表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
巡礼の子  作者: 日根野 了太
1/10

第一部 巡礼の印 1 聖地吉祥寺 〜 4 聖地奈良

全部で三部、各部8章の構成です。

面白かったら、「いいね」をよろしくお願いします!



注釈

【奈良時代】

710年から794年、都は現在の奈良市にあった平城京。


【遣唐使】

唐への使節団。目的は唐との外交と交易でだが、使節団のほかに留学僧・留学生を送り込み、知識や文化を吸収する狙いもあった。長安に集結する世界各国の使節団には序列があり、唐から危険視されていなかった日本はいつも下位だった。このことに腹を立てた第十二次遣唐使の大伴古麻呂が「日本に朝貢している新羅が日本より上だというのはおかしい」と申し立て、席次を替えさせたというエピソードがある。

吉祥寺には、何かがある。


挿絵(By みてみん)





挿絵(By みてみん)



 1 聖地吉祥寺


 通りすがりの少女を助けて死ぬなんて漫画みたいな展開は、実際に遭遇してみると、とても格好いいものではなかった。

 黒い暴走車は錯乱した猛牛のように、信号待ちの車列を離れ、歩道に突っ込んできた。

 家族連れて賑わう百貨店前の通りは騒然となった。


 葛城凌太(かつらぎりょうた)は左に跳びのいてかわそうとしたが、そこに大きなバックパックを背負った少女がいた。

 結果、その若い旅人を突き飛ばして助けた恰好になったが、しかし、そんなつもりもなかったし、車にはねられる覚悟もなかった。


 目の前にボンネットが迫り、もう逃げられない―― そう悟った瞬間、浮かんだのは後悔だった。なんで、その日に限って駅に向かうのに吉祥寺通りを選んでしまったのか。

 いつものようにサンロード商店街を通ればよかったのに。そう思った。

 同時に、まあいいか、という気持ちもあった。いつも道を間違えてばかりの、それまでの人生だったんだ―― 。


 そして、意識が飛んだ。痛みなどなかった。




  ―― 。


 吉祥寺。


 住みたい町ランキングで毎回上位に入る、東京都武蔵野市の町。

 新宿から中央線快速で西に十六分。

 北は練馬区、東は杉並区、西と南は三鷹市に接する多摩地域の玄関口。

 漫画家や小説家やアニメーターやバンドマンや俳優や漫才師や、まだなにものでもないな にがしかの卵が多く住む、クリエイターの聖地。


 都会だが、新宿や渋谷のような巨大なビルはない。JR吉祥寺駅周辺から井の頭公園あたりまでの閑静な住宅街に囲まれた徒歩圏内になんでもあるコンパクトな商業地区だ。

 東西に走るJR中央・総武線の北側には巨大なアーケードのサンロード商店街とダイヤ街、闇市の名残を残すハモニカ横丁、ヨドバシカメラ、コピス、パルコ、東急百貨店があり、家族連れの買い物客でいつもにぎわっている。

 東急裏の車の少ない通りには、有名ブランド店のほか、無数の雑貨屋や美容室がひしめいている。

 駅の南側にはマルイや井の頭恩賜公園があり、若者が古着を買い、カフェを巡り、クレープやラーメンライスやガイガパオや上等なハンバーグを食べる。


 大阪郊外のマンモス団地育ちの凌太にとって、吉祥寺はおしゃれで落ち着いた都会のイメージそのものだった。

 吉祥寺には何かがある―― そんな予感に導かれ、吉祥寺北町月見小路のアパートに暮らすこと二年。結局なにもなかったなあと思いながら、凌太はいるものといらないものをより分け、荷物を段ボールに詰め込んでいた。

 何かがあるとかないとか、すべては幻想で、結局はどこにいても自分に何もなければ、そこには何もないのだ。


 散乱する「いらないもの」はボツ原稿や設定資料の残骸。夕方までにはすべてをかたして、明後日の引っ越しに間に合うよう、いろんな手続きを済ませたかった。

 凌太は漫画家の卵だった。しかし、それももう今日までだ。

 中学の頃からリア充になる道を捨てて、こっそり描き続けた。高三のときに描いた異世界バトルものの漫画が青年誌の新人賞で佳作に入選し、画力を買われて担当編集者がつき、漫画家になる道を選んだ。


 漫画家に恨みでもあるのかと思うほど、母はかたくなに反対した。まずは大学へ行って社会で生きていけるようになり、そのあとで好きなだけ趣味で描けばいいと言った。

 二年内にプロの作家として食っていけるようになる―― それが大学資金を用意してくれていた偉大なシングルマザーに凌太自身が示した条件だった。

 調布にある高校の寮を出たあと、吉祥寺でアパートを借りた。井の頭の喫茶店でアルバイトをしつつ、週に三回、プロの漫画家のアシスタントで技術を磨いた。


 が―― 現実は甘くはなかった。


 頼りにしていたアシスタント先の漫画家が連載を打ち切られ、アシスタントを解雇された。

 凌太もボツがつづいた。編集者からはもう原稿を持ってこなくていい、描いたらどこかの新人賞に応募したらどうかとまで言われた。

 次に描くものが浮かばないまま、バイトに追われ、春が終わり、夏になった。気づけば 二年が過ぎていた。


 母の言ったことは正しかった。楽しそうな大学生活を送っている高校の同級生たちの話を聞くにつけ、無駄な二年を過ごしてしまったと思ったが、すべては自業自得だ。

 母は役者やモデルを相手にメイクの仕事をしていて、アメリカに住んでいる。

 凌太は母が次に日本に帰って来るときまでに、貸してくれた東京での生活資金をそっくり返すため、祖母の住む大阪の実家に戻ってバイトに励むつもりだった。人生を立て直すのはそのあとだ。


 梅雨が晴れたばかりだというのに、その日は曇っていて、涼しかった。窓から吹きこむ風がレースのカーテンを揺らした。裏のケヤキから小鳥が飛び立った。

 壁の時計を見て、凌太は身支度をはじめた。夕方から西荻窪で友人と飲む。吉祥寺からひと駅の飲み屋街のなじみの店でささやかな送別会をしてくれるというのだ。

 凌太の住む月見小路から吉祥寺駅までは徒歩十分程度だが、数十通りのルートがある。戸建て住宅やアパートの立ち並ぶこの界隈は道が格子状、つまりあみだくじのようだからだ。

 天気の悪い季節は屋根のあるサンロード商店街を通ることが多いが、雨が降っていないので、たまには違うルートで行こうと思った。


 そのとき、玄関のチャイムが鳴った。

 尋ねてくるのは宅急便じゃなければNHKの集金人くらいだ。

 おそるおそるドアを開けると、青い布を頭にかぶった小柄な女性がいた。


 艶のある褐色の肌、地味な薄ピンクのTシャツにノーブランドぽい細身のジーンズ。上品な白いスニーカー。

 まん丸な頭を包む青い布はイスラム教の女性がかぶるヒジャブだった。そこからは髪の毛一本も出ていない。


 大きなくりっとした目の少女は、目が合うと、にこりと笑った。

 背が低いので、はじめは中学生かと思ったが、よく見れば大人っぽい顔をしていた。


 外国人はとくにめずらしいわけではないが、違和感を覚えた。そのマレーシア人かインドネシア人らしき少女が華奢な体に似合わない大きな赤いバックパックを背負っていたからだ。


「こんにちワ、私は、ナティでス」


 発音は変だが、聞き取りやすい声だった。


「はあ。こんにちは」


「ここ、リュウセイの家ですか?」


「リュウセイ?」


 ちがうけど、という言葉が聞こえていなかったのか、少女は凌太のわきの下から薄暗いワンルームをのぞき見て、「リュウセイの景色!」と叫んだ。


 彼女の視線の先には、狭隘なベランダの手すり越しにアパート裏のケヤキがあった。


「あれ、リュウセイの木!」


 まるで、憧れのアイドルにでも遭遇したかのようだった。


「リュウセイって誰? 前住んでた人?」


 その問いにナティは一瞬きょとんとしたが、すぐに笑顔にもどり、ぺこりとお辞儀をした。


「ありがと、ございましター」


 くるりと背を向け、すたすたと廊下を歩いて行った。揺れる巨大なバックパックはまるでカタツムリの殻のようだと思った。

 唐突であっさりしている。東南アジアの女の子ってみんなああなのか? と思いながらドアをしめたとたん、かんかんかんと階段を駆け上がる足音が聞こえてきた。

 足音が部屋の前まで来たかと思うと、どんどんとけたたましくノックがして、間髪入れずに、ピポピポピポンと呼び鈴が鳴った。

 ノックの位置からして、さっきの子ではないなと思いながら、またおそるおそる開けると、相手がぐいっと扉を引いた。


 むにゅっという心地よい感触が額にあり、甘い香りのなか、顔を上げると、青い瞳が竜星を見下ろしていた。


「ハアィ、ここがリュウセイの部屋やね!」


 関西なまりの流ちょうな日本語。耳あたりの良い、透きとおった声だった。


 短めのブラウンヘアー。モデルのような長身細身で、彫りの深い垂れ目、香水の香りで頭がくらっとした。


 彼女もまたバックパックを背負っていた。ナティがすっぽり入りそうな巨大なやつだ。


「ねえ、あんた、もしかしてリュウセイ?」


「だから、リュウセイって?」


「なわけあらへんよねー、ねえ、ちょっと上がってええ?」


 がさつな欧米人は凌太の返事を聞く前に、オレンジのスニーカーを素早く脱ぎ捨て、玄関マットに素足を載せた。

 ホットパンツからぐいっと生えた細く筋肉質な脚。股下はゆうに一メートルはありそうだ。

 なびかせる香りにまた鼻をなぶられた。


 自室に入れた記念すべきはじめての女性は、ワーオ、ワンダフォーと鼻息荒く感動して、ベランダからの景色をスマホでかしゃかしゃ撮りはじめた。


「あのぉ、リュウセイってなに?」


「知らんの? ドァゲンジヨオニィのリュウセイ」


「え?パードゥン?」


「ドゥアグェンジヨアニィ」


 小学生のときに英会話塾に通っていた凌太だが、発音が良すぎて聞き取れなかった。


「ドゥアゴン?」


「ノー。ドゥラーゲォン」


 発音確認がしばらくつづいたあと、彼女の言っているのが「ドラゴンジャーニー」だとようやくわかった。


「で、なにそれ?」


 彼女は説明せず、

「ほなねえ、また遊びに来るかもしれへんから、そんときゃよろしゅう」

  と言って、スマホを耳に当てながら、忙しそうに立ち去った。


 嵐の去ったあとのがらんとした部屋に取り残され、凌太は現実感を失っていた。


「また来るって……もう明後日、出るんですけど」


 女が大きく開け放していったベランダの戸から、湿気をふくんだ夏の青いにおいがふわりとそよいできた。


 吉祥寺にはなにかがある――のか?





『ドラゴンジャーニー』をググると、鎬夕馬(しのぎゆうま)による漫画とそれを原作にしたアニメだとわかった。


 ファンサイトがあり、あらすじや登場人物が載っていた。


 竜や魔法の出てくる異世界ファンタジーものかと思っていたら、奈良時代の遣唐使の物語だった。


 唐からの帰国船が嵐に襲われ、東南アジアに漂着した平群広成(へぐりのひろなり)という貴族と、現代の吉祥寺に住むその子孫、平竜星(たいらりゅうせい)が主人公。

 1300年の時を越えて意識がシンクロしたふたりの若者が情報を交換して危機を乗り越えるという歴史改変SF、とのことだった。


 漫画は四年前から三年前にかけて青年誌に連載され、去年、アニメ化されて世界中に配信された。人気が出て、作品の舞台となった吉祥寺や奈良に聖地巡礼するファンも多いという。


 鎬夕馬は謎の作家で、ほかに発表作はない。メディアに一切顔を出さず、複数の漫画家やシナリオライターによるプロジェクトという噂もあった。


 連載終了後、続編が期待されながらも立ち消えになったのは、作者が急死したとか、本当の作者は無名の新人作家で、利権がらみでもめているとか、様々な噂があったが、真相は謎だった。


「で、その平竜星の住んでたアパートがうちに似てるっていうことらしいんだよ」


 カウンター席の凌太のとなりでうずらの卵をほおばりながら話を聞いていた神崎亨(かんざきとおる)は、ゆっくり咀嚼して飲み込むと、ビールをぐびりとして、一呼吸してから「それ、俺がずっと前に言ったじゃん」と言った。


「そうだっけ?」


「おまえなあ、ドラゴンジャーニー知らないって、ほんとに漫画家の卵か? あれ読んでないなんて、人生損してるぞ」


 眼鏡の奥の亨の目は本気だった。凌太を憐れんでいるといってもいいほどだ。とくべつ漫画好きでもアニオタでもない常識的な地方公務員の彼が言うのだから、説得力があった。


 井の頭の喫茶店でバイトをしていたときに知り合った亨は、たまに飲みに行く仲だが、年上なので多めに払ってくれるということはなく、いつもきっちり割り勘だった。


 送別会といっても、参加者は凌太と亨だけ。以前いた漫画家の卵たちやバイト先の仲間たちは皆、ひとりまたひとりと東京を去り、残ったのは凌太と公務員になった彼だけだった。


「わざわざ海外まで聖地巡礼するなんて、気が知れないけど、そんなに面白いのかね」


「読めばわかるさ。で、なんで実家帰るんだっけ?」


「前言ったよね」


「そうだっけ?」


 亨はからかうように言ったが、本当に忘れているようだった。


「二年たったから、約束どおり実家に戻ってオカンに金を返す」


 母の羊子(ようこ)は仕事でいろんな国を飛び回っているうちに日本に帰ってこなくなり、アメリカで結婚したり離婚したりしている。


 昔から浪費家だった母だが、養育費はきちんと大阪の祖父母に振り込んで、凌太を高校まで行かせてくれた。さらに、大学資金まで用意してくれていた。


 その金で凌太はアパートを借り、漫画の道具を買いそろえた。


「でも、今の親父さん金持ちなんだろ? マイケルさんだっけ?」


「資産家のマイケル・チャンドラーさんは元カレ。今のフィアンセは売れないスタントマンのダニエル・バーントウッドさん」


 実父は凌太が生まれる前に母と別れた。物心ついたときにいた義父は粗暴で、何度も小突かれて泣かされた。彼は気づけば母と離婚していなくなっていた。

 凌太が中学に上がった頃、母はアメリカ人と再婚したが、すぐに離婚した。


 恋多き母の再婚相手は何人もいて、凌太にとって父とはある特定の人物ではなく、流動的な存在だった。今こうしている間も。ダニエルからフィリップやレオナルドに移行しているかもしれない。


