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巡礼の子  作者: 日根野 了太
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第三部 巡礼の子 7 聖地ガルバダート

 モニカが転送先にガルバダートを選択しなかったのは、もし失敗すれば希望が潰えるからだ——凌太はそう理解した。自分はみんなの希望なのだ。


 凌太の意識は濁流のような流れに呑み込まれ、引っ張られていく。リメラスオンクの強力な逆流の力が、彼をヴァジュラダートに運んでいた。


 気付けば、凌太は湖の東屋にうつぶせに倒れていた。


 枕元には鞘に納められた海龍剣と自分のバックパックがある。


 欄干に鳶が止まっていて、心配そうに凌太を見ていた。


 ——そうだ、漫画を!


 凌太はバックパックからノートとペンを取り出し、これまで体験したラーマの物語を描いた。ジャワ島での戦い、そしてボロブドゥールへの巡礼団の物語を。


 ボロブドゥールの最上階でグルマウコウを使ったあとのラーマも見えた。ここへ流れてくる前に、たしかに見えたのだ。


 彼は敗北する。無残な最後だった。


 それでも、ハヌマン戦のときのように、見えた事実を描くしかない。


 夢中で描き続けた。何十分か、何時間かわからない。凌太が描き続けている間、鳶は静かに凌太を見守っていた。


「描けた、あとはこれを」


 鳶がふわりと飛び上がり、漫画の描かれたノートを鉤爪でつかんだ。

 ——私がこれを志明館へ運ぶので、崑崙城へ向かいなさい。そんなふうに言っているように思えた。


「……頼むよ」

 鳶が飛び立つのを見送ると、凌太は海龍剣を手に取る。

「ジーメイ、生きてるのかな……」


 橋を渡り切る。霧が晴れ、湖のほとりに晴明が立っている。ぼんやりと体が透けて見える。顔色は悪く、ずいぶん疲弊している様子だった。

 彼がこの世界で戦えない理由が分かった気がした。


「あなたも、自分の時代で戦ってるんだね」


「崑崙王の手の者はいつの時代にもいる。ドウマンというやっかいなのがいてな。それより、崑崙城が開いた」


 晴明は頭上を指した。


 見上げると、巨大な城か要塞のようなごつごつした岩の塊が空に浮いていた。


 あれが崑崙城——。空一面を覆いつくす天空の城は、不思議な磁力で物を引き寄せ、形を保っているようだ。


 規則的に並ぶ円柱と四角形——曼陀羅のようだった。ボロブドゥールを上下さかさまに重ねたような八面体の城。


 その形は、バロンたちの持つ双刃の剣、ヴァジュラにも似ていた。


「みんなは?」


「エグニとキキは崑崙王に捕まっている。ほかはわからん」


「人質?」


「さあな、好色じじいの考えることはわからん。バロン・ガネーシャや多胡弥たちもおそらく崑崙城だ。なんとかしのいで、崑崙王にその剣を突き立てるんだ」


「わかった。やってみる」


「いつものように弱音は吐かんのだな」


「できる気がするんだ」


 根拠はなかったが、海龍剣から伝わる魔奈が凌太にそう言わせた。


「やつは城の中心にある王の間にいる。広い部屋を探せ」


 陰陽師が指で空中に五芒星を描くと、それが光を放ち、凌太を包み込んだ。次の瞬間、気づけば暗い牢屋のような場所にいた。同じようないびつな形の小部屋が延々続いている。


 迷路のような廊下を走り、王の間を目指した。


 あたりが胎動するようにうごめいている。城は王の発する魔力で絶えず増築され迷路も膨れ上がっていくようだ。壁や床はよく見れば様々な時代のガラクタで出来ていた。いろんな時代から持ち込まれた「印」が集まって建物を作っている。


 やがて、地獄の門のような大広間の入り口を見つけた。巨大な扉はこちらを誘うように開いていた。

中はスタジアムほどの大きさがあった。中心に向かって緩やかに傾斜するすり鉢状の床。天井はドームで、上下対象の円盤状の空間だった。


 その空間の真ん中に、薄闇のなかで胡坐をかいたまま宙に浮く老人の姿があった。老人はゆっくり下降し、床に降り立った。背は低く華奢な体をしているが、異様な魔力を放っている。


