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The Legend Of Red Stone  作者: シクル
第三部
100/128

episode100「Transcendence-1」

 自分の足元に出来ている血溜まりに、彼女は――ミラルは戦慄した。あれから何分経ったのか、何時間経ったのかもわからないが、これだけの量の血液が、自分の身体から流れ出していたのかと思うと、恐ろしかった。

 しかし、最も恐ろしかったのは――

「死ね……ないの……?」

 己が身体だった。

 何度ニコラスに切りつけられようと、どんな場所を傷つけられようと、ミラルの身体は瞬時に再生する。首を切り裂かれても、手首を切られても、心臓を貫かれても……。

 どれだけの苦痛を味わっても、どれだけの量の血液を体外に流しても、その身体は一度も死ぬことはなかった。

 死ねない。それがどれ程恐ろしいことなのか、ミラルは身をもって痛感した。

「やはり、死にませんか」

 表情を変えずにそう呟き、ニコラスは手に持っていたナイフを再び、ミラルの首に突き刺した。

「――っ!」

 当然のように生じる激痛。その激痛にミラルが表情を歪めたのが、もう何度目なのかもわからない。

 ニコラスがナイフを抜くと同時に、大量の血液がミラルの喉から溢れ出し、足元の血溜まりを広げた。

「保持者の身体を瞬時に再生させる聖杯……実に興味深いですね……。これに比べれば他の研究対象なんてゴミですねゴミ」

 そんなことをニコラスが呟いている間に、激痛が徐々に和らいでいき、ミラルの喉の傷が塞がっていく。その様子を眺めつつ、ニコラスはさも楽しそうに笑みをこぼした。

「次はどこにします?」

「……最低」

「泣き叫ばないのですか……? のようにぃ」

 ミラルへ顔を近づけ、ニタリと厭な笑みを浮かべるニコラスを、ミラルはキッと睨みつけた。

「気に入りませんねぇ……」

「チリーは……くる……」

「来ませんよ」

 ニコラスのその言葉に、ミラルは顔をうつむかせた。

「来る……わよ……っ」

「来ませんよ絶対。何度言ったらわかるんですか……? もしかしなくても貴女、理解力がゴミですかぁ?」

 ――――絶対、来る。

 彼は必ず現れる。自分を助けるために、絶対来てくれる。そう信じることで、ミラルは精神を支えていた。何度も苦痛を味わい、絶望した彼女を支えているのは他でもない、チリーの存在だった。彼が助けに来ると信じることで、瓦解しかけている自分の精神を必死に支えているのだ。

「絶対来るって……言ってるでしょばかっ!」

 嗚咽混じりに、ニコラスへそう叫んだミラルへ、ニコラスは冷めた視線を送った後、小さく溜息を吐いた。

「来たところで何になります? 彼では私には勝てない」

「それでも……来る……絶対来るっ! 来なきゃ……」

 ガチャリと。ドアの開く音がした。


「来なきゃひっぱたいてやるんだからっ!」


 瞬間、ミラルの瞳に、あるシルエットが映った。

「ほぅ……」

 白い、ボサボサの長髪。強い意志の込められた真っ直ぐな瞳。頬に残る涙の跡……。

「もう……っ……遅かったじゃない……ばかっ」

 まるでタガが外れたかのようにボロボロと涙をこぼすミラルを見、その後ニコラスへ視線を向け、少年は――チリーは憤怒に表情を歪めた。

「ミラルに……何してやがったァァァァァッ!」

 雄叫びが、部屋全体に満たされた。





 コイツを頼む。それだけ言い残して、チリーは建物の中へと入っていった。

 冷たい少女を――ミレイユを抱えたまま、ニシルは悲しそうに目をミレイユからそむけた。

「一体……何があったんだよ……」

 ミレイユの死。それはニシルにとっても十分衝撃的だったが、それよりも驚かされたのはチリーから感じる神力だった。

 能力を使用していない状態で、あそこまでの神力が身体から溢れているのを見るのは今までで初めてだった。

 異常としか言えないチリーの膨大な神力。ニシルは、知らずそれに戦慄していた。

「チリーさんは中に誰も入るなって言いましたけど……心配ですね」

「でも僕とカンバーは負傷してるし、足手まといになるかも知れないのは確かだよ。それに僕は、能力を無効化されちゃうとニューピープル相手には太刀打ち出来そうもないしね」