「まだ四十一歳。人生を楽しんでほしいよ」


 会ったことのない本当の父については、憎しみというほどのものはないが、腹立たしさはあった。母があんなになったのはきっと彼の責任でもあるだろう。会いたいとも、何かをしてほしいとも思わないが、言いたいことはある。


 亨はビールのお代わりを注文する。凌太もハイボールを注文する。


「で、漫画家はあきらめるのか?」


「しばらくはなにか別のことをして自分を見つめ直す」


「二年で結果出せって、オカンが言ったの?」


「いや、自分で決めた。親に頼るくらいなら、夢なんてあきらめるよ」


 亨はそれにはなんともコメントせず、しばらく黙って酒を飲んだ。

 凌太もそうした。ジョッキの中のハイボールはすぐになくなった。


「リアリティがない」


 亨が空のジョッキを見つめながら言った。


「キャラクター、出来事、セリフ。ぜんぶ不自然。絵や設定はしっかりしていて、ひとつひとつのパーツに不整合はないけれど、ストーリーに厚みがなく、想像で描いたという域から出ない。だからのめりこめない」


 凌太はどきりとした。亨の横顔が担当編集者のそれと一瞬重なった。


「アニメのファンが聖地巡礼したがるのは、憧れの場所ってのもあるけど、そこになつかしさを感じるからだ。アニメや漫画は架空の世界だけど、自分の世界の一部になるんだ。そして、憧憬と望郷が混ざり合う景色を自身の内的世界と一致させたいという衝動が沸く。けど、凌太の漫画にはそれがない。吉祥寺や東京の街が出てくるけど、聖地にはなり得ない」


 きょとんとする凌太を見て、亨が笑う。


「って、うちの奥さんが言ってた。おまえの漫画見せたんだ。大学院でシナリオ論とか研究してて、アニオタなんだよ」


「リアリティ……」


 凌太はきらきらしたナティやモニカの目を思い出していた。彼女たちはフィクションである『ドラゴンジャーニー』の世界を、吉祥寺にまで確かめに来た。

 自分の漫画との違いはなんなのだろう。


 いや、なんなのだろうと考えてしまう時点で、自分には鎬夕馬のような才能がないのだ。


「まあ、がんばれや。俺はおまえの漫画嫌いじゃない」


 亨はまたビールをぐびりと飲む。


「いや、だからもうやめるんだって」


「――今日、吉祥寺で乗用車が歩道に突っ込み、運転手を含む五人が重軽傷を負いました」


 店内の小さなテレビでニュースをやっていた。画面には、見慣れた吉祥寺通りと、ボンネットがぐしゃぐしゃになった車と、折れ曲がったガードレールが映っていた。


「すぐ近くじゃん。最近、こういう事故多いよな」亨がしみじみと言った。


「ああ……」


 凌太はそのニュースが妙にひっかかった。


 吉祥寺通り、ボンネット――。


「どうした?」


 凌太はかじりかけの焼き鳥の櫛で頬を突いてみた。


 痛い。夢ではない。


「なにしてんの?」


「いや、あの事故……俺もまきこまれたような」


「まきこまれてたら、ここにいねえだろ」


「いや、まあ、そうなんだけどさ」


 そういえば、今日、吉祥寺通りを選らばなかったのはなんでだろう?





 夜遅く、アパートに帰ると、電子書籍アプリで漫画『ドラゴンジャーニー』をダウンロードした。

 全七巻で、一巻だけ無料で読めたのだ。

 歴史漫画は、壁の薄汚れた狭い音楽スタジオからはじまる。


 インディーズバンド「ドラゴンフリーク」の平竜星は、ぼさぼさ頭、童顔の若者で、エレキギターを弾いている。履き古したスニーカーでエフェクターのフットスイッチを器用に操作しながら、小気味よいカッティングやアルペジオを奏でる。


 長髪をピンでまとめたサトルが淡々とドラムを叩き、茶髪でショートヘア、派手な柄のミニスカートを履いたラムがベースを雑に弾きながら過剰に感情をこめた声で歌う。


 音の質を求める竜星とノリと見た目を重視するラムはことあるごとに対立し、自主製作アルバムに入れる新曲はまとまらない。

 サトルはため息をつき、退屈そうにドラムを叩く。軽快でメロディアスな楽曲のはずなのに、バンドには不協和音が流れている。

 ラムは機嫌を悪くして先に練習を切り上げて立ち去ってしまう。


 練習の帰り、竜星は突然ラーメンライスをおごってくれたサトルから別のバンドにも参加していることを告白される。

 さらに、美人でMCの上手いラムは売れっ子バンドに引き抜かれようとしていた。

 つまり、バンドは危機的状態だった。


 竜星は自分のラムへの嫉妬とひそかな恋心がすべての歯車を乱していることがわかっていた。

 これ以上続けても埒があかないと思い、解散を意識する。


 バイトに向かったサトルと別れたあと、そのまま帰るのがなんとなく切なかった竜星は、ふらりと目についたライブハウスに入る。

 浮いたラーメンライス代の千円でチケットを買った。


 めずらしいペルシア音楽の演奏会をやっていた。

 サントゥールという(ばち)で叩く風変わりな弦楽器の乾いたエキゾチックな音色が竜星を魅了した。


 そのどこかで聴いたような懐かしいメロディを聴いていると、竜星の意識は桃源郷のごとく甘い香りのする不思議な世界に吸い込まれていった。



「…なり、ひろなり、……広成!」


 耳元で名を呼ばれ、目を覚ますと、目の前を白い梅の花びらが舞っていた。


 彼は、烏帽子をかぶり、大勢の神主のような恰好をした連中といっしょに、庭園に面した屋敷の大広間で楽師たちの演奏を聴いていた。


 胡人(こじん)と呼ばれる波斯(ペルシア)系渡来人たちの弾く胡弓(こきゅう)やサントゥールはさっきと同じ音色で、同じ曲を奏でていた。


 起こしてくれた小柄な青年とその弟分らしき巨漢は、幼馴染の貴族、紀馬主(きのうまぬし)田口養年富(たぐちのよねふ)


 広間のはす向かいの少し離れた席で官女に挟まれ、居眠りしていた自分を見てくすりと笑った美人は、皇后の安宿媛(あすかべひめ)


 そして、竜星は平城宮に勤める貴族、平群広成になっていた。


 鑑賞会が終わると、広成ら三人は藤原邸の広い庭園を歩いて横切り、帰路につく。


「相変わらずお美しかったなあ、安宿媛様」と馬主。


「ひめ様、俺のほう見て微笑んでたんだ」と養年富。


「ばか、あれは居眠りしていた広成を見て笑ってたんだよ。なあ、広成、お前、ひめ様と親しかったったんだよな」


「あ、ああ。でも、子供のころの話だよ」


聖武(しょうむ)天皇ともお知り合いなのか?」


「天皇とは若いころ、憶良(おくら)先生の講義で何度かご一緒しただけだよ。それよりさあ――」


 広成は先ほど見た海外の楽器など、珍しい文物の魅力について、しらける馬主たちを気にせず、熱弁をふるった。


「天を衝く巨塔に石仏、駱駝という砂漠の牛、象という鼻の長い馬、犀という鎧を着た一角獣。見てみたいものだ」


 そうかと思うと、広成はとつぜん駆け出し、若者の蹴鞠の輪に加わって馬主をあきれさせる。


 俺もやるーと参加した養年富はその大きな顔に鞠が当たってずっこける。


 一堂は笑い、つられて馬主も笑う。




 広成の能天気なふるまいにはある理由があった。


 休暇の日、軽装な小袖姿の広成は、高台の草むらに座って都を一望しつつ、となりに座るのちの大僧正行基(ぎょうき)に、彼がある任務に志願したいきさつを語る。


「私は、ふたりを救えなかった」


 病気で亡くした妻と幼い娘。日本の技術がもう少し進んでいたら、彼女らを救えたかもしれない。

 だから遣唐使になって、唐から最新の知識を持ち帰りたい。そのためなら、自分の命など惜しくない。

 危険な旅になるだろうから、まわりを心配させまいと、無邪気な舶来もの好きを演じていた。


 それを手紙のやりとりだけで見抜いた恩師の山上憶良(やまのうえのおくら)は、次期遣唐大使の多治比広成(たじひのひろなり)宛に元遣唐使として推薦状を書いてくれた。

 大先生の推薦もあり、名前が同じで大使に親近感をもってもらえたこともあり、感触はまずまずだと、広成は嬉しそうに語る。


 しかし、その笑顔に、自らの命を軽んじる厭世的な影があることを老僧行基は見抜いていた。


 広成が行基と出会ったのは十五の頃だった。行基が信者とともに日本各地で行っていた治水事業に、平民のふりをして参加した。都の労役で働く奴婢と違い、行基集団はいきいきと働いていた。そのわけが知りたかったのだ。


 広成は、そこでひとりの同じ年ごろの娘と恋仲になる。仕切り屋の村娘とばかり思っていたが、実は、大臣藤原不比等(ふじわらのふひと)の娘、安宿媛だった。


 その後、聖武天皇の妃となった彼女は、皇族と藤原氏の権力闘争に巻き込まれていく。

 不比等の息子たち藤原四兄弟は、安宿媛の幼い息子、皇太子基王(もといおう)を呪殺したという嫌疑で、皇族の長屋王(ながやおう)に兵を向け、彼を自害に追い込んだ。

 反対者がいなくなり、皇族でない安宿媛を「妃」から「皇后」に昇格させることができた。藤原氏にとっては、政治を意のままに操るための大きな一手だった。


 広成は、少年の頃、長屋王邸の庭で得意の笛と舞を披露した日のことを思い出し、人知れず藤原氏を恨んだ。

 広成は長屋王に憧れていた。あんなにかしこくて、芸術や文化に通じ、この国のことを思っていた人はいなかった。彼の死は、少年期の広成の心に大きな影を落とした。


 あのとき、自分たちが行基とともに建てた橋の下で、男女の契りをかわしたあと、唐へ駆け落ちしようとせがんだ安宿媛の手をはなして選んだ未来は、果たして正しかったのか。


 広成は天を舞う(とび)を眺めて言う。


「あの鳥には――この都はどのように見えるのでしょうか」


「いつもと違う場所から世界を眺めてみるのも、ときには必要かもしれませんな」


 迷う広成の背中を押すように、行基が言う。




 広成が唐へ行こうと決意したきっかけはほかにもあった。


 不思議な夢を見た。泉から伸び上がるように出てきた白い巨龍が「長安へ行け」と命じたのだ。

 声には不思議と、意思を支配されるような魔力があった。

 運命には、変えられる小さな流れと、抗えない濁流のような大きな流れがある。その夢はそれを語っているように思えた。


 かつて安宿媛とともに行こうとした唐、そこへ行く機会がまた訪れようとしている。


 目を覚ますと、庭の藤の花が咲いていた。妻と娘が生前に植えた藤だ。


「おまえたちも背中を押してくれているのか――」


 ――。


   ――。


     ――。


 気付けば、竜星はライブハウスにいた。拍手に包まれていた。つられて自分もペルシアの楽隊にむかって手を叩く。

 ライブが終わり、ぞろぞろと退出する人ごみの中で、竜星はまだ自分が平群広成のまま平城京の都を歩いている気がしていた。


 ただの夢にしてはリアルだったと思い、アパートに帰ってインターネットで調べると、奈良貴族の平群広成が実在したことを知り、竜星は驚愕する。



 平群広成


 西暦734年、第十次遣唐使の判官として長安の都へ行き、玄宗皇帝に謁見。

 帰国時、嵐に遭い、四船のうち彼の乗った第三船は崑崙国(現在のベトナム中部。林邑(チャンパ)国とも)に漂着。

 部下115名は、疫病や賊兵の襲撃で3人を残して死亡。崑崙国王に助けを求めるも幽閉される。

 貿易商人の助けで脱出し再び長安に戻ると、唐の高官となっていた阿倍仲麻呂の援助で、渤海(ぼっかい)国(朝鮮半島北部から現在のロシア沿海部にかけて存在)経由で日本海を渡り、739年に帰国。

 その後、出世を重ね、最終官位は従四位上の武蔵守。752年死去。

 同じ遣唐使の紀馬主、田口養年富は唐で客死――。




 そこまでが第一話。

 凌太は亨の言葉の意味を理解した。

 無名作家にしては、作画のレベルが高く、構成も時代考証もしっかりしている。規律正しい役人の仕事や当時の都の生活風景も丁寧に描かれていた。複数のプロによるプロジェクトという話もうなずける。

 物語の展開も気になるが、なにより、誠実な好青年の平群広成や彼を慕う友人たちがとても魅力的に描かれている。


 凌太が気になったのは、広成が腰に下げていた宝剣だ。やや刀身の反った片刃の剣で、水色の鞘には勇ましい龍のレリーフ。刀身の付け根には三つ巴の風車紋。柄には翡翠らしき宝石が埋め込まれていた。

 以前読んだ刀剣図鑑によると、奈良時代にはまだ刀身の反った日本刀はなかったはずだから、大陸由来の唐太刀(からたち)だろう。装飾からして、平群広成が相当な身分であったことがうかがえる。中流以下の役人には派手な装飾の剣の帯刀は許されていなかったからだ。


 第二話には、三人目の主人公が登場する。

 ナギ――のちに海賊によって風鬼(ふうき)という二つ名を付けられる美少女。ボーイッシュな短めの髪型の可愛い外見だが、天性の身体能力と明晰な頭脳、したたかな行動力をもつ。


