【第4話】悲しみの違う側面
その日の夜。ジュゼが借りている家をユスティニが訪れた。冷え込んでいて、吐く息が白く散る。出入り口の扉を少しだけ開けて、ジュゼは問い掛けた。
「何かしら」
「毛布を持って来たんだが……」
扉の向こうから手が伸びて毛布をつかみ、引き入れる。
「ありがと」
ピシャッ!と扉を閉められた。
翌日の昼、若者たちと畑の世話をしているユスティニ。そこへジュゼが現れた。気を利かせてなのだろう、その場から離れる若者たち。空は鉛色でかなり冷える。
「あの……昨日の夜。毛布、ありがとう」
ユスティニは女剣士の方を見ずに話そうとしかけたが、やはり、そちらへ向き直って述べた。
「いいんだ。あれは、ある家で毛布が余ったんで、あなたのところへ持って行ってはどうかと言われてね」
「……対応が悪かったわ。ごめんなさい」
「ううん、気にしていないよ」
ジュゼは畑を踏まないように気を付けて、ユスティニの近くへ歩いて行った。
「これは何の畑なんですか?」
「ジャガイモさ。これがもっと量産できるように成れば、村の食糧事情は大幅に良く成るはず」
それまで畑を見ていたユスティニは、急にジュゼへ顔を向けて真剣な目で女剣士を見つめる。
* * *
「あなたの旅の目的は何なのだ、ジュゼさん」
女剣士は顔を背けた。
「それ以上、詮索しないで」
そう言ったものの、彼女はユスティニから離れようとしない。もっと話し合いたいのかも知れなかった。旅先の村で、深く心を通わせられる人と出会うというのは滅多にない。
「自分の時間を大幅に使って、自分の人生を犠牲にしている」
「それ以上、あたしの心に踏み込まないで」
雪がはらはらと降る中で、二人のやり取りを数人の若者が、少し離れたことろから心配そうに眺めている。
「そんな生き方、悲しいじゃないか……!」
腹の底から声を絞り出すように、ユスティニは低い声で思いを露わにした。確かにその通りではある。
ジュゼは短い出会いと別れとをくり返す内に、人の世の無常、あるいは人というものの深い悲しみを覚えるようになった。彼女の内にある心の陰影は、こうして作られる。悲しみはジュゼの心を深めた。そして、だからこそ彼女は<鬼の念>を解消できるとも言えた。
彼女は反論しようとする。
「悲しいかも知れない。でも、それはまだ心が……!」
そう、まだ心が死んでいない証拠でもあるのだ。
* * *
人は喜びよりむしろ悲しみを覚えることで、まだ自分の心が死んでいないことを確認できる。それは、悲しみの持つ、「感情」とは異なる側面であろう。
ここまで、距離を取って二人の会話を見守っていた若い女子の一人が、女剣士の元へ足早に寄って来た。
「ジュゼさーん」
「大丈夫よ、ありがとう。気遣ってくれて……!」
荒れた土地の村を巡り、彼女はこれまでに多くの人々のところへ雪と飲み水をもたらして来ている。それは、ジュゼの心が生きているからこそ為せる業であったのだ。
「あなたのしていることは、確かに素晴らしい。だけど、それだけがあなたの喜びでいいのかい、ジュゼさん!」
その指摘の内容は、彼女が日々、心の中で自分に対して何度も問いかけているもの。十分すぎるほど良く分かっている。ジュゼは男へ、叩きつけるように叫んだ。
「だけど、何もしない訳に行かないじゃない!!」
一人旅に出て以来、初めて本心を他人にぶつける。傍に来てくれている若い女子が、うわーんと泣いてしまった。
「ごめんね!」
ジュゼは彼女の両肩をそっと支えながら顔を覗き込んで言った。凍えるような雪景色の中、ジュゼは娘さんを自分のコートの内側に入れてハグし、その冷えてしまった身体を温める。
「ごめんね、驚かせちゃって。傍に来てくれてありがとう!」