「やっぱり……役小角」


王は『ドラゴンジャーニー』の終盤でナギの夢に現れた白髪の老人そのものだった。


「崑崙王と呼べ、小僧っ子が」


 空間中に響きわたる声だった。不自然に反響し、八方から聞こえてくる。それだけで、彼がここを支配していることが理解できた。


「広成とナティを解放してもらう。でなきゃ海龍剣を叩きこんでやる」


「怖い怖い。しかしおまえの相手はわしではない」


 崑崙王がふわりと上昇すると、背後に立っていた者の姿が見えた。


 ヴァジュラを持つ一人の男だった。


「わが部下、前鬼の座を争って殺し合い、生き残った最後の一人じゃ。さあ殺し合え」



   ※



 ラーマは「グルマウコウ」を唱えたあと、なにかの門が開いたことを実感した。そして、凌太の意識が強制解除され、彼の時代に戻っていったのがわかった。千里眼の目となる凌太を失っても、感覚の冴えは失っていない。むしろ、研ぎ澄まされている。


 今立っているのは現世とガルバダートそれぞれのボロブドゥールの中間領域であることにも気づいていた。そして、ガルバダートの入口にして崑崙城の城門。


 景色はまるで暗闇に雷で描いた絵のように夢幻的だ。階下の土の上で殺し合うガルーダ兵たちの姿が明滅している。


 円壇の中央に仏像があった。ナコーン・パトムで見た明王像のように筋骨たくましい。


 月明かりとも稲光ともとれない魔力じみた薄明かりがそれを照らしだす。


 よく見ると、仏像の足元の円壇の一部と思われた塊は、おびただしい死体だった。なかには鎧を着た兵士もおり、虎の仮面のバロンもいた。


 それは仏像ではなかった。ヴァジュラを持つ象仮面の男。


「やっぱり、あんたか」


 ラーマとバロン・ガネーシャは円壇上で対峙する。さながら露天の闘技場のようだった。


 死体の山は青白い光となって薄れていくが、完全には消えない。いつまでもガネーシャの足もとに絡みつくように残っている。


「来ると思っていたよ。君を排除するために待っていた。これが最後の戦いだ」


「最後?」


「ガルバダートで見えた。バロンは全滅した。スラビーもナーガも死に、マユラとシャシャンカは心を失くした。それに、キキもトゥミもウーウォンも生死不明。可能性の霧の中に消えた。残っているのは君と僕だけだ。勝った方に歴史が動く。君の父がソヴァカを祓ってくれた理由がわかったよ。私の黒魔奈をそぐためだ。君を勝たせるために」


 ガネーシャがヴァジュラを構える。


「けれど、今は逆効果だ。余計な憑き物がとれたおかげで、私は強くなった」


「夢の中で会いに来た小僧はあんただろう。逃げろって忠告してくれたよな」


「あれは私が切り離した心だ。選択したのだ。崑崙王に力を貸すことで、歴史改変を約束させた。人生を書き換えて、このような地獄は二度と見なくてすむように。バロン一門が私を生贄に救われるのなら本望だ」


「俺はそういう歪められた歴史の修復のために生まれたそうだ。つまり、あんたらの天敵だ。この呪符術の力も、そのために与えられたんだろうな」


「呪符で強化しようが今の私の力には及ばない。君が死ぬ未来も見えた」


 ラーマ自身も相手との実力差はわかっていた。これまでの戦いの疲労も蓄積している。さらに、チョウソブユーゴの呪符はもうない。残っているのは封印のロケラオクークだけだ。


 死ぬのが確実なら、刺し違えるしかない。攻撃される瞬間を狙うのだ。それしか―—。

 ラーマは懐に隠した短刀を握る。


「あんたの技、三仏逝……だっけか。三回目の攻撃でどちらかが死ぬってやつ」


「試してみるか」


 ガネーシャも救ってやりたかった。青姫ならそうしただろう。だが、トゥミやウーウォンを助けるには、ここで彼の生存可能性を消すしかない。


 ガネーシャが突進してくる。ラーマは誘うように構えをとき、相打ちを狙う。


 三仏逝の最後の一撃、三の刃が迫る。


 死ぬのか、俺は―—。そう思ったとき、これまでに生と死の境目をかいくぐってきた記憶が脳裏をよぎる。なぜ、ここまで生かされてきたのだろう。


 いや、死んでどうする! 


