時代が大きく変わる直前の物語
僕が入社したのは、まだ世の中にバブルの残滓が漂っていた頃だった。会社には地方出身者のための寮があり、運命か悪戯か、部屋は二人部屋だった。パソコンや歴史が好きで、どちらかといえば内向的な僕は、アニメや漫画といったものには全く興味がなかった。
先に部屋にいたのは、同じ部署の少し年上の先輩、佐々木さんだった。物静かな印象の佐々木さんの机の周りには、色鮮やかなアニメのポスターや漫画、そして精巧なロボットのプラモデルが並んでおり、僕の世界とは全く違う場所に住んでいる人のようだった。最初の頃は、何を話せばいいのか分からず、部屋ではお互いに黙々と自分の時間を過ごすことが多かった。しかし、ある夜、どうしても解決できないプログラミングのエラーに頭を抱えていた時、ふと見ると佐々木さんが複雑なプラモデルを組み立てていた。藁にもすがる思いで助けを求めると、彼はあっさりと間違いを指摘してくれた。その一件以来、僕は佐々木さんを見る目が変わり、彼の趣味にも少しずつ興味を持つようになった。
寮には同期も多く、田舎から出てきたばかりで頼る人もいなかった僕たちは、夜な夜な誰かの部屋に集まって、映画を見たり、ゲームをしたり、アニメの話をしたりした。その中で、僕たちの寮には一風変わった寮長がいたことを思い出す。彼は昔気質のオタクで、当時はコンテンツが今ほど豊富でなかったため、自分たちで何かを作り出すことに情熱を燃やしていた。インターネットもない時代、サークル活動が今よりもずっと重要で、皆で集まって作品について語り合ったり、自主制作の作品を作ったりしていた。
そんな賑やかな日々も、時間の流れと共に変化していった。同期たちもそれぞれに新しい友人や恋人ができ、グループは自然と別れていった。僕は、一人部屋に住む先輩の木村さんと過ごす時間が増えていった。彼の部屋は、お茶でも飲みながらゲームをするのに、気兼ねなく集まれる便利な場所だった。木村さんは、ゲームだけでなく、アニメやSF小説にも詳しく、彼の部屋で過ごすうちに、僕は様々なカルチャーに触れるようになった。
ある日、木村さんの本棚で見つけた第二次大戦をテーマにした漫画が、僕の漫画に対するイメージを大きく変えた。子供向けだと思っていた漫画が、深く重いテーマを扱い、リアルな人間ドラマを描いていることを知り、僕は少しずつ漫画というジャンルに惹かれていった。
何が気に入ったのか、木村さんは僕を彼の所属するサークルに連れて行ってくれた。それは、彼が大学時代に作ったものが社会人になっても続いていた、二次創作系のサークルだった。メンバーは皆、特定の作品に対する深い知識と愛情を持ち、熱心に議論したり、自分たちで作品を制作したりしていた。当時のアナログな制作環境では、情熱さえあれば誰でもものづくりに参加できた。絵が得意な人、物語のアイデアを持つ人、手先の器用な人、それぞれの得意なことを活かし、皆で協力して作品を作り上げていた。
当時の僕は、知識もなければ、情熱も技術もなく、ただそれを眺めているだけだった。先輩である木村さんは、その後転職してしまい、交流は途絶えてしまったけれど、あのサークルでの光景は今でも鮮明に思い出される。そして、最近になって僕は、彼らがなぜあんなにも夢中だったのかを知ることになった。AIを使って、自分が思いついた物語を作ってみたのだ。AIとの共同作業は、まるで昔のサークル活動のように、アイデアを出し合い、共に作品を創り上げていく喜びがあった。
あの時、ただ傍観していた僕には分からなかった、創造の奥深さと楽しさ。時代は大きく変わったけれど、あの頃出会った「昔気質のオタク」たちの情熱は、形を変えながらも、確かに今に繋がっているのだと感じている。