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436:遠い極意

 程なくして、キッチンの方から実に食欲をそそるたまらない香りがしてきた。


 まさに日本全国津々浦々様々なスーパーやコンビニなど、いたるところで売られていていつでも手に入れられるカレールーの香りがしてきたのだ。


 宇宙一のシェフで食通でもある美衣大先生も日本のカレーライスは大好物で、それが日夜工場で大量生産されている汎用食料品であっても、美衣はとても高く評価していた。


 それに加えて投入される野菜は採れたて肉も獲れたての鮮度抜群で大変美味しい食材ばかりで、さらに搾りたてのモフモフ動物のミルクに自家製チーズも入っているというまさに各家庭独自の味、いわゆる家カレーの味であった。


 花子が先に野菜サラダとスープを持ってやってきて、それら前菜を食べ終わる頃にお待ちかねのカレーライスが運ばれてきた。


 全員物凄い爆食速度で、美衣と良子はまさに秒で一杯目を食べ終わった。普通ならここで「あらあら、ちゃんとゆっくり噛んで食べなきゃダメよ」みたいなセリフが出てくるのだが、美衣も良子もしっかり噛んで咀嚼して食べていた・・・超高速で。


「おかあたんのかれーらいしゅしゅごくおいちいでしゅ!ましゃこもおかわりおながいちましゅ!」


 正子も初めて食べる優のアレンジ家カレーライスが大いに気に入ったようだった。


 そうして今夜も冴内達は全員妊婦のようなお腹になって大満足した。


 食休み中に美衣達のトレーニングの成果を聞いてみたところ、数百回に一回くらいの確率でほんの一瞬僅かだけ高粘度の液体を切り裂くことに成功したというのを聞いて、冴内は若干戦慄する程美衣達の恐るべし上達ぶりに驚いた。正直な心境としてはせめて一週間はかかって欲しかったが、まさか半日程度でそこまでに至るとは思ってもみなかった。


 冴内はこれはうかうかしてられないぞと考え、明日からは自分も時間がある時は練習しようと一人心の中で誓ったのであった。


 明けて翌朝、いつも通り朝食後は冴内と優は探知機の設置をしに行き、美衣達は高粘度液体が充満したトレーニング空間で技の練習を開始した。


 美衣達の修行開始前に自分も手伝うと言った正子も一緒に入っていき、小さな防御結界を張って美衣達のフォームをスケッチして修正点を指摘していた。恐らくこれが功を奏して美衣達の上達スピードが冴内の想定を上回ったのだろう。


 冴内は探知機を設置するたびに、真空の宇宙で空気もないのに、呼吸に合わせて完全に動作を一致させる練習をした。といっても最初は実際にやってみることはせず、ひたすら脳内でイメージトレーニングをしていた。


 奇しくも優もまさに同じことをやっていて、はたから見れば二人とも時折何故か静止して考え事をしているようにしか見えなかった。


 いつもより数分だけ設置に時間がかかっているのに気付いたパステルが、冴内と一緒に瞬間移動して随行していくと、冴内が時折とまって目を閉じている様子を見た。


 パステルは冴内がまた動き出すまで声はかけずに大人しく観察し、冴内が目を開けて顎に手を当ててブツブツ何か言って考え事をしているのも静かに見守った。


 冴内は探知機を設置する前と設置した後の2回程そうしたことをしており、多分声をかけても邪魔にならないだろうというタイミングを見計らってパステルは冴内に話しかけた。


『えっと、冴内君は何をしているの?何かの修行かなにかかい?』

「えっ?うわっ、パステルさん一緒に来てたんだ、全然気づかなかった」


『気付かないくらい集中してたんだね、いやワタシも邪魔しないようになるべく気配を消していたんだけどね』

「そうだったんですね、うーん・・・それでも気付けなかったってことは、やっぱりまだまだ僕は修行が足りないなぁ・・・」


『ってことはやっぱり、何かの修行をしていたってことなんだね』

「そうなんです、昨日僕の国に古くから伝承されている剣の技を優と二人で見てきたんです」


『剣?チョップじゃなくて?』

「そうです、なんというか古くから伝わる剣がピンときたんです、何百年も昔の時代に達人たちが命がけで修行して磨き上げていった技に何かヒントがあるんじゃないかって思ったんです」


