455:青撃破
水の惑星の中で最も寒く大きな流氷が漂う海で、青い暗黒魔王は美衣が手にしている干し魚を凝視していた。
これまで目にしてきたものとはことなり、今見ているものからは実に旨そうな匂いが漂ってきた。
「この干し魚ウンメェ~ッ!最高~ッ!」
美衣はこれ見よがしに見せつけて、さらにチョップでクイクイと仰いで干し魚の匂いを青い暗黒魔王の方へ飛ばした。
クンクン・・・ギヤァーオウ!!
「あ~ウンメェなぁ~!」
ギヤァーオウ!!
「ウンメェ~ッ!」
青い暗黒魔王は激昂してブレスを吐きかけたが、それだと目の前の旨そうな魚も消してしまうと気付き、口を閉じて美衣に突進してきた。
「いまだ!ふらいんぐ・くろす・ちょっぷ!」
初は水中からミサイルのように飛び出してきて、青い暗黒魔王の尻尾を根元からスパッと切断し、そのまま巨大な尻尾を抱えて垂直上昇した。
「やったぞハジメ!よし!この干し魚をあげる!最後の食事を存分に味わうといいぞ!」
美衣は青い暗黒魔王に食べかけの干し魚を放り投げると、青い暗黒魔王は上手い具合に口を開けてキャッチした。
モグモグ・・・ギヤァーオウ!!
「そうか旨いか、そうだろうそうだろう、なんたって第3農業地の人達が真心こめて作ったものだからな」
毎度のことながら、英雄の称号が漏れ出ている口調になっている美衣先生だった。
青い暗黒魔王は尻尾がちょん切られていることにすら気づかず、干し魚を味わった。その大きな身体からするととても小さいのだが、一飲みで食べ尽さずに舌で味わっているようだった。
その間初は冴内にちょん切った青い暗黒魔王の巨大な尻尾を渡し、さいごのひとロボ4号機とアイが近づいて手をかざして皮膚と内部の肉の生体組織を採取した。
「ハジメ!もういいぞ!」
「分かった!行くぞ!ふらいんぐ・くろす・ちょっぷ!」
青い暗黒魔王は干し魚を美味しそうに味わってゴクンと飲み込んだ瞬間、初の光のような速さのフライング・クロス・チョップによって4分割されたのも束の間、喜びに満ちた表情のままチリになって消えていった。
「わっ!やっぱり消えちゃったよ!」(初)
「ウム、さすが暗黒魔王、散り際も見事だ」(美)
「なるほど!さすが暗黒魔王だ!」(初)
まるで全ての暗黒魔王の散り際がそれこそチリになって消えるのが当然かのように決めつけて納得する美衣と初であった。
「あっ!」(冴)
「わっ!」(良)
「あら!」(優)
「わぁ!」(正)
『あっ!尻尾も消えていくよ美衣ちゃん!』(パ)
「なにぃーッ!!」(美)
美衣は凄まじい速度で移動して、まだ消えてない尻尾の根元をスパッと切り取って口に放り込んだ。
モグモグ・・・ゴクン・・・
「うわぁーーー!うんめぇーーーッ!!これはうんめぇーーーッ!」
「えっ!僕も!」(冴)
「私も!」(良)
「私も!」(優)
「ワタチも!」(正)
「ボクも!」(初)
冴内達はまだ消えてない根本の方の尻尾をガブリとそのままかじった。
モグモグ・・・ゴクン・・・
「「「 うっ!うんめぇーーーッ!! 」」」
冴内は目にも止まらぬ早業チョップで見事に食べやすい大きさにこま切れにして、全員飛びつくようにしてムシャムシャ食べた。
見ようによってはいつもの冴内ファミリーとは思えない程にあさましい姿として見られたかもしれないが、それくらい美味しかった。
「ナマの肉なのにこんなに美味しいのは初めてかもしれない!凄く美味しい!」
「コレはヤバイぞ父ちゃん!これはこれまで食べてきた中で最上級にウマイぞ!」
「うまうまでしゅ!たまらないでしゅ!」
やはりこれまで美味しい食材を食べてきた食物連鎖の頂点に立つ暗黒魔王の肉はその想像通り、非常に美味しい食材であった。
ところが・・・
「あ~美味しかった!お腹いっぱ・・・い?アレ?お腹がいっぱいになってない!」(冴内)
