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巡礼の子  作者: 日根野 了太
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第三部 巡礼の子 8 聖地ランプーンと聖地長安

 シャシャンカに向かって剣を振り下ろそうとしたキキの手をなにかが止めた。


 視界の隅に一瞬見えた気がしたのは頭に矢の刺さった男。それは幻だったが、その姿に反応したキキは横に跳び、背後から迫っていたバロン・ナーガの刃をかわす。


 直後、傷口が開いて倒れるナーガ。


 シャシャンカの次の攻撃が繰り出されると同時に、キキは大きく跳躍した。


「たああああっ!」


 薙ぎ払われた斬象刀の剣筋を飛び越え、シャシャンカに体当たりする。激しくぶつかり、二人はもつれあいながら床を転がる。


 キキは仰向けに倒れたシャシャンカに馬乗りになり、剣を首筋に突き付けた。


「私の勝ちね」


 シャシャンカは無表情のまま、キキを無機質な目で見つめた。


「さっさと殺したら? 死んでほしかったんでしょ?」


 キキはそれには答えず、バロン・シャシャンカから離れると、横たわるナギのそばにしゃがみこんだ。胸の傷口に手を当てる。


「……なぜ……私を助ける」


「この白魔奈は私のじゃない。あんたの父上と母上、それと、シュワンから借りたものだ」


 シャシャンカが背後で立ち上がり、近づいてくる。足取りはおぼつかない。


「あんた、さっき頭を打っただろ。じっとしといたほうがいい」


 シャシャンカはそれには答えず、黙ってしゃがみこむと、ナギの手を握った。目に涙を浮かべている。


「あんた、感情が」


 そこにラヴォ兵たちが入って来る。


 ガイヤンの死体を見て歓喜する兵士たちに向かって、キキが恫喝する。


「敵方でも、その者は王都の元宰相だ! 丁重に扱え!」


 ナギが苦しそうに目を開ける。傷はふさがったが、顔面蒼白だ。血を流し過ぎている。その目は、自分がもう助からないことを悟っていた。


「ナギ、あんたに伝えておくことがある」キキはやさしく語りかけた。「あんたの母上が、復讐はやめろって。それと、旦那さんはきっと生きているよ」


「そうか……ありがとう。白魔奈のおかげで……少しだけ、話せるようになった」


 ナギは焦点の合わない目でシャシャンカを見る。


「シャシャンカ、死ぬ前に言っておく。おまえが生まれる前に広成が付けたおまえの本当の名は——」



   ※



 ヴィルシャナ王の葬儀のあと、王族や大臣に囲まれたヴィシュヌが王冠をかぶる。


 即位の儀式の最中、スパルナはとなりのバロンに向かって小声で言う。


「ぬかりはないな」


「ああ、不安分子は全員始末した」


 民衆の前に出て歓声を受けるヴィシュヌ女王の姿をまぶしそうに眺めながら、スパルナはガルーダの就任式でのことを思い出す。クリシュナ派の残党が放った矢をこの新たなバロン・クトット——アンガが剣ではじいて防いだ。


 それを機に、スパルナはアンガに命じ、先手を打って暗殺を遂行していった。その標的の一人は王だった。アンガの血をまぜた飲み物は自殺や同士討ちを誘発した。


「汚れ役はすべて私が引き受ける。なにがなんでも、ヴィシュヌ様の治世を守り、ラーマを崑崙城に送り届けるんだ」


 ボロブドゥール建設はまだ終わっていない。寺院が完成するまで、ラーマが崑崙城に到達することは確定しない。


 スラビーがいつか言っていた。シュリーヴィジャヤはあと三百年で滅ぶ。そのきっかけとなるインドのチョーラ朝がアンガと同じタミル人の王朝だというのは――。


「なんとも皮肉な話だな」


「歴史とはそういうものだ」


 と新しいバロン・クトットは言った。次の瞬間、その姿はすでに闇に紛れて消えていた。



   ※



 いつもの寝覚めではなかった。


 レオはベッドの上で言いようのない違和感を覚えた。


 ネオバロン・クトットに護られた日常は日々移り変わる運命の流れに怯え、安堵し、それが繰り返される。キリクはテロリストに射殺され、部下たちもそれぞれの任務で殉職した。クトットの刃は書き換えをもたらし、強力なシンクロニシティで書き換え後にも死をもたらす。