 青姫がこの先にいる。会えるかもしれない。助けられるかもしれない。やっと見えた希望を前に、なにを言っているんだ俺は。

 しかし、勝てる気がしない。勝てる相手ではない。


 ――ラーマ、グルマウコウだ。やつの力を封印するんだ——


 誰かの声にラーマは我に返る。


 ――次はやつの三回目の攻撃じゃない。今はレオに憑依されていない——


「――そうか!」


 ガネーシャが攻撃の間合いに入ったとき、ラーマは懐から取り出した呪符を前に突き出した。


「ロケラオクーク!」


 狙いはボロブドゥールでスラビーが力を解放するために開いた異界と人体をつなぐ結節点——チャクラだった。

 

 ロケラオクークに反応して、ガネーシャの額の一点が強く輝き、そして収束するように消えていく。


 ラーマはヴァジュラの一閃をかわし、棍棒の一振りがガネーシャの仮面をかすめる。


 互いの攻撃が交差し、火花とともに魔奈がぶつかり合うようにはじける。


間合いをとる二人。


「やっぱり、どっちも死ななかったな」


「どういうことだ」


「ナコーン・パトムでの二回の攻撃はおまえではなく、レオの攻撃だったんだよ。つまり――」


 ラーマはまたロケラオクークの札を出す。


「三回目の呪縛はここでは効かない。振り出しにもどったんだ」


 ラーマは片手で棍棒の連打を繰り出した。チャクラの封印によりガネーシャは回避が遅れ、棍棒が胸に命中する。

 そして、すかさず呪符を突き出す。


「ロケラオクーク!」


 今度はガネーシャの胸のチャクラが一瞬輝き、そして消えた。


「あと何個だ」


「調子に乗るな」


 下段からのヴァジュラが棍棒をはじき、ラーマの胸を斜めに斬り裂いた。そして、返す刀が胸を貫いた——かに見えたが、直前に聞こえた「右!」という声に反応し、ラーマは間一髪一回目の攻撃をかわしていた。胸にはかすり傷ひとつついていない。


 凌太は消えたはずなのに、ラーマには千里眼が宿っていた。相手の攻撃の軌跡を読んで、かわしながら懐に入り、腹や脚に棍棒の打撃を見舞う。


 一方、力を思うように出せないガネーシャは返す刀を振り下ろすも、刃はまた空を切る。二回目。


 ――いまだ、薙ぎ払え——!


