【第6話】愛へさかのぼるルート
オー……ホオーゥ……!オー……オォー……!
「ユスティニさーん!!!」
巨大な雪のカタマリの手が開かれる。ユスティニは地面に伏せて難を逃れていた。剣は鬼の足元に飛ばされている。
雪の両手へジュゼは剣を叩きつける。何度も、何度も!鬼が動きを止めている内に、ユスティニは自分の剣を拾って、大きな雪の像の左手側へ出る。そして剣で鬼の左肩を貫こうとした。しかし大木の根っこみたいに広がった<吹雪の鬼>の左手で、彼の剣はつかみ取られてしまう。
降雪が静かに成ったので、ジュゼは残った体力を振り絞り、まるでオーケストラの指揮者のようにグレートソードを右から左へ、左から右へ振るう!戦いの主導権は今、紛れもなく彼女にあり、ジュゼは戦いの場を完全に仕切っていた。
「ハァーーーッ!!」
女剣士と彼女の剣が吹雪を呼ぶ!<鬼>の動きは次第に鈍り始め、凍りつき、ついには動かなく成った。それを見て、ユスティニはつかまれている剣を、そのまま押し込む。
「ヤァーーーッ!」
鬼の正面に立つジュゼは、その腹部へグレートソードを突き入れる。
「エエーーーイッ!!」
こうして<吹雪の鬼>の体は崩れ去った。
残る<鬼の念>が、ジュゼの優しさに誘導され、慈しみによって怒りも嘆きも和らげられる。そしてついには、彼女の愛に包み込まれて跡形なく消え去ったのであった。
* * *
離れて見ていた村の人たちから歓喜の声が上がる。女剣士は大剣を鞘へ収めると、そちらへ手を振ってみせた。
「今回の鬼は強かったんだろう?今後も現れるかも知れないよな」
「ありがとう。助かりました」
ジュゼはそう言うものの、態度で相手を突き放す。
「まだ旅を続けるのでしょう?私も一緒に……どうかな」
うつむくジュゼ。身を硬くして考えている。
「あなたはどうなの?身寄りの方はどうするの」
「居ない」
ユスティニは短く返答した。
「私一人だ」
彼はジュゼの前へ出てから一度、村人たちの方を振り返る。そして彼女へ微笑んでみせた。
「ジャガイモはどうするの?あなたが居ないとワクツルの村が困るのではなくて?」
「育て方は村長と若者たちに引き継いだ。心配いらん」
「前にも言ったけど、私はあることを追及していてね」
黙って聞いているジュゼへ語るユスティニ。
「私たちの生きる力……生きよう、強く成ろう、優しく成ろう、食事しよう、遊ぼう、歌おう、人生を楽しもう、人を助けよう、支えよう……誰かを好きに成り、自分を高める。そういったチカラは、元を辿れば<愛>へ行き着くのではないかと感じているんだ。町で調べたり、自分自身との対話を重ねている」
「元を辿れば愛へ?」
「そう、生きる力から愛へ遡るルート。必ずあると思うんだよ!そしてそれは他の人と共有できる」
ジュゼは何となく分かっていた。彼が言うものの先で何が待っているのかを。ユスティニは大股で自分の家へ戻ってゆく。子供や若者たちと、手を振ってあいさつした。彼ら彼女らの笑い声がジュゼへも届く。
* * *
翌朝、日が昇るよりも早く、再び旅へ戻る支度を整えて家を出たジュゼを、村長とユスティニが待っていた。
「何もお礼できませんが食糧を少しご用意しました。持って行ってください。鬼の件、感謝しています」
「ありがとう。受け取らせて頂くわ」
村長は隣の男性を見る。
「あなたを失うのは正直言って手痛い、ユスティニ。けれど、あなたのような生き方もあるのでしょう。村のことは心配なく」
気を利かせて村長はその場を去った。二人きりだ。雪はそっと、二人へ降っている。
「すまない、女性の扱いが下手で」
「変に女性の扱いが上手すぎるよりも、よっぽど信用できます」
率直な愛の交換が少ない。人はもっと素朴でいい。素朴に愛し合えばいいのだ、ありのままに!
「二人で旅しないか。お互いの求めるものを支え合いながらさ」
「ユスティニさんは、愛へ遡るルートを?」
「うん!」
彼は帯剣して、旅支度を済ませてある。
「お互いの冒険に付き合うんだ。それならば効率いいだろう?」
正直、ジュゼは今の「冒険」という言葉に救われた思いだ。気が楽に成った。自分は旅をしているのではなく冒険している。そう思うことで彼女の若さは蘇った。
少し下を向いてから彼へ笑顔を見せようとするジュゼ。怖れることも、遠慮する必要もない。自らの本能に忠実に従って愛へ遡れ。それが人の自然な姿だからだ。
握手しようと右手を差し出すユスティニ。ジュゼはその手を握っただろうか。
春が訪れ、吹雪の季節は終わった。
白いコートとブーツから、ベージュのコートと茶のブーツへ着替えたジュゼ。その後、ジュゼと男性剣士が仲良く寄り添い合う姿や、お互いの気持ちを確かめ合うようにキスする姿が目撃されている。
吹雪の中の女剣士ジュゼよ、いつまでも幸せであれ!
終わり。
最後まで読んで頂き、誠にありがとうございました。楽しんで頂けていたら嬉しいです。次の作品でもお会いできるよう、がんばります!^-^ノシ