 嘆息しつつそう言ったニシルへ、カンバーはそうですね、と深く頷いた。

「あの子……何なの……? 究極のニューピープルとは聞いていたけど、あんな……あんな規格外の神力……」

「わかんないよ……。チリーがあんな状態になってるの、僕も初めて見たし」

 心底驚いている。といった様子でそんなことを言ったリエイに、ニシルはそう答えた。

「兄さん、やっぱり僕らも……」

「やめておきましょう、クルス。ニシルさんの言う通り……足手まといになるだけです」

 建物の中へ入っていこうとしたクルスを制止するカンバーに、クルスはやや不満げな表情を見せたが、やがて納得したように頷いた。





 ミラルの足元に溜まっている、普通ではあり得ない量の血液。所々破れ、血の滲んでいるミラルの服。そして、ニコラスの手に握られている血のこびりついたナイフ。チリーは、それらを見て瞬時に、ここで何があったのかを理解した。

「テメエ……ッ!」

 拳を握り締め、歯をギリギリと軋ませながら怒りを露にするチリーへ笑みをこぼし、ニコラスは適当にナイフを投げ捨てた。

「聖杯の持つ回復力の実験です。すごいとは思いませんか? これだけ殺しても、一度も彼女は死ななかった! 何度やっても飽きま――」

 言い終わるよりも先に、ニコラスへ接近してきたチリーの拳が、ニコラスの顔面に食い込んでいた。

 チリーの全力が込められた右拳は、ニコラスをそのまま後方へ吹っ飛ばす。ドサリと音を立てて仰向けに倒れたニコラスの方へ、チリーは右手をかざした。

「ふざけたことベラベラ喋ってんじゃねェよこのクソ野郎が……ッ」

 チリーのかざされた右手の中に、柄が形成され、やがてそれは伸びていくようにして大剣の形を形成していく。一秒とかからず、チリーの右手には大剣が形成されていた。

「まったく……」

 呟き、ニコラスはゆっくりと立ち上がり、チリーの方へ視線を向けた。

「人の話を聞く耳もないとは……ゴミですね」

「テメエみてえな腐り切った野郎は人じゃねえ!」

「おや、貴方も人じゃないハズですが?」

 ニコラスがそう言うやいなや、チリーは大剣を構えてニコラス目掛けて駆け出した。

「ンなことは関係ェねェェェェッ!」

 跳躍し、降下と共にニコラスの頭上へと大剣を振り下ろす――が、

「だから無駄ですって」

 ニコラスが右手を伸ばし、チリーの大剣へ触れた瞬間、チリーの持っていた大剣は跡形もなく消え去った。

「――――ッ!」

 着地し、バックステップでニコラスから距離を取ると、チリーは身構えた。

「全ての神力は、私の前では無に帰る……お忘れですか?」

 悠然とした笑みを浮かべたニコラスを見、チリーは歯噛みしたが、すぐにニコラスへと接近する。

「だったら素手だ!」

 顔面へと向けられた、渾身の力を込めたチリーの右ストレートを、ニコラスは表情一つ変えずに首を動かして回避すると、右拳をチリーの腹部目掛けて突き出す――が、チリーはそれを左手でガッシリと掴むと、その右腕目掛けて右膝を思い切り叩き込もうとしたが、ニコラスの右拳はチリーの左手を抜け、右膝を回避する。

 そしてニコラスはチリーの顔面目掛けて勢いよく右回し蹴りを放った。

 回し蹴りの直撃したチリーの顔面は大きく歪められ、そのまま右へと吹っ飛ばされ、ドサリと音を立てて倒れた。

「チリーっ!」

 ミラルが叫ぶのと、チリーがよろめきつつも立ち上がったのはほぼ同時だった。

「徒手空拳でもかなわないということを、その身にじっくりと刻み込んであげましょう……」

「上等だ……やって見ろヒョロがァ!」

 対峙するチリーとニコラスに、ミラルは不安を感じずにはいられなかった。

 能力を無効化する上、徒手空拳でもチリーより一枚上手のニコラスに、チリーが勝利する姿が、ミラルには思い浮かべることが出来なかった。

 彼の勝利を信じたい。そう思う一方、圧倒的なまでの二人の実力差を、ハッキリとミラルは理解していた。

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