 ナギは母エグニと伊豆の山中で暮らしていた。狩猟採集を生業にする日本列島の原住民、蝦夷(エミシ)と呼ばれる縄文系部族の末裔だ。


 そこに朝廷の隠密部隊大伴衆が「土蜘蛛狩り」と称して現れる。かつてエグニが隠密として関わった基王暗殺の口封じが目的だった。


 エグニは常人ばなれした体術と毒の刃で刺客を倒していくが、大伴衆に随行していた多胡弥(たこや)という謎の隠密に背後から刺される。

 多胡弥は相手に念を飛ばして姿を見えなくする隠形術の使い手だった。さすがのエグニも見えない敵の攻撃はかわせなかった。


 多胡弥は死にゆくエグニの背中を笑いながらふみにじり、術を見た大伴衆をも口封じのために躊躇なく殺した。


 エグニは未完成の不死の術を使って復活し、反撃しようとするが、術は不発に終わる。復活は多胡弥が見た一瞬の幻に過ぎず、エグニは彼の足もとに横たわったままだった。


 母の死を目の当たりにしながら何もできなかったナギは、その後の人生を復讐のために生きることになる。


 ナギは多胡弥を追って西へ旅立つ。彼が朝廷の密命で唐に渡ったという情報をつかむと、博多から朝鮮半島に密航する。交易商人からその世渡りの巧みさを買われ、唐へ向かう新羅(しらぎ)商船に船員として同乗する。


 唐沿岸部を牛耳る海賊のラヤン一味に襲われるが、母の形見の風車で風を読み、神がかった弓術で敵を倒していく。しかし、船は拿捕され、奴隷にされてしまう。


 そんな壮絶なナギの人生の一幕を夢で体験した竜星だが、彼女の物語はすぐに忘れてしまう。彼女は広成ほど竜星とのつながりが強くないようだった。


 竜星の現実は悪いほうへ向かっていた。サトルとラムにバンド解散を宣言し、日雇いのバイトを転々としながら、ギターも弾かず、音楽も聴かず、怠惰な日々を送っていた。


 最後のミーティングのあと、涙目でいつもの井の頭公園の喫茶店を出ていったラムとはそれ以来会っていない。彼女はドラゴンフリーク解散をきっかけに新バンドに加入した。サトルもそうだった。竜星は、自分の決断が二人の華々しい門出になるのだと自分に言い聞かせた。


 一方、八世紀に生きる平群広成は順風満帆だった。晴れて遣唐使に選ばれたのだ。馬主と養年富も一緒だった。彼らにも彼らの理由があって、それぞれ渡唐に志願した。


 天平五年(西暦733年)四月、水夫を入れると総勢五百人あまりの遣唐使一行は、四隻の遣唐使船に分乗し、現在の大阪港にあたる難波津から出航。大宰府や長崎を経て、外洋へ漕ぎ出した。


 新羅との関係が悪いので、朝鮮半島沿岸を進む安全な海路は使えない。風を待って、一気に数日かけて東シナ海を渡りきるしかなかった。黒潮という世界最大級の海流を越えて。


 遣唐使船の乗員は、使節団、留学者、専門職、船員に大別される。


 使節団は、大使が白髪まじりの多治比広成、副使が小太りの中臣名代(なかとみのなしろ)、幹部官僚の判官が、平群広成、紀馬主、田口養年富、秦朝元(はたのちょうげん)の四人。準判官に大伴首名(おおとものおびとな)、記録係の録事が四人、それらの補助者が数名。


 留学者は、留学生、留学僧、技術研修生など。さらに、貴族には従者がつく。帰りの船には乗らず、次の遣唐使が来るまで在留し続ける者もいる。


 専門職は、射手、医師、神主、陰陽師、祈祷師、通訳、船大工などがいて、各船に分乗する。


 そして、乗員の半数以上を占めるのが船員で、船長の知乗船事を筆頭に、船師、操舵手など。その中でも最も多いのが水手(かこ)と呼ばれる漕ぎ手だ。


 遣唐使船は平底箱型で、二本の帆を持つが、風のないときや沿岸部では水手が船の両側面に張り出した足場に乗って、長い櫂で一斉に漕ぐ。


 馬主と養年富は、唐語が得意だったというのもあるが、もともと家柄の力があり、コネと賄賂で判官になった。


 馬主は出世のチャンスをつかむため、必ず生きて妻子のもとへ戻ると誓う。


 養年富の志願は、彼を役立たず扱いする父の指示でもあったが、ごつい顔に似合わず繊細で温厚な仏教徒の彼は唐の大仏や寺を見てみたいという探求心があった。


 広成ら三人が狭き門の遣唐使に選ばれたのにはもう一つ理由があった。


 はじめに上陸した蘇州(そしゅう)(現在の上海付近)の裏町で十数人のゴロツキに囲まれても軽くいなして撃退するほど、彼らは剣が達者で、若いころから山賊退治でその名をとどろかせていた。


 三人とも、伝説の武官武内宿禰(たけのうちのすくね)の血を引いており、好戦的な馬主はとくにそれを誇りに思っていて、自分や広成たちがなめられるのをなにより嫌った。


 もう一人の判官、唐生まれの帰国子女で博識の秦朝元は三人に冷ややかで、裏町でもめごとを起こしたことを大使に密告し、広成たちが中臣副使に絞られる様を冷笑した。


 朝元の部下の大伴首名も無口すぎて不気味な男だった。広成や朝元よりやや年上の三十代半ば。小柄だが筋肉質で、地方回りの武官ということしかわからなかった。


 遣唐使は船員を入れて総勢五百人だが、長安入りには人数制限があり、選ばれた百人以外は蘇州とその北の揚州に残って短期研修生として研鑽の日々を過ごすことになった。


 広成たち使節団を中心とする入京組は唐政府の引率で運河をのぼり、長安を目指した。西へ西へ、船や馬を乗り継ぎ、さらには徒歩で、大陸の内部へと分け入っていく。

 大河、巨大運河、草原の地平線、蒙古馬と羊飼い、岸壁に彫られた巨大石仏。雄大な景色はつきることなく、若者たちの心を揺さぶった。


 竜星は夢のなかで広成の人生を断片的に追体験し、起きたあとも覚えているが、広成のほうは、竜星のもつ現代の情報をぼんやりと知るだけだった。

 広成は馬主と養年富が「唐で客死」することはわかるが、竜星の伝えたい情報がすべて彼に伝わるわけではない。

 短気だが身内想いの馬主と愚鈍だが心優しい養年富を救うために広成と竜星が協力していくのだろうという予感を残し、第二話は終わる。


 印象的だったのは、出発前の難波宮での壮行会のエピソードだ。

 見送りが同僚や遠い親族だけの天涯孤独の広成は、家族に囲まれた馬主や養年富をうらやましく思った。

 唯一、彼が救われたのは、壮行会の席に少しの間だが安宿媛が遅れて顔を出したことだ。

 ふたりは離れた席で言葉をかわすことなく、目と目で、互いのこれまでとこれからを祝福しあう。

 広成が遠くの安宿媛に向かって誰にも聞こえない小声で「いってきます」と言うと、媛のくちびるが「いってらっしゃい」と動く。


 ――。


 凌太は、そのあと、つづけて第三、第四話と読み進めた。


 やがて、竜星と広成の意識がシンクロした理由や、暗躍する敵の存在が明らかになっていく。


 遣唐使たちには、陰謀渦巻く長安での波乱に満ちた冒険が待ち受けていた。


 ページをくる手は止まらなかった。創作の道で行き詰まる竜星に共感し、異世界の冒険に心が躍った。竜星とともに、偉業を成し遂げようとする広成たち遣唐使を応援した。


 物語中盤で広成とナギが出会うと、彼らの運命が大きくうねりだす。


 凌太は三巻の途中まで読んだところで、いつしか寝てしまった。フィクションと現実、竜星と広成とナギの人生がまざりあい、絡み合いながら、夢の世界に落ちていった。




 2 聖地井の頭


 目が覚めたとき、凌太はアパートの低い天井を見つめながら自分が竜星ではないかと一瞬思ってしまった。


 なんせ、ここは竜星のアパートなのだから。


 作中の部屋とは少し違うが、おそらく、作者がこのあたりに住んでいたのだろう。窓の外にケヤキの木はあるし、吉祥寺北町の月見小路沿いなのも一致している。感激したナティの気持ちもわかる気がした。


 とりわけ戦闘シーンに迫力があった。キャラのバックストーリーや心の動きも丁寧に描かれていて、感情移入させられる。そして、その絵にはまるで奈良時代の東アジアを実際に見聞きしてきたかのような臨場感があった。


 しかし、妙な違和感があって、どうも素直にストーリーを吞み込めない。

 たしかに面白いのだが、本当に漫画を自分が読んだのか、それとも誰かに聞かされた話を想像したのかわからない。そんな妙な感覚があった。


 ぴんぽーん。 


 引っ越しの荷物の整理をおおかたすませ、掃除をしていると、呼び鈴が鳴った。

 おそるおそるドアを開けると、アメフト選手のような筋肉質な白人男性が立っていた。

 緑色のタンクトップが胸板に張り付いた巨漢で、短く刈り込んだ金髪ときれいな碧眼。彼も例にたがわず、大きなバックパックを背負っていた。


「スミマセーン、ここ、リュウセイの部屋ですか」


「リュウセイの……部屋です」


「ちょっと、裏のケヤキの写真を撮らせてもらえませんか?」


 三人目の巡礼者はいちばんまともな対応だった。モニカの厚かましさを見れば誰でも真人間に見えるのかもしれない。


「あなたもドラゴンジャーニー好きなの?」


「はい、ダイスケでーす」


「俺は凌太です」


「ロハスとイイまーす。フロム・メルボルンです」


 ロハスはきちんと靴を脱ぎ、シャカシャカとスマホでケヤキを撮った。

 前のふたりとは違い、冷静に、まるで記録写真を撮っているようだった。しかし、アニオタとはそういう人のほうが普通なのかもしれない。感動を自己のなかで静かに完結させるのだ。


「スゴーイ、この角度、竜星のラストシーンそのものでーす!」


 と、思ったら、彼もモニカやナティのようにはしゃいだ様子で言った。


「梅の木はないんですかー?」


「え、ラスト? 梅?」


「観てないんですかー? ソーリーソーリー! ネタバレソーリー!」


 確かに、漫画ではケヤキのとなりに梅の木があった。でも、このアパートは、ケヤキのとなりは自転車置き場になっている。何から何まで同じというわけではないようだ。


 ロハスは何度もお辞儀をしながら出て行った。去り際があっさりしていることは皆共通しているが、しかし、海外のアニオタのバリエーションが多すぎて驚くばかりだった。


 ロハスが去った小一時間後、また呼び鈴が鳴る。

 一生分の来客が押し寄せている気がした。

 のぞき窓の向こうにいたのは、モニカとナティだった。今日はバックパック姿ではなく、身軽そうな装備だ。


「おはよー、吉祥寺観光行こー!」


 なんで? と思ったが、頭の中に昨夜の顛末がよみがえった。


 西荻窪の路地裏で飲んでいたところ、酒瓶を持って飲み歩いていたモニカに遭遇。酒客たちとハイタッチしている彼女と目を合わせないようにしたが、すぐに見つかり、一緒に飲むはめになった。彼女は外国人旅行者を何人も引き連れていて、その中にナティもいた。


 記憶がどんどんよみがえる。


 彼女らは同じ西荻窪の安宿に泊まっているということだった。その宿には、ほかにも聖地巡礼の外国人が多く泊っていて、メキシコ人やデンマーク人やイスラエル人が湘南や秩父や大洗に出かけて行ったという。すごい時代になったものだと凌太は思った。


 いつの間にかナティは帰ったが、凌太と亨はモニカやメキシコ人たちと一緒に六軒の飲み屋をはしごし、意識が飛ぶ寸前まで飲まされた。どうやって帰ったかは覚えていないが、次の日、モニカを吉祥寺観光に連れていく約束をしたことだけはぼんやり覚えていた。


 メキシコ人たちは別の巡礼地へ向かったそうで、ついてきたのはナティだけだった。


 観光と言っても、かなり前から予約が必要なジブリ美術館以外に、吉祥寺にはとくにこれと言った観光名所があるわけでもない。とりあえず井の頭公園へ行くことにした。


 途中の八幡神社や、サンロード商店街のアーケードや、ヨドバシカメラ裏の竜星が遣唐使について調べ物をした図書館や彼がペルシア音楽を聴いたライブハウスを見つけると、二人はいちいち騒いで写真を撮るのでなかなか進めなかった。


 ソープランドに入ろうとしたモニカを全力で止め、こわもての焼鳥屋の店員と記念写真を撮る彼女らをなんとか誘導し、公園入口にたどり着いたころには昼をとっくに過ぎていた。


 二人が行きたいというので、第一話で竜星とサトルが入った店でラーメンライスを食べた。食券代はなぜか凌太が立て替えた。


 朝十時にアパートを出発したが、一キロ先の公園についたのは昼の三時だった。


 モニカとナティは聞きなれない謎の言語で話していた。訊くと、インドネシア語ということだった。


 公園の木々は夏の枝葉をこれでもかと広げ、黄緑色の木漏れ日が地面を覆っていた。


 たくさんのスワンボートが浮かぶ井の頭池を望むベンチに腰掛け、三人で身の上を話しながらアイスを食べた。


 二十三歳のモニカ・サンダーはロンドン出身、元モデルの無職バックパッカー。祖母がインドネシア人、その母の曾祖母が日本人。親の仕事の関係で少女時代はアジア各地を転々とする暮らしだった。小中学生のときにジャカルタと京都に住んでいて、そのときにインドネシア語と日本語を覚えた。


 二十歳の葛城凌太は大阪生まれ。シングルマザーの母親は仕事で日本とアメリカを行ったり来たりしていて、祖父母に育てられる。全寮制高校への進学を期に上京したが、しばらく大阪の実家で暮らしながらアルバイトをすることにした。


 漫画家を目指していたことは黙っていた。もし読ませてほしいなんてことになったら、『ドラゴンジャーニー』と比べられてへこむのがオチだ。


 十六歳のナティはジャワ島中部の古都ジョグジャカルタ出身、首都ジャカルタ在住の高校生で、アルバイトで旅費を貯め、日本旅行に来た。日本語は独学で、主にドラマやアニメで覚えた。


