【第2話】ダイヤモンドダスト
夜の内に鬼は現れなかった。翌朝、気温がぐっと下がって日の出を迎える。
村の空気が凍りつく。物理的にである。ワクツルの村は空気の結晶……ダイヤモンドダストという現象で着飾っていた。どこを見渡しても空気そのものが朝の日の出を反射して冷ややかに光っている。
すでに、そこかしこで働く人たちの姿を見つけられた。村の中央には「守り神」のような大きい楠が枝を広げている。その下には三人掛けのベンチが一つ置かれていて、子供たちの特等席に成っている。
ジュゼは貸し与えられた家を出ると、それとは別のベンチへ向かい、積もった雪を丁寧に払いのけて腰かける。村の人たちは、そちらを見ないようにしながら気にかけていた。すると彼女は、やおら歌い始めた。村人たちを懐柔するためではない。自然と出て来たものだ。雪に紛れる白い女剣士は、大昔の人間のように「霊」で歌った。子供や若者がそちらへ寄って来る。
「キラキラ宙を舞う 空気の子供たち
まばゆく お日さまを映し出す ダイヤモンドのよう
キラキラ宙を舞う 輝かしいドレス
はるかな 氷原を渡ってゆく ダイヤモンドダスト
つかまえて遊ぼう! ほら、飛んで消える前に」
まるで冬の青空のごとく光に満ちて、避けられない新たな運命を予感させる歌声であった。彼女が歌い終わる頃には、三十人近い村人に囲まれていた。その中には大人の姿も見受けられる。
* * *
「お姉ちゃん、鬼と戦うの~?すごい!」
「ねえ、やっつけられる!?お姉ちゃん強いのー?」
「もっと歌ってよ。歌を教えて!」
子供や若者たちは早くもジュゼを快く迎え入れたようすである。若い男子はまだ遠巻きにしているが、女子は早くも近寄って自分の気持ちを打ち明けた。
「ジュゼさん、どうして旅してるんですか?私たちと一緒に、ここで暮らしませんか……!」
「ありがとう。うれしいわ!でも今は旅をしていたいの」
村長とユスティニが現れた。昨日、とっさに行動してくれた礼を述べる。ジュゼは、被害が少なくて良かったですねと応じた。
女剣士は腰の鞘を自分の膝の上へ横たえて、ベンチへ腰かけている。一人の男の子がベンチの端から近づき、彼女の紫色の鞘を、人差し指でそーっと触った。
「スゲー!!本物の大剣だ!」
「コラ!いかん」
ユスティニが、男の子の手を「しっぺ」するフリをして女剣士から引き離す。ジュゼの紅い唇が笑う。ユスティニは思わずそちらを見た。
「何もない村ですが、食事をご用意しました。すぐにお持ちします」
そう村長は言った。彼はまだ女剣士を雇うとは言っていない。けれどそれが、少なくとも「客人」をもてなす態度だと考えたらしい。これへユスティニも、うなずいて言う。
「うちのジャガイモも食べてくれ。力が出ないと<鬼>とは戦えないでしょう」
* * *
家に戻り、女剣士はお言葉に甘えて食事させてもらった。ダイコンやニンジン、それに小さなジャガイモの入ったスープである。旅人にとって温かい食事は何よりの楽しみであろう。
朝食が終わるとジュゼはユスティニという男性に、村の畑を借りて手入れしているという、ジャガイモ畑を見せてもらった。歩きながら話す。
「町であなたのウワサを集めました。一人で鬼退治する色白の女剣士だと。内面も立派という話です」
これへジュゼは、さも驚いたという風に応えた。
「あなたは……ウワサとお話をするタイプの方なの?」
「い、いや、そういうつもりでは」
「ううん。冗談よ、ウフフ!」
「何と!いやはや、お人が悪い。ハハハ!」
ユスティニは春と秋に2回、ジャガイモを作っている。今は畑を休ませているのだ。同じ畑を連続しては使えないためである。
「まだ大きなイモはとれないんだけど。これが成功すれば、それこそ村の貴重な食糧に成ります」
「素敵なお仕事ですね」
「あなたこそ素敵だ、ジュゼさん!」
「やめて。今のは聞かなかったことにしておきます」
二人の会話が途切れるのを怖れて、ユスティニは質問する。
「なぜ旅を?町では水と雪を置き土産にする、雪女のように美しい女性だと評判でした」
「ありがとう。美しいかどうかは分からないけれど、旅が好きなので」
そう言ってジュゼは会話を打ち切り、自分に与えられた家へ戻ろうとする。そこへ村長がやって来て告げた。
「あなたを雇います、ジュゼさん。よろしく。でも謝礼はあまり期待しないでください」
「承知しました。鬼退治をお引き受け致します」
吹雪とともに現れる麗しき女剣士ジュゼは、腰の剣の柄に左手を添え、そう応じたのであった。