【第3話】暁に聞く子守唄
……坊や~は~…………ねん~ね~し~な~……。
微かに聞こえる歌声でジュゼは目覚める。こんな朝早くに……?
ワクツルの村は人口160名を超えていて、その多くが若年層という珍しい村である。働き手の中心である三十代から四十代の者が少なく、若者とお年寄りが労働力の中心と成っている。
若者たちも、じきに経験を重ねて頼もしく成ろう。物質的には豊かでなくとも、希望を持てる村だ。しかし中には病で、死の際にある者も居た。その夜、長い病にある者が一人、息を引き取った。村の大人たちは朝まで対応に追われて、日の出の時刻に成る。
また一方で新しい生命も育ちつつあった。母親の不在で目を覚ました子供を、おんぶして寝かしつけようとする、若いお母さんが子守唄を歌う。
「坊や~は~ 良い~子~だ~ 寝んね~し~な~」
何という柔らかな歌声だろう。
「いい子は、お母さんの歌を聞いて、寝んねしようね~」
生と死。若々しい生命と去り行く生命。こうした命の循環こそ祝福されよ。
そんな中で、ユスティニのような男性は貴重な人材だ。体力も腕力もあり、経験を積んでいて、ジャガイモの栽培を試すような活力にも満ちている。若者たちは彼から仕事を教わり、子供たちにとっては、ちょっとした先生でもあった。
朝もまだ早い。そっと家から外に出るジュゼ。お日さまがまぶしい。もうすでに食事の支度をする人の姿がちらほらと見られる。おはよう、と声を掛けた。
「おはようございます、ジュゼさん。すぐに朝ごはんの用意をしますね。白いご飯に卵と漬け物とスープ。召し上がってくださいな」
* * *
昨晩、病人の最期を看取ったユスティニは、自宅で仮眠を取っていた。浅い眠りの中で彼は夢を見る。……その旅人は、ユスティニが昔、愛していた女性にとても良く似ている。
「やめて。あたしは誰にも似ていないわ。あたしはあたしよ」
――すまない、ジュゼさん!でもどうしようもないんだ。君を、君のことを愛している!
「そんな愛し方はやめて。……あたしはジュゼなの。この世に一人だけしか居ないわ……!」
扉を叩く音で眠りから覚めた。疲労が取れていない。それでもユスティニは手探りで家の扉を開けた。外の光が明るすぎて目を細める。若者が三名、家の前に立っている。畑の世話と屋根の修理を教えて欲しいと言っている。
一人で暮らしているユスティニは、彼らに笑顔で返事をした。急いで支度をして土間から外へ出る。水を多く含んだ重い雪が降っている。こんな気候がいつまで続くんだろうと思ったその時、突風が立て続けに数回、吹き付けて、遠く……遠くから鬼の哭き声が届く。
オー……オォー!オー……ホオォーー……!!
<吹雪の鬼>は今回、村の真ん中で実体化した。気付いたジュゼも、食事を中断して家を出た。辺りは騒然としている!
「逃げて!皆、家の中へ早く!!」
ユスティニは家へ戻ると、古い剣を持ち出して女剣士の加勢に回った。そして彼はジュゼのグレートソードを見たのだ。そこには六つの文字が刻印されている……「氷原」……それから「吹雪」とも読み取れた。
あれはもしかしたら、話に聞いていた「言葉の剣」では!?
* * *
その所有者に特別な力を与えると伝わっている、オリハルコンの剣。まさかジュゼがその持ち主の一人であろうとは。
「こっちに来ないで!今回で決着をつけるから!!」
そう言うなり女剣士は<吹雪の鬼>の注意を引き付けるために、雪のかたまりである太い脚へ大剣を叩きつける!ユスティニは雪の寒さに慣れていないので、引き返そうとした。けれども一つだけ、その場で確認したいことが有ったのだ。
「あなたは言葉の剣士……そうなんだろう、ジュゼさん!村へ雪や吹雪を呼んでいたのは、やっぱりあなただったんだね?」
女剣士は吹雪を呼んで鬼を凍りつかせ、その体を崩壊させるつもりで居た。しかしユスティニがその場を離れなかったので呼べなかったのだ。彼は防寒着を装備していない。だからジュゼと、その剣が呼ぶ吹雪に耐えられない。そう判断して決着を見送ったのだった。鬼には逃げられてしまった。
剣を鞘に収めたジュゼは、少々考えた後でユスティニの前へ来る。
「あなたが居たから、ケリを付けられなかったわ!鬼のことは、あたしに任せてください」
落ちて来る、鬼の名残の雪を手に取り、ユスティニは甘く、しかも苦々しく言った。
「捕まえようとすると消えちまう。ジュゼさん、まるであなたのように」
女剣士の心が揺らぐ。そして問いとして口から出た。
「あなたは何なの?ただジャガイモを試しているだけの人ではなさそうね」
「私は、愛へ遡るルートを探しているんだ」
「……愛へ!?」