435:本物の技
森下と名乗る居合の達人の孫の眼鏡をかけた若い女性に案内されて、冴内と優は道場へと入っていった。さすがに当時のままとはいかず、あちこち補修されて新しい外壁や屋根がついており、当然エアコンもあって室内の内壁には大きな鏡がついていた。
壁を見ると門下生と思われる木札が掲げられており、歴代の道場主と思われる写真も飾られていて、ひとつ前の写真の人物はまさに冴内と優が写真集で見た老人であった。
正面には立派な神棚があり、冴内にはまるで読めない達筆な文字が書かれた札が並んでいた。真ん中には刀を置く台があったが、恐らく銃刀法か防犯などの理由で刀は置かれていなかった。
程なくして森下と名乗った現当主が現われた。当然刀を帯刀してやってきた。
幾つか簡単な説明をした後、板間の上に正座して静かに呼吸を整えた。
刀は抜かずに非常にゆっくりとした動きでこれからやってみせる技の動きを繰り返し行った。
ちなみにこの時点で冴内と優は常人では決して気付かないことに気付いた。
その後森下はそれでは抜刀しますと言い、冴内と優が頷くと、森下も頷き返して静止した。
シュバッ!
まさに一瞬で抜刀され水平に薙いだ刀が静止していた。その後ゆっくりと刀を鞘におさめた。
「いかがでしょうか、何か少しでも参考になることがおありでしたでしょうか」
70歳を超える達人が20代の若造に対してかける言葉ではなかったが、ひょっとしたらこの世のものとは思えない程に神がかった美しさの優に対しての言葉かも知れない。
冴内と優は押し黙ったままで、優は冴内の顔を見て「洋・・・」と声をかけると冴内は頷いて、森下に近づいた。
「えっと・・・すいません、右肩を治療してもいいですか?」
「「 !!! 」」
森下とその孫は目を見開いて驚きの表情を見せた。
「何故・・・それを・・・」
「ほんの僅かだけど、写真で見たお爺ちゃんの肩の動きと違うと思ったのよ!でも大丈夫!洋が治してあげるわ!」
「うん、チョップヒール!」
冴内の右手から緑色の優しく柔らかい光の粒子が放出され、森下の右肩を包み込んだ。
「これはなんと・・・温かい・・・」
「お!お爺ちゃん!」
「うむ、大丈夫だ真由子、とても温かくて気持ちが良い」
「・・・これで、どうでしょう?多分大丈夫だとは思うのですが」
森下は肩をグリグリ回し、さらに首もグリグリと回し、右腕を左から右に振ってみせると、これは!と声を上げて目を大きく見開いて驚いた。
「全く傷みがありません、前よりも大きく柔らかく動かせます、筋が引っ張られることもない!なんと・・・なんと言えば良いのか・・・こんなにも身体が軽くなるとは・・・心まで軽やかになるかのようです!」
「ホント!?お爺ちゃん!」
「ああ、本当だとも、信じられない位調子がいい、痛みが全くなくこんなに動かせるなんて何十年ぶりだろう・・・冴内さん、有難う御座います、なんとお礼をすれば良いのか・・・本当に有難う御座います」
「あっ有難う御座いますっ!」
「いいのよ!それよりもさっきの技をもう一度やってみせて!それがお礼よ!」
「はい、かしこまりました。真由子、ローソクと燭台を持ってきておくれ」
「はい!お爺ちゃん!」
道場の奥にある物置部屋のようなところに入っていた孫の女性はすぐにローソクと燭台を持ってきて、森下から少し離れたところに置いて火を付けた。
その間森下は何度もゆっくりと動作を確認し、とても嬉しそうに目を細めてウンウンと頷いていた。
「準備出来ました、これで良いですか?お爺・・・師匠」
「うん、それでよい」
「それでは・・・参ります・・・」
ピィッ!