「十六でバイトして一人で海外旅行……俺なんか修学旅行で台湾しか言ったことないのに」


「一人旅の条件として、日本語検定の合格と、テストで学年三位以内っていう先生との約束のほうが大変でシタ」


 公園はにぎやかだった。大道芸人がジャグリングをし、派手な帽子の老人がギターを演奏している。アクセサリーを売る露店が並び、おばさんがコーギーを散歩させている。


「奈良のあとは難波から船で大宰府に行って、そこから蘇州に行くねん」


「それって遣唐使のルート? でも、難波っていまは港じゃなくて、吉本の劇場しかないよ」


「そうなん?」


「大宰府って……福岡か。客船とかあんのかな」


「凌太も行くやろ?」


「なんでだよ」


 通りすがりの散歩のコーギーが現れると、モニカが飛びつくように頭を撫で、ナティが写真を撮った。


 凌太は自販機にジュースを買いに行った。


「あれ、葛城?」


 近づいてきたのは背が高く、前髪が長いチャラ男。髪型が変わっていたが、すぐわかった。高校の同級生だった男だ。バスケのスポーツ推薦で有名大に入ったというのを人づてに聞いた。


 その後ろにいたポニーテールの女性を見て凌太は足が竦んだ。

 同じく、同じクラスだった西尾亜由美。すらりとした足と端正な顔立ちはあのときのままだった。


「おまえ、まだ東京いたんだ」


「あ、ああ。でも、もう明日、大阪に帰るんだ」


「ふうん。まだ漫画描いてんの?」 


「いや、それは昔の話でさ。色々あって」


「まあ、どうでもいいけどさ」


 そばにいる亜由美はバツの悪そうな顔をしている。


「あのさ、もう会うことねえだろうし、東京出る前に亜由美にひとこと謝っといたほうがいんじゃね?」


 単刀直入な言葉で、凌太の頭に過去の光景がフラッシュバックする。


 高3の時、文化祭で同じ執行委員になった亜由美とはじめて喋った。元子役で、雑誌の読者モデルをしていた彼女は高嶺の花だったが、漫画好きという話を聞いて、思い切って漫画を描いていることを打ち明けた。


 彼女の反応は思いのほか好意的だった。読んでみたいというので、最新作のデータをメールで送った。そのときに、馬鹿なクラスメイトから回ってきた子役時代の亜由美のスクール水着姿の画像を、誤って一緒に添付してしまった。


 あとから気づき、ラインで謝ったが、返事はなかった。凌太は無言で執行委員を辞め、彼女を避けるようになった。すこしした後、亜由美は担任に通報した。


 いつの間にか、漫画のデータもクラス全員に回されていた。

 そのファンタジー漫画のヒロインが亜由美に似ていると言われ、凌太は卒業まで変態の汚名を着せられた。亜由美に謝るどころか、近づくことすら許されなかった。


 書き換えられるなら、書き換えたい過去のひとつだ。


「……ごめん、西尾さん」


 子役時代に受けたセクハラが忘れらず、彼女は芸能界を諦めたという。その原因のひとつが凌太のメールにあると、当時彼女の取り巻きたちに責められたことを凌太は思い出す。


 彼女は歌や演技が苦手で、単純に挫折しただけだということも彼女をよく思わないクラスメイトは言っていた。


 どちらが真実かはわからないが、おそらく後者だと凌太は思っていた。


「今更遅いけどな。まさかおまえ、今でも亜由美のこと漫画に描いてんじゃねえよな」


 口調は厳しいが、目が笑っている。楽しんでいるのだ。遠巻き眺めていたモニカとナティは「はにゃ?」という顔をしている。


 亜由美は「もういいよ、行こ」と言って、男の袖を引っ張る。

 

 二人が立ち去ったあと、ふおん、と空気が振動した。

 いつのまにか、モニカが沢尻の前に立っていた。


「あのさあ、人のせいにする前に、自分の実力不足を認めたらどうや?」


「なんだよ、おまえ」


「あんたとちゃうわ、そこのアイドル崩れに言うとんねん」


 モニカは亜由美を指さす。


「凌太に避けられて振られたと思って、仕返しに変態扱い。挙句、自分が夢破れたのを他人のせいにする。あきれてものも言えんわ」


 亜由美は顔を真っ赤にして、「もういいよ、行こ」と言って男の袖を引っ張る。二人は怪訝な顔をして立ち去る。


 凌太もまた困惑していた。なぜモニカがそんなことを知っていたのか。あんな込み入った事情を今の会話だけで察したとは考えられない。


 いや、モニカとナティに高校時代に起きた事件の顛末を話した気がする。亜由美たちが立ち去ったあとに。

 

 いや、あれ? でも二人が立ち去ったのはついさっきだ。記憶が錯綜している。


 モニカに訊くと、「あのダサいにいちゃんが凌太にやいやい話してる間に、ナティが教えてくれてん」と言った。


「凌太に振られたと思って、ってゆうくだりはウチの想像やったけど、図星やったみたいやな」


「ナティに俺、いつあいつらのこと話した?」


 そのナティは、少し離れた場所で誰かに声をかけられていた。

 相手はリュックを背負った大柄な外国人――ロハスだった。

 タンクトップのマッチョマンは、「こにちわ、リュウセイさん」と言って手を振ってきた。


「だから、リュウセイじゃないって」


「知り合い?」


「ああ、朝、あんたらと同じように、うちに巡礼に来た自称オーストラリア人」


「へえ、どうやって見つけたんやろね、あんな場所」


「有名じゃないの?」


「いいや。ふたりであのへんを手分けして探してて、ナティが裏の木を見て偶然気づいたんよ。SNSに投稿もしてへんし」


 モニカが不審そうな顔をする。


 ロハスが近づいてきた。


「ハロー、マイネームイズロハス。ハウアユー?」


「アイムファイン、サンキ……」


 きゃーっという悲鳴が背後から聞こえた。


 公園の入口、こちらに向かって降りてくる階段のスロープを、赤ん坊を乗せたベビーカーが猛スピードで下っている。


 母親が階段を駆け降りるが、とても追いつける距離ではない。不運にも階段の下には誰もいない。あたりが騒然となる。


 びゅん、という風が吹いた。


 見ると、モニカが凌太の横をすり抜け、猛ダッシュしていた。すごい脚力だが、階段まで二十メートル以上はある。それでも彼女は全力で走った。

 モニカのダッシュが間に合う前に、ベビーカーが手すりにぶつかって転倒し、赤ん坊が投げ出される。


 その場にいた誰もが絶望したそのとき、ふおん、と世界が揺れた。

 景色が色をなくし、空間がゆがみ、気づけば景色が変わっていた。


 モニカはさっきよりもずっと先にいた。階段の中ほどでベビーカーを支えていた。


 ナティは凌太のすぐそばに立っていて、ロハスはひとりで池のほとりからモニカが拍手を受けているのを見ている。


 そして、フリーズしていた記憶が、どっと押し寄せてくる。


 ベビーカーに気づいたナティがインドネシア語でなにかを叫ぶ。モニカがすかさずダッシュして、間一髪、ベビーカーの転倒をふせぎ、赤ん坊を救った。


「ナティ、いま……」


 ナティは笑顔だったが、顔色は悪く、ずいぶん疲れているように見えた。


 一躍英雄になったモニカは赤ん坊の母親に何度もお礼を言われている。


「すごいスピードでしたね、彼女。ボルトみたいだった」とロハス。


 小走りで戻ってくるモニカ。


「ハロー、スーパーウーマン。マイネームイズロハス。ハウアユー?」


「あれ」凌太はさらに戸惑った。「そのやりとり、さっき……」


 なぜかリプレイされている。

 なんなんだ、さっきから。謎が乱舞している。




「じゃあ、ウチはこれで」


 モニカは井の頭公園を出ると、夕暮れをバックに突然立ち止まって言った。


「え?」


「こっからはひとりで行くわ。宿で荷物とってそのまま行く。ありがとね、凌太」


「え?」


「気を付けてね、ナティ」


「はい、ありがとございましたー。トゥリマカシ」


「凌太、ナティを奈良までよろしゅうねー」


「え? 奈良?」


 モニカは十ドル札を三枚凌太に差し出した。


「昼間のラーメン代。これでペルシア人のライブでも観て。じゃあね、ナティ。連絡してねー」


 モニカは逃げるように立ち去り、タクシーを止めた。


 凌太は拍子抜けし、笑顔で手を振るナティとともに、タクシーに乗り込む彼女を呆然と見送った。


「モニカ……どこ行ったの?」


「わかりまセン。でも、きっと、彼女の次の聖地デス」


 あっさりしすぎている。ロハスもあのあとさっさと立ち去ったし、バックパッカーってのは、そういうものなのだろうか。


 しかし、なんだかんだ、美女との別れと夕暮れはせつない。

 芽生えかけていた淡い期待がしぼみ、いつもの現実に戻る。まあ、そうだよな、と、負け癖のついた根性が心のなかでつぶやく。


「まあ、とりあえず、ごはん行くか?」


 ドル札は使えないが、金券ショップに行けば二人分の夕食代にはなるだろう。


「はい」


 ナティは笑顔で答える。


 ダイヤ街のタイ料理店に入った。ナティがトイレに手を洗いに行くと、凌太は気になっていたことをスマホで調べる。そして驚愕する。


 モニカ・サンダーは有名なスーパーモデルだった。パリコレに出演し、有名雑誌の表紙をかざり、サッカー選手や大物俳優との恋の噂があり、そして、一年前からメディアからぱたりと姿を消した。理由は明らかにされていないが、うつ病や統合失調症の噂があった。

 パリコレのときの写真を見ると、神々しささえあり、まるで異星人だった。


「すごい、サインもらっとけばよかった」


 トイレから戻ってきたナティにそのことを興奮気味に伝えると、ナティは予想に反し、すこし機嫌を悪くしたような顔になった。

 もしかして、嫉妬したのだろうか?


「ところで、ナティはどんなアルバイトしてたの?」


 ナティは自分のスマホをいじると、笑顔で動画を見せてくれた。

 野外のステージで、おそろいのひらひらした衣装を来た少女たちが歌って踊っている。大盛況で、観客席は超満員だった。


 しばらく動画を見ていて、凌太はその二十人余りのアイドルのなかの、真ん中で歌う長髪の美少女の顔に見覚えがあることに気づく。


「まさか」


 ヒジャブをかぶった目の前の少女と、マイクを持ってインドネシア語で歌うセンターの少女の笑顔が重なった。


 どや顔のナティと目が点になった凌太のもとに、タレーパッポンカリーとガイガパオが運ばれてきた。


「……すみません、なめてました」


「もう辞めました。今はただの高校生でス」


 ふたりは『ドラゴンジャーニー』について語った。

 好きなキャラクター、好きなシーン、好きなセリフ。


 凌太の好きなキャラクターは長安編から登場する長期留学生の下道真備(しもみちのまきび)だった。竜星や広成以上の童顔の中年で、盗賊のコサムイを薬学に詳しい高僧にしたてて帰国後の出世に利用しようとするなど、人を食ったような大物ぶりと、愛すべき人間臭さがあり、それでいて根は仲間思いのインテリだ。


 長安編では広成たちのブレインとなり、王都で暗躍する暗殺者たちの計画を推理しつつ、敵の策士を囲碁対決で足止めするという活躍を見せる。


「最初のセリフがよかったね。近づいてきた盗賊のコサムイが坊さんのふりをしてあれこれしゃべると『あの玄昉(げんぼう)の友人っていうからどんな人かと思ったら、わりとまともなことを言うね』っていう」


 凌太は真備のセリフを読み返そうと、スマホの電子書籍アプリを開いた。

 ところが、ライブラリに『ドラゴンジャーニー』はなかった。購入履歴もない。


 おかしい、と思ったが、よくよく思い出してみると、昨晩は遅くまで飲んで帰ってすぐに寝たので、漫画を読むひまなどなかった。つまり、『ドラゴンジャーニー』をまだ読んでいないし、買ってもいないのだ。


 でも、なぜかストーリーを知っている。読んだことがある。

 凌太の様子に気づいたナティは、申し訳なさそうな、悲しそうな顔をした。


「書き換えまシタ」


 凌太はナティの言葉の意味がわかるまで、しばらくかかった。しかし、書き換えたということで、昨日からの不思議な現象の理由がわかった。

 いや、でもそれは漫画の中の話であって、現実に起こるわけがない。


「気づいていたんでショ?」


「まさか、千里眼……ナティが使っていたっての?」


 ナティはうなずく。


「たまに、気づく人がいるんデス」


 千里眼――。


『ドラゴンジャーニー』の第三話。


 遣唐使一行は大きな町に着くたびに、こぞって妓楼、つまり遊郭に遊びに出かけた。


 羽目を外す馬主たちと違って、まじめな広成はたしなむ程度にしていたが、洛陽で出会ったリューシャという胡人妓女の蠱惑的な魅力と知的な話術に惹かれ、連日通い詰めるようになる。


 リューシャはインドとペルシアの挟撃で数百年前に滅んだエフタルという国の王族の血を引いていると言った。そのエフタルに伝わる魔術のひとつが「千里眼」だ。エグニが生前研究していた不死の術や多胡弥が使った隠形術も、時空を超越し、人や物に宿る霊的な力――魔奈(マナ)を源とするものだった。


 魔奈を通じて子孫の竜星と意識がつながった広成に、「目」として降りてきた竜星の意識。しかし、それは不完全で、広成にとっては夢のお告げ程度の効果しかない。竜星が生まれてくることが広成の時代ではまだ確定していないからだ。可能性のひとつに過ぎない子孫からの未来の情報もまた不完全で、実現するとは限らない。