「ボクもだ!いっぱい食べたと思ったのに、お腹がいっぱいじゃない!」(初)
『お腹に行く前に消えちゃったんじゃない?』(パ)
「「「 ガーン!! 」」」
「そ・・・そんな・・・」
深く項垂れた美衣、初めて見たかのような落胆ぶりだった。
「先に成分分析しておいて良かったですね」(音)
「ウム、だが私の方では残り30パーセントの解析がまだ終わらなかった」(最後)
「私の方では光演算装置本体とデータリンクしていたので解析は全て終了しました」(アイ)
「おお、それは良かった」(最後)
冴内達はせっかく味わった過去最高に美味しい肉を非常に惜しみつつ、そのまま家に帰るのももったいないので、せめて美味しい海の幸を持ち帰ろうということで、美味しい物センサーを働かせて北の海から南の海まで冴内の瞬間移動能力をフル稼働して、タップリと魚介類を調達してから不思議世界ジメンへと戻った。
『皆さんお帰りなさい、青の暗黒魔王のお肉は残念でしたね・・・』
「うん、予想通り凄く美味しかっただけにとても残念だ・・・」(美)
「そうだね、幻の味だったね」(冴内)
「「「 ・・・ 」」」
全員目を閉じて頭の中で先ほど食べた最高のお肉の味を反芻していた。
「ところで、暗黒魔王のお肉の正体って分かったの?」(冴内)
確かに体組成成分分析なので、それほど間違ったことは言っていないが、お肉の旨味の正体を調べるために分析したわけではなかった。
「はい、DNA的には水棲爬虫類が元になっていることが分かったのですが、どうにも不可解な・・・そうですね、皆様の宇宙からいただいた情報を元に言うと、何か人為的な遺伝子操作が行われたかのような不自然さが見受けられました」
「私もそこまでは分かったのだが、塩基配列までは解析出来なかった、そちらの方では解析出来たのかね?」
「はい、解析完了しております、今表示しますね」
空間にDNAをモデリングした3Dの螺旋映像が表示された。当然良子を除いて冴内達にはさっぱり分からないが、冴内は何かのサイエンス番組などでよく見かける映像だということぐらいは分かった。
さいごのひとロボ4号機とアイはヌクレオチドがどうとかアデニンがどうだとか終結コドンがどうだとか冴内達には全く意味不明な言葉を交わしていた。
難しい話しはさいごのひとロボ4号機に全投げしている冴内なので、とりあえず今日もジメンに解体用の作業台を用意してもらって、獲ってきたばかりの新鮮な魚介類の解体を行った。
解体しながらふと閃き、今日は日本は何曜日だっけと言うと音声ガイドロボ2号機が日曜日ですよと教えてくれたので、ちょっと実家に電話してくると言って移動しようとしたところ、パステルがここからでも連絡出来るよと教えてくれたので、美衣の宇宙ポケットから個人用スマホを出してもらおうとしたところ、それも止められて、そのまま念じるだけで多分連絡することが出来ると思うよと言われた。
「えーと・・・どうすればいいのかな?実家のお母さん・・・実家のお母さん・・・」
「あら、もしもし洋?」
「わっ!ホントだ、お母さんが出てきた!」
「何よ、こっちの方こそビックリしたわよ、突然神代さんからいただいた端末が映ったと思ったらあんたが現れたんだから、で、どうしたの?」
「うん、こないで言ってた件、良ければ今日この後にでもどうかなって連絡してみたんだけど」
「それって美衣ちゃん達が作ったアート作品を見たいって件かい?」
「うんそう、そして良ければさっき魚を沢山獲ってきたから皆一緒にお昼でもどう?」
「きゃぁーーーッ!行く!行くわよ!絶対に行く!ちょっと待って、島根のお義兄さんとことお姉ちゃん達にも電話して聞いてみるわね!」
と、このように宇宙を崩壊させる程の恐怖の脅威である暗黒魔王を倒した後とは思えない程に、いつもながら極めてのんきで平和な会話をする冴内なのであった。