 クトット自身も書き換え後に別人に転生し、一定しない。完全犯罪の殺人を行える無敵の暗殺兵器だった。


 危険なのはわかっていた。歴史が不安定になり、ウルラガの存在も脅かされる。

 そのため、建国神話の根幹を成す海龍剣の捜索が急務だった。


 それがついに叶った。崑崙城から持ち帰った海龍剣は、王立図書館の隠し部屋の中で目が覚めたとき、その手に握られていた。今はしかるべき場所に安置している。


 強烈な違和感は、書き換えが起きた証拠だが、しかし、なにかが違う。違和感に違和感がある。

いつもとちがう。


 気になったのは、壁に飾ったウルラガ国旗だった。三つ巴の風車紋が、いくつもの羽を持つ赤い太陽紋に見えたり、元に戻ったりする。異なる世界の国旗が重なり合っている。


 王立図書館へ向かう。


 地下の博物館エリアの奥に展示された海龍剣——ナーガラージャの剣。建国神話の正当性を象徴する宝剣は、美しい文様が刻まれている。


 太陽紋——違和感の正体はこれだ。


 歴史の異物は金剛界から持ち帰ったこの剣だった。まるでモン族の刺青の太陽紋のようなこのレリーフは、先祖が考案した国旗の模様と矛盾する。


「間もなくウルラガ王国は消滅します」


 背後に、学芸員のララ・ソーマがいつの間にか立っていた。


 よりによって、最後のバロン・クトットの化身が——。


「ああ、してやられた。まさか、海龍剣真打に罠の印を刻むとはな」


 リリィはあるいはこれを知っていたのかもしれない。愛憎は裏と表。隣りあわせだ。


「生まれ変わっても――また愛してくれますか」


 それには答えられなかった。生まれ変われるのかわからなかった。魔奈の素養のない人間になれば、そもそも覚えてすらいない。


 一瞬の迷いののち、レオは振り返る。


 抱きしめようとした相手はすでにいなかった。周りの景色の色が薄れ、点と線だけになっていく。輪郭が残り、その輪郭もまた融解し、組み替えられていく。元素の組み合わせが変わるように、歴史が組み直されていく。 


 レオの目からこぼれた涙もまた分解され、床に至る前に、次の世界を構成する要素のひとつとなって、輪廻の渦のなかに吸い込まれて消えた。



   ※



 高度はどんどん下がる。

 内臓が持ち上げられ、恐怖が加速していく。

 凌太はまだ飛行機の中だった。


 となりにいたはずのモニカはおらず、見知らぬ男性客に代わっていた。


 ごうごうという音と乗客の悲鳴と泣き声と怒号。救命道具を引っ張り出す客や乗務員に掴みかかる客。パニック状態だ。


 これこそが、ネオバロンの攻撃だ。いくら歴史が書き換わっても、攻撃したネオバロン自身が魔奈を失っても、強力なシンクロニシティによる運命は変えられない。

 

 死ぬんだ。


 世界を救って死ぬなんて、とても恰好いいものではなかった。

 そして意識が途切れた。痛みなどなかった。


 ——。


  ——。


   ——。


    ——。


     ——。   

                        

 ランプーン——タイ北部の古都で、七世紀から八世紀にかけてモン族により建設されたハリプンチャイ王国の首都。十世紀にラヴォがクメール人に征服されると、モン人勢力の中心地となった。その後も、幾度の戦で目まぐるしく支配者が変わった。


 ハリプンチャイ王国は十三世紀にタイ族に滅ぼされるまで存続した。その後、モン人たちは現ミャンマーにあるペグーに拠点を移すことになる。


 現在のランプーンの街は小ぢんまりしているが、仏教聖地のひとつであるここには多くの寺院や仏塔がある。支配者が変わるたびにいくつもの様式の建造物が作られた。


 目を引くのは、ワット・チャーマ・テーウィー寺院にあるチャーマデヴィ象だ。古代の英雄である女王は地元民に人気で、様々な偉人伝が残っている。


「あれはキキか、それともヴィーか」


 凌太は写真を撮りながら、胸のはだけた女王像に漫画や金剛界で見た女戦士たちの姿を思い出す。どちらにも似ていないが、乳房の小ささからいうとキキかもしれない。


 観光スポットをあらかた巡って、日が暮れかけていた。タクシーを拾ってホテル近くの繁華街へ移動した。


 適当に入った店でシンハビールとパットキーマオを注文する。


「相席、いいですか?」


 日本語でそう言って、ソファ席のとなりに座ったのは眼鏡をかけた若い男だった。


「偶然だな。いや、この旅のどこかで会うと思っていたよ」


 男は微笑む。


「あいにく、バイユでもリアムでもない。僕は日本人と韓国人のハーフ。李光明」


 横目に移る光明の姿は明滅している。はっきりと視認できない。


「僕の存在可能性は揺らいだままさ。まさか、海龍剣に細工をしてウルラガを消すなんて」


「君の仕業だろ。ところで、君は誰の子孫なんだ」


「さあね。錯綜しているよ。デコヒーレンスしない。けど、歴史ってそんなもんさ。実現したかもしれない過去がいくつも重なり合っていて、僕らがそれを選び取るんだ」


「モニカは逆のことを言ったな。いくつもある未来から選び取るって」


「なにごとにも裏と表がある。未来予知と過去改変が単なる視点の違いであるように。ともあれ、歴史は修復された。君たちの活躍で世界は魔奈の洪水から救われた」


「修復……か」


 飛行機が墜落した次の瞬間、日根野(ひねの)凌太はボロブドゥール遺跡で観光していた。

 その世界線には『ドラゴンジャーニー』という漫画もアニメもなかった。竜星は漫画家ではなく、羊子とともに音楽プロデューサーをしながら、自らもバンド活動をしている。ドラムのサトルにもらったバンドの名刺はドラゴンスターのそれに書き換わっていた。


 母羊子の旧姓は葛城ではなく、安西(あんざい)に書き換わっていた。調べると、日根野氏と安西氏はいずれも平群氏から派生した系譜で、父母が先祖を同じくしていることがわかった。平群広成が739年に帰国したことでまた歴史が変わったのだ。


 ドラゴンスターは海外でもちょっとした人気で、今はアジアツアーの最中だ。

 バンコク公演は凌太も観た。母の歌うヒット曲「ドラゴンジャーニー」を聴いて、凌太は不思議な気分になった。

 いくつもの時代や世界線を経て、その曲は多くの人を熱狂させつづけていた。


「けれど——」


 凌太は目を閉じる。


「——ナティもモニカも見つからない。ヴィッキーもジーメイも、ロハスも」


「また歴史はシャッフルされるさ。そろそろ時間だ。僕は行くよ」


「そうか。俺はこっちに行くよ」


 凌太は目を開ける。隣ははじめから空席だった。


「じゃあね……バイユ。ありがとう」


 いましがたの会話の記憶が薄れていく。今朝見た夢のように。


 凌太はポケットから呪符を取り出し、「宝波勞」の文字を眺める。


 ヴィッキーたちは見つからなかったが、唯一、香港でリーロンにだけは再会できた。


 彼は、見た目は前世とそっくりだったが、無口な中年ではなく、流ちょうな英語を話す大学生だった。呪符術の権威をたどって香港で見つけた彼は、書き換え前の記憶は持っていなかった。しかし、凌太の話は信じてくれた。霊力の強い彼の同胞の何人かが書き換え前の記憶を持っているというのだ。


「印によって、過去を操作できるかもしれない。それに、離れ離れになった仲間を集めることもできるでしょう」


 印とは、漫画を描くこと。これまでの体験をフィクションに落とし込むのだ。


 吉祥寺のアパートから始まった冒険は忘れようにも忘れられない。物語は細部まで、頭の中に残っている。


ドラゴンジャーニーとネオランダの聖地を巡礼し、思い出の地に着くたびに、自分の頭の中の「印」が発動した。物語は活き活きとした色彩をよみがえらせていった。


 いつか、この頭の中の物語が漫画になって、アニメになって、ナティやモニカに届いたら、彼女らが吉祥寺に再び巡礼にやってくる日が来るかもしれない。


 まだネーム以前のラフな下書きだ。いつ完成するかわからないが、最終回の展開は決まっていた。

それは揺るがない強固な史実となって、凌太の世界を形作っていた。



【最終話 聖地長安】

 ハヌマン軍の伝令船がオケオにやってきたとき、トゥミは港近くの幻人の館にかくまわれていた。ダウは嵐でボロボロになり、スリンらの手で修復中だった。


 幻人の長、李密翳は来日経験があり、養年富や真備とも面識があった。その彼が安南まで同行してくれることになった。


 さらに、ハヌマン軍の護衛がつくというので、トゥミは心強かったが、ラーマは行方不明だった。「ヴァジュラダートへ行く」と置手紙を残し、タンブラリンガで消えたのだ。


 日本の遣唐使出国まで一か月を切っていた。


 トゥミは密翳らとオケオを発ち、ハヌマンの軍船十五隻とともに安南へ向かった。スリンとユーリとはそこで別れ、彼らはまた南海へ戻った。各地にアジトがあるそうだった。


 ハヌマン将軍の代わりに親衛隊の参謀カンチャナが護衛船団を率いていた。渡唐経験のある彼の働きや幻人の呪符の効果もあり、危険に遭遇せず、先々で商人の助けを借りながら、穏やかな船旅が続いた。


 カンチャナたちは行く先々で熱心に情報を集めていた。単に慈善で護衛をしているのではなく、いずれ大陸侵攻するときの視察を兼ねているようだった。


 チャンパの沿岸を北上し、安南が近くなると、唐の船が増え、港で唐語が頻繁に聞こえるようになる。日差しも柔らかくなり、服装も厚着になっていく。


 夜空に見える星座が変わってくると、遠くへ来たと実感した。


 次の港の灯りが見えるたびに、トゥミは心が躍った。見たことのない形の屋根や人々の服装や郷土料理を見ると、世界の広さが自身の中に取り込まれ、成長した気分になった。しかしながら、同時に故郷を離れた寂しさと切なさも募っていった。


 チャンパのウリクという町に滞在中、一行は思いもよらない事実を知る。日本の遣唐使はすでに蘇州を離れ、帰国したというのだ。千里眼で何度も過去改変が起きたため、歴史が変わったのだと密翳は言った。


 途方にくれるトゥミだったが、密翳が汚れた唐風の官服を来た男たちを連れてくる。

日本の遣唐使の藤原清河と朝衡こと阿部仲麻呂だった。真備らと別の船で蘇州から出航したが、嵐でチャンパまで流され、賊の襲撃から命からがら逃れてきたのだ。


 仲麻呂は海龍剣を見てトゥミを養年富の息子と認め、ハヌマン軍や幻人による旅の護衛を条件に、ともに長安まで同行し、トゥミを皇帝に取り次ぐことを約束する。


 そして、幻人からナコーン・パトムの現状を知らされる。ラヴォのチャーマデヴィが攻め込み、ガイヤンを討ち取った。都はラヴォの保護下に入り、バーリが暫定太守となった。ムーは死んだが、キキはラヴォに登用されハリプンジャヤで暮らしている。


 母の死についてトゥミは嘆き悲しんだ。同時に、使命感が湧き上がった。遣唐使として長安に行く必要はなくなったが、母を含め、ここまで自分を運んでくれた人たちのために、ただで帰るわけにいかないと思ったのだ。