 馬主たちの死を回避するため、千里眼の能力を高めるにはどうすればいいか広成はリューシャに訊く。部屋の開き窓を開け、満点の星明りを受けながら、リューシャは語る。


「巡礼の(しるし)」というエフタルの秘術について。


 未来の竜星でしか知りえない情報を広成がこの時代に「印」として残し、それを未来で竜星が見つける。そうすることで、広成と竜星の結びつきを強め、予知能力が強化される。

 未来からの情報により行動を変え、その後の歴史を変えることになるが、「印」があることで、情報を発信した竜星が生まれてくるという事実がゆらぐことはないという。


 竜星が行きつけのバー・クラウドでその話をすると、金髪のマスターは興味深い怪談話をはじめる。


 ある霊感の強い人が、知らない町で、子供になって遊ぶ夢を見る。そこで会う人たちはみな、子供も大人も祖父母のようになまっていて、着物を着ている。町には電信柱も住み慣れた団地もないが、道や川、神社や裏山の位置関係から、自分の町だとわかる。


 そこがタイムスリップした過去の世界だと確かめるために、彼は神社の柱に目印となる傷をつける。


 ある朝、夢から覚めて、神社に行ってみると、たしかに自分がつけたその傷があったという。

 

その話からヒントを得た竜星は、自分も広成に「印」を残させ、長安――つまり今の西安(シーアン)へ行って、それを見つけようと考える。千里眼を強め、歴史を変えるのだ。そうすることで、この如何ともしがたい人生が書き換わるかもしれないからだった。


「自動車事故も、亜由美サンのことも、ベビーカーも、私が過去に情報を送って出来事を変えました」


 ナティの告白に、凌太は困惑する。


「昨日、西荻で君らが俺と会ったのも書き換え?」


「お店でお客さんどうしが喧嘩になっていて、それを避けるために書き換えを使いました。そうしたら、私たちがお店を出るタイミングが変わって、モニカがあなたを見つけマシた、書き換え前は、あなたを見つけられませんでした」


 そうだ――ほかにもある。昨日、駅に行くのに吉祥寺通りを通らなかったのも、途中でナティとモニカに見つかったからだ。二人が話しかけてきて、サンロードはどっちだと聞くので一緒にアーケード街を駅まで歩いた。凌太は西荻で降り、二人は秋葉原に向かった。


「直前でなく、少し前を書き換えると、記憶が少し薄れます。なので、私も自動車事故のことははっきり覚えていませでシタ」


「ナティはともかく、なんで俺は書き換え前の記憶があるんだろう。まわりのみんなは気づいてなかった」


「きっと、竜星の部屋に住んでいたから、あなたも魔奈を受け継いだんデス」


 と言って、ナティはまたにこりと笑った。


 冗談なのか、妄想なのか。しかし凌太はナティの知的な目からはそのどちらも色も見えなかった。


「つまり、子孫から受け取った情報をナティが印として残して、それをまた子孫が未来で見つけて、千里眼を強めたってこと?」


「……印をくれたのは、私の子孫じゃありません。すこし未来の私でス。印を残したら、千里眼が強くなったので、きっと、未来の私がそれを未来で見つけたんでス」


「千里眼を使うと代償があるっていうけど、そうなの?」


「……少し疲れるだけです。すぐ回復します」


「で、未来のナティが教えてくれたのって、どんな印なの?」


 ナティは怯えたような表情になった。彼女の記憶の中で、なにか不吉なものが蘇ったようだ。くちびるが少し青ざめて見えた。


「私は――」


 凌太は手のひらをナティに見せた。


「――いや、いい。言わなくていい」


 ナティはきょとんとした。


「いや、なんか、つらそうだから、無理に話さなくていいよ」


 ナティを気遣ったように見せて、本当は自分を守るためだった。


 直感的に、なにか恐ろしい未来が、ナティの言葉とともに現れる気がして、聞いてしまうと取り返しのつかないことが起こる予感がして、とっさに蓋をとじたのだ。


 未来予知に支払われる代償が少し疲れる程度で済むはずがない。


 ちょっとの歯車のちがいで運命は大きく変わる。大勢の生き死にに影響する。


  『ドラゴンジャーニー』で、バー・クラウドのマスターが竜星に言った忠告を思い出す。


 ――柱の傷程度ならいいけど、歴史を変えてしまうってことはさ、つまり、それによって生まれてこなくなる人がいるかもしれないってことじゃないか?




 3 聖地武蔵国


 オカルト用語で「オーパーツ」という言葉がある。「場違いな工芸品」という意味だ。

 その時代や場所ではありえない技術でつくられた人工物。


 当時未発見だった南極大陸の海岸線が描かれたピリ・レイスの地図。

 ムー大陸が描かれた聖徳太子の地球儀。

 古代の南米で作られた精巧な球体の石。

 核爆発らしき痕跡があるモヘンジョダロ近郊の遺跡。

 謎の言語で未知の植物が描かれたヴォイニッチ手稿など――発見者の捏造や勘違いも多いが、もしそれらが未来からの情報をもとに作られた人工物だとすれば、情報の発信源である未来人、それを作った古代人、作られたものを見た現代人はひとつの世界線でつながることになる。


『ドラゴンジャーニー』はそんな仮説をもとに描かれたSF作品で、世界線を共有するための条件が「巡礼の印」、つまりオーパーツを見つけることにある。


 しかし、その世界線も一定ではなく、強固なものにするには、印を見つけ続けなければならない。強固になれば、世界線上を流れる魔奈から情報を読み取る力も強くなる。それが「千里眼」だ。


 その千里眼を使えるナティが目の前にいる。


 世界観がひっくりかえるような現象を目の当たりにしながら、なぜかすんなり受け入れてしまっていることに凌太は困惑した。なにより彼を戸惑わせるのは、それがナティの笑顔にほっこりさせられるからだという不可解な理由にあることだった。

 なんだかんだ、男は女の魅力的な笑顔を見ると、大概のことは許せてしまうものなのだ。


 次の日、そのナティの希望で、凌太は府中にある武蔵国司跡に彼女を連れて行った。

 土曜日なので、亨も誘った。モニカがいないので少し残念そうだったが、歴史好きの亨は武蔵国司について得意げに語った。


「つまり、奈良時代の県庁だ。当時、国司という役人が中央政府から地方に派遣されて各地を治めていたんだよ」


 平群広成の最終ポジションが武蔵国司だから、ある意味、ドラゴンジャーニーのファンにとっては聖地なのだろうと凌太は思った。


 吉祥寺から京王井の頭線に乗り、明大前で乗り換えて、おそよ三十分。遠くはないが、近くもない。凌太は府中に来たのははじめてだった。


 荷物はすでに大阪の実家――といっても今は祖母しか住んでいないが――に送って、手荷物はナティのバックパックと一緒に府中駅のコインロッカーに預けた。


 駅から十分ほど歩いた住宅街にその史跡はあった。史跡と言っても、残っているのは柱の土台だけで、コンビニ程度の広さの敷地に平屋の無人展示館があるだけだった。

 そのとなりには、古代からあるという大國魂神社があり、巨木が守る長大な石畳の参道を見てナティはえらく感動していた。


「参道は神様の通り道。だから、参拝客は参道の端を歩くんだ」と亨が得意げに話す。


 参道沿いの歴史博物館に入ってみると、古代の遺物が展示されているほか、奈良時代の府中をCGで再現したバーチャルビューがあった。


 草原と川しかない武蔵の平野に建設された小ぢんまりした宮廷と、そこに住む人々、近くの市場の様子などが画面に映し出され、ボタン操作で奈良時代の住人と会話することもできた。


「広成、出てくるのかな」と凌太が言うと、亨は笑った。


「なに言ってんの? 出てくるわけないだろ」


 ボタン操作で神社のような宮廷内を進み、烏帽子をかぶった役人と会話する。


 ――国司の紀馬主様は連日まつりごとでお忙しい。


 役人の言葉に凌太は困惑する。


「あれ? なんで馬主が国司? 広成じゃなくて?」


「おまえ、ドラゴンジャーニー最後まで読んでないの? あーあ、ネタバレじゃん」


 凌太が昨日読んだ時点では、まだ馬主も養年富も生きていたが、無事に日本に帰れるかどうかはわからない。おそらく、漫画は結末を史実に合わせるだろうから、少なくとも、馬主は生還するのだろう。


 凌太には、しかし、違和感があった。

 広成が帰国して国司になるはずが、物語の中で歴史がひっくり返った。そして、今のバーチャルビューによると、馬主の帰国は史実に反していない。

 つまり、命からがら帰国したのは紀馬主であって、平群広成のほうが唐で客死したというのが史実。


「ドラゴンジャーニーは、漂流して行方不明になった平群広成が、もしかしたら東南アジアで生きていたかもしれないっていうフィクションだ」


 亨の言葉がうまく飲み込めないのはなぜか。


 そして、ナティの言った、「竜星の部屋に住んでいたから」という言葉。


 千里眼を使えるナティ。


 つまり、『ドラゴンジャーニー』は実話で、物語とこの現実が地続き――?



挿絵(By みてみん)



 凌太とナティは亨が買ってくれた駅弁をもって東京駅から新幹線に乗った。


「あの亨君がおごってくれるなんて……」


「泣いてるんですカ?」


「サトルが竜星におごったラーメンライスは手切れ金だった。つまり、亨君との縁がうすれることのフラグなんだ」


 ナティは微笑んだ。


「大丈夫、はなれていても、いつまでも友達デス」


 ナティは京都で近鉄特急に乗り換えて奈良に行く予定だ。凌太は新大阪で降りる。


 ナティが車窓の景色に夢中になっている間、凌太は動画配信サービスにお試し加入して、タブレットで『ドラゴンジャーニー』のアニメを観た。漫画を読むより早いと思ったのだ。


 違和感の正体、なにがわからないのかも判然としない不可解な疑問の答えはそこにあるはずだ。


 アニメは、絵柄もストーリーも漫画にほぼ忠実だが、一話二十四分という尺に収めるために、カットされているシーンや、逆にストーリーをつなげるために付け足されたシーン、順番が違うシーンもあった。


 音があり絵が動く、というのは、当然のことながら、漫画には出せない迫力と臨場感があった。とくに、オープニングソングの躍動的でスリリングな雰囲気とエンディングソングの切なく望郷的な雰囲気には中毒性すらあった。


 有名な制作会社が手掛けており、作画やCGのつくりも丁寧だった。人気声優を起用しており、ドラゴンフリークの曲も、サトルが新バンドで活き活きと演奏するロックナンバーも、ラムが新バンドで歌うポップソングも、このアニメのために有名アーティストに書き下ろされたというから、けっこうな予算がかけられている。


 作中で、渋谷のスクランブル交差点の大画面でラムが歌うポップソングは竜星がドラゴンスターで最後に作った曲「ドラゴンジャーニー」に乗せるはずだった歌詞だ。


 その曲を背景に、現実を儚む竜星の意識がふたたび八世紀の遣唐使に転移する。竜星の現実逃避の心が古代への扉を開いているように凌太には思えた。魔奈とは意識と連動する性質をもっているようだ。


 ――。


 長安に着いた遣唐使一行は感激し、涙する者もいた。


 砂塵の舞う淡い色の空の下、見上げるほどの高い城壁に囲まれた石の都。天界の入り口のような巨大な門。林立する幾千の楼閣と、規則正しい格子状の大通り。西方世界の入り口にして、世界一の大都市。


 ターバンを巻いた曲芸師、ソグド商人の引く駱駝、拝火(ゾロアスター)教や(キリスト)教の寺院、店先にあふれる香辛料、山積みの羊肉、虎や狼の毛皮、鉄器や漆器、色鮮やかな宝石や、サマルカンドの絨毯。それらすべてが遣唐使たちを魅了した。


 波斯(ペルシア)大食(アラビア)天竺(インド)吐蕃(チベット)迴紇(ウイグル)林邑(チャンパ)。世界中から集まる人や物。音楽と芸術、宗教に科学にありとあらゆる知識の数々。医師は医術書を買いあさり、職人や絵師は工房を、料理人は目を輝かせて食材市場を巡った。


 広成は、馬主たちと西市の店を見物していると、聞き覚えのある音に導かれて、ひとり、路地裏に迷い込んだ。いつか、奈良の藤原邸で聴いたペルシアの音楽だった。


 小さな妓楼の門前で腰かけて胡弓(こきゅう)を弾いていたのは、ひとりの胡妃(こき)――妓楼や酒場で接客する若い胡人妓女――だった。


 一瞬、洛陽のリューシャかと思ったが、もっと若かった。


 胡妃ユーファンは茶色い髪を結いあげて青い簪で留めていて、大きな目は淡い緑色。スタイルがよく、話すと気丈だが、少女のように笑う。近所の子供たちも彼女によくなついている。


 広成は胡弓を習いにユーファンのもとに通うようになる。しかし、決して妓女としては買わず、胡弓の師匠として敬意を表し、稽古の謝金を払った。


 ユーファンはもともと流浪民だったことでほかの妓女たちからいじめに遭いながらも、西市で暮らす孤児たちの面倒を見ていた。彼女は、それ以外にも、なにか口に出せない秘密を抱えていうように見え、影があった。闇といってもいいかもしれない。その危うさが、広成の恋心を刺激した。


 中臣副使は一人で自由気ままに出歩く広成を咎めた。

 と言うのも、その頃、長安では、西市付近を中心に辻斬り事件が頻発していたのだ。被害者の多くは胡人の女だったが、なかには漢人や男性もいた。金品は奪われておらず、犯人の目的はまったくの謎だった。


 ある夜は、大慈恩寺の大雁塔(だいがんとう)のもとで、番兵二人が斬られる。犯人は一人を馬に乗せて、北東の青龍寺まで運んで死体を捨てた。


 そんな奇怪な事件がつづき、唐の役人からも、あまり町に出歩かないよう指示される。


 それでも、西市の妓楼に通いつづける広成は、夢で聴いた曲を披露し、ユーファンや酒客たちの絶賛を受ける。広成が夢の中で聴いた竜星のバンドの最期の曲「ドラゴンジャーニー」だった。


