愛する会ったことのない貴方へ
「あのですね。私はデートを拒否しているのです。関わらないでください」
そう言ったのは、冷徹な令嬢として知られる、レイザ・ヴァンパ。
レイザは美しい銀髪をしている。それも、とても長い。瞳も銀色で、美しいと言って差し支えない。そして、驚くべき肌の白さ。絹のようである。
着ているドレスも品がある。紫色で、なんとも妖しい雰囲気だ。
そんなレイザは、男性に口説かれていた。
「レイザ殿、そこをなんとか……貴女のような、美しい方は、そういない。是非、我々と茶会を……いや、わかっております。嫌がっているということは。しかし、この機会を逃したくない」
「嫌がっているのがわかっているのなら、誘わなければいいのでは?」
しかめっ面のレイザ。その通りである。
「それは、認めます。しかしながら……」
「もう良い」
眼を細めたレイザ。一応、相手の男性の爵位は、レイザより上である。それなのに、この言葉。
「迷惑です。私には付き合わなければならない人がいるので」
「レイザ殿に、付き合っている殿方はいないとお聞きしましたが」
「います。現国王の息子……アルトラン・ディヴァイスです。アルトランの恋人であるこの私に、言い寄るとでも?」
「ア、アルトラン様!?……も、申し訳ございません。そういえば、用事を思い出しました……レイザ殿、またの機会に、お話していただけると幸いです」
「またの機会などない」
「は、はい。……アルトラン様に、何卒、良い印象を持ったとお伝えください」
「下がれ」
「はっ」
そう言うと、レイザを口説いていた男は去っていった。言葉尻といい、なんとも冴えない感じである。
レイザの隣で、事の成り行きを見守っていた、侍女のアルファが口を出した。彼女はメイド姿である。青いショートカットが愛らしい。
「レイザ様、貴女はアルトラン様と付き合ってなどいないのでは?彼らを追い払うための方便ですか?」
「真実です」
「え?」
「夢でお会いしましたので。婚約を申し込まれました。私はそれに応えねばなりません。それには、それなりの修行が必要。さあ、アルファ。もう少し歩を進めましょう。美しい身体を手に入れませんとね」
「ゆ、夢?レイザ様、それは流石にどうかと……」
「私に、意見するの?」
レイザは鋭い眼でアルファを見た。その瞳は厳しく、そして、涙が滲んでいた。
「滅相も御座いません。しかし、何故、泣いておられるのですか?」
「時間がないから」
「時間」
「アルトラン様は、病を患っておられます。それは、公表されていないこと。もう、残りの命は少ないのです。それなのに、勇気を出して、私に婚約を申し込んでくれた。きっと、霊力を振り絞ったのでしょう。その感覚が、痛いほど伝わってきました」
「……なるほど。レイザ様の霊力なら、有り得る話かもしれません。……いえ、失礼。レイザ様に間違うことなどありません。わかりました。このアルファ、誠心誠意、レイザ様のサポートをさせていただきます。しかし……もう少し早く言ってほしかったです。そういう事であれば、今宵から、ヘアセットの時間は倍にさせて頂きます。食事も、質素な、されど、体つきを良くする物に変更させて頂きます。構いませんね?」
「アルファ、まるで逆。構いませんね?じゃないわ。私は貴女を信頼してるのよ。異論のあるはずもない」
「光栄の余りで御座います」
アルファは美しく礼をした。洗練されている。ただの侍女ではない。
「いいのよ。さあ、散歩に参りましょう」
冷徹令嬢は薄く微笑んだ。レイザのことである。
その日から、レイザとアルファの生活は変わった。レイザを、より美しくするために。
細かい体重測定は勿論、身だしなみには最短の注意を払い、また、内面をアップデートするために、レイザはよく本を読んだ。
「レイザ様、コークル侯爵からのお茶会の招待が届いております。どうしますか?」
青髪を揺らしながら、レイザのヘアセットをしていたアルファが言った。
「コークル侯爵……確か、アルトラン様と知り合いだったはず。受けて、その誘い。絶対に行きます。アルトラン様に会うための手筈を整えねば」
「かしこまりました。しかし、コークル侯爵は、女好きと聞いております。くれぐれもご注意を。レイザ様へのアプローチも予想出来ます」
「構いません。それで、アルトラン様に関する情報が得られるのであれば」
端から見れば、異質なやり取り。まだ出会ってもいない男性に、恋をする女性。
その日、床につく時、レイザは夢を見た。アルトランとの夢。
レイザの姿はそのままに、美しい金髪の、アルトランの姿が見えた。
「アルトラン様、私、必ずあなたの傍に参ります。だから、待っていてください。どんな手を使っても、貴方に会いに行きます」
「ダメだ」
「どうしてですか」
「君の性格だ。君は無理をするに決まっている。こんな霊性に、付き合うことはないんだ」
「いいえ。私、それで幸せです。まだ見ぬ貴方に会えるのであれば、少しでも可能性があるのであれば、ずっと追いかけ続けます」
「君のことが嫌いだ」
「私を呼んだのに?」
「……あれは、偶然だ」
レイザは目を閉じた。偶然だと、アルトランは口にする。それが、わかる。嘘をついていると。自分を巻き込まないために、嘘をついてくれていると。
「嘘をつかないで」
「嘘ではない」
「それでも愛してる」
その自分の一言で、レイザは目を覚ました。天井が見える。柔らかいベッドに横になっている。
身体を起こす。ふう、と溜息をつく。そして、一言。
「見殺しに出来るわけないじゃない」
ベッドから出てから、レイザはアルファに挨拶をした。アルファはいつもメイド姿である。レイザは白のドレスに身を包んでいた。
「今日はコークル侯爵とのお茶会ですね」
「そうね。まったく興味は無いけれど」
「その態度、察されないほうが良いと思いますが」
「私は阿呆ではない」
レイザはクッキーを口にした。ただの甘いクッキーではなく、主に筋肉を強化してくれる、アルファお手製のクッキーだった。
綺麗に食べ終えると、レイザはすっと立ち上がった。
「出かけます。アルファ、今日はこの屋敷にいなさい」
「かしこまりました。馬車の用意はしてあります。どうか、お気をつけて行ってきてください」
「流石に根回しが早い」
「レイザ様の侍女ですから」
「私の信頼するアルファ」
レイザはフッと笑った。彼女が笑顔になるのは珍しい。
「行ってきます」
レイザは身を翻した。銀髪が揺れる。
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