先ほどは服が風を切る音しかしなかったが、今度は刀が空気を切り裂く音がした。そして剣先からは距離があるローソクの火は一瞬で消えていた。
「それよ!写真で見た老人と同じ!とっても美しいわ!」
「うん!そうだね!これが見たかったんだ!この目で直に!」
その後、他の技も幾つか見せてもらい、冴内と優はとても満足した。
「どうでしょうか、何かお役に立つようなことはございましたでしょうか?」
「はい!とても参考になりました!」
「そうね!とても良いものを見せてもらったわ!」
「そうか、なるほど・・・呼吸と動作を完全に一致させるのか・・・難しそうだけど、今度やってみよう」
「私も練習してみるわ!」
「・・・ッ!!」
「ど、どうしたのお爺ちゃん?」
「さ・・・さすが、冴内さんだ・・・まさかそれも分かってしまうとは・・・」
「冴内さんはどこかで禅か何かの修行を積まれたことがおありですか?」
「あっはい、吉野熊野国立公園の山奥で座禅をしました、以前修行に行き詰った時に修験道を教わったことがあります」
「なるほど、それで納得出来ました。剣の世界では剣禅一如といって、まさに剣と禅を融合させた究極的な到達点というものがあります。私はまだまだ、いや、恐らく生きているうちにそのような高みに到達することはないでしょうけれども、冴内さんならばその境地に辿り着くことが出来ることでしょう」
「私の洋なら出来るわ!」
「えっ?いや・・・どうかな~・・・っと、そろそろ夕方になるから帰ろうか」
「そうね!」
「あっ!あのっ!」
「「 ? 」」
「き、記念に写真を撮っても良いでしょうか」
「いいわよ!」
森下の孫の真由子は可愛らしいデコレーションが施されたスマホを取り出して、冴内と優と森下と自分の4人が写っている写真を自撮りした。他にも普通に冴内と優と森下が並んでいる写真も撮った。
またいつでもいらして下さいという真由子の言葉を聞きながら冴内は瞬間移動した。
真由子も森下も目を大きく見開いて驚き、本当に冴内とその家族達は実在する存在なんだと心をときめかし、真由子は森下に何度もスゴイスゴイと大興奮で、あれが世界一のゲートシーカー冴内なんだと力説した。実際には全宇宙一ではあるが。
ちなみにそんな真由子は翌年二十歳の誕生日にギフトを授かり、後年は居合の達人という稀有なゲートシーカーになるのであった。
冴内達は不思議世界ジメンに美衣達を迎えに行くと、美衣達はずっと自主練に励んでいたようで、そんな美衣達に冴内は良く頑張ってるねと優しくねぎらいの言葉をかけた。
美衣達が珍しくヘトヘトになったと言ったので、優が「久しぶりに今日は私が夕食を作るわ!カレーライスよ!」と言うと、全員疲れがいっぺんに吹き飛んだかのように大喜びした。
早速ログハウスへと戻って、優は花子を従えてキッチンへと入っていった。
ダイニングテーブルに腰かけた美衣達は、冴内に何を調べていたのか質問した。
「父ちゃんは何を調べに行ってたんだ?」
「うん、日本の古い剣の技を調べていたんだよ」
「やっ!それはどんな技だ?」
「居合という技だよ」
「いあい?それ父ちゃんの記憶にあったっけ?」
「うん、何かのマンガがアニメで出てきたような気がするけど、その頃はそれが居合だって分からなかったと思う」
冴内は時折美衣が自分の記憶で見たと話すことがあるが、これって実は結構アレなんじゃないだろうかと思った。アレとはつまり冴内の恥ずかしい性癖などまさにアレなことが美衣にも知られているのではないかということである。
冴内は身振り手振りで居合を説明したが、意外なことに美衣達はそれほど感心を示さず、積極的に自分達も見学したいとは言わなかった。
どうやら美衣達は良子と同じように冴内が優のために剣を指導をしてくれる人を探していたのだろうと考えていたようだった。
そして美衣と初は自分達はチョップが専門で師匠は冴内がいるから剣は出来なくても良く、良子はパンチが専門で矢吹が教えてくれるから剣は出来なくても問題ないという認識だったのだ。
確かにボクシングと居合は技術的にあまり共通するところはなさそうだと冴内も考えたので、特に冴内の方から是非皆も剣を研究すると良いよとは言わなかった。