 広成が千里眼を使えることを聞いたユーファンは、洛陽のリューシャは唐政府に指名手配されている秘密結社の一員で、かかわりを疑われたら命が危ないと警告する。


 長安の連続殺人はなおもつづいた。死体の発見場所が奇妙で、まるで生贄をささげるように、殺した場所からわざわざ運んだと思えるものもあった。


「スゴーイ、あれ、富士山デスよね?」


 回教徒(ムスリム)のJKアイドルがなぜ千里眼を得たのか、大いに気になるところだが、凌太は怖くてなかなかその話題に踏み込めなかった。


 幼いころに事故で両親と死別し、ジョグジャカルタの施設で育ったという境遇はどこか自分に似ていて、さらに『ドラゴンジャーニ―』の話題で親近感を持ったが、彼女にはどうも、闇というほどでもないが、時折見せるさみしそうな影があり、悲哀に満ちていた。


 ナティの青いヒジャブがユーファンの青いスカーフと重なった。


 しかし、元アイドルだということがわかってから、凌太の彼女に対する目が変わったことを、ナティはおそらく気づいていた。それを愉しんでいる様子すらあった。見た目以上にしたたかなのかもしれない。


 千里眼については、ナティはあれから話そうとしない。もし、過去の彼女が未来から情報を得て吉祥寺通りの事故から救ってくれたというのなら、彼女は命の恩人だ。それには報いなければならない。


「俺も奈良までついていくよ」


 凌太の言葉に、ナティは一瞬、きょとんとしたが、すぐに笑顔になった。


「本当? うれしいデス」


 自分の作品に欠けていたもの――そのヒントが聖地巡礼の中で見つかる気がした。漫画はあきらめたはずだが、それだけは確かめてみたい。


「亜由美サン、凌太サンのこと好きでしたよ」


 ナティが言った。少しだけ悲しそうな表情だった。


「え?」


「避けられて、本当に傷ついたみたいデス」


「そういうのもわかるの?」


「あの人も魔奈の力を少しだけもっていました。魔奈を通じて伝わってくることがあります」


 凌太はぞくりとした。自分の気持ちを見透かされるのは心地よいものではない。


 ナティが時折見せる影は、そんな彼女を不気味がり奇異な目で見てきたまわりの人間たちによってつくられたものではないかと思った。


「ああ、やっと見つけたあ!」


 顔を上げると、バックパックを背負ったモニカがいた。


「あれ、なんで?」


 と言いながら、凌太は思わず笑みをこぼす。


「あれ、言うてなかった? 奈良と大阪に行くって」


 モニカは空いていた凌太のとなりの席に座る。いいにおいにまた鼻をなぶられる。


「じつはさ、ロハスを撒いとったんよ。なんか、シンガポールの飛行機から一緒で、つけられてたみたいでさ」


「にわかストーカーか。まあ、有名人だしね」


「モニカ、凌太がサインほしいって言ってましタ」


「あらま、ばれてもうた?」


「ああ、いや、まあ」


 美女ふたりに挟まれて、鼻の下を伸ばしているのを見抜かれたのか、二人は顔を見合わせて小悪魔っぽく笑った。まるで、ハニートラップにはめられた心地だった。


 しかし、案内役として利用されているのは確かだ。


『ドラゴンジャーニー』で、恋は死亡フラグだ。広成とユーファンには悲劇が待っていた。


 発端はコサムイという禿げ頭の小男。ナギの母エグニのかつての盗賊仲間で、エグニが使おうとした不死の術の秘伝を求めて、遣唐使船の水手とすりかわり、唐までやって来た。


 術の手がかりをもつという留学僧の玄昉を訪ねるが、堕落僧はポン引きとして寄生していた妓楼でのいざこざで暴漢に殺されてしまう。


 妓楼から玄昉の身の回り品の引き取りを頼まれたコサムイは玄昉が高僧のふりをして薬を騙し売るためのペテン劇に使っていた紫の袈裟を着て僧に扮し、これまた道教に詳しいという留学生の下道真備を訪ね、情報を聞き出そうとする。


 コサムイは偽坊主であることを真備にあっさり見抜かれるも、不死の術のヒントは「金烏玉兎集」という希少な道教の指南書に書かれているという情報を得る。


 真備はその写本を持っていたが、留学生仲間の葛井真成(ふじいのまなり)に貸したままだった。真備にライバル心を燃やす真成は本の価値に気づき、返してくれないのだ。


 その真成は官舎の自室で何者かに絞殺され、お宝本は盗まれる。


 同時期、ユーファンが妓楼から姿を消す。

 事件に巻き込まれたのではないかと心配する広成は、連続殺人について調べはじめる。

 帰国船に乗るために遣唐使一行の前に現れた真備の傍らで玄昉を名乗るコサムイの正体を見破り、彼を脅して隠密として使役する。

 広成が海龍剣を抜いたときだけ垣間見せる冷徹な武人の目にはただ者ではない凄みがあり、さすがのコサムイも気圧されたのだ。


 玄宗皇帝は長安の飢饉を理由に東の副都洛陽から動かず、謁見が先延ばしになっていた。結局、遣唐使一行のほうが洛陽に移動することになる。運河を下る数日の行程だ。


 出発前夜、壮行会の席で広成と真備の会話を聞いて捜査を知った馬主と養年富が協力し、その夜も起こるであろう殺人事件の犯人を捕まえようと団結する。


 金烏玉兎集のために殺された真成と似た殺され方をした被害者が多くいて、同一犯だと真備は睨んでいた。仲間の無念を晴らすため、彼も知恵を絞った。


 真備がコサムイに太史局という役所から盗ませた犯行現場を示した長安の地図を机に広げる。長安は北に皇城があり、その南に格子状の条理が広がっている。平城京はこれを真似て建設された。


 その地図に朱書きされた死体の発見場所は、無数にあり、それは星図をなしていた。北極星を皇城の位置とし、犯行現場を結ぶと星座になるのだ。


 真備は歴の知識を駆使して次の犯行時刻と場所を予測し、北斗七星の最後のひとつ、天枢の位置に広成たちを馳しらせる。そこは西市近くの路地裏だった。


 その場所では、青い忍装束姿のユーファンが短剣を振り回し、見えない敵と戦っていた。


 ユーファンは、面倒を見ていた孤児たちを人質にとられ、エフタル結社構成員の殺害に加担させられていた。組織と考えが合わず離反した元構成員のユーファンなら、長安や洛陽に潜むメンバーが誰であるか知っているし、不意打ちも容易だ。従姉のリューシャまでもその手にかけた。


 しかし、日本から来た暗殺者は約束を破った。孤児三人を殺して北斗七星の位置に死体を置いた。

 彼の最後の標的であるユーファンを天枢の位置におびき寄せるためだ。


 怒りに我を忘れたユーファンを隠形術師は闇の中から斬りつけ、追いつめていく。


 とどめが刺されようとしたとき、超人的な俊足で割って入ってきた者が、すんでのところで暗殺者の刃を刀で防いだ。


 海龍剣を持った広成だった。


「武内宿禰流撃剣術正当伝承者、平群朝臣広成、参る!」


 魔奈を操る力に目覚めかけていた広成は、闇に溶け込む敵の姿をかすかにとらえる。そして、正当伝承者の撃剣術がさく裂する。


 遠距離からの上段斬り「白波」、返す刀の「飛沫」、三の剣「うねり」。すさまじい連続攻撃が暗殺者を圧倒し、ついに手傷を負わせる。


 隠形術は徐々に効果が落ちていく。魔奈が尽きかけているのだ。あとから追いかけて来る馬主と養年富の到着まで、見えない敵からユーファンを守り切れば、広成の勝ちだ。


 広成が敵の隠形術が魔奈によるものだとわかったのは、黒幕が未来から刺客を操り、歴史を操作しようとしていることに気づいたからだった。


 死体の場所で示した星図は、それが未来の黒幕にとっての「巡礼の印」だった。


 歴史を変えるには、まず自分の存在を歴史改変に耐えうる確かなものにしなければならない。星図が「印」となる決め手は、その時代にその位置に現れる彗星だ。死体を大雁塔から青龍寺へ運んで血のあとを残し、彗星を表現した。


 山上憶良の講義で聞いた天武天皇の時代に現れたという七十数年周期で現れる彗星の存在を知っていた広成は、本当の敵がとどかないところにいると気づいた。


 しかし、その星図に詳しい黒幕――おそらく未来の陰陽師――の操る傀儡のひとりは、陰陽道の集大成ともいうべき金烏玉兎集を欲しがるはずだ。のちに生まれる黒幕が大陰陽師になるために。そして、彼からの指示を正確に理解し、実行するために。


 広成が大伴首名こと多胡弥と戦っているころ、真備はその多胡弥に指示を出していた男を囲碁対決で足止めしていた。魔奈による遠隔通信をさせないために、彼の気を引かなければならない。


 真備は囲碁勝負に彼が手にする金烏玉兎集を賭けさせた。もし自分が負ければ、そちら側につくという条件で。


 相手は秦朝元――彼の父の元留学僧・弁正は玄宗皇帝の親友で、囲碁の師匠だった。その弁正が死ぬ前に一度だけ囲碁で負けた相手が真備だった。


 真備は、そのときに、弁正から「式神」を受け継いだ。彼にしか見えない黒蜘蛛が碁盤の上を走り、次に打つべき手の場所を教えてくれるのだ。


「なぜ私が金烏玉兎集を持っていると知ったのです?」


「私ではない。平群殿が仲間たちから得た情報をもとに導かれた推理です」


 長屋王を倒し、安宿媛を皇后にした藤原四兄弟。その祖父の中臣鎌足は朝鮮半島の亡国、百済の王族だった。日本に帰化した彼ら一族は、ことあるごとに邪魔者を葬って歴史を操ってきた。


 政敵の蘇我氏を倒して天智天皇となった中大兄皇子から鎌足は「藤原」という姓名を与えられる。藤は和製漢字で、「トウ」とも呼ぶが、これは「唐」という意味だった。

 大陸諸国にコネクションをもつ秘密結社の背後には、かつての唐の女帝、則天武后がいたとも言われている。

 つまり、藤原氏と唐政府はもともとつながっていたのだ。


 天智天皇の死後、政権争いが起きる。壬申の乱だ。勝利した大海人皇子は天武天皇として即位する。その陰で、火計や隠形術で活躍した隠密部隊がいた。秦氏、多胡氏など、のちに藤原氏の眷属となる渡来系氏族たちだ。


 秦朝元は、多治比、平群、紀、田口という武内宿禰系で固められた使節団の監視役と思われたが、それだけではなかった。玄宗皇帝との密約を実行するための、隠密部隊の長として随行していたのだ。


 唐朝側にも、皇帝と朝元の間を取り持つ者がいるはずだが、真備はその男を敵に回すのはやっかいだと踏んでいた。今は、朝元を牽制し、足止めするのが精いっぱいだ。


 真備は、見事、囲碁で朝元を負かし、のちに彼の帰国後の成功を助ける金烏玉兎集を手にするが、それは彼と藤原氏の間の、長い戦いの幕開けでもあった。


 そのとき、広成のほうは窮地に陥っていた。


 遅れて駆けつけた馬主と養年富が、まだ隠形術の解けていない多胡弥の間合いに入ってしまう。

 広成は自分と敵と味方の立ち位置に気き、「しまった!」と思ったときはすでに遅かった。


 広成の目の前で、多胡弥の闇の刃が、二人の喉元を切り裂いた。

 

 倒れる馬主と養年富。

 

 多胡弥はわざとふたりの死体を踊るように踏みつけて、闇の中に消える。


「唐で客死」の文字が、再び広成の頭に浮かぶ。


 彼は絶叫する。


 救えなかった。しかも、自分が事件に彼らを巻き込んで、死なせてしまった。


 涙を流しながら、西安のゲストハウスで目を覚ます竜星。広成の感情が彼に宿っていた。

 ——失敗だ。しかも、自分が関わったことで、二人の死の運命を助長させたかもしれない。


 しかし、まだ希望はある。広成の千里眼を強め、さっきの映像を広成が見た一瞬先の未来予知ということにすればいいのだ。


 彼は宿代を立て替えたことで友人となった台湾人の黄志明(ホアンジーメイ)とともに広成が長安に残した印を探す。


 ジーメイは家族から金を盗んで旅に出たニートで、養年富に似た気弱な巨漢だった。


 渋谷の交差点で見た「109」を広成は西門の壁面に刻んだはずだが、見つからない。

 のちの時代に城壁が何度も修復されていることをジーメイに聞かされ、竜星はへたりこむ。


 気を取り直し、ジーメイの勧めで弘法大師空海が修行したという青龍寺に観光へ行く。

 その境内で、民族楽器を演奏している一団がいた。


 聞き覚えのあるメロディだった。それは、竜星から広成、広成からユーファン、そしてユーファンから彼女がかくまっていた孤児、小さな友人たちに伝わった曲だった。


 それが「印」だった。


 竜星の頭のなかで、なにかの扉が開く。音が光になり、光が彼を包む。


 広成との間に強固な魔奈の通り道がつくられる。


 ――。


「左右に散れ!」


 走りこんできた馬主と養年富が広成の言葉に反応し、多胡弥の攻撃を間一髪かわす。


 未来予知により歴史を変えた瞬間だった。


「なんだ、今のは……」

 