『ふーん、そうなんだ・・・で、何か得られるものはあったのかい?』

「はい、大いにありました、呼吸と動作を完璧に一致させればもっと僕のチョップも切れ味鋭くなるかもしれないって思いました」


『えっ、ここは空気のない真空地帯だけど、っていうかそもそもそんなこと出来るの?』

「難しいですね、深呼吸をするときとか普通に呼吸に合わせて手足を動かすことなら誰にでも出来るんですけど、そういう単なる身体動作を合わせるってことじゃないみたいなんですよね」


『ワタシには冴内君の言ってることからして既に難しくて良く分からないや』

「そうなんですよ、やってる自分ですら良く分かってないんです。だから恐らく言葉で説明することは出来ないと思います。剣の達人の方がいうにはそれはまさに最高到達点といっても良い極意だそうで、その方ですらも自分が生きているうちにはたどり着けないだろうって言っていました」


『へぇー・・・そんな領域があるんだ・・・人間って面白いね、自分達を殺す技術なのに、そこまで創意工夫して究極を目指すんだ』


 パステルはまさに身も蓋もないことを平然とサラリと言ったが、そこには全く悪意や皮肉めいたものはなく純粋に関心を抱いているようだった。


「多分ですけど、恐らくその領域まで行くと、殺すとか倒すとかそういう考えや目的はなくなってるかもしれません」


『どういうこと?』

「うーん・・・すいません、僕が勝手に想像したことだから間違ってるかも・・・でも、何となくそこまで辿り着いた人達にはもう、自分が最強だとか、自分の技が最高だとか、そういう考えすら超えてしまってるんじゃないかなって気がしたんです」


『うわー!それってなんかカッコイイね!とってもクールな気がする!』

「はははは、でも昨日会って来た達人の人が言う通り、これは一生かかってもたどり着けないかもしれません」


『えっ、冴内君でも?いや~ワタシは冴内君ならきっと辿り着いちゃうと思うなぁ~、しかも予想以上に早く』

「う~ん・・・今の段階だと、全くサッパリ何をどうすればいいのかまるで何一つ分からないっていう状態なんですよねぇ・・・」


 と、話ながら冴内は不思議世界ジメンに戻った。


 優も同じようなタイミングで戻ってきて、やはり何やらブツブツ独り言を唱え考え事をしているようだった。


『すごいね、そんなに集中している二人を見るのは初めてだよ、余程昨日会った剣の達人とかいう人が凄かったんだね、その人もやっぱりゲートシーカーとかいう人なの?』

「いや、普通の人でしたよ」


『えっ?普通の人?普通の人なのに冴内君みたいに強いの?』

「強くないわよ、私達からすれば空気みたいな存在よ」


 かなり辛辣な言葉がサラリと出てきたが、やはり優の言葉にも全く悪意や皮肉は込められておらず、忖度してオブラートに包み込むようなデリケートな言いまわしをするのではなく、率直にありのままの事実を簡潔に述べただけであった。


『どういうこと?それなのに二人ともとても感銘を受けて大いに参考になったってことなんだよね』

「そうよ!とても美しかったわ!」


『???』

「普通の人間、それもお爺ちゃんがあそこまでたどり着くことが凄いのよ。普通の人の力を1とすると、どんなに頑張って鍛えても大体2とか3くらいの力しか出せないものだけど、あのお爺ちゃんは100くらいまで出してるのよ、1が100にまでになるんだから、私たちの力が100だったとして、お爺ちゃんと同じように出来れば、100の100だから・・・」


「・・・」

「・・・」

『・・・』


「・・・すごくいっぱいになるのよ!」


 冴内は心の中で今度さんすうドリルも買ってもらうように実家に連絡しようと思った。


 パステルにもなんとなく優が言わんとしていることが分かった・・・ことにした。

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