【第1話】とどろく怪物の叫び声
これを読んで頂くより先に、「吹雪の中の女剣士」を読んで頂いた方が楽しめると思いますが、今回の作品だけでも十分、読めるようにしてあります。以下は第6話までのタイトルです。あらかじめ表示しておくと、それはそれで楽しめるかなと思い工夫しました。
【第1話】とどろく怪物の叫び声 【第4話】悲しみの違う側面
【第2話】ダイヤモンドダスト 【第5話】色鮮やかな黒
【第3話】暁に聞く子守唄 【第6話】愛へさかのぼるルート
冬の終わりに大雪が降る。
森の上にも、山の上にも、ワクツルの村にも、女剣士ジュゼの肩の上にも。無造作に見えるけれども平等に、皆の上に降っている。大雪は豊年の前兆だという。
すでに話題となっていた。雨の少ない荒れた地で暮らす人々のところへ、珍しい雪がたくさん降って、同時に<鬼>が現れ人々を害するという内容で。
ここワクツルでも鬼が出て暴れ、大きな傷跡を増やしつつあった。村の入り口で村長が、一人の長身の女性と話をしている。まるで「雪女」のように白く美しいご婦人。しかし近くで見れば「大剣 グレートソード」で武装した女剣士のようす。村長は四十代の男性、女剣士は二十代後半から、見ようによっては三十代前半とも思えた。
「あなたを雇えません。私どもの村は金貨を支払えないのです」
「無ければ携帯食糧でもいいわ」
周りを山に囲まれていて、谷の川までは遠い。池はあるが作業用の水にしかならない。村人たちは子供や若者が多く、わずかな根菜類や、ちょっとした小物を作り、町で取引して生活している。村の裏の林も一面の銀世界だ。飲み水の元として、村人たちの役に立っている。村長は一週間前から雪が降り始めたと言っていた。そして三日前に<鬼>が暴れ始めたと。
ジュゼは自分の位置から見える村の内部を観察する。やはり屋根や枯れ井戸が潰されているようす。<吹雪の鬼>に違いない。そう思っていた矢先……オー……オオー……オーゥ……!
* * *
オー……!オーオー……ヒュルルル……オオー……!!
逆巻く風の音に混じって<鬼>の哭き声が近づく。
「いけない、こっちへ来る!」
女剣士の予想通りに現れた。ドシン、ドシン!と足音がして村の中に<吹雪の鬼>が実体化する。黒くぼやけた両目、歪んだ口元。人が持つ、良くない感情を寄せ集めたような心で鬼は哭く。
オーオー!オー……オオー……!
村人たちは家の中へ引き返した。悲しみ泣くような、もだえ苦しむような声を上げて、人の姿をした高さ3mの雪の魔物が村の家々を物色する。
「失礼します」
剣を抜き放ち走るジュゼ。
鬼は木造の家の扉をこじ開けようとしている。いけない!注意をこちらへ向けるため、女剣士は走って<吹雪の鬼>の眼前へ出る。しかし……しまった、地面がぬかるんでいる。勢いよく転倒し、尻もちをついて身体を両手で支えた。鬼がこちらをじっと見ている。そして左手でゲンコツを作り、ジュゼへ向かって放って来た。当たれば圧し潰されてしまいそうな巨大な拳!
間一髪、鬼の脇から男性が一人現れて、振り下ろされる鬼の左腕へ体当たりする。雪のかたまりで出来た硬い左拳は逸れて、危うく地面を強かに打った。
「あなたは誰っ!?」
「立ち上がってください!」
<鬼>が体勢を立て直す前に、ぬかるみの中で身体を起こし立ち上がるジュゼ。雪どけ水が、背から幾筋も滴り落ちる。
* * *
オー!ホオー!!オーオー!と抗議の声を上げる<吹雪の鬼>。女剣士のピンチを救った男性は武器を持っていない。ジュゼがその前へ出ようとすると、鬼は突然吹いて来た雪風とともに消え去った。
「危ないところでしたね、ケガはありませんか?」
男性は年齢三十代半ばと見える。背たけはジュゼよりも少し低く、がっしりした体格をしている。顔は厳しくも、優しい目が印象的で、アゴに無精ヒゲがちらほら生えている。
「ええ、ありがとう。助かりました。どこにもケガは無いわ……!」
ジュゼが名乗ると男性も、自分はユスティニという名の、村の働き手だと語った。微笑む女剣士。
「左ほほにエクボ。やはりあなたは……!」
彼女の気高いたたずまいを見て、ユスティニという名の男性は、ジュゼについて聞いていると言った。
「吹雪とともに現れる女剣士。雪女にさえ似た、美しくも白い戦士のことは村でも話題に」
「そう……よろしく。あたしを呼んだのは、どなたかしら」
二人のところへ数名の若者が駆け寄って来た。自分たちが<剣士ジュゼ宛て>の手紙を出したと。歳若い村長はそれを見て告げる。
「まだあなたを雇うとは言っていません。ですが、もうすぐ陽が落ちます。夜は危険ですので、こちらで休んでください」
村にある空き家へ案内してくれた。
<鬼>はいつ来るか知れない。今の内に回復しておくと良かろう。