 生唾を飲み込む馬主。


「お、俺、今首切られて死んだと思った……」


 養年富は自分の首を触って、つながっていることを確かめる。


「二人とも、「白波(ともえ)だ!」


 広成が叫ぶ。


 三方向から敵を囲み、広成の号令で同時に「白波」を繰り出す三人。


 しかし、動揺した養年富の剣が他二人とタイミングが合わず、一瞬早かった。

 多胡弥はその隙を見逃さず、養年富の剣をはじき、剣撃をすり抜け、闇に姿を消す。


 広成は千里眼で危機を回避したが、歴史を変えたことに対する代償があった。

 広成が戦っている間、ユーファンは多胡弥に斬りつけられた傷から毒がまわり、虫の息だった。


「……あんたがあんなに強いなんて。もっとはやく、頼っていたらよかった……」


 広成がユーファンを抱きかかえると、彼の中にあったある未来のイメージが遠のいていく。

 静かな田舎の家、陽だまりのなかで、子供や孫に囲まれ、ユーファンと胡弓を弾く穏やかな暮らし。いつか、そうなればいいなと思ったとき、一瞬見えた未来だ。


「だめだ、行くな!」


 叫ぶ広成の腕の中で、彼女は自分の本当の名を彼に教える。


 人は、その名に見合った運命をたどり、その呪いは死ぬまでつきまとう。彼女の一族には、厄災の悪魔をかく乱するために偽名を使って身を守る風習があった。


 ユーファンとは、従姉リューシャの本当の名で、リューシャとは、伝説のエフタルの姫の名だった。王家に代々伝わる、瑠璃色の宝剣ヴェルーリヤを広成に託し、彼女は逝く。


 ユーファンの本当の名は――。


 連続殺人で亡くなった人々の合同葬儀が長安郊外で執り行われた。特別に滞在を伸ばしてもらった広成と真備は葬儀に参列し、ユーファンの死を悼んだ。


 ――また、守れなかった――。


 ユーファンの墓前で、彼女を慕っていた少女が胡弓を弾いた。広成がユーファンに教えたドラゴンフリークの曲だった。


 その不思議な懐かしい旋律は、広成の涙とともに、長安の淡い色の空に吸い込まれていった。



 ――。



「京都は昔さんざん見たから、うちはええわ」


「私も、奈良のほうがいいデス」


「さっさと奈良行こー」


 近鉄線への乗り換え口に迷うことなく向かうモニカたちのあとに凌太もつづいた。


「東大寺大仏殿、二月堂、奈良公園、春日大社、興福寺、猿沢の池、それから平城京跡やね」


「平城宮跡でス」


「そ、そうともいうね」


「東大寺って、ドラゴンジャーニーに出てきたっけ?」


「背景にちらっと出てくるんよ」


「そう。安宿媛のシーンです、あと、広成が娘と遊ぶ回想シーンでもでてきマス」


「すごーい! 行基だ、行基和尚がいる!」


 地下のホームから地上へ上がり、近鉄奈良駅を出たところからふたりのハイテンション巡礼は再会していた。


 駅前の噴水の上に立つ行基像をバックに記念写真。托鉢の坊さんを捕まえて記念写真。


 モニカは鹿せんべいを大量に買ってばらまき、鹿の大軍を引き連れて奈良公園の芝生を走り回った。大仏によじ登ることはなかったが、小鹿を捕まえてホテルに連れ帰ろうとしたのを凌太は全力で止めた。


 外国の芸能人って、みんなオフのときはこうなるのか? と思いながらも、凌太はそんな旅を楽しんでいた。


 そして、ある感慨があった。もしドラゴンジャーニーの物語とこの現実が地続きだとすれば、自分が竜星の部屋を、ナティが千里眼を受け継いだのだとすれば、とんでもなく贅沢な聖地巡礼ではないか。


 そのときは、そう思った。




 4 聖地奈良


 坂の上に建つ東大寺二月堂の欄干越しに、奈良の町が一望できた。第一話で広成と行基が話した場所だ。


 当時、この場所にはまだ二月堂はなかったが、作者がここからの景色を描いたのは確かだ。


 ナティはスマホでアニメの画角と何度も見比べて、おお、おお、と、感動していた。


 遠くで蛇行する大和川、法隆寺の五重塔、生駒山、三笠山。


 二月堂は大仏殿の東の丘上に建つ行基ゆかりのお堂で、大仏開眼の752年からつづく旧暦二月の「お水取り」では見物客でごった返す。松明が炊かれ、十一面観音に悔過と祈願が行われる。


 その行基は許可なく布教活動をしていたために朝廷から弾圧を受けながらも、たくさんの信者を引き連れて、貧者のための宿泊施設や橋や寺を建て、ため池や溝を堀った。


 庶民から絶大な支持を受け、一大勢力を作り上げていく。やがて朝廷も彼の影響力を認めざるを得なくなり、大仏建造の責任者に抜擢し、大僧正の地位を与える。

 そういうわけで、駅前の行基像は大仏殿のほうを向いている。


 対照的なのが玄昉だった。聖武天皇の母、藤原宮子のうつ病を治療し、政治的才能を発揮して僧正に出世するも、その人格については評判が悪かった。大臣の藤原仲麻呂と対立して九州に左遷され、政敵に暗殺される。


 ドラゴンジャーニーではコサムイが玄昉とすり替わったことになっているので、興福寺の玄昉像を見たナティたちは「コサムイ、コサムイ!」とはしゃいでいた。


 立派な五重塔や六角堂のある興福寺は、藤原氏が建てた寺なためか、政敵の玄昉像は、なにかを悔やんでいるような、すこし情けない表情だった。


 コサムイはエグニのもとに刺客を案内し、ナギを人質にエグニから不死の術の情報を聞き出そうとした小悪党だが、彼の予想に反し多胡弥がエグニを倒したとき、咄嗟に彼がナギを連れて逃げなければ、その後の世界情勢――漫画の中での話だが――は変わっていた。


 異様な記憶力を持つために真備に薬学や道教の書物を暗記させられ、高僧として活躍するが、根っからのアウトローだった。欲に負け、破滅への道を歩んだ。


 新薬師寺を観たついでによった小さな遺跡は「頭塔」といって、玄昉の首塚とも、孝謙天皇が母光明子の健康祈願で建てたとも、お水取りの創始者の高僧が建てたとも数々の説がある謎めいた仏塔だった。

 一辺32メートル、高さ10メートルの、石積のピラミッド型の石塔で、数歩おきにある瓦屋根付きの厨子に石仏が祀られている。


 全体的に不気味で、住居やホテルに囲まれたその一角は強烈な違和感を放っていた。

 駅から離れていることもあり、観光客はほかにいなかった。


「なんか地味やけど、気になるねえ、これ……こんなの、なんで作ったんやろな」


「九州で殺された玄昉の首がここに落ちたとか、奇怪な伝説があるね」


「これ、ボロブドゥールでス」とナティ。


「ボロブドゥールって、インドネシアの?」


「たしかに、東南アジアの仏塔に似てるね。基壇があって、頂上が尖がってる」


「印……かもしれまセン」


「印?」


「冗談でス、次に行きまショウ!」


「そうだ、次はいよいよ、この旅のクライマックスやねー」


 平城宮跡はすこし離れた場所にあるため、タクシーで向かった。


 凌太は車中でドラゴンジャーニーのつづきを読んだ。

 西暦734年春、長安から洛陽に引き返した遣唐使一行は、ついに玄宗皇帝に謁見する。

 多治比大使が国書を読み上げる間、皇帝はなぜかじっと広成のほうを見ていた。


 その夜、広成は秦朝元とともに皇城に招かれる。弁正の息子である朝元が呼ばれるのはわかるが、なぜ自分が、と困惑する広成。


 無数の燭台が幻想的な灯りを浮かべる廊下はどこまでもつづく。天鵞絨の幕が部屋と部屋を隔て、巨大な円柱が支える大楼閣は、梁や欄干の細部まで見事な装飾が施されている。絢爛豪華な夜の大広間は恐ろしいほどに静かで、蠱惑に満ち、まるで秘密に満ちた伏魔殿だった。


 応接間に通された。入口付近に軍神のような衛兵と給仕の官女がいる以外は、黄金色の着物を着た恰幅のいい皇帝と、西洋風の銀杯で葡萄酒を飲む朝衡(ちょうこう)と名乗る高官風の男だけがいた。


 背が高く、広成より少し年上らしき朝衡は、尊大な態度で、日本語で広成と朝元をねぎらった。彼は、十六年前に留学生として渡唐し、科挙という超難関の国家試験を経て唐の高官となった阿部仲麻呂だった。


 朝元は「朝衡殿は私の未来の親族です」とわけのわからないことを言う。


 朝衡の口から、真相が明かされる。


 数百年後、朝衡と朝元の共通の子孫に、ある天才陰陽師が生まれる。都の天文博士である彼は、とつぜん、日本書紀や古事記の内容が変わったことに気づく。術式を駆使して、原因をつきとめると、遠い大陸の彼方で、エフタル王国の滅亡を回避する過去改変の術が実行されていたことがわかった。古代日本の豪族には、大陸諸国からの亡命者がいたため、日本の歴史にも大きな影響が出たのだ。


 それは、決していい方向ではなかった。国内外の政治情勢は前よりも不安定で、社会は混とんとしていた。


 無理な過去改変が行われたため、人の意識を介して異世界を行き来する魔奈が世界にあふれ、異界への穴をあけた。都には魑魅魍魎が跋扈し、日々奇怪な事件が相次いでいた。


 しかし、まだ歴史は完全には確定していない。複数の歴史が重なり合っている状態だ。すぐ対処すれば、修正は間に合う。改変を起こされる前にさかのぼって、改変を起こす犯人か、犯人の先祖を殺せばいいのだ。


 歴史を守るため、陰陽師は魔奈の素養をもつ先祖の朝衡と朝元に時空を越えて指示を出した。多胡弥を直前の任務で死んだ大伴首名の替え玉として遣唐使に加え、改変を起こされる前にエフタル結社の壊滅を図った。


 結果、結社の魔奈使いは全滅。危険分子は排除され、唐も日本も歴史改変という厄災から救われた。


 朝衡のいう「排除」という言葉を聞いて、広成は苦しんで死んでいったユーファンの姿を浮かべる。

 玄宗と朝衡に対しほのかな殺意を抱くが、それを感じ取った朝衡は広成に釘をさす。


「おまえは使節団で最も賢いと朝元から聞いている」


 さらに、皇帝は日本の遣唐使が無事に帰れるかどうかはおまえ次第だと言う。そして、これ以上、過去改変をしないよう忠告する。


 またも、愛する者を守れなかった無力感が広成を襲う。


 唯一の救いは、長安の悲田坊を増設してユーファンが面倒を見ていた孤児たちを匿ってほしいという広成の願いを皇帝が聞き入れてくれたことだった。


 それにより、ドラゴンジャーニーの曲が現代に受け継がれ、巡礼の印になったことを玄宗や朝衡が気づいていたかどうかは知る由もなかった。


 ――。


「これがお風呂かあ。倉庫みたいやねー」


「当時のお風呂はサウナだったそうでスね」


 平城宮跡に行く前に運転手の勧めで寄った法華寺は安宿媛こと光明子ゆかりの尼寺で、彼女が病人の体を洗った浴場とされる建物があった。


 病弱な聖武天皇と対照的に、覇気に満ちた光明皇后は、福祉政策に力を入れた。かつての師匠である行基に対抗心を燃やしたのか、私財をなげうって悲田院という唐の悲田坊を模した施設を建てた。風呂で千人の伝染病患者の体を自ら洗ったという逸話が有名だ。


 法華寺は尼寺だからか境内も庭もきれいに整備されていた。すぐ隣の無骨な寺、玄昉ゆかりの海龍王寺とは大違いだった。


 タクシーは幹線道路沿いの平城宮跡に着く。

 復元された大極殿と朱雀門以外はだだっ広い広場になっていた。

 こぎれいな建屋の博物館もあった。屋外に復元された遣唐使船が展示されていて、乗ることもできた。


「神社みたいな船やね」


 長さ三十メートルほどの三日月型の船体。二本の帆柱と欄干、船尾は朱色に塗られていて、機能性より見た目を重視しているように見えた。船室内には入れなかった。甲板に小屋が三つあり、要人の個室や厨房のようだった。


「思っていたより小さいな。百人も乗れるのか」


「これで中国まで行くんだから、すごい勇気だよねー」


「坊さんや祈祷師をたくさん乗せた理由がわかるね」


 ナティが船べりで身を乗り出し、「いぬかいー」と言った。

 犬養(いぬかい)は、第二話で、馬主が船上から難波津の港に向かって泣きながら叫んだ生まれたばかりの息子の名だ。


「広成が閉じ込められた船室ってこれかな」


「これが、ナギが水鬼倒したときに昇った帆柱ねー」


「こっちのほうじゃないデスか?ナギは船首に近い方から水鬼の船を見ていました」


 ふたりははしゃいでいる。クールにふるまう凌太も内心、心が躍っていた。


「あ、多治比広成だ」


 展示館の中には、遣唐使の説明動画やルートを示す地図が展示されていた。その中で、主だった遣唐使がアニメ調の人物画付きで説明されていた。


 多治比広成は真備と玄昉を日本に連れ帰った大使として紹介されていた。


「広成を身代わりに帰国したおっさんやのにねー。アニメやとちょっとかっこええけど」


「声がイケボでシタ」


「739年死去か……書き換え前の平群広成の帰国した年だよな」


「日本に帰国できる広成枠は一人だけやったっちゅうことやね」


「でも結局、平群広成は日本に帰らなかったでしょ」


「シンクロニシティです。書き換え間の歴史が書き換え後の歴史に似る現象です」


 ほかに、真備、仲麻呂、鑑真、そして第十二次大使の藤原清河の人物紹介文があった。


 仲麻呂と清河は嵐に阻まれ帰国を断念し、唐で生涯を終えた。唐の高僧、鑑真も難破や渡航禁止で何度も来日に失敗し、視力まで失ったという。


「鑑真を日本に連れてこようとした栄叡(ようえい)普照(ふしょう)って、ドラゴンジャーニーに出てきたよね」


「イケメンのほうが栄叡やったね」


「長安で情報を集めて広成をサポートしてたから、てっきり仲間になるかと思ったらならなかったね」


「私は最初、栄叡が黒幕やと思ってた。ほら、広成の死んだ奥さんのことが子供のころ好きで、広成を内心憎んでたって普照に告白してたやろ」


「まだ途中までしか読んでないんだよ、ネタバレはやめてくれよ」


「ああ、めんごめんご、今のは忘れて」


 さらに、資料館を見て回った。奈良時代の生活や宮廷の様子に感動するナティ。熱心に出土品を見て回るモニカ。凌太はベンチで休憩し、ドラゴンジャーニーを読む。


「ネタバレだけはごめんだ。早く読み終えなきゃな」


 長安編のあと、後半の南海編との間に、短い蘇州編がある。


 遣唐使一行は、要人の来日交渉、文物の買い付けなどを終えると、帰国船出発の十月まで、各地で研鑽を積むことになった。


 広成、馬主、養年富は、蘇州の港で静かに過ごしていた。

 そこで、広成にまたも運命の出会いが訪れる。


 港の食堂で広成が推薦した留学僧の丹仁(たんにん)たちとばったり会い、積もる話をしながら茶を飲んでいると、通りが騒がしい。外を見ると、海賊に追われる少女がいた。彼女は超人的な体術で屈強な男たちを倒していくが、リーダーの女海賊の剣技に追いつめられる。


