を変えた。

 過去に二度、彼女はチリーがその構えをするのを見ている。レオールとの戦いの時、ライアスとの戦いの時……彼が見せたその構えは――

「その腹の立つ面ァ……歪ませてやる!」

 ――――刺突の構え。チリーはスッとニコラスへ大剣の刃先を向けると、ぶるりと小さく身震いした。

 それは武者震いか、それとも、これすら通用しなければ、勝つ手段はもうないに等しい、ということへの恐怖か……それは、本人にすら定かではなかった。

 全身からあふれ出る、滂沱たる神力に、チリーは思わず笑みを浮かべた。

 ――――負けるハズがねえ。

 まるで自分に言い聞かせるかのように心の内でそう呟き、チリーは改めてニコラスへ視線を向けた。曇りのない、澄んだ真っ直ぐな瞳を。

「……ほぅ」

 チリーから感じる神力に、ニコラスは柳眉をひそめた。その量が尋常ではないことに気が付いたのだろう。だがその表情に、焦りや恐怖などといった感情は、一切映されなかった。

「行くぜ……ッ」

 神力を大剣へ集中させ、チリーはそう呟いた。

 思い描くのは、止まることなく突き進む自分。どんな障害があろうとも打ち砕き、突き進む自分の姿。

「だァァァァッらァァァァッ!」

 そして次の瞬間には、チリーの大剣の柄から凄まじい量の神力が一気に放出され、その勢いによりチリーは凄まじい速度でニコラスへと突進していく。

 それに対してニコラスは避けようともせず、それどころか両手の平をチリーへと突き出し――

「無に帰る」

 そう、呟いた。

「帰るかよボケェェェッ!」

 チリーが怒号を飛ばしたのと、大剣の刃先がニコラスの手の平へ触れたのはほぼ同時だった。

 ニコラスの能力――相手の能力を無効化する能力は、完全にチリーの神力を無効化しはしなかったものの、突進するチリーの大剣を……凄まじい量の神力を、見事にその場で押し止めたのだ。

「勝負はこっからだ……そうだろォォォッ!?」

「勝敗の決まっているものは、『勝負』とは言いません」

 惜しみなく神力を放出し、ニコラスへと突き進むチリー。しかしその突進を、ニコラスは己が神力で押し止めている。力が拮抗しているせいか、二人共その場から一歩も動かないまま、神力と神力のぶつかり合う轟音だけが部屋の中に鳴り響いていた。

「おおおおおォォォォッ!」

 チリーが咆哮すると同時に、大剣の柄から放出される神力は更に勢いを増した――が、ニコラスは表情を変えないまま、両手の平でチリーの突進を止めている。

「何――ッ」

 驚愕の色を隠せないチリーに対して、ニコラスは嘲笑うかのように笑みを浮かべる。

「『究極のニューピープル』、究極とは名ばかりですね……この程度とは」

 そんな言葉と共に嘆息するニコラスへチリーが再び咆哮し、それと同時に大剣の柄から放出される神力の勢いは増していく――――しかしそれでも、ニコラスは動くどころか表情すら変えなかった。

「私にかかれば貴方の能力なんて――」

「嘘……でしょ……?」

 凄まじい勢いで放出されていたチリーの神力が、徐々に消えていくのがミラルにも理解出来た。チリーの突進からは先程までの勢いが、消えていく。


「ゴミですね」


 ニコラスがそう言ったと同時に、大剣から放出されていた神力もろとも、チリーの手に握られていた大剣は姿を消した。

「嘘……だろ……ッ!?」

 ドサリと。ニコラスの目の前で倒れるチリーを見下ろし、ニコラスはクスクスと笑みをこぼした。

「この程度ですか」

 ニコラスはうつ伏せに倒れるチリーへ歩み寄り――その頭を、右足で思い切り踏みつけた。

「ぐッ!」

 苦痛と屈辱、それらを同時に味わいつつも、疲労とダメージで反抗することすらままならない自分に、チリーは歯噛みした。

「この程度で私と戦おうとは……片腹痛いですねぇ」

「テ……メ……ッ」

 何か言い返そうとするチリーの頭を右足で踏みつけて固定し、ニコラスは更に左足で蹴りをくらわせると、痛みに呻き声を上げるチリーを、愉悦に満ちた表情で見下ろした。

「やめて……」

 呟くようなミラルの声を、まるで無視するかのようにニコラスは、チリーの頭を踏みつける右足へ更に力を込める。

「やめてっ……!」

 今にも泣き出しそうなミラルのその声を、ニコラスはまるで楽しむかのように聞き、再び笑みをこぼした。

「もうやめてぇっ!」

 そう叫んだミラルへ、ニコラスは待ってましたと言わんばかりに振り向いて視線を向け――

「やめてあげません」

 ニタリと嫌らしい笑みを浮かべて、そう答えた。

「ふざけんじゃ――」

 立ち上がろうと、床へついたチリーの右手へ、ニコラスはすかさず左足で蹴りを浴びせる。そしてチリーを踏みつけるのをやめると、身を屈めてチリーの長い白髪を右手で掴み、持ち上げるとチリーの顔を自分の顔へ近づけた。

「今、どんな気持ちですかぁ?」

 嘲笑するニコラスへ、チリーが唾を吐きかけようと口へ唾液を含んだ瞬間――ニコラスの平手打ちがチリーの頬へ直撃する。

「小汚い。品がない。ゴミですねぇホント」

 ニコラスは「ゴミ」でも投げ捨てるかのようにチリーの頭から手を離すと、ドサリと床へ落ちたチリーの腹部へ蹴りを浴びせた。



 ――――冗談じゃねェ……!

 屈辱と苦痛。それに対してチリーは怒りを露にするが、その顔はニコラスの蹴りによって歪められる。

 頭部。腹部。脚部。様々な部分に打撃を加えられ、チリーの身体は既にボロボロの状態だった。どこか折れていてもおかしくないような激痛を感じる上、意識までどこかへ飛んでしまいそうな程だった。

 口を開く余力すら残されておらず、聞こえるのは楽しそうなニコラスの笑い声と、悲痛なミラルの声だった。

 口の中に広がる血の味。吐き出そうにも、そんな力すら残っていない。

 成す術なし。ニコラスへ対抗する力は、既にチリーには少しも残っていなかった。

「やめてっ! やめてぇっ!」

 既に嗚咽交じりになっているミラルの声に、ニコラスは一言も答えない。高笑いしながら、ただひたすらにチリーへ暴行を加えつづける。

 ――――折角、助けてもらった命なのによォ。

 途切れつつある意識の中で、チリーはミレイユの顔を思い浮かべた。

 自分を助けるために、命を落とした少女。

 仇を、取るんじゃなかったのか。

 ミラルを、助けだすんじゃなかったのか。

 己への問いかけに、答えることすら出来ない程にチリーの意識は朦朧とし始め――

「おやぁ、おねん寝ですかぁ?」


 チリーは、意識を手放した。



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