「偃月!」


 棍棒がガネーシャの脚を薙ぐ。ガネーシャはバランスを崩し、膝をつく。


 不利な体勢で放ったガネーシャの反撃の一振りよりも、ラーマの突きのほうが速かった。棍棒はガネーシャの喉元を一撃した。


 後方に吹っ飛ぶガネーシャにラーマはすかさず連打を見舞う。


 打撃で仮面が割れ、鎧が砕ける。


 そのとき、ガネーシャの胸のあたりが白く光った。


 思わず距離をとるラーマ。


「おまえ、それは……」


 ボロブドゥールでスラビーが使った奥の手……。


「チャクラ解放……」


 なにかを呪うような声でつぶやくガネーシャ。光が強まっていく。封印したチャクラがこじ開けられ、彼の生命力とともに放出されている。


「ばかやろう……!」


 鬼神と化し、ヴァジュラを振りかざすガネーシャ。


 ラーマは、しかし、ひるむことなく前に出る。何か大きな力が彼の背中を押した。


 ラーマを応援する幾千の声たちが、棍棒に渾身の力を漲らせていた。


「うおぁぁぁぁ!!」


 力と力が交差し、敗者の体が背後に吹っ飛んだ。






 ――。


 そこに立っていたのは黒いヴァジュラと棍棒を持ったラーマだった。頭から血を流しており、満身創痍だ。


「ラーマ!」


 凌太は歓喜した。自分の描いた漫画の内容を見て、誰かが彼に「声」を送ったのだ。


 これには小角も意表を突かれている様子だった。


「なんと、勝敗が書き換わったか」


 ラーマは小角を見上げる。ヴァジュラを床に捨て、棍棒を突き付けるように掲げた。肩で息をしていて、相当疲弊している。


「あとはお前だけだ、観念しろ、妖怪じじい」 


 小角はラーマには目もくれず、彼の捨てたヴァジュラを見下ろしていた。なにかを感じ取ったように、表情が強張っている。


 次の瞬間、ヴァジュラから飛び出してきた黒い影が見る見る手の形になってヴァジュラを拾い、ラーマの胸を貫いた。


 影は人の形をなしていく。そして、黒いボディスーツを着たレオ・ヴィーラになった。


「さんざん邪魔してくれたな、青い王子」


 血を吐いて倒れるラーマ。


 崑崙王は感心したように笑う。


「ほう。自分を呪化して呪具に潜り込んでおったのか。やりおるのう」


 レオはすぐにターゲットを凌太に切り替える。ヴァジュラを構えて近づいてくる。


「凌太、逃げ……!」


 ラーマが血を吐きながら叫ぼうとするが、その声は言葉にならない。


 凌太はスマホを取り出し、呪符アプリを起動する。


「チョウソブユーゴ!」


 不敵な笑みを浮かべたレオがヴァジュラを振り上げる。同時に、凌太も海龍剣をふるう。


 剣でレオの斬撃をはじき、さらに反撃する。


 レオは余裕の表情で剣をかわす。


「ほう、逃げないのか」


「逃げたらあんたを倒せないからな!」


 海龍剣の魔奈が腕を伝い、全身に巡っている。凌太は身体に刻まれたラーマの技を繰り出す。


「青波!」


しかし、レオの動きは速く、命中しない。さらにヴァジュラの斬撃であえなく剣をはじかれ、落としてしまう。


「もらった!」


 レオは床に転がった海龍剣を拾うと、凌太には目もくれず、呪文を唱えた。


「待て、その剣は――!」


 叫んだのは小角だった。


崑崙王は手から青い稲妻を放出する。雷撃がレオを襲うが、白煙の中でウルラガ王子は一瞬早く姿を消していた。


「ちっ、遊びもここまでか」


 小角が残念そうに額にしわを寄せ、眼を閉じる。


「そのとおり。余興は終わりだ」


 鋭く理知的な声が響いた。見ると、広間の入口に晴明が立っていた。その隣には満身創痍のエグニと彼女に肩を貸すキキの姿もあった。


「ふん、はじめから自分で来ればいいものを。腰抜けが」


「私は魔奈が強すぎて結界にはじかれるからな。消耗したからここに来られたのだ」


「ならここで引導を渡してやろう。戦士はいくらでもいる」


「はったりはよせ。ガネーシャが最後の手ごまだろう。お前も気づいてるだろうが、これでウルラガは終わりだ。歴史が大幅に書き換わる。そこに依存するお前の城も崩壊する」


 地響きのような、ごごごご、という音がしている。


「あの剣がここまで強力な印とはな。やり直しだ。次はもっと面白い歴史を作るわい」


「もうやめろ。じじいの道楽は迷惑だ」


 ふははははと小角は不敵な笑い声を残して消えた。


とたんに地響きは大きくなり、さらに激しく揺れ始めた。


「城が崩壊する。現世に戻りたくば、私に近づけ」


 凌太は瀕死のラーマを晴明のそばに運んだ。晴明が呪文を唱えると、青白い光に包ま れる。天地が逆転したように、瓦礫が四方八方に飛んだ。


気づけば、凌太は草原の上で倒れていた。小高い丘の上だった。空にはなにもない。淡い水色が地平の果てまで広がるだけだった。