 少女はとっさにそこにいた丹仁を人質にとり、近づいたらこいつの目を潰すと言う。


 褐色の肌をした美しきインド系の女傑は、箸を目に突き付けられて泣き叫ぶ丹仁を見て「勝手に潰せ。むしろ見てみたい」と冷酷に笑う。


 素早く少女の腕をつかみ、取り押さえたのは広成だった。


 女海賊は広成に剣の切っ先を向け、その娘をこっちによこせと迫る。


 広成は少年のころ、狩りの帰りに見た、役人に鞭うたれる逃亡奴隷の家族を思い出していた。


 一緒にいた父は、広成があれはなんでしょうという問いかけに答えず、逃亡者を斬り捨てた役人たちの挨拶をただ無言で受けるだけだった。

 父はのちに言った。人の世には人の世の、自然には自然の道理がある。一時の感情でそこに踏み込んではならないと。


 広成は持っていた海龍剣をシーンに差し出し、これで少女を買うと言った。剣をふるって人を助けられないなら、せめて、剣と引き換えに人の命を救いたかったのだ。


 海龍剣の装飾を一目見てその価値に気づいた女海賊は、あきれる部下を後目に取引を受け入れる。彼女は広成を「いい男じゃないか」と気に入り、去り際に彼に忠告する。


「そのナギは嵐のような娘だ。奴隷になったふりをして仲間の船を三隻沈めた。せいぜい気をつけろ」


 ナギと聞いて驚く広成。ユーファンが死に際に語った彼女の本名と同じ名だったのだ。


 彼は運命を感じ、ナギを引き取って養女にしようと考える。はじめは反発していたナギだったが、遣唐使の官舎で暮らすうちに徐々に皆と打ち解けていく。


 きれいな服を買ってもらい、ご馳走を食べ、生まれてはじめてお嬢様扱いされた十四歳の少女は、遣唐使のなかで秦朝元に次ぐ美丈夫の広成に好意を抱くようになる。


 日本に帰りたくなければ、唐に残って勉強してもいいという広成に対し、「あんたの妻になって、官女として朝廷で成り上がる。刑部大輔になって、多胡弥を捕まえて処罰するんだ!」と言って、二十歳年上の広成を慌てさせる。


 ――。


「嵐のような――か」


 凌太は電子書籍のページをくる指を止めてつぶやく。モニカたちふたりがエネルギッシュなのはナギの影響だろうか。


 ナギの再登場を皮切りに、ドラゴンジャーニーの後半はバトル展開に突入していく。

 登場人物も大幅に入れ替わる。


 まず、唐沿岸から南シナ海を牛耳る海賊団、ラヤン一味の女幹部シーンと、その付き人のアムーラ。

 シーンは持つ者を覇者にする海龍剣の魔力にとりつかれ、のちに兄であるラヤンの頭目を暗殺して一味を乗っ取り、大海軍に仕立てていく。

 アムーラは大陸の北の最果て流鬼(ルキ)国の元使節。石弓というボウガンの達人で、作中最強クラスの戦闘力をもつ若き戦士。シーンが惚れた広成にライバル心を燃やす。


 揚州の寒山寺に短期留学していた丹仁は仏法に興味のないダメ留学僧だが薬学や薬草に詳しい。その友人の黄麻呂はどんな仕事もすぐに覚える器用な水手兼工芸職人。

 ふたりとも広成が奈良の都でスカウトして連れてきた才能で、帰りも同じ船に乗る。彼らがのちに大きな役割を果たす。


 菩提僊那(ボーディセーナ)は天竺出身の若き高僧で、長安で中臣名代にスカウトされ、来日することになる。謙虚で穏やかだが、魔奈の秘術についてよく知っていて、どこか謎めいている。史実では、第二船で来日し、大仏開眼の供養を行った。


 仏徹(ぶってつ)は僊那の弟子で、チャンパ出身のぼさぼさ頭の不良坊主。長身で、粗暴で酒好き。命の恩人の僊那にはぶつぶつ言いながらも従う。

 少年の頃、海賊に騙され、情報をもらしてしまったために恩人を死なせてしまい、過去を書き換えるために千里眼を会得するのが彼の旅の目的だった。

 魔奈棒という魔奈のこもる霊珠が埋め込まれた杖でを使った幻術「眠眠打」で大伴首名を殺そうと先走るナギを眠らせる。


 その首名は、長安の一件以来、替え玉を残して姿を消していた。


 現代編も東南アジアへと舞台が移る。

 竜星は香港でジーメイの姉のヴィッキー・リーに会う。

 美人だが強面のカンフーの達人は弟が世話になったと竜星に礼を言い、上海蟹をごちそうする。

 彼女の先祖は帰国が叶わず大陸に残った日本の遣唐使(黄麻呂)だった。


 平群広成と竜星に興味を持ったヴィッキーは、ジーメイとともに自分の会社で働くことを条件に、竜星のサポートを申し出る。


 竜星の旅はまだ終わっていなかった。馬主と養年富は「唐で客死」のままだ。いまだに史実がゆるがないことに彼は焦りを覚える。


 やはり、最大の難関は帰国船なのだ。


 広成が漂着するベトナムへ行けば、馬主らを救うための手がかりがつかめるかもしれない。竜星はジーメイの仕事に同行するかたちで、北部の首都ハノイと、中部のホイアンを旅する。


 一方、八世紀の蘇州の港には海賊や賞金稼ぎが集結していた。「白い王子」と呼ばれる南海の海商が平群広成に莫大な懸賞金をかけたためだ。

 広成らは町中で海賊たちに襲われるが、持ち前の剣の腕でそれらを撃退していく。


 武内宿禰流は連携技が多く、全身甲冑の傭兵ウーウォン戦では、馬主は「高波」という技を使う。前を行く仲間の背中を踏み台に高く跳ぶ空中殺法で、跳躍した馬主の剣が巨漢の兜をはじき、広成が眉間をヴェルーリヤで斬って勝負が決まる。


 とどめを刺そうとした馬主を広成は止め、ウーウォンの命を救う。そのことで広成と馬主は口論になる。さらに、馬主は広成が一門の宝剣・海龍剣を手放したことを知り、激しく糾弾する。


 広成は竜星の時代の平和主義を知っていた。剣で殺して解決しなくてすむ世にするのが役人の仕事だと主張するが、馬主は、前に朝元が言っていた「日本が唐に追いつくにもまだ千年はかかる」という言葉を引き合いに出し、理想論だと切り捨てる。


 そこで広成の名言。


「私たちがここであきらめたら、その千年すら、さらに先になる」


 馬主は、こういう話になるといつも意見が合わないと嘆くが、広成は、意見はたくさんあったほうがいいと言い、またもかみ合わない。


 そこに石弓使いのアムーラが現れる。


 懸賞金狙いではなかった。

 海龍剣が伝説の英雄の魂が宿る宝剣と知りその末裔の広成に興味を持ったシーンが「半殺しにしてもいいから、ここに連れてこい」とアムーラに命じたのだ。


 アムーラは憎き広成を殺す気で襲ってくる。五対一でも圧倒的な石弓の射撃術で遣唐使たちを圧倒するが、広成たちの捨て身の突進を盾にしたナギがアムーラに間合いを詰め、ヴェルーリヤで手傷を負わせ、撤退させる。


「すっごいねー、ここで天皇が儀式とかしてたのかー」


 巨大な楼閣、大極殿の中で、モニカが感慨深げにいう。


「だろうね。向こうの広いとこで、多治比広成たちが帰国の儀をしたんだろな」


 四船のうち、はじめに日本に戻ってきたのは第一船。多治比広成、秦朝元、下道真備、玄昉ことコサムイ、そして帰国許可が出なかった阿部仲麻呂のかわりに帰国した彼の従者の羽栗吉麻呂(はぐりのよしまろ)とその息子、(つばさ)(かける)が乗っていた。おっとりした翔に比べ、兄の翼は精悍でかしこく、父とも弟とも似ていなかった。


 翼は「不死の術の素養のある者」と玄昉が死ぬ前にコサムイに伝えていた。実は阿部仲麻呂の子で、エフタル壊滅の黒幕である大陰陽師の祖先となる。彼と真備が持ち帰る「金烏玉兎集」が大陰陽師誕生の必要アイテムだった。


 中臣名代や菩提僊那の乗る第二船は唐南部の福州(現在の福建省)に押し戻されるが、なんとか皇帝の援助を受け、船を修理して一年後に帰国した。


 そして平群広成の第三船、紀馬主と田口養年富の第四船だが、広成を狙ってくる海賊をかく乱するため、馬主が直前に広成と乗る船を入れ替えようと申し出る。


 馬主の身を案じて反対する広成だが、馬主は譲らなかった。子供の頃からなにをしても勝てなかった広成に対する彼の対抗心があったのだ。


 その少し前のことだ。古道具屋の老婆が道行く馬主を呼び止め、ずばずばと彼の境遇を言い当てる。仕事で悩んでいて、優秀な友人に嫉妬していることを。


「あんたの船は今のままじゃ流される。帰りたきゃ、この札を持って、なるべく前の船に乗りなさい。今度はあんたが、そのご友人の前を行く番さ」


 馬主は紀家の宝剣・白狼剣を広成に渡す。海龍剣の代わりに貸すから、海賊からこれで身を守り、日本で返せと約束させるのだ。


 船に乗り込む前に、広成、馬主、養年富は向かい合って拳を前に突き出す。少年の頃に三人で考えた、結束を表す三つ巴の組手だ。


「生きて必ず都で会おう!」


 蘇州の沖合には、水鬼衆(すいきしゅう)と呼ばれる呪術船団が待ち受けていた。奇抜な祈祷師のような衣装を着た術師たちが巨大な縦笛を吹くと、その低い音につられて集まってきた鯨の群れが渦を巻き、波を起こし、まるで一頭の巨竜となって、遣唐使船を取り囲んだ。


 先頭の第一船は難なく逃れる。多治比広成は後続の船を見て、身代わりが役に立ったと安堵しつつ、部下たちの死を憐れんだ。彼は、「広成」という名の者が帰国時に厄災に遭うと占い師に言われ、同じ名の平群広成を筆頭判官に選んだのだ。


「平群。優秀なだけに、じつに惜しい男だった」


 つぶやいた多治比の言葉を、そばにいた男が否定する。


「あの方はそう簡単に死にませんよ。あんなに、正しくて強い人は、そうはいません」


 真備だった。


「私は帰国後の出世のことばかり考えていましたが、あの方を見ていると、なにか人の世のために自分の力を使おうという気持ちになってきます。なんとしても生きて帰って見せます」


 第二船も鯨の攻撃を免れる。渡日を志願して長安からついてきた医師の胡人青年、李密翳(りみつえい)は馬主が古道具屋で買ったものと同じ「逃者萬來」と書かれた黄色い呪符を持っていた。


 第一船が鯨の攻撃を免れたのも、その逃亡の呪符をコサムイが馬主から盗んでいたからだった。


 反対に、第三船は転覆の危機に陥る。馬主の号令で弓手が一斉射撃するも、鯨には効かない。船が下から突き上げられ、海に落ちる水手や弓手たちもいた。


 第四船の ナギは作法を知らない自分に厳しくあたりながらも、海老入りの点心をご馳走してくれた馬主を救うため、弓矢を持って帆柱を昇る。揺れる帆柱。しかも、敵船はゆうに二百メートルは離れている。しかし時間はない。風車で風を読み、一瞬の好機をとらえて敵船の術者に向かって矢を放つ。


 続けて三本。みなが空を見上げ、矢の行方を目で追った。

 矢は風に乗り、敵船に吸い込まれるように落ちていった。


 すると、水鬼の術が解け、鯨たちが散っていった。

 ナギの矢は、三本とも、みごとに水鬼の術者三人を射抜いたのだ。


 またも歴史が変わった瞬間だった。第三船は難破を免れ帰国の途につく。


 しかし、最後尾を航行していた広成らの第四船は嵐につかまり、南へ流される。

 その原因をつくったのは仏徹だった。菩提僊那の指示で、白い王子に広成を引き渡すため、知乗船事らをだまして船を乗っ取り、南の海南島に向かわせたのだ。

 広成の家来になったウーウォンも眠眠打で眠らされて船底へ押し込められ、広成たちは船室に軟禁される。


 広成は馬主を救ったが、自船が漂流するという歴史の流れには逆らえなかった。


 嵐で舵の壊れた船は揺れながら南へ南へと流されていく。運命には変えられる小さな流れと、抗いようのない濁流のような二種類がある。第一話で、広成が、自分が唐へ渡る運命にあることを覚悟し、つぶやいた言葉を、彼はもう一度つぶやく。


 そこまでが、漫画では第四巻。アニメでは第十五話。


 アニメ第十六話は、オープニングソングが省略され、静かなシーンからはじまる。




挿絵(By みてみん)

【長屋王の変】

長屋王(684~729年)は天武天皇の孫で、皇族でありながら優秀な官僚として朝廷内で権勢をふるったが、藤原氏と対立し冤罪で自害に追い込まれる。

ことの発端は、藤原不比等の死後、その息子の武智麻呂ら藤原四兄弟が朝廷内の権力をより盤石にせんと妹の安宿姫を皇族でないにもかかわらず妃から皇后に格上げしようとしたことで、高級官僚であり皇族の長屋王が「前例がない」としてこれに反対。天皇の勅を取り下げさせる。怒った四兄弟は、聖武天皇と安宿媛の子の基王が病死したのを長屋王の呪術によるものだとして、大豪邸の長屋王邸を兵で取り囲む。長屋王は自害し、家族もあとも追った。

大豪邸の長屋王邸跡から出土した木簡(木製のメモ張)には舞の名手平群朝臣廣足(広成の誤りか)の召喚を依頼する旨が記されている。

また、彼は仏教に熱心で、のちに唐の高僧鑑真が来日を決意したのは、長屋王が719年の第9次遣唐使に託し、唐に寄進した千枚の袈裟に書かれたメッセージを見たからとも言われている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