【第5話】色鮮やかな黒
寒空の下、ジュゼは次に<吹雪の鬼>が現れそうな場所を探して、村とその周囲を見回っている。彼女の後をユスティニが追いかける。
「あなたを手伝いたいんだ、ジュゼさん」
「お断りよ!」
低く垂れ込めた雲の向こう、ずっと遠くに、黒く山々の裾が見えている。ワクツルの村から見える景色は、まるで黒く縁どられているみたいだ。
黒は死の色。罪の色。大人の色。夜の色。彼女の髪の色、そしてプライドの色。全ての色彩を飲み込んで単色に塗り替える力を持った黒。それを「色」であるとして良いのか分からないが、申し出を即座に断ったジュゼのプライドの色は、それはそれは色鮮やかな黒であった。
「見てくれ。こうして毛皮で防寒対策をして来た。剣も持っている」
「あのう……ついて来ないでくれる?」
「ついて来ているんじゃない。女性をお守りしているんだ」
村の周囲には十分な雪が積もっている。数ヶ月は水に困らないだろう。次に<鬼>が現れたら、今度こそ決着を付けなければ、この戦いは長期化しかねない。そう思いながらジュゼは<吹雪の鬼>が宿りそうな場所や物を探している。
「訊くけど、鬼と戦ったことは?そもそも、剣を振るう経験は持っているのかしら?」
ユスティニは左腰の鞘から剣をちょっと引き抜いて戻した。チンッ!と小気味良い音を立てる。
「有るとも」
* * *
「あなたのプライドが高いことは分かっているつもりだ。だけど、それだけで信念を貫こうとしてはいけないよ」
「あたしは、そこまで一直線ではなくてよ!自分の長所も短所も把握しています。それより、あたしについて来たら、村のこと、ジャガイモのことはどうするの?」
「私のやることは、村の者たちならば分かってくれる。大丈夫さ」
村とその外周を一回りして、ジュゼとユスティニは村の真ん中に立っている、大きな楠のところへやって来た。ベンチは子供たちが奪い合って遊んでいる。一息ついているところへ一陣の風が吹き、降って来る雪をかき乱す。女剣士は直感した。来る!
鬼の哭き声は村の東の端にある、池の方から聞こえ始めた。走ってそちらへ向かうジュゼと、その後を追うユスティニ。池が見えて来た。その手前にはジャガイモ用の畑が広がっている。
ある「一点」へ雪が集中し始めた。そこには雪で作られて、赤い南天の目が飾られている、小さなウサギの像。<雪ウサギ>は見る見る内に重い雪を吸収して、頭のてっぺんまで5mもある<吹雪の鬼>と化した。
こちらへ歩いて来る。その足元には畑が!
「ここで戦えば、ジャガイモ畑が荒らされてしまうわ!!」
「畑ならば、また作ればいい!今は鬼の相手を!」
その場の気温が下がって行く。鬼と二人の男女の間を吹雪が通り過ぎた。
* * *
すぐ近くにある池が凍りつく!ビキビキと音を立てて池の周辺から中心へ向かって、すごい速さで凍結してゆく!そこかしこで草花が氷漬けになっている。ニワトリが騒いで、小屋から逃げ出そうと暴れる。
「ケリをつけるわ!手を出さないで!」
「私にだって手伝うことぐらい出来る。二人で戦おう!」
「でも……!」
鬼との戦いに参加しようとするユスティニ。断るジュゼの声に「怖れ」の感情が混ざっている。それは何ごとかを「失う怖れ」?それとも何かを「得る怖れ」なのか……?
二人は武器を手にして鬼と向き合った。もうすでに畑は踏みにじられている。ジュゼの心は痛みを感じたが、今は鬼と戦うのが先だ。前回に見た時よりもずっと大きくて、その分、動きが鈍いように見える。村の中央付近には子供と若者、それに大人さえも、女剣士たちの戦いを見守る村人が集まりつつあった。ワーワーと歓声が上がっている。
動作が緩慢に思えた鬼――しかし素早くジュゼへ右腕を伸ばして来た。ユスティニは彼女を守れる位置に居たのに、そうしなかった。体を張ってジュゼを守らなかった。女剣士はケガをしたようだ。
「私がやられてしまっては、誰もあなたを援護できなくなる!」
そう叫んだユスティニをジュゼが見た瞬間、<鬼>は巨大な両手をバチン!と打ち合わせた。その間にはユスティニが立っていた。