すぐそばに、長髪の女性が座り込んでいる。エグニだった。


「ここは……?」


「ここは胎蔵界、ガルバダートの丘だ。魂の多くは現世に帰っていったよ。残っているのはあいつらだけだ」


 キキが横たわるラーマの傷に手を当てている。


「だめ、傷が深すぎる……」


「私の力を使え」


 エグニがキキに近づき、その手の上に手のひらを重ねる。


「夫がくれた白魔奈が残っている」


「あんた、その傷でそんなことしたら」


「いいんだ。この少年は、なんだか他人の気がしない」


 ラーマが治療に反応し、声を漏らす。傷がふさがっていく。エグニは突然力を失ったように、その場に崩れる。


「エグニ!」


 凌太は彼女の頭を腕にのせて抱きかかえるが、その体はすでに水色の光に包まれていた。


「……現世で、もし、わが娘ナギに会ったら」


 エグニが最後の声を振り絞る。


「復讐などやめろと伝えてくれ……」


 役小角の妻、エグニは水色の光に包まれ、消えた。


 凌太は『ドラゴンジャーニー』の第二話を思い出す。多胡弥に刺されたとき、不死の術が不発に終わった理由がわかった。


 つづいてキキが煙のように消えた。現世に戻ったのだろう。


 ラーマの傷はふさがったが、目を覚まさない。顔色は蒼白だ。血を流し過ぎたのだ。


「助かるかは五分五分だな」


 そう言ったのはいつの間にかラーマの傍らに止まっていた鳶だった。


「息子が世話になったね。わが子孫、凌太」


 鳶はぼんやりと姿が薄れたかと思うと、今度はそこに平群広成が立っていた。


「私もようやく崑崙王の呪縛が解けた。鳶の魂を間借りして飛び回っていたが、やはり人間の姿が落ち着く」


「……晴明は?」


「新しい崑崙城を作ると言って、どこかへ行ったよ。ウルラガのない世界線に戻れば凡庸な力に戻るから、現世の仕事は式神の替え玉に任せて、ここで術式の研究を続けるそうだ」


「そうだ……崑崙王は追い払ったけど、レオが残ってる。あいつを倒さないと」


「レオは破滅した。晴明が言っていたよ」


「でも、海龍剣をとられた。ウルラガは消えない」


「気づいてなかったのか? あの剣は……あ、ああ、そうだ、それより、晴明に調査を頼まれていた病気の予防法がわかったんだ」


「ケルビンスキー病の?」


「若年期に魔奈の術を使わせず、魔奈を吸い取る宝石を肌身離さず持っていれば発症を予防できる。宝石の種類は本人の魔奈の質による。ちなみに、龍泉玉はそうやって暴走した魔奈を吸い取った宝石だったんだ」


「それって……治療法はないって、晴明が」


「そこがやつの性格の悪いところでな。予防法ならある。治療法があるとすれば、過去にそれを伝えることだ。晴明もそれは許してくれるだろう」


「青姫は、でも……手遅れなんじゃ」


「もう一羽、おまえの絵巻を志明館に運んだ鳶がいただろう。あれは晴明が生前、魔奈の力が強かった者の魂を封印して式神にしていたんだ。偶然にね」


「……偶然か。違うと思うがねえ」


 いつのまにか目を覚ましていたラーマが寝ながら言った。


「おおかた、俺に龍泉玉を飲ませないとバロンを始末できないから、過去改変されないよう青姫を捕縛していたんだろう」


「広足、しゃべらないほうがいい」


「大丈夫だ、父上殿、俺はもともと死んでたようなもんだ。これ以上死なない」


「しかし、鋭いな。さすが私の息子だ」


「今まで息子をほうっておいた罰として、青姫を助けるの手伝ってもらうぞ」


「やれやれ。シーンに似ているな」


 親子の初対面をほほえましく見守りながら、凌太はナティのことを思い出す。


「予防法のこと、過去のナティの親に伝えないと、しかしどうやって?」


「心配するな。ナティはもう生まれてこないそうだ」


「なんだって? どういうことだ!」


 広成が何かを答える。それが聞こえる前に、周囲の音が遠のき、景色がぼんやりと薄れて消えていく。


 前にロッブリーのホテルで広成の仮想空間がほどけて消えたときのように、世界が点と線になっていく。まるで設計図に戻っていくかのように、あらゆるものの形が輪郭だけになり、七色の世界が三色、二色、と次元を下っていく。


 同時に、凌太の魂がどこかに流れていく。仮想世界から現世へと戻っていく。


 その中で小鬼や動物の姿をした式神に囲まれ印を結んでいる晴明の姿を一瞬、組み替えられていく幾何学的な線だけになった世界の中に見つけたが、淡い色の光にかき消され、見えなくなった。


 そこから飛び立った一羽の鳶が、彼方の茫漠とした靄の中に向かって飛んでいくのだけが見えた。


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