 オケオを出て二十二日後、ついに安南に着く。数日休養したのち、ハヌマン軍は帰還し、トゥミは長安に向けて陸路での旅を始める。


 いくつもの運河を昇り、馬に乗り、山を越え、ついに長安に到着する。


 そして、朝衡のとりなしで玄宗皇帝への謁見が叶う。貢物も国書もない一人の少年が一国の正式な使節とは認められないので、来賓としての扱いだった。


 それでも、ドヴァ―ラヴァティが皇帝から厚遇を受けたという噂は、隣国のチェンラやチャンパ、そしてシュリーヴィジャヤを牽制するのに十分だった。


 トゥミは斗見麿と名を改め、清河らの推薦で太学に通うことになる。学友もでき、充実した留学生活を送った。


 四年後、高元度率いる日本の第十三次遣唐使が清河を迎えに来る。


 しかし、皇帝は清河の帰国許可を出さなかった。安史の乱後の復旧のなか、日本から武器の輸入をしていた唐政府にとって、彼は交渉材料となる人質でもあったのだ。清河は秘書官として唐に骨をうずめることになる。


 仲麻呂も帰国をあきらめ、安南の総督となった。


「天の原 ふりさけみれば 春日なる 三笠の山に いでし月かも」


 故郷を思って詠まれた彼の歌はあまりにも有名だ。


 彼らの代わりに、斗見麿が渡日に手を上げた。海龍剣はいまもその手にあった。


 長安から蘇州へ移動し、出国を待っているとき、はるばる福州から斗見麿を訪ねてきた者たちがいた。二人は大陸に残った遣唐使の生き残りたちとともに暮らしていたが、安南を通ってきた商人から話を聞き、斗見麿を追ってきたのだ。


 平群広成とその美貌の娘——瑠璃姫だった。



   ※



 ——。


 ラーマは船底が波を叩く音で目が覚める。

 暗い船室に吊られたハンモックの中だった。


 ——ここは?


「よお、目覚めたか、王子様」


 船底に降りてきたのは髭面の精悍な男だった。すぐに名前が出てこなかったが、彼が腰に下げる石弓を見て思い出した。


 副船長のアムーラだ。


「船長に挨拶しとけ、心配していたからな」


 甲板に上がると、顔なじみの船員たちが嬉しそうにラーマを振り返る。スンとリャンの兄妹もいた。


「お頭! ヒロタリ坊ちゃんが復活しましたぜ!」


「ヒロタリ……?」


 操舵長のとなりに立っていた背の高い女が振り返り、こちらにつかつかと歩み寄って来る。黒い肌の細身の中年女性――海賊女帝シーン・ラヤンだ。


「母上――?」


「母上じゃねえよ、この馬鹿たれ!」


 拳骨をくらい、ヒロタリは頭を押さえる。


「突然倒れやがって。気合いが足りないから日射病なんかになるんだよ! ほら、もう安南に着くから支度しな」


 帆綱を引っ張りながら、水夫のウーウォンが笑う。


「安南へ……何しに行くんだ?」


「昨日の作戦会議寝てたのか、バカ息子。安家のお宝を盗むんだよ。人質をとって、たんまり払わせてやる」


「人質?」


「安家の令嬢を誘拐する。やつらの傘下の賊に荒らされてまともに商売できないからな」


 ヒロタリはすこしずつ記憶が戻っていく。


 いろんなことが以前と少しずつ違っていた。学校を追い出される前に自分から辞めた。安南に青旗という一味はなく、博打仲間のスンとリャンを誘って海南島へ戻り、賞金稼ぎどもの襲撃を母に知らせた。間一髪、南に逃げて助かった。


 チェンラの水域でシュヴェータ軍との戦争で死んだと思われていたアムーラたちと再会し、ラヤン水軍が再結成された。


「ははははは」


「なにがおかしい……は? 今度は泣いてんのか?」


 少しずつ書き換え前の世界の記憶が青空に吸い込まれるように薄れて消えていく。しかし、出会った人々の顔と声は、刻まれた碑文のように、いつまでもラーマの胸の奥で消えなかった。


「ありがとう、トゥミ、凌太、みんな、またどこかで会おう!」



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