序章
宿から飛び出してからどれくらいの時間が経っただろうか。飛び出した時は薄暗かった空もすっかり明るくなり気づけば周りに建物はなく目の前には木々の密集した姿しか見えない
「とにかくどこか隠れられる場所を...」
そう呟いた俺は森の中をさらに奥へと進んでいった。
俺の名前はトリス。バー・サレイン王国の下級貴族として生まれた。5年前に王国を襲ったドラゴンを激闘の末倒した功績によって本来下級貴族ではなることのできない王国の外に出る地理情報隊の隊員になることができた。地理情報隊員になれた大きな理由の一つは間違いなくドラゴンを倒した功績だがもう一つの大きな理由として地理情報隊隊長のライカ―さんの進言もあると思う。上流貴族出身で上流階級の貴族としては珍しい差別をしない人格者として中流、下級貴族たちからの人気が高くそれに加えて腕っぷしもたつ彼の進言には下級差別をしている上流階級の貴族も真っ向から反対することはできなかった。そうして5年間真面目に地理情報隊として近年現れた異常気候の解明や地図の作成、未知の土地の解明をおこなっていたが昨夜に事件は起こった。
地図の作成のためにとある街の宿で俺は隊長のライカ―さんに自室に呼び出された。なんで隊長はこんな夜中に俺だけを呼び出したんだと思いながら隊長の部屋のドアをノックした。
「入れ。トリス」そう言われて俺は部屋の中へ入った。今になって考えるとこの時始まったんだと思う。俺たちの長い旅が。
部屋の中に入るといつも笑顔の隊長が怖い顔をして宿の椅子に座っている。
「どうしてそんな怖い顔をしているんですか?」
不思議そうな顔をしながら聞くと隊長は深刻な顔をしながら話し始めた。
「驚かないで聞いてくれよトリス。今お前は国宝窃盗の容疑をサイレン王国でかけられており近いうちに逮捕されるらしい。」
「そんなことしていません!それに王国の国宝なんて今初めて聞きました!どうなっているんですか!」
俺は無意識に隊長に向かって大声で訴えていた。隊長はそんな俺を見ながら静かな強い声で話し始めた
。
「そんなことは知っている。だがもうすぐお前は逮捕されるだろう。逃げるなら今しかない。いますぐ逃げろ!」
「でも、ここで逃げてしまうと罪が重くなってしまうのではないですか?」
そう聞いた俺に隊長は冷静な声で答えた。
「このような事件は普通警備部隊が捜査・逮捕を行うのだが今回の件に警備部隊は絡んでいない。上流階級貴族の誰かの匿名通報によるものなので騎士団によって捜査・逮捕が行われる。俺は上流貴族出身だからわかるのだが上流貴族の匿名通報によって逮捕されたものは必ず処刑される。」
俺は突然の状況を理解することができず固まっていた。そんな俺に向かって隊長は話を止めず話し続ける。
「何度も言うがお前が盗んでいないのはお前とともに行動していた俺が一番よく知っている。いくら上流貴族でも冤罪をかけることはできない。少なくとも国宝が何者かに盗まれ犯人をお前だと断定する証拠・証言があるのだろう。今日の定時報告の際にこの情報を伝えられた。」
淡々と話していた隊長だったが突然黙りこみ静かに涙を流し始めた。涙を流しながら隊長は話す。
「このままではお前は処刑されてしまう。現在騎士団がこちらに向かっているそうだ。到着は明日の朝だと聞いている。だからトレス!今すぐ逃げろ。今ここから逃げると明日の昼には指名手配をされるだろうが俺がお前の冤罪を解くまで隠れていてくれ。俺が必ずお前の無実を証明する。」
隊長の話が終わった。俺が国宝窃盗や指名手配の犯人にされているのはなんでだ?隊長はどうして俺を逃がしてくれるんだ?いろいろなことが分からなかったが逃げないといけないということだけは理解できた。自分の部屋に戻り逃げる準備をした後最後に隊長の部屋の前でお辞儀をしながら
「自分が無実の証拠と真犯人を探しながら逃げ延びます!お世話になりました!」
「隊員を守るのが隊長の責務だ。」
扉の中から小さくしかし力強い声で聞こえてきた。そのかっこいい声を聞いた俺はまだ暗闇に包まれている道を風